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佐藤泰志作品が続々と文庫化へ

 何やら目を離している隙に佐藤泰志作品が続々と文庫化されていました。

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 喜ばしいことですけれども、このラノベ全盛期に一体何事でしょうか……。辻仁成辺りが暗躍でもしたのか……。

 佐藤泰志の作品は純文学としては、正直に言うとイマドキの芥川賞小説をはじめとした新人賞小説(無名・既刊新人賞含む)よりはよっぽど読み応えがあります。
 近年の純文学のモチーフといえば、登場人物が作家と編集しか出てこないなど、職業を持っていてもせいぜいバイトか自由業止まり。
 プロットの時点で商業作品として失格のものがなぜか上まで行ってしまっている状況。漫画の楽屋裏ページじゃあるまいし、一体誰が作家と編集の馴れ合いなんて読みたがるのか……。読者の目線の作品を書く能力がなければ商業作家としてはやっていけないのは、純文学でも一般文芸でもラノベでも漫画でも映画でも全て同じです。その辺は兼業が当たり前の小説家よりも、漫画家の方が編集から厳しくせっつかれますね。
 小説家が作家や自由業者の物語しか書けないのは、現実社会での経験不足という何よりの証拠。そしてひたすら形而上学的愚痴と毒を、秀逸な文章で書き殴れば純文学小説のできあがり。これじゃあねぇ……。

 佐藤泰志の小説は、そういうよくあるスッカスカな小説ではないので、読んでいる間とても重たい気分となります。しっかりと読者の心を揺り動かしてきます。
 しかし、こういう風に心を揺り動かす作品というのは90年代くらいから市場で避けられてきました。読者は重たい作品よりも、より軽妙で軽い読み物を欲していたのです。

 冒頭でラノベ全盛期と書きましたけれども、じゃあラノベが軽い読み物かというとちょっと違います。ラノベ作家の描写というのは下手をすると純文学小説よりも濃厚になりがちです。なぜかというと、書いている作家が重度のオタクやマニアですから。
 彼らは一般社会において普通の人=善良な一般市民とは見なされません。オタクとして、社会からつまはじきにされ続けます。もし一般市民の気でいるラノベ作家がいたら鏡を見せてやるべきです。この化け物のどこが一般市民だ? と。彼らが生み出す作品が濃厚になってしまうのは、作家の資質ですね。
 一方で現在純文学を書く人というのは、濃厚な世界というのはサブカルもどき(せいぜいエヴァ止まり)にしか手を出さないごく普通の人です。テレビを見ては野球や政治をテレビの言う通りに批判する、善良な一般市民です。濃厚なものを書く素地がないんです。だから軽妙なものしか書けない。
 もしも濃厚なものを書けば普通の人の枠から外れ、人格さえ否定されるでしょう。もしかすると、自分の社会的地位を高めるために、あるいは見栄のために小説を書いている人もいるかもいれません。純文学小説家の看板は今でも後光を放っていますから。

 さて、話を戻します。佐藤泰志は善良な一般市民でしょうか? 答えはNOです。
 自殺したこともそうですけれども、他人との距離感のつかめなさや、自分を評価してくれた人への依存の仕方、精神の弱いところなど諸々を含めて、現在のオタクの精神性そのものでしょう。
 このように列挙してみると、太宰治の精神性に近いですかね。太宰治ももちろん現代ならオタクです。太宰に匿名掲示板でも与えたら、きっと自演しながら日がな1日クリックし続けるでしょう。石川啄木だって給金は良かったけれども、現代で言うなら究極のだめんずですね。
 現代でこそオタクはアニメ的な世界へ逃避していますけれど、そういったもののない過去であれば女や風俗、映画や演劇といった分野へ逃避していたわけです。形が変わっただけで、精神性は何ら変わりません。むしろより創造的・生産的になったかもしれません。

 そういった精神性を持った人達が書いたものは、好き嫌いこそ分かれますけれど、面白い。文章がねちっこいと感じることもありますし、内容は誤魔化しだらけなこともありますけれど、読者の心を搏つ可能性を秘めています。社会的にダメな人ほど心の奥底は純粋ですので、透明感のある美しいテーマも見え隠れしてくるでしょう。
 ただし、尊敬される機会は少ないでしょうね。ぶっちゃければ変態ですから。何よりも生きているうちには報われないと思います。

 健康的でノーマルで善良な一般市民で、偉大な小説家までのし上がったのは、ヘミングウェイと村上春樹くらいですかね。でも、ヘミングウェイも幼少時代の経験からちょっと性癖が歪んでますからね……。

 今の時代だからこそ、佐藤泰志の小説というものは重要だと思います。ちょっと時代が古いなと感じる描写ありますけれども、物語の奥底にあるものをすくい取って読むことで、何か違ったものが見えてくるかもしれません。

Posted at 2011/05/02(Mon) 14:04:37

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この記事へのコメント

 

 アンデパンダン以降すっかりご無沙汰しております。
佐藤泰志の「海炭市情景」は、企画書を読んで、タマに
は、芸術性が高いが人間関係が複雑に入込んでいる原作
を、映画化してどうまとめるか興味がありサポートしました。キネマ旬報のベスト10に入ったり各地の映画祭で
受賞するなどして私の芸術的感に自信が持てました。
DVD化されてレンタルも可能ですから時間がありまし
たらご覧ください。

Posted by 浅野 at 2012/04/10(Tue) 06:06:20

 

ご無沙汰しております。
いい映画が受け入れられると嬉しいですね。
DVDは買わないといけませんね。次の報酬が入れば……

Posted by 紫陽 at 2012/04/12(Thd) 21:21:59

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