……うげ……気持ち悪い……頭ががんがんする……こんなことするんじゃなかったかなあ……レポートには確かにそう書いてあったけど……伝聞と実体験とじゃえらい違いだわよ……。
……と。ここはどこだ?
あたしはがんがんする頭を抱える。
がつん。
ん?……ああ、そうか。データグローブとヘッドギアがぶつかって……って、あれ?
頭の外側からだけじゃなくて……頭の内側ってのか、なんか変な感覚がする……と、いうことは?
わーーーーーーーーーーーーーーい!!実験成功だぁ!
くう……よくここまで来たなあ……前なんか精神攻撃受けそうになるは、ハード飛ばすは、お金は飛んでくは……でもこれで前に進めるぞ。
今あたしはとある空間にいる。目の前にはさっきまで見ていたデスクトップ画面が、むちゃくちゃ拡大されて見える。そしてデスクトップ上のウィンドウやアイコンは、それぞれ奥行きを持って宙に浮いていた。そしてそれははっきりした映像の上に、同じ映像のぼやけたやつが重なる形で、あたしには見えている。
でもそれは仕方ないんだな……ヘッドギアのセンサー経由であたしの知覚神経系に干渉するのはこれが精一杯なの。むしろここまで再現できたのはある意味予想外。
そう、あたしが今見ているぼやけた映像の方は、PC上の画像をヘッドギアのセンサー経由で見せられているものなのだ。そしてそれは、これまでSF小説などでネタにされてきたサイバースペース……そのテストケースなのだ!
て、もちろんあたしが世界で初めてというわけじゃない。Hancockからむしり取ってきたのは、そういう研究の成果の一部だ。その辺りの話はネットで流れていて、ずっと前から興味を持っていた。でも事はそう簡単じゃない。大体、どうやってコンピュータの情報を人間の知覚として流し込むっていうの?
ところが幸か不幸か、二十一世紀に入って脳神経系の解析が急速に進んだ。それに合わせて医療機器の発達も進み、知覚と脳神経系の反応の相関データの収集もかなり進んだ。そして……世界初の感覚フィードバック実験が行われたのは、今から二年前のことになる(ちなみに今は2019年だ)。結果の方は……まあ、聞かない方がいいよ、うん。当時は反対運動もあったし。
でもその技術はあれよあれよと言う間に広がった。今ではもう実用レベルになっていて、このあたしでもパーツさえあれば使えるまでになった、というわけだ。
でも大変だったのよ……まじで一回死にそうになったくらいだし、やばい思いしながら実験データ探したりとか……そして今日、大成功したってわけ。あのパーツ様々だね。
しかし……なんとかならんもんかなあ、この格好は。頭と両の手のひらしか無いよ……まあ、センサーが頭と手にしかないからしょうがないんだけど。しかもワイヤーフレームだよ、今どき!マシンパワーが感覚変換に喰われてるからしょうがないんだけどさ……。
ま、とりあえず、家庭内乱……じゃなかった、家庭内LANの中を漂ってみよう。まずは、ネットワークをオープン。それ、ぽちっとな。
指のコンビネーションでネットワークノードのリストがポップアップしてくる。それは各ノードを地球儀で表していて、その間をレーザ光線が飛び交うって形になっている。その内の一つをつついてみると、それは巨大化してあたしを飲み込んだ……。
気がつくと、あたしは地表にいた。草原だった。辺りには何も無い。……物理的にはフォーマットが済んだばかりのデータ領域なんで、こんな感じに見える。 あたしがそう定義したからだ。
……そう、ここはあたしだけの世界。あたしが定義したいように定義できる。あたしだけが見て聞いて触ることの出来る世界……なにがあるのかすら、あたしの望み次第だ。例えば……えい。
突然あたしの手にメモ帳とペンが現れる。書き書き……できた。メモをちぎってっと……ひょいっと地面に放り投げる。そしてそれが地面に落ちた瞬間、そこにはかわいらしい双葉が芽生えた……ま、こんなもんだろ。たかだか3バイトのテキストファイルだし。ほんとはもっとでかいデータも作れるけど、そのせいでシステム負荷が予測範囲外になっちゃう可能性があるからなあ……おいおいやってかなきゃ。
とにもかくにも、環境整備と機能強化だ。こりゃあ、寝る暇も学校行ってる暇もないぞぉ……。
あたしは目を"開けた"。ちょっとあたまがクラクラする。でもまあ、前よりはひどくない。慣れればどうってことないレベルになっているようね。
今あたしの目の前にはワイヤーフレームで表現された世界が広がっている。いわゆるサイバースペースという奴だ。ただ、モニター越しに見ているのではなくて、視神経系に介入させてその像を見ている。今のあたしは半覚醒状態だから、言ってみれば夢を見ているようなものだ。
とはいっても身体を動かす感覚もちゃんとある。あたしの体も周りの風景同様、ワイヤーフレームの恥ずかしい格好になっている。しかしその密度は……あん?
『どうですか、会長?』
ラッキーの声がする。くどいようだけど、直接聞いてるわけじゃない。
「まあまあだわね」
ちょっと屈託のある声であたしは答える。
『なにか問題でも?』
「このあたしの身体のデータ、どっから手に入れたの?」
『えっ?!』
うーむ、わかりやすい奴。
『そ、それはその、て、適当に……』
「ふうん……適当ねえ……」
データのスキャンが終わった……ふうん、なるほどねえ。
「まあ、でも……もうだめね、このデータ、古すぎるわ」
『はあ?』
「特に胸のサイズが……じゃなくって!!ラッキー!あんた、今月給料無しよ!」
『そ、そんなああ〜』
『自業自得だな』
リックの冷静な声。
「さ、無駄話はそれくらいにして、始めてくれるかしら?」
『わかりましたぁ……』
気落ちしたラッキーの声がしたかと思うと、あたしの体は光り始めた……レンダリングを開始したのだ。そして瞬く間に終了する。普段通りの仕事着なあたしがここにはいた。
「へえ、処理速度が上がってるわね」
『これなら実用上問題ないと思いますよ。切り替えもばっちりですよ』
「ふうん……どれどれ」
ぱちんと指を鳴らすと、さっきよりも短い時間でレンダリングが終了する。今度はフリルのたくさん付いたパーティドレスだった。色を変えるのもストレスなく終了する。
「やるじゃない。いい引きになるわ」
『そりゃどうも……ま、先に進んでみてくださいよ』
あたしは服装を元の仕事着に戻すと、ラッキーの言うとおりに歩き出した。といっても地面があるわけじゃない。やっぱり地面はあったほうがいいのかしら?……いいんだろうな……無いのなら、背中に羽根でも生やさないといけない。
「他の構築物は?」
『お待ちを……』
ラッキーの声がして、目の前に突如としてビルが現れた。うちの本社ビルだな。
「中に入れる?」
『もちろんですよ。入ってみてください』
あたしは普段通りに自動ドアの入り口をくぐった。いつもはいる大勢の人間の姿こそなかったけど、そこは確かに本社ビルのロビーだった。省略されている物は全く無い。完璧な世界……。
『どうですか?』
あたしは手近にあった植木に触ってみた。ちゃんと木の感触がする。
「ま……いいでしょ。それより人工人格の準備はどうなの?」
『次の機会にはお見せできると思います』
リックが答える。
「わかった……そのまま進めて。とりあえずここはいいわ」
『では戻します』
ラッキーの声がして、あたしの意識は混濁し始める。
……現実への帰還……今まで見ていたものは幻?……違う……あたしの望んだものはそんなんじゃない……そんなあやふやなものじゃない……それは……それは……。
ふああ……これでいったい何日目かな?もう時間の間隔も無くなっちゃった……。
まあ、一週間は過ぎてるかなあ……学校にはもちろん行ってない。動くのはトイレに行くかお風呂に入るかご飯を食べるときだけ……むちゃくちゃ不健康だな。
毎日毎日が環境設定の連続……そりゃ使い勝手を良くするためには必要な事だけど、めんどーだなあ。
まあ、どうにか使えるようになってきた。感覚変換がまだまだこなれてないけど、こいつばっかりはハードそのものに手を加えないと駄目だ……ソフト的にはほぼ手を尽くした感じだし、後は……どう使うかよね、やっぱり。
とはいっても……うち以外のシステムは従来型だから、全部こっちで処理しなきゃいけない。まして肝心かなめの感覚変換はマシンパワーを一番食うから、いまやリソースのほとんどはこのシステムの維持に投入されている。家にあるマシンリソース全部を突っ込んでやっと追いついてる状態だ。くそー、徹底的にてこ入れしなきゃ……。
このままじゃらちが明かないので、いろいろとパーツを発注することにする。いつもならハーンばあさんとこに行くとこだけど、めんどくさいから全部ネットでやってしまおう。どうせ怪しいもの買うつもりないし……。
そんなわけで仕入れたパーツは気違いじみた量になった。まあ今あるシステムを倍増するんだから当たり前か。おかげで余剰スペースは全部埋まっちゃった。そしてひたすら組立、接続、設定作業……まあつないでしまえば後はフルオートでセッティングできるかららくちんらくちん。インフィニット様々って感じだね。
でもそれだけで二日も時間が食われてしまった。だけどそれだけする価値はあった。システムのレスポンスは七割も向上した。やったね!
それから先はずっと楽になった。いい感じでフィードバックがかかって、システムはあたし向けにカスタマイズされていく。ここまで来れば感覚変換器の感度不足も気にならなくなる。となれば次の目標は……外部接続、だ。
でも……既存ネットと接続したってつまんないんだよなあ。なんとか似たようなことやってるシステムに接続しないと、データの互換性とかチェックできないし……。
ま、探すしかないわね。研究所とかソフトハウスを片端から検索して、それから……。
「どこもかしこも、って感じね」
あたしはプロジェクタの出力を見ながら言った。
画面にはグラフが描かれていて、横軸には時間、そして縦軸には名だたる企業やグループが並んでいる。そこに描かれた横向きの棒グラフは、とある計画の進捗状況を示していた。でもその進捗率は全て、今日現在を示す縦棒を越えてはいなかった。
「でも、急がないと、どこかが先を越してしまうかも」
「それは無いと思います」
エリオットはグラフをレーザポインタで指し示しながら、いつもながらの美声で答える。
「ご覧のように進捗率は半分にも足りません。おまけに、いくらノヴァのおかげで帯域が増えたといっても、処理しなければならないデータ量が大きすぎます。そのような装置を普及価格帯に持ってくるのは難しいでしょう。それに……そんなもの好きが他にいるとでも?」
「もの好きって……あたしのこと?」
ちょっと目に怒りをこめてエリオットを睨み付ける。
「他に誰がいるんですか?」
しかし彼は動じない。
「一体いくらお金がかかると思ってるんですか?ソフトはまあ、大したことありませんが、ハードウェアにかかるお金と言ったら……」
「それは何度も言ってるじゃないのよ」
なんか拗ねるような口調になってしまった。
「大丈夫よ。昔みたいにケーブル引きずりながら、頭に錘乗っけてやるわけじゃないんだから。誰でも簡単!浮き世のことはすっかり忘れ、目くるめく体験があなたを待っています!さあ、これさえあれば、世界はあなたの思うがまま……」
「はあ……そうあってほしいですね」
あ、ため息ついてる。
「なによ、そのなげやりな態度は。失敗したらあなたの責任になるんですからね」
「どうしてそうなるんですか!」
「あたしがそう決めたから」
「うわぁ」
エリオットは大仰に頭を抱えてみせた。
「なんたる横暴!トカゲ並の冷徹さですね」
「切り捨てられたくなかったから、敵に見つからないように行動することね」
「敵ですか……それはどんな?わがままな上司?」
「締め切りよ」
あたしはそう言って席を立った。
「じゃ、下行って見てくるから」
「だめですよ!これからまだ会議が……」
「子供じゃないんだから、あなただけで処理できるでしょ?」
あたしは母親が子供に留守番を頼むような声音で言った。
「それにこれから専用端末のすり合わせがあるのよ」
「例のあれですか……」
エリオットは顔をしかめて言った。
「私はあんまり好きじゃないですねえ……」
「なんで?気持ちいいわよ」
「私は金づちなんですよ」
くそ。やっぱりだめだ。ろくなもんじゃない。
あたしはデータストリームのただ中で途方にくれていた。周りには小包が盛んにあらゆる方向に向かって移動している。大きいのや小さいの、いろんな色のが飛び交っている。
だけど、ただそれだけだった。
あたしは孤独だった。なにしろ受けとるデータがないんだもの!ああ、そりゃメールとかNewsとかは来るわよ。でもそんなのを立体化して見るのなんてもう飽きちゃった。もう一般的なデータの受け渡しじゃ満足できない……いらいらいら。
やっぱり……どこかに侵入しなきゃ駄目か……うっし。
この手の研究やっているところはもうピックアップしてある。政府系に民間企業系……なんでかしらないけど宗教系なんてのもある。おーこわ。
さあてと、どこからあたるかな……まずは、国内からだな。
サイバーノヴァ(いわゆるY2Kパニック)以来、さすがの日本もセキュリティには力を入れるようになっていた。とはいっても民族の習性というものはそう簡単には変わらないらしい。大概がセキュリティの甘いところが多い。
だけど……さすがにコンピュータシステムを扱っている所はそう簡単にはいかない。まして今回は大量のデータを扱わないといけないから、よっぽど偽装を綿密にしないとね。
………………。
…………。
……。
だあっ、なんじゃこりゃあああああ!どこもかしこもなっとらん!
……はあはあ。思わず熱くなってしまった。
だってさあ……ここまでひどいとは思わなかったわよ。あたしと同じレベルにまで達していない研究室が多すぎる!
まだ……夢物語だとでも思ってるんだろうか?データグローブやヘッドマウントディスプレーの域を出ていないなんて……。
これじゃあ、あたしのデータを処理なんか出来っこないね。処理の対象が違いすぎる……。
やっぱりアメリカに行くしかないか……商業化を真っ先に考えるのはあっちだし、使い勝手のいい、実用的なシステムを構築するのが一番うまい。
まてまて……アメリカだとして、どこに行く?こんな夢みたいな話にお金を突っ込むような道楽な企業は……IBM?いやあ、あそこは……ねえ?SUNは……ううむ……。ベンチャー企業は要素要素には強くても総合力はないしねえ……となると……。
あそこしかないかな、やっぱり。世界最大のソフトウェア企業……その名もインフィニット。しかしまあ……無限大とはよくもまあつけたもんよね。よっぽどお気楽な人間がつけたのね……伝説のハッカー、とか。
確かここの研究レポートには三次元サイバースペースの実現方法なんてのがあったくらいだし、内容的には一番期待できるんだけど……そう簡単に侵入できる場所じゃないよね……引き返すならいまのうちだけど……どうする?
でも……このままじゃじり貧だし、せっかく作ったシステムを試せないんじゃしょうがない……よしっ、やろう!
まずはダミー回線の準備をして、それから七つ道具の用意用意っと……。
いつもの手順を踏んであたしは地下の研究室にたどりついた。さて、みんなちゃんと仕事をしているかな?
研究室中央の作業室ではラッキーやその子分がちょこまかと動き回っていた。
「ちゃんと仕事してるんでしょうね!」
そう声をかけると、必死の形相のラッキーがこっちを見た。
「やってますよ〜!見ればわかるでしょう!?」
「あら、珍しいこともあるもんね」
「ちゃかさないでください!」
う……いつになく真剣な表情ね。
「まったく、なんなんですか、あの日程は!?」
「日程って……社長が提示したやつ?」
「そうですよ!」
いまにも泣きそうな顔でラッキーは叫んだ。
「まったく、進捗効率を300%にしろなんてむちゃくちゃもいい所ですよ!!」
「まあまあ……」
あたしは笑いをかみ殺しながら彼を押さえた。
「でも人材はちゃんとまわっているんでしょう?」
「そのせいで俺がてんてこまいなんですよ!いくら事前に説明があるからって、そう使える人間になるわけないじゃないですか!」
ラッキーの言うことは正しい。人月の神話やらマーフィーの法則として、常識というよりは真理になっている。慣れた人材というのは一朝一夕には出来ないのだ。
でもそれがわかっていながらエリーが人員のてこ入れをしたのは……あははは、だれのせいだろうねえ……。
「ま、まあ、せいぜい頑張ることね。あ、あたしのデッキの準備できてる?」
「ええ!リックがお待ちですよ!あー、いそがしいいそがしい!」
騒々しく喚き散らしながらラッキーは作業に没頭し始める。
あたしはそっとその場を去ると、壁際に設置された白い小屋のようなものに近づいた。ガレージよりも一回りくらい大きくて、天井はもっと高い。そして全面シームレス構造で、はた目には継ぎ目が全く見当たらない。完全密閉、プライバシー完全防護が売りのいわばシェルターだ。。
そのそばでは、リックが何やら作業をしていた。
「リック、準備はどう?」
あたしが声をかけると、リックはうっそりと答えた。
「おっけーですよ。準備万端……」
「疲れてるみたいね……ごめんなさい」
「なあに、徹夜には慣れてますよ。じゃ、私はモニターしてますから」
「おねがいね」
リックが作業ブースに戻るのを見届けてから、あたしは小屋に向き直った。そしてその壁に左手の手のひらを押しつける。すると今まで何も無かった壁に切れ目が出来て、それは扉のような形になり……というか、それはこれの入り口なのだ……壁から飛び出すように開くと、中への入り口が出現するのだ。
あたしが中に入ると、扉は音もなく閉まった……。
……さて、準備が出来たところで……まずは偵察しに行きますか。
一般客を装いつつ、あたしはインフィニットのサイトに近付いた……って、これは比喩的表現。実際はデータの引出要求をしたのよね。この場合、Webページのデータが流れてくるだけ。広告やら宣伝やらのジャンクばっかりだ。
あたしの本命はそんなんじゃない。
とりあえず普通の状態だと確認してから、別のサイトにアクセスする。今度はファイル転送サーバだ。……こっちも普通だな。前回調べた時と同じ構成だ。特別問題が……あれ?ちょっとレスポンスが悪い……なんだろう?
まあいいや、次はリモートホスト……って、なんだ?
インフィニット関連のサイトから、何やらデータの送出がある……いや、かなりの交信が行われている……さっきのレスポンス不良はこのせいか。でもいったい何やってるんだろう?
これじゃまるで巡回ロボットの暴走だよ……かなりの帯域を食いつぶしてる。それもインフィニットの回線のだよ?並のプロバイダじゃ束になっても追いつかないような帯域なのに……うは、こっちのレスポンスまで影響されてる……まずいな……。
おや?
立体表示されたサイト関連図をずっと見てたら、一か所だけ穴みたいに見える部分があった。それはつまり、データのやり取りをしていないポートって事なんだけど……なんで一か所だけ遊んでるわけ?
うーん……これはもしかしてチャンスなんだろうか?ごちゃごちゃ作業している中で、一か所だけ空いた隙間……向こうの気がつかないセキュリティホールなんじゃあ……。
よし!
あたしは通常回線を切断すると、用意済みのダミー回線へのアクセスを開始した。同時にインフィニットのセキュリティ破りの手順のシミュレートを開始する。
はやく……はやく……これは千載一遇のチャンスだ。こんなこともあろうかと、インフィニット侵入用のツールやスキーマを作ってあったんだから……こんな機会滅多にない……絶対逃すもんか!
暗い通路を抜けると、ぱっと明かりがついた。
小屋の中は外と同様真っ白な内部塗装。ドーム状の室内はむちゃくちゃ殺風景だ。しかし……その中央部には、あるものが鎮座していた。
それはソーセージみたいな外観をしたもので、床から突き出したブームの上に水平にマウントされている。色は銀色で、金属製のフレームにメッキ処理をしたものだ。大きさはそう、全長三メートル、直径二メートルくらいかな?
そしてそのチューブの上面には、蓋のような切れ目がある。
さて、なんでしょう、これ?
ま、それはいずれわかるでしょ……さて、いろいろと準備が大変なのよね。
とりあえず外を呼んでみよう。
「リック!今入ったわ!」
そうあたしが上に向かって叫ぶと、スピーカを通してリックの声がしてきた。
『どうですか、居心地は?』
「ちょっと殺風景だけど、空調は完璧ね」
『突貫工事でどうなることかと思いましたがね』
「それは言いっこなし!じゃ、これから準備に入るから……のぞいちゃ駄目よ?」
『ええ、もちろん!センサーはライフ系以外は切っときますよ』
「絶対よ」
そうあたしは釘を刺し、壁面に据えつけられたモニターを見て言った。
「監視系統図表示」
すると画面に監視系統図がグラフィックス表示された。そこにはこの小屋のセンサー系統が表示されているんだけど、そのうちあたしのライフ系のサポート以外は外部と切り放されていることをそれは示しているの。
リックだから信用できるけど、ラッキーはちっとねえ……ま、それを狙って仕事押しつけたんだけど……。
あたしは壁に近寄ると、壁面埋込式のクロゼットの扉を開ける……でも中は空っぽだ。ハンガーがいくつかかかっているだけ。
……さて、
あたしは上着を脱いでハンガーにかけ、クロゼットにしまった。そして更に服を脱ぎ始める。靴脱いで、シャツのボタンを外し、スカートを下ろして、それから……それから……。