5月22日(Thu): 退院

 呼吸器が止められてからしばらく、周りで何が起こっていたのか分かりません。ただ何も見えず、何も聞こえず、下を向いて泣いていました。呼吸器が必要だったとはいえ、心臓があんなに力強く動いていたなっちゃん。足をうにょうにょ、舌をペロペロ、口の周りをあふれ出る唾液で泡々にしていたなっちゃん。僕らの呼びかけに、ちょっとだけクビをかしげて答えてくれたなっちゃん。そのなっちゃんが固まってしまった。つらい思いはさせたくないと思っていたけれど、取り返しの付かないことをしてしまったような喪失感。悔しいからか、悲しいからか、あふれ出る涙を抑えるつもりはありませんでした。これまで支えてくれた先生方に感謝の言葉を出すのが精一杯。それでもしばらく先生の顔を見ることはできませんでした。

 ようやく落ち着いたところで、今後のことについて聞かれました。病院の霊安室に一旦安置して、そこから業者に搬送してもらうという人もいるそうです。いやそれはダメです。まず家に連れて帰ります。そう強く言うと、それではすぐに死亡診断書を作りますと言ってくれました。それが無いと車に乗せて運ぶのは犯罪になるそうです。それまでになっちゃんは帰り支度。身体に付いてるチューブやカニューレ(呼吸器の取り付け口)を外し、お風呂に入って身体を洗って、きれいな服に着替えましょう。おむつを外すとまた血便が出ていました。最後までつらかったんだね。

 はだかにして、いつものお風呂へ。呼吸器回路が無いとこんなにも移動が楽だなんて。カニューレを気にしないとこんなにも洗うのが簡単なんて、傷を気にせず頭をゴシゴシ洗って、カニューレバンドがあって洗えなかったクビの後ろの垢をきれいに落とし、あーすっきり。最後は滅菌水で身体をきれいに流してベッドの上へ。バスタオルできれいに水気を吸い取り、さあ洗濯したての服を着ようね。おっとその前に体重測定だって。12645g。すごく大きくなったね。身長も胸周りも測ろうね。ああそれから、鼻の穴とお尻の穴と、カニューレ口に綿を詰めなきゃならないんだって。さあ、あらためて服を着ましょ。

 Kさんがきれいにお化粧をしてくれました。顔色が悪いと嫌われちゃうからね。いつもの帽子もかぶせていっちょ上がり。かわいいなっちゃんの出来上がりです。その間に、病棟に置いてあった私物が集められました。なっちゃんがいなければここに来ることももうない。冷たいようですが、あっという間になっちゃんがいた痕跡は病棟から無くなってしまいます。そうしている間に、僕らはなっちゃんと記念撮影。悲しいんだけど、なんとなく半べそかいた子供のような顔で、なっちゃんと一緒に写真に収まりました。そうだ、ベッド脇になっちゃんの椅子が置いてあったはずなんだけど。持ってきてもらってなっちゃんを座らせてまた記念写真。これはなっちゃんの退院記念なんだからね。かみさんと僕とKさんと、なっちゃんを挟んで写真も撮りました。やっとお家に帰れるんだから喜ばなくちゃ。

 病院で書類を作ると、思いの外時間がかかります。片づけがほとんど終わって、ぼーっとする時間ができました。今度は本当になっちゃんを抱き上げてみました。呼吸器があったからなっちゃんを普通に抱っこできなかったんです。今ならできる。13キロに届こうかという身体はずっしり重量感があります。でも嬉しい。僕もかみさんも、Kさんも次々に抱っこして、勤務の終わった他の看護婦さんや手の空いた先生達もやってきて、次々になっちゃんを抱きながらお別れの挨拶をしてくれました。なっちゃんは顔が広いからね。みんなみんな、なっちゃんはよく頑張ったって褒めてくれる。なっちゃんは偉いって。死んじゃったんだけど、みんな明るくなっちゃんを抱っこしてくれる。ほらね、こんなにみんなから応援してもらってたんだよ。なっちゃんを抱くと胸板が厚いのがよく分かる。呼吸器の圧力で胸郭が鍛えられたんだね。ぎゅーっと抱きしめてあげるよ。あらごめん、鼻がつぶれて低くなっちゃった。

 ようやく書類ができました。死亡診断書の死因には「細菌性髄膜炎」と記入されています。生まれてすぐの感染症がひどすぎて、それが最後まで尾をひいていたという診断だそうです。今回も感染症になったけど、最初のに比べたら全然軽いものだった。ただこれまでの身体のバランスは決して強固なものではなくて、ちょっとしたことで崩れてしまったのだと。そういう説明を最後に受けました。

 いよいよ退院です。かみさんがなっちゃんを抱いて、身体にタオルケットを巻き付けました。病棟の出口で全スタッフのお見送りを受け、なっちゃんは堂々と廊下を進みます。エレベーターに乗り、いつもの面会入口を通り、車に乗り込む。先生に何回お願いしても成し遂げられなかったなっちゃんの退院です。もうここまで来ると、悲しいより嬉しさが込み上げてきました。だれもなっちゃんがもう動かないなんて気づかなかったでしょう。

 「なっちゃんお帰り」

 家に着き、リビングに布団を敷いてその上になっちゃんを寝かせました。布団を上にかけるとあら不思議。まだ動いているみたいに見える。病院にいたって激しく動いたわけじゃあないからね。呼吸器が隣に無いだけで、なっちゃんの見た目は変わらないんだよ。やっと家に帰って来られたね。ママのお腹にいたときからずいぶん経っちゃったけど覚えているかな。天井が高くて気持ちのいいお家でしょ。今日はなっちゃんの退院記念日だ!

 しばらくしてから、葬儀会社の人を呼びました。今後のことの相談です。まず入ってきてやったのは、寝ているなっちゃんに向かって手を合わせた。違うんだって、寝てるだけなんだって。それじゃ死んじゃったみたいでしょ。と実は心の中で思ってました。お線香をあげる台が手際よく作られ、なっちゃんにドライアイスを抱かせてから打ち合わせ。日程的には一日このまま家で寝かせてあげて、そのあとお通夜と告別式をすることになりました。

 そうこうするうちに、早速友達がなっちゃんに会いに来てくれました。ずっとなっちゃんを応援してくれた友達です。きれいな花束を持ってきてくれて、なっちゃんの隣に置きました。賑やかになったね。

 その夜。なっちゃんの隣におじいちゃんとおばあちゃんが寝ています。僕らは自分のベッドで寝ました。いや、寝ようとしました。今日一日あった出来事は忘れられません。目を閉じると色んな場面が目に浮かびます。身体も心も疲れているのに、なかなか寝つけません。あたりまえなんでしょうけどね。

 なっちゃんが大学病院に入院してから、我が家のドアロックはずっと掛けずにいました。なっちゃんが帰ってくるまで家族は揃っていない。もしなっちゃんが帰ってきても入れないと思って。でもようやく家族3人揃いました。もう離れ離れじゃなくて一緒にいられるね。

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