I teie nei e mea rahi no'ano'a

文学・芸術など創作方面を中心に、国内外の歴史・時事問題も含めた文化評論weblog

死体はどこへ行く

http://www.cnn.co.jp/fringe/CNN200512140013.html


 この記事を見て以前死体に関する短編を書いていたのを思い出してアップロードしておいた。悪趣味でバカバカしい実験小説だが、メインページから見られるので、興味のある方はご一読戴けたら……と思う。
 さて、人間の死体は人類にとって最も厄介な“ゴミ”の一つだ。近代に入ってから人々は富み、倫理面と衛生面の両方の理由から、そこらへ打ち捨てるわけにもいかない。日本に至ってはたとい全く費用が無くても自費で死体を焼かねばならない。しかも自分で勝手に焼くことは許されず、必ず指定された業者に依頼しなければならない。もし焼かなかったり、勝手に死体を損壊するようなことをすれば法律によって厳しく罰せられる。その理由は論理的および科学的には一切説明されない!
 もちろん死体を焼く行為はとても賢い。土葬と違い、場所を取らない。日本の納骨堂は、土地の狭い日本にとって実に優れたシステムと言える。狭い土地でありながらも土葬文化を守り続けるフランスなどは既存の墓地をショベルカーで掘り起こし、腐りかけの屍体をあばきながら、土地を交ぜてならし、もう一度それを新しい墓地としているくらいである。こんなものは現代には似つかわしくない。西洋において一部の民族からは死体を焼く行為は野蛮とも批判されているが、そんなものは狂信的な戯言に過ぎない。もはや土葬はあらゆる現代社会の実情に合わないのである。
 
 死体を尊重する文化は一体何んなのか? 死体倫理とは果たして正しいものなのか? 
 死者を弔うのは精神的な問題であって、少なくとも単なる物体と化した死体を敬うのは、明らかに間違っている。それこそ野蛮風習と言える。
 原始人の頃から既に人間は墓地を作っていた跡があるという。人間が知能を著しく発展させたのは死者を悼む心の発生によるとも言われるし、それは人間だけに見られる現象だと一説には言われている(もちろん、高等哺乳類には死んだ子供の死体へ哀惜の念を感じているであろうことは観察されている)
 ただしそれらは死体信奉者による狂信的こじつけかもしれない。それはユダヤ教などの『復活説』や、『聖者の遺体は腐敗しない』という奇妙な宗教的迷信からも推察できる。
 恐らく、“死”という概念を怖れるがゆえに人は死体を大切に扱おうとしはじめたのである。そして“アノ世”が作られてからは、死後の生活を豊かにするために、死体を手厚く葬ったり、ミイラを製作したりしたわけだ。
 もちろん、それらは単なる迷信に過ぎない。現代でも迷信は根強く人間社会に根を下ろしているのである。

Posted at 2005/12/14(Wed) 17:23:43

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「腐敗」
…ちょっとだけ仕返し(笑い)。
誤字>そのせいか、普通よりも火葬のに掛かる時間が早く済んだ。
推敲>まだお客がいる時間帯→まだ客がいる時間帯
 なんというかバランスが面白い小説ですねコレ。無理矢理カテゴライズすればミステリーとショートショートの中間といった感じか、文章の外堀がなんとも面白いというか。
で、リンク記事のような死体問題というのは…土葬か火葬かというのも文化の一つというか、故人を想うには何らかのイコン(というか故人グッズ)が必要とする感じですよね。最も生活に根付いた偶像崇拝というか…。
あ、いま気付いたけど「墓場」というのってほぼ世界共通ですね。本来は自然に帰してしまうほうが生態系サイクルに貢献するし現実的な輪廻転生とも言えるし。
僕は死んだら…葬式より、遺品のほうを焼き捨てて欲しい。Hな資料とか(笑い)。

Posted by ス at 2005/12/15(Thd) 01:31:58

ご指摘通りに変更しました。ありがとうございます。
妙に具体的なミステリータッチの作品を書こうと思ったのに、途中から変なことになりました。(笑) プロッティングも何もしないで、一筆書きのようにノリと雰囲気に任せて書いたような。
 墓地や墓標っていうのも面白い物体ですよね。一体誰がやりはじめたことなのか想像もつきませんが、食人種や極一部の民族でない限りはちゃんとお墓を作っていますし。
 とにかく、迷信や形式上のことのために生きている者が迷惑するシステムは良くないと思うのですよね。昔は偉い人が死ぬと人柱を埋めていたくらいですし(このシステムも世界各地に多いですよね)。さすがに人柱は人形で代用されるようになりましたが、ひな人形に似た風習でも、人形ではなく生きた人間を生け贄に使って厄除けをする風習もありますし。
 もし生きていた人々の数の分だけ墓標が用意されれば、あっという間に地表は墓に埋め尽くされてしまうわけで(笑)、何か画期的な死体処理法と儀式法を誰か発明してくれないかな、と思うのですが。
 死んだときにえっちな資料を……というのは男なら大抵の人は持っている心配の種ですが(笑)、棺と一緒に入れて火葬して貰えば一石二鳥です。ついでに葬儀の場面をほがらかに盛り上げてくれて、ムードメイキングにも役立ちます。おとなは大喜び、こどもは一つ大人への階段を上ることが出来ます。(笑)
 
どうでもいいですけど、「に>のに」って誤字は妙に多いですよね。私は手書きでも同じように間違います。しかもwordの誤字検索でも、引っ掛からないので厄介。(笑)

Posted by 紫陽 at 2005/12/15(Thd) 14:48:36

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