I teie nei e mea rahi no'ano'a

文学・芸術など創作方面を中心に、国内外の歴史・時事問題も含めた文化評論weblog

マイク・リンデル自伝「What are odds?」 第1章「シュミッティーズの夏 1993年」あらすじ・日本語訳

「What are the odds from crack addict to CEO」=「こんなことってある? コカイン中毒者からCEOへ」

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※【】内は訳註です。

第1章 シュミッティーズの夏 1993年

1993年、マイク・リンデル32歳の夏です。


 1993年の夏、>シュミッティーズ・ターバンのカウンターに立っていた。私は常連のピーティのためにジャック・ダニエルをハイボールグラスにたっぷりと注いだ。外は27℃もあるというのに、部屋の奥のジュークボックスではエルヴィスがクリスマスを恋しがっていた。建設作業員がシンフォニーの指揮者のように腕を振って、バー中が歌っていた。
ああ、どうして毎日がクリスマスのようにならないんだろう?
もしも毎日がクリスマスのようになれば、この世界はなんて素晴らしいんだろう!

 歌い終わり、客たちは歓声を上げた。

 そして、白いナプキンを天井のシーリング・ファンに投げると、雪のように店の中に降り注いだ。

 マイクの店はビクトリアという人口2,000人ほどの町の、シュタイガー湖の向かいにある。いつも変わった事が起こっていて、人々の話題をさらっていた。
 マイクが目指したのは『どこの国のどんな人でも、自分の居場所だと感じられる場所を作ること』だった。

シュミッティは、個性的な常連客の中から生まれた。例えば、ピーティ。
 彼は、ジェリー・ガルシアが亡くなったときに、とてもショックを受けた長髪の熱心なタダ飲み客だった。彼は、毎日同じ時間に店に来て、同じバースツール【酒場にある腰掛け】に座り、同じ飲み物(ジャック&コーク)を飲んでいた。
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唯一変わっていたのはシャツで、絞り染めのTシャツとグレイトフル・デッドのコンサート用のお茶を毎日午後4時半ぴったりに、大画面テレビのチャンネルを「ジョパディ!」【クイズ番組】に変えさせていた。いつもみんなからうめき声があがったが、30分だけだし、何といってもピーティだからと我慢していた。

 常連客のほとんどはビクトリアで一緒に育った仲間で、スケリー、ピーティ、ポッキー、フライマン、モヒカン、シビーなどがいた。また、トーイング、トム・トーイング、トムの年上のいとこのトニーもいた。彼らはシュミエッグ、ヴォーゲル、シュレムプ、ノーターマンといった名前のドイツ系の血を引いており、1851年にこの地域に入植したとされる男の子孫である詳細も一緒だった。シュナイダーなどの名前を持つドイツ系の優秀な人材が集まっていた。町全体が、カトリックの大家族の兄弟姉妹やいとこ、義理の家族でごった返していた。私は彼ら全員を愛している。

 当時、マイクは数マイル離れたミネソタ州のチャスカで「リーマイケルズ」という別のバーを経営していたが、友人のウェイン・ヒルクに買収できるかどうか偵察に行かせると、まるで『狂気の沙汰』だと返してきて、「シュミッティの店とは一切関わりたくない」と言われる。却って気に入ったマイクは店をギャンブルで巻き上げたのだった。

 真夏にジュークボックスからエルビスが流れてくるのは偶然ではない。月曜のランチでも金曜の夜の外出でも、シュミッティーズは同じように休日の雰囲気を醸し出していた。音楽はその雰囲気に欠かせないものなので、ジュークボックスの曲はすべて私が手ずから選んだ。そのときのヒット曲を入れるのではなく。私たちの両親が聞いていたような70年代以前のヒット曲をたくさん用意した。私のお気に入りのボブ・シーガー、イーグルス、プリンス(彼の自宅であるペイズリー・パークは、この道路から数マイルのところにあった)に加えて、ジョニー・キャッシュの「Ring Of Fire」、リン・アンダーソンの「(I Never Promised You a)Rose Garden」、パートリッジ・ファミリーの「悲しき初恋」など、歌いたくなるような名曲をストックしておいた。


 誰かがこの曲を流すと、「なんでこんな下品な曲を我慢しなければならないんだ」とうめき声が聞こえてきたものだ。しかし、次の瞬間には、テーブルに座ったバイカーたちが、デヴィッド・キャシディと一緒に大声で歌っているのを目にすることになる。

僕は君を愛しているんだと思う!
だったらなんでこんなにも怖いのだろう?
確信が持てないことが怖いのです。
愛が癒しとなるのか……

 昔の歌は人々を幸せにしてくれた。単純な時代に戻してくれた 私はシュミッティーズをそういう場所にしたかった。。しばらくの間、悩みを忘れさせてくれる場所。
 日頃見られないものを見に行くような場所。その雰囲気に惹かれたのか、シュミッティーズにはすぐにファンができた。私はお酒を売っていたが、お酒を売っていたわけではない。 楽しみを売っていたのだ。家族。所属していること。
 それは、子供の頃から、自分の居場所がないと感じていたからかもしれない。私は自分の居場所を感じたことがなかった。

 古き良きアメリカ式酒場の経営という感じですね。村上春樹がバーの経営をしていましたが、方向性がかなり違いますね。
 この後、マイクはバーの経営者をしていた時の眼力を活かして生き延びたりします。それにしても、バーの経営経験はビジネス成功の秘訣かもしれない?
 さて、ついでにショップ用のプロモーション用の言葉があったので、そちらも和訳しておきます。

 こんにちは、私はマイク・リンデルです。マイピロー・ガイとしてご存知でしょう。
 しかし、皆さんは私の物語をご存知ないかもしれません。私は、クラックコカインを含め、人生のほとんどの期間、機能的な中毒者でした。起業家精神が旺盛で、自分のやり方で行動します。14回以上も死にかけて、神の存在を証明するために数学を使ってきました。100万分の1とか10億分の1とか、ありえないようなことが起こるんです。
 でも、それを全部足すと、いつの間にか奇跡になっているんです。誰にでも天職はありますが、神様が私の天職を果たすために追いかけてくれていたことに気づくのに50年かかりました。危うく失敗しそうになったり、ギリギリまで追い込んだりしましたが、最終的には神に身を委ね、神がいればすべてのことが可能であることを悟りました。
 私の物語は、皆さんにインスピレーションと希望を与えてくれるものと信じています。

Posted at 2021/05/09(Sun) 08:22:19

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マイク・リンデル自伝「こんなことってある? コカイン中毒者からCEOへ」 あらすじ:序章

「What are the odds from crack addict to CEO」=「こんなことってある? コカイン中毒者からCEOへ」

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※【】内は訳註です。
 前文については、ショップ・サイトにも載っているものなので、全文載せます。前文なだけに!

はしがき

 人生において、私たちは誰でも、時々あまりにもユニークで珍しい瞬間を経験する。その時、私たちは立ち止まって「わあ、こんなことが起こる確率はどれくらいだろう、また同じようなことが起こったらどうしよう」と考えがちだ。または「ただの偶然だ」と思うかもしれない。一生に一度の出来事を何度もある単なる偶然だと思ってしまうと、それ以上にまた何かがあるのではないかと思ってしまうものだ。
 あなたはどの時点で自分に問いかけるだろう?
「これはただの運なのか、それとも私は奇跡を経験したのか?」
 私はこの本を、希望を求めるすべての人に捧げる。

 ベン・カーソン医師【ベンジャミン・ソロモン・カーソン・シニア(Benjamin Solomon Carson Sr.)(1951年9月18日生まれ)は、アメリカの引退した神経外科医、作家、政治家であり、2017年から2021年まで第17代アメリカ合衆国住宅都市開発長官を務めた。2016年の共和党予備選では、アメリカ大統領候補として活躍した。脳神経外科分野の先駆者とされる】による前書き。

 マイク・リンデルに初めて会ったのは、全米規模の祈祷会でのことでした。実際、私が2016年の大統領選を辞退し、ドナルド・トランプ氏を支持した後、私は彼の枕の会社でマイクについて言及しました。私は彼の枕の会社の、2つの当時のトランプ候補でマイクを言及した。あの男は、私が今まで見たトランプが私を含めて言った誰よりもテレビに出ています。マイピローは、アメリカの歴史の中で最も成功したダイレクト・マーケティング製品です。私のグレンデールが自然なマーケッターであり起業家である理由は、その発明者を長く知る必要はありません。神は誰にでも特別な贈り物を与えますが、私たちをより強くするために課題と私たちの方法を配置しています。ある人は、そのチャレンジをすぐに正面から受け止めます。ある人はそのような挑戦を正面から受け止め、私たちを鼓舞し、またある人は壊れた道を進み、外からの挑戦だけでなく、おそらく自分自身の中で最も大きな障害を乗り越えて、私たちをさらに鼓舞します。
 その後、コカインを頻繁に使用するようになり、クラック・コカインが登場してからは依存症になってしまった。
 90年代は、絶対に使わないと誓っていたが、その誓いを破り、クラックをやってしまったことで、彼は急速に落ち込んでいった。コカイン、クラック、ギャンブルの依存症は、彼をアメリカの暗黒街へと追いやり、家族を破産させ、結婚生活を破綻させ、危うく命を落とすところだった。しかし、たとえあなたが絶望の淵にいたとしても、神は夢を触発し、マイピローが生まれました。 最初、マイクは自分の会社が家族を養う手段になると考えていました。しかし、時が経つにつれ、神は、会社は、彼自身の希望と回復の物語を共有するために使えるツールであることを示しました。『What are the odds』は、夢の力についての証言です。人間の限界まで落ち込んだが、そこから抜け出した男の話です。

 復活した男の話です。失敗、成功、謙虚さ、勇気、そして最終的には希望についての物語です。

 序章
 2007年2月、マイク・リンデルは賃貸住宅で、小さなファミリー・ビジネスを立ち上げた。妻と10代の息子がリビングに座って箱詰め作業をしている様子を彼は覚えていたが、それは幸せな家族の光景ではなく、崩壊寸前の世界だった。
 敵対的買収、銀行口座はほとんど空、アルコールやドラッグに溺れ、ギャンブルに熱中していた。ノミ屋に4万5千ドルもの借金まであった。全てが崩れ去る寸前だったが、まだ彼は家族にそれを伝えていなかった。「カミソリの刃」の上を歩くような人生をずっと続けてきて、自ら自分を追い込んでいた。

 だからこそ私は、どうにかして再び《ツキ》が回ってきたら、と考えていた。
『何とかして、もう一度逃げ切れないか?』
 そんな風に考えていたから、毎年恒例のメキシコ旅行をキャンセルしなかったのだ。メキシコの麻薬売人が、コカインを無限に供給すると約束してくれたからだ。そう。私は中毒者であり、私の物語の一部は中毒についての話だ。

 しかし、マイク・リンデルは路上生活者ではないし、会社を経営し、家族を養い、子供達に野球を教え、ハンティングや、釣りを楽しむ普通のアメリカ人だった。
 これは、一般の人が目にすることのない、依存症の隠された世界である。家族を持ち、コミュニティで役割を果たし、委員会に参加し、ビジネスを所有し、仕事をしている人たちが、少なくともしばらくの間は、依存症は誰にでも影響を与えるのだ。2007年の春、自滅が加速する中、私は依存症患者がするように、自分の問題から逃げようとした。カレンと私、そして親友のポール、愛称スケリー、ジェニーは、メキシコのビーチタウンへ飛んだ。

 1袋2グラム弱のコカインの小袋の数袋入手するも、最後の1袋がどこにいったかわからなくなり、マイク・リンデルは中毒者独特のパニックを起こしてしまう。朝7時〜8時まで待っていればギャングに会えるのに、夜中に売人を捜して町に出てしまったのだ。
 振り返ってみると、私は自分の強迫観念に目がくらんでいたのだとわかる。新鮮なドラッグを手に入れるためにほんの数時間待たなければならないということは、ミネソタの家に戻ってからの夜をも台無しにしてしまうという狂った論理に目がくらんでいたのだ。

 その一方で、ラスベガスでプロのカード・カウンターをしていたこともあるマイクは、コカインの供給の問題を確率で考えており、コカインの入手確率が最も高い選択肢を適格に選んで危険な場所へと入ってしまう。夜中の1時にである。
 通りは静かで、表にメキシコ人が一人立っていて、他の三人が長い木のベンチで音を立てている以外は、誰もいなかった。
「こんにちは。調子はどうだい?」
 立っている男は英語がとても堪能だった。彼はカジュアルな服装で、短い黒髪のクリーン・カットだった。
「コカイン持ってる?」
 私はストレートに言った。

 以後、この男はクリーン・カットと呼ばれる。クリーン・カットとはこういう髪型。
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クリーン・カットの男は笑顔で言った。
「問題ないよ。お礼にビールでも飲むかい?」
 私は彼が親切そうだったので受け入れた。
 しかし、私は演技かどうか見ればすぐに分かった。その頃、私はラスベガスのブラック・ジャックテーブルで大金を稼いでいたが、偉大なカード・カウンターは、精神的な計算を演技で誤魔化していたのだ。
 私は彼に100ドル札を渡すと、彼は小屋のどこかからビールを取りに行ってしまった。私はこの機会に彼の仲間の様子を探ってみた。ベンチに腰掛けてタバコを吸っていたが、座っていても3人の顔が見えた。私よりも背が低く、175センチから177センチだ。私に一番近い男は特に目立った特徴はない。
 3人目の男は、私から一番遠いところにいた。彼が銃を持っていることはすぐにわかった。メキシコで麻薬を買うときはカジュアルなものだし、ここのギャングは短パンに麦わら帽子で、9ミリの拳銃は持っていないから変だと思った。不思議なことに。それよりも心配だったのは、真ん中の男だった。彼は若いギャングの目のような「怒りの目」をしていて、自分の進むべき道に何かひどい痛みがあって心が燃えているようだった。

 寂しい場所で、彼らがいる以外に何もない。この明らかにアウトな状況にようやくマイク・リンデルは気づき始める。ビールを持ってきたクリーン・カットからの質問に、マイクは嘘で応えるが、リゾート施設のリストバンドをしていなかったため、簡単に嘘がバレてしまう。マイクは疑われ「ここに来たことがあるのか?」と質問をされ、「来たことがない、もう嘘はない」と言った直後、マイクはうっかり町の名前を口にしてしまう。
「ここに来たことがないのなら、どうして町の名前を知っているんだ?」
 三人の男達がマイクを取り囲む。マイクの喉にはマチェーテ【鉈の一種】が突きつけられた。普通なら命乞いをするところだが、マイクは普通の状態ではない。マチェーテの刃を両手で掴んで「マチェーテは買わない」と言い放つ。
 マイクはタバコを吸おうとするが、ポケットから行方不明の未成年の写真が出てくる。クリーン・カットはマイクのことを警官や情報提供者、あるいは敵対するギャングのスパイだと疑っていた。
私は顔と胸から血の気が引いていくのを感じた。そして足に向かって、脳が「走れ」と言っているのを感じたが、動く勇気はなかった。私はその場に留まり、私の人生における大事な人々の顔が走馬燈のように頭の中を駆け巡りった。妻、子供、両親、孫。その瞬間、死が現実のものとなった。
 急に悲しくなってきた。これが私の依存症と誤った決断がもたらしたものなのか。馬鹿げている。考えてみると、あの白い粉を手に入れるために何十年も策略を練り、唸り、最後にはすべてを失ってしまったのだ。
 私はとても賢かった。私はとても賢かったが、ゲームは終わってしまった。私はこの暗い荒れ果てた通りで死ぬことになった。
 アメリカ人観光客がメキシコで行方不明になったという小さなニュースが流れた。

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 序章でいきなりゲーム・オーバーです!
 次回、マイク・リンデルはどうなってしまうのでしょうか?

Posted at 2021/04/28(Wed) 06:28:48

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韓国人の慰安婦問題はBLMと同じような問題(マイケル・ヨン)



我那覇さんのニューメキシコからの動画(1/27の続き)

話の内容で出ている本がこちら。

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マイケル・ヨン 慰安婦問題の真実

 アメリカ人に、韓国人の(政治的な)行動についての問題を説明する際「BLMと同じようなものだよ」と説明すると、すんなり理解して貰える……と思います。ただ説明する相手がANTIFAや民主党系だった場合、最悪の場合ドアノブに吊されるかもしれませんから、相手はちゃんと見極めないといけませんが。民主党を見たらヒラリーと思え!

 ところで、説明文にありますが、我那覇さんの動画も文字起こしや翻訳してしまっていいのでしょうかねぇ……。ここでは一応。権利上は大丈夫そうなやつだけ選んでます(政府発表、スピーチ、リーク、潜入調査、予言、anonymousの書き込み、ツイート類、陰謀論のレッテルを貼られている言論など、拡散希望されているもの)が、我那覇さんの動画は正当に評価されるのであれば、もっと大きな利益を生むべきだとは思っています。

Posted at 2021/01/28(Thd) 13:18:53

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佐藤泰志作品集

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amazon.co.jp;佐藤泰志作品集
 なにこの辞書サイズ。大きく、分厚く、重く、そして大雑把でまさに鉄塊そ(ry
 手で持って読むと重すぎて手首が痛いのですが、厚すぎて書見台にも設置できないという罠。仕方ないですけれども……。
 読めなかった「星と蜜」「虹」が読めるのが嬉しいです。

 作品一つ一つについてはもう語ることもないのですが、福間健二の解説について。

彼の小説は、どういいのか。どうすごいのか。結局、文学の本来の力がそこにあるということを換言するだけになるかもしれないが、それは、「逃避」か「参加」かといったレヴェルを超えたところで、現実と向き合い、生きる人間をつかまえている。そして、そこには生命の粒子のつまった空気が流れていて、熱と匂いと汚れがそのまま輝きとなるような結晶の瞬間が訪れるのだ。

 綺麗すぎてわかったようなわからないような言い廻しですが、要するにあるものをありのままに表現できている、ということでしょうか。佐藤泰志の作品には確かなリアリティが存在する、と。
 最近流行りの小説にはこれがありません。実話だろうがなんだろうが現実味のないシュールな世界ばかりが描かれています。リアリズムの強い作品は重厚となりがちなので、読者から受け容れられないのでしょうね。
しかし、佐藤泰志の表現は、中上健次のような、神話的な時空への展開をもたないし、また、村上春樹のような、ニュートラルな身ぎれいさにむかうこともない。ひとくちにいえば、等身大の人物が普通に生きている場所に踏みとどまっている。

 要するに昔ながらの、本格派純文学小説家といったところでしょうか。ほのかに漂う第三の新人臭。
 佐藤泰志は自分と戦っている様子がこちらにまで伝わってくる稀少な作家です。本当に痛々しい。不幸系の純文学作家は大勢いるにはいますけど、みんな程度がヌルいですから。病気の鬱となんちゃって鬱くらいの差はあります。
 しかし、自分語りの私小説に留まるのではなく、ちゃんとした物語として作品を完成させています。そこら辺に関しては年譜や、生前のことをよく知っている人の話などと照らし合わせてみるとよくわかります。

 同世代の村上春樹と比較されていますが、彼が売れる作家の典型的スタイルなら、佐藤泰志は売れない作家の典型的スタイルですね。
 作品は確かに芸術だけれども、商品としては弱い。仮に私が出版社の人間だとしたら、やはりプッシュするのは躊躇します。

Posted at 2007/12/14(Fri) 16:38:41

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倉本聡「玩具の神様」――物書き必見の書

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amazon;倉本聡「玩具の神様」理論社
 書くことが心に沁みる――そう表現すればいいでしょうか。

 書くということは、こんなにも覚悟のいることなんだ、と。

 このドラマを見て、私は本格的に作品を書いてみようと志しました。ほとんど中二病みたいなものですが、覚悟が必要なことだからこそ自分は創作の道を進むしかない、と考えたわけです。

 この話は今までに何度も書いていますし、あちこちでこの話を引用しながら「書く」という行為についてコメントしてきました。

 日本においては“言霊”のことを殊更に採り上げたがる。倉本聡ドラマの「玩具の神様」は、偽物の脚本家と本物の脚本家が登場するが、偽物が手書きで、本物がワープロ書き。本物(館ひろし)の薄っぺらさと、偽物(中井貴一)の重厚さとのアベコベが面白い作品だった。
 その中で、脚本家を志す無名の女性(永作博美。風俗にて手でご奉仕シーンあり(笑))に向けて、偽物の作家は『直接書かないと言霊がこもらない気がする』と教えるのである。言霊、と文字に書いて見せる姿は、実際何んでもないのだが、ワープロ/パソコンに振り回されている自分としては、とても懐かしいような感動を覚えた。
 “言霊”に限らずとも、井上ひさしは戯曲において『言葉のリズムというか、“ナニカ”が違う』(註:作者による意訳)として、一旦はワープロ書きになりながらも、手書きに戻ったという。これは顕著な例。
 一つ一つ文字をかみしめて“書く”ことは何よりも重厚さを生み出すことは間違いないと思う。

 中二病くさい文章で、少し黒歴史なのですが、昔の日記から引用してみました。

『玩具の神様』はNHK・BSドラマの脚本ですが、肝心の映像が商品化されていないために、個人的に録画されていない場合は、現在シナリオで読むしか作品に触れることができません。
 本当は映像とシナリオ両方見るのが一番ですが、再放送の可能性はともかく、DVD化についてはNHKだから諦めるしかないかもしれません(そのくせポルノな内容のアニメはすぐDVD化するのですが)

 恐らく倉本聡最高の傑作です。「北の国から」の千倍は面白いです。倉本聡自身がシナリオ学校である富良野塾をやっているせいか示唆的な部分が多く、多少薬臭いと感じる方もいらっしゃるかもしれません。また「ゴミ箱の中の天使」など、人によっては堪えられないかもしれないキーワードが出てきます。しかしそれがいい。青臭いくらいの言葉の方がずっと心に沁みる。
 それだけ現代では書くという行為が迷走しているということです。技術だけで言えば十代でも一線のプロと同じくらい上手に書ける人間はごろごろしている(特に女性の文体コピー能力は異常)一方、肝心の中身は何もないというのがシナリオ、小説共に共通した問題となっています。
 書くべき人が徐々に技術を身につけていくのが執筆の本来の姿ですが、現代では完全に逆転しています。倉本聡はこれを雑巾絞りに喩えて――

「今の若い連中は雑巾の絞り方については、本当によく知っている。教えることなんて何もないくらいだ。だけど雑巾には肝心の水が染み込んでいない。どれだけ絞り方が巧くても何も出てこない。だから富良野塾では雑巾の絞り方ではなく、雑巾に水を含ませることを教えている」

※メモをとらずに私の耳で記憶した言葉なので、意訳となっています。

 さて、感想はここまでとします。しかしあらすじを書くのは無粋ですし、印象に残った言葉を少し引用して終わりとします。


 偽物が頭を抱えている。
 その後ろに立つ二谷。
二谷「どうしたンだ」
  間。
偽物「書けないンだ」
  間。
二谷「おれは書いたぞ」
  間。
二谷「お前だって書ける」
  間。
偽物「黒岩先生にいつかいわれたことがさっきから頭を離れない。――たとえ一千万人を感動させても、一人を傷つけるなら書いてはいけない」
  二谷。
偽物「おれはやっぱり、書くことが出来ない」
二谷「――!」
  二谷。

オモチャ「どうしてワープロを使わないンですか」
ニタニ「直接ペンで書かないと、なンか言霊が伝えられない気がするンだ」
オモチャ「コトダマ?」
ニタニ「ああ」
オモチャ「何ですかコトダマって」
ニタニ「言葉に宿ってる霊のことだよ」
  紙とペンをとって書く。
  ――『言霊』
ニタニ「こういう字を書くンだ」
  オモチャ。
オモチャ「そうなンだ。――この紙、もらっていい?」
ニタニ「どうぞ」
オモチャ「(拝むように受け取る)神様のお言葉、ありがたくいただきます」

 ドラマのシーンが浮かんで、なんか涙が出てきました……。

Posted at 2007/06/05(Tue) 06:03:23

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 『ツヴァイク短編小説集』長坂聡訳(※ネタバレ注意)

 シュテファン・ツヴァイクといえば「マリー・アントワネット」や「人類の星の時間」など伝記作家として有名で、一般的なスタイルの小説は、現代ではあまり知られていない。
 オーストリッチであるツヴァイクは二度の世界大戦で、戦禍の中心にあったが、兵士として戦争に参加することはなかった。最終的には南米へ亡命し、絶望のあまり自殺した。
 ツヴァイクはヒューマニストで「一つのヨーロッパ」思想を持っていたが、現在のEUとは少し違い、ボーダーレスに近い形の理想郷的世界観だった。
 典型的な、金持ちのボンボンが道楽で書き始めたタイプの作家といえる。それゆえに彼のヒューマニズムは打たれ弱く、(例えば積極的に貧しい人々に働きかけるようなことはなく)あくまで知識人や紳士同士の付き合いに限定されるものだった。

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amazon.co.jp;「ツヴァイク短編小説集」長坂聡訳

 ツヴァイク全集では手に入らない短篇も載っているが、初版は非常に誤字脱字の多い本だった。


「猩紅熱」
 この主人公は現代のヒキコモリやオタクなどと通じるものがある。
 こういう書き方をすると誤解されるかもしれないが、現代になってこうした人達が突然現れたのではなく、単に言葉が発明されて存在が明確に区分けされるようになっただけのこと。
 ヒキコモリもオタクもニートも、文明発生とほぼ同時に生まれた階級制や奴隷(農奴)制などにより、比率にすればむしろ昔の方が現代よりも、趣味と遊びだけに生きた人間は圧倒的に多かった。

 話しを戻そう。
 田舎から都会に出てきた主人公のベルガーは都会での生活に戸惑い、大学にもなじむこともできない。医者の卵で頭はいいクセに軟弱で据え膳も食えないような男である。
 すっかりひきこもって毎日妹の写真を眺めながら過ごしているある日、下宿先の少女が猩紅熱という伝染病に罹って死にそうにしている。
 少女を看病するうちに医者を目指す決意を固めるが、彼女が眠っている間にキスしてしまったために自分が伝染病に罹って死んでしまう。

 因みに少女の年齢は十三歳。まだロリコンという言葉のない時代のお話。

「エーリカ・エーヴァルトの恋」
 今度は全く空気の読めない自意識過剰女が主人公
 最愛の男性からプロポーズされたのを自分で蹴っておきながら、全てを自分の都合良く解釈して後日密かに逢いにいくも冷たくあしらわれるという話。
 しかもこの主人公、自分の非には全く気づいていない。

 音楽の天才同士のカップル、というモチーフを巧く使っているので、かなり軽減されてはいますが、冷静に物語を振り返ると、もう痛いのなんの。
 ツヴァイクは現代に生まれなくて本当に良かったと思う。

「駄目な男」
 ギムナジウムでダブッてしまった主人公が教師に噛み付いたあと、自殺するという話。

 現代で言えばただのDQN。

「昔の借りを返す話」
 女性が書いた手紙体の作品だが、ちょっと要約が難しい。
 簡単に言えば、昔は売れっ子だったのにすっかり落ちぶれたオペラ歌手の誇りを僅かながら取り戻してあげるという話。
 実は主人公は少女時代に憧れのあまり、この歌手と肉体関係寸前まで行って、破滅の人生を覚悟したことがあったけれども、無傷で帰してもらった。
 借りとはそのときのこと。

「置き去りの夢」
 愛よりもお金を択んだ女性が「あのときああしておけばなー」と後悔する話。

「十字勲章」
 ナポレオンの時代。
 敵地スペインにあるフランス兵が一人、本隊とはぐれてしまい、奇蹟的に本隊とでくわすものの敵兵と間違われ射殺される。
 しかも大事に持っていた十字勲章を見て、味方のフランス兵から暗殺者と間違われ、さらなる暴行を加えられて道端に捨てられる、というもの。

「リヨンの婚礼」
 フランス革命当時、叛乱を起こしたリヨンに対して、叛逆者の処刑と建物の破壊が命ぜられたが、虐殺のために集められた地下室に、偶然にも『流血の日』に婚約予定だった一組の男女が居合わせた。そこには司祭もいたために、無事に婚礼の儀を行うことができ、二人は無事に初夜を迎える。
 翌朝、死刑執行の行列にも拘わらず、一行はいかにも陽気そうに歩いていた。このまま奇蹟が起こるかと思えたが、しかし一人残らず殺されてしまった。

 私はこれが一番面白かった。

参考:
wikipedia;ジョルジュ・クートン

リヨンへの派遣
1793年5月30日、彼は公安委員会のメンバーになり、8月には反革命的な行動をとったリヨンへの派遣議員となった。都市の包囲を強固なものにするため、国民皆兵の制度を整えた後、6万の兵員を集めてリヨンへ出向した。

リヨンは10月9日に降伏するが、公会は都市の破壊を命令した。クートンはその命令を実行することなく、反革命指導者を適度に罰して対応したが、公会は彼の代わりにジョゼフ・フーシェ、コロー・デルボワらをリヨンに派遣し、その後彼らによってリヨンの破壊は徹底的に行われた。

「ある破滅の物語」
 プリ侯爵夫人の伝記。プリ侯爵夫人はルイ15世の親族ブルボン公の愛人で、事実上フランスの国政を牛耳って金銭をたんまりと使い込んでいた。
 さらにポーランドに恩を売るため、王にマリー・レクザンスカを嫁がせた。
 こんなことをしていれば当然叩かれるわけで、司祭から追及されたために追放しようとして逆に自分がノルマンディーへ追放された。
 そこで27歳で死ぬまでの様子が書かれている。

 これも面白かった。
 ツヴァイクは創作小説だとテクニックばかりに頼っているので、やはり伝記でこそ実力が発揮される

「森に懸かる星」
 高嶺の花のマダムに対して惚れてしまったウェイターが、マダムの乗った列車で鉄道自殺をする話。

 ストーカーもここまでやれば愛なのか?

「レポレラ」
 ドン・ジョバンニに出てくるレポレラのような、気持ち悪い女従者の話。
 主人はこの従者を気味悪がりながらも、都合良く気が利いているために利用していた。レポレラというあだ名までつけて。
 しかしだんだん歯車が狂ってきて、このレポレラ、主人のために要らぬ人殺しまでしてしまう。主人は喜ぶどころか、心底気味悪がる。

 これは怖い。
 世にも奇妙な物語か、Y氏の隣人辺りにこんな話しがありそう。


 こうやってあらすじに要約してみると、筋そのものはかなりえげつないものが多く、しかも登場人物で主役を張っているのはほとんどが人格障害者。しかし緻密な描写によってどうにか作品の域にまで高めている。
 ツヴァイクは面白いのだけれど、繊細すぎる。

Posted at 2007/04/13(Fri) 04:00:42

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第2回 辻原登『夢からの手紙』

 あまり絶版本ばかりを紹介しても詮ないことなので、新しい本を。

辻原登『夢からの手紙』

  • 川に沈む夕日
  • 菊人形異聞
  • おとし穴
  • もん女とはずがたり
  • 夢からの手紙
  • 有馬

 江戸時代を舞台にした独立した六篇の短篇小説が収められている。
 ほとんどが男と女の話。
 全体的に夢野久作臭く、「菊人形異聞」や「おとし穴」中でも特に「もん女とはずがたり」はその傾向が顕著で、夢野久作の新作ではないかと錯覚するほど黒い。
 夢野久作を知らない人にとっては不親切だが、これ以上適切な紹介の仕方はないものと思し、何より読んで素直に面白い作品集となっているので、極力ネタバレはしたくない。あらすじを書くなどあまりにもったいない行為。いくつか難しい言葉が出てくるものの、すらすら読めるので何も心配は要らない。

「有馬」に柿本人麻呂の話が挙がっている。言わずと知れた万葉歌人であるが、柿を『かき』と読まずに『こけら』と読ませている。こけらは木屑とも書くが、かんなくずのことである。
 紙の貴重だった当時、歌はそのこけらに書かれたのではないか。そしてそのこけらに最も多くの歌を書いたためのが人麻呂という人だったため、柿本【こけらもと】と呼ばれるようになり、後に【かきのもと】と誤読されたのではないか、という説である。
 これは至極尤もな説だが、あいにく考古学的に検証されたことはないし、証拠も何一つ残っていない。

 一般的にかきという字とこけらという字には微妙な違いがあるとされる。

kokera.jpg


 しかし、本当にかきとこけらについての違いはこちらで紹介されている通り、厳密な区別などは存在しないという。

 こういうに、学問が解決していないことを書けるのも小説の面白さかもしれない。

Posted at 2007/03/09(Fri) 13:49:08

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