ananova;Hungry men gor for larger women
心理学チームによる新しい研究によれば、空腹の男性がふっくらした女性に惹き付けられることが立証された。
ただしそうした男性でも、一旦空腹が充たされたなれば、ほっそりした女性を好むように戻ってしまうとのこと。
この研究は、人類が丸々した女性への好みを未だ持っていることを示唆している。
少し話が逸れるが、人類は長い歴史の中で、現代の先進国ほど飽食であったことはない。それがスリムな女性を美しく見せる一因となっているのかもしれない。
日本でも、昔の美人は太った女性を意味していると誰もが教わったことと思う。しかし私自身これはあまりアテにならないと思う。平安期の図画などを見ると、どう見ても太った女性が美人としては描かれているようには見えない。ヒロインの女性よりも、お付きの女中の方が丸々と太っている場合もある。特に平安期の場合は、文献を紐解くと『ほっそりした肩』といった表現が出てくるし、何より平安の美は弱さや、現代語で言う“はかなさ”であって(もっと露骨に言えば、ロリコン)、太っていればいいというようなものではない。もうすでに豊かな生活を送っていた平安貴族にとって、豊かさの象徴なんて見る必要は無かったのだから。
逆に風流の解らない太った女性を滑稽に描く文章も出てくる。太っていることを良しとする文章は一切見つけられない。これは何んでも極論にしないと気が済まない学者にも責任があると思う。『昔の人は太った女性の方が美人と認識されていました』と説明すれば、自分たちの面目が立つからである。
恐らく根拠としているのは、文化による類推と、当時の絵のタッチである。当時の図画を見ると顔がふっくらした女性が多い。しかし現代のスリムな少女だって身体は細くとも、頬はふっくらとしていた方が可愛らしく見える。ほお骨の突き出たような女性や、デーモン小暮のように頬に影のある女性なんて貧乏臭いといって敬遠される。頬がふっくらしていることは太っていることと同じではない。
現代日本女性の痩せ方は、栄養失調が原因ではなく、比較的健康的な痩せ方が多い。しかし、一目海外へ向けると、例えばロシアの貧困層では、スリムというよりも栄養失調で酷い状態の女性が多い。このように骸骨のような女性を揶揄したからといって、太っていることを美とする証拠とはならない。
日本の場合は、あくまで豊かさを感じさせる、ふっくらとした女性が好みだったのではないかと思う。もし、平安貴族が、例えばポリネシア人女性のように、力強いまでの体躯を見たって美しいと思うなどということはなく、まずは怖じ気づいて逃げ出したことだろう。
参考1:
なんでも評点;少女たちを強制的に肥満させる伝統的風習がある国
参考2:
読売新聞;病、見つめる眼をみる
でっぷりとした体の両脇を侍女に支えられ、汗をかきながら歩む女。男たちが指をさし、冷笑している。
Posted at 2006/07/29(Sat) 13:51:43
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