ダミー回線を抜ける。すぐ目の前に広がるインフィニットへの入り口。
来た来た来た来た!
時間的余裕はない!ええっと、ダミーのIDリストから適当なのを選んでアクセスを試みる。まずは低位のアクセス権限を奪って、徐々にアクセスレベルをあげていく……使い古された古典的なハッキング方法だけど、一番確実だ。
しっかし……固いなあ。セキュリティホールなのに……よっと、とりあえずこの辺りの権限は奪ったぞ。どれどれ、サイトマップを……と。
立体表示されたサイトマップには、ほとんど全てのホストが表示されていた。一部分真っ黒な部分があるけど……よっぽどコアなシステムなんだろうな……今はいいや。
さてさて目当てのサイトはっと……うーん、はっきりしないなあ……うん?これは……"TOWER"?なんだろう……うん、よし!
狙いをこいつにしよう。他のサイトとは名前付けが違うし、なんか独立している……感覚変換には関係ないかもしれないけど、かなり重要そうなサイトだし……やってみるか。
あたしは"TOWER"と名付けられたサイトに手を伸ばした。そしてそれをそっと手につかむと、目を閉じて魔法の呪文を唱えた。
"鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番綺麗なひとはだあれ?"
ラッキー・スミスはいらついていた。ただでさえてんてこまいなのに、"お客さん"まで押しつけられて自分の仕事ができないからだ。
「ああ、そんなやり方するな!」
「す、すみません!」
……まったく、これだから莫迦は困るんだ莫迦は!……ああ、まあ、知らないシステムをいきなり任されたら誰でもそうなるわな……だから素人よぶなよなあ……まったく、レヴィンスキーの旦那といい、会長といい……人使いが荒いよ……。
しかし、心の中で愚痴愚痴愚痴りながらも、手はまったく止まらない。
……おー、結構取れたじゃん……しっかし、ごっつい話だよなあ……世界中のネットワーク構造をコピーしろだなんてさ。
ラッキーはインフィニットのネットワークを駆使して、世界中を情報が流れる姿をありのままを取り込む作業をしていた。
有り余るネットワーク帯域はこれのためだけに圧迫されていた。もちろん、業務に関係するネットワーク群はこれらから切り放されているが、そこからの情報も当然取り込まなくてはならない。
……あー、くそ!データ領域がいくらあっても足りんぞ、こりゃ。
「ラッキー!」
その時リックから声をかけられる。
「なんすか!」
「いま会長が準備に入った。おっつけ最終リンク試験に入るぞ」
「わっかりましたよっ!」
……畜生、これでまたリソース食われるなあ……いくらインフィニットOSの強化バージョンとはいえ、いくらなんでも荷が重いぞ……と、なんだこれ?
ネットワークリソースを示すグラフに今までとは違う変化が現れた。
……おいおい、よりにもよって"TOWER"にかよ……メカニカルトラブルじゃなきゃいいけど……って、おいおいおい!違うぞ、これは!?
ラッキーはモニターにサイト管理画面を呼び出すと、猛烈な勢いでキーボードをたたき始めた。
「どうした?」
それに気がついたリックが声をかける。
「どうもこうも……侵入者ですよ!」
ラッキーはしゃべるのもめんどくさげに叫んだ。
「それもこいつは……"TOWER"システムにアクセスしてやがる!」
「まさか……うちと同じシステムを?」
「ええ、まさに!フォーマットは全く一緒だ……」
「まさかお前の仕業じゃないだろうな?」
リックが疑わしげに言う。
「おれが!?自分でいじれるのにんなことしませんよ!」
「……そりゃそうだな」
「くそ……どこからきやがった……」
「とにかく会長に知らせよう」
「たのんます!俺はこいつを退治に……」
そう言ったきり、ラッキーは黙り込む。それを確認したリックは、フェリシアに知らせるべく走り出していた……。
メッセージを投げかける……返事が返ってくる……。
ああ……わかる……わかるぞ!あたしが使ってるシステムと同じだ!よかった……方言があったら面倒すぎるもん。
……ん?するってぇと、ハーンおばさんの持ってきたシステムってここの……ああ、いや、今はそんなことはどうでもいい。
とにかくデータ収集だ!
うははは……こりゃすごい!これは時計!ああ!ベンツの最新モデル!あ、これこのまえのパリコレの最新モード!あ、これは……サムスンの最新メモリモジュールじゃないのぉ〜!
……まあ、思わず騒いじゃったけど、これらはもちろん"Real"じゃない。データ……そう、ただのデータだ。いや、オブジェクトのフレームワークでしかない。それ自体が意志を持って動くわけじゃない。こちらのメッセージに反応するわけじゃない。少なくともここにあるモデルは全てそうだ。外見だけで中身がない……実装サボってんじゃないの?
ああ……そりゃそうよねえ……今目の前に並んでるものの量を見れたら、だれだってサボりたくなるわよね。
あたしの目の前には、圧縮状態のオブジェクト・フレームワークがそれこそたたみいわし状態で積み重なっていた。一応マークアップされてるから中身は想像できるけど……でもひどいなこれは。
あたしが見たいのはこんなジャンクじゃない。もっと本質的なもの……こいつらを利用するためのシステム……今あたしと接触しているもの、そのものだ。
時間がない……もう見つかっているかも……トラップは用意しているけど……システムの解析をして、コピーをして……ああ、悩んでいる暇はない……はやく……はやく……。
ふう……誰も見ていないとはいえ……壁一枚隔てて外には一杯人がいるわけで……そんなとこで裸になるのって……ああ、なんかいい感じ。
と、最後の一枚を……んしょ……。
『会長!!』
「うひゃああああああああああ!!」
足にひっかけて転びそうになった……うわあ、こっぱずかしい……。
「な、な、な……なんのよ!」
緊急回線以外はオールカットしてあるのに、なんでリックの声がするのよ!?
……あん、緊急回線?
「一体何事!?」
『侵入です!今ラッキーが対応を』
「侵入?!どこによ?」
ラッキーのやつ、なにやってんのよ!?
『"TOWER"ですよ、"TOWER"!』
「"TOWER"〜!?」
あたしは頭が痛くなった……よりにもよって、最重要機密事項に侵入!?……ラッキーは一生ただ働きね。
ああ、そんなことは後でいいわ。
「なんでそんなとこに侵入されてるのよ!?」
『それはまだ……しかも"TOWER"にアクセスしてる雰囲気が……』
「え!?」
……どういうこと?あのシステムにアクセスできるクライアントなんてここにしかないはずなのに……まあ、オブジェクトフォーマットは汎用使ってるから、できなくはないか……って、考えてる暇ない!
「わかったわ。最終リンク試験、やるわよ!」
『え!?こんな状況でですか!?』
「ちょうどいいわ。そのハッカーが"TOWER"システムにコネクトできるというのなら、対向試験までできてこの上ない状況だもの。準備して!」
『わかりました!』
ふう……はくしょん!!
うわわ……いくら空調効いてるからって、このままじゃ風邪引いちゃう……さて。
あたしは中央のポッドに近づくと、表面に埋め込まれたコンソールにコマンドを入力する。すると扉の部分が跳ね上がって、内部の様子が見える。
中には、水が身体が浸るくらい入っている。一応中をのぞき込んで確認する……よし、問題無し。
水に手を差し入れる。人肌と同じ温度……ちょっととろみがついている。そう、ただの水じゃない。これは……。
耳栓をしてと……よし、中に入ろう。
足の方からそろりそろりと入っていく。そして身体を中に滑り込ませると、あたしは水の上に浮かび上がる。
ふわふわ、ふわふわ……ああ、気持ちいい……って、のんびりしてる暇はないのよ。
あたしは腕を伸ばして扉に触れると、扉は静かに閉まり出し、そして完全な暗闇に包まれる。
なにも見えない。なにも聞こえない。完全に外界から切り放された、自分だけの空間……孤独……なにものにも頼ることの出来ない、完璧なる孤独……。
あたしは思う……なぜあたしはここにいるのか?なぜあたしは、生きているのか?
……それがわかれば苦労しないわよ。だからこうして……考える。考えるだけじゃわからないから調べる……そう、調べるの。
世界の全てを。
「くそー、好き勝手やりやがって!」
ラッキーは毒づいた。
侵入者はなんの障害を受けることなくシステムを漁っていた。それを妨害しようにもアクセスレベルが書き換えられているために手出しが出来ない。このままでは最悪ハード的に接続を切断しなければならないが、その損失ときたら……計算もしたくないほど莫大なものになるだろう。
「ラッキー、どうだ?」
リックがやってきて声をかけた。
「駄目です!妨害すら出来ない……完全にやられた、くそぉ!!」
気でも狂いそうな勢いで作業しながらラッキーはわめく。
「表玄関はロックされて干渉不能!ダミー回線を多重化してるくせにむちゃくちゃレスポンスがいい!しかもランダムに複数の接続経路をコントロールしてるから相手を特定することもできやしない……アクセスされてるのがわかってるのになにも出来ないなんて!!」
「落ち着け。とにかくシステムダウンだけは避けるんだ。データの退避に全力を注げ。おっつけ会長の支援がある」
「なんですって!?この状況下で試験をやるんですか!?」
ラッキーはこの世の終わりとでも言いたげな表情で叫んだ。
「んなむちゃくちゃな!」
「向こうはこっちと同等のシステムを使ってる。だからこそだよ。アクセス権限は会長を越えられるやつはいないからな。それでやっつけるつもりなんだろう」
「つもりって、そりゃいくらんなんでも……システムがバグったらどうすんですか!?」
「だからそうならんようにサポートするんだろうが」
『そうよ!』
その時、スピーカからフェリシアの声が聞こえてきた。
「か、会長!?」
『あんたたちが話している間に起動終わったわよ!ちゃんとモニターしてるの?』
「あ、はいはい」
ラッキーは"TOWER"専用端末に取りつくと状況を確認する。
「ライフデータ問題無し、感覚変換システム作動良好……うひょ〜、こいつはすげえ!」
ラッキーは嬉々としてモニターをのぞき込んだ。
「こんなにもレスポンスが向上するなんて、このシステムは……」
『システム評価は後回しよ』
フェリシアはラッキーを黙らせる。
『あたしが相手を押さえ込むから、ラッキーは相手の侵入経路つぶしとプロファイルの特定をお願い』
「わかりました!」
『リックはあたしのサポートを』
「わかりました」
『よろしい、でははじめ!』
ここからは、エミリーサイド、フェリシアサイドのどちらかを選択してください。あ、もちろん両方一度に見るというのあります。その場合はフレーム対応のブラウザでご覧下さい(^^)