The Merchant of Venice〜ヴェニスの商人

 ウィリアム・シェイクスピアの作品でも、得に有名な劇『ヴェニスの商人』。これが初の映画化なんだそうですが、今まで映画化されなかったのが不思議なくらいです。

 冷酷で傲慢なユダヤ教徒の金貸屋シャイロックにアル・パチーノ。ユダヤ教を毛嫌いするキリスト教の貿易商アントーニオにジェレミー・アイアンズ。アントーニオの親友である落ちぶれた放蕩貴族のバッサーニオにジョセフ・ファインズが顔を揃えたという豪華キャスト!これは意地でも観たくなってしまいます。

 話は、1596年のヴェニスが舞台。キリスト教徒から迫害を受けながらも、キリスト教で禁じられている高利貸しを営むユダヤ教徒。シャイロックもその一人だったが、常に貿易商のアントーニオから差別的な扱いを受けて憎悪を募らせていた。とこがある日、アントーニオの親友であるバッサーニオが美しい女相続人であるポーシャに求婚する為に資金を援助して欲しいとアントーニオの所にやって来る。ところが、アントーニオは全財産を船で出してしまっていた為、彼に貸す金は手元に残っていなかった。しかし、親友の意を決した願いを叶えてやりたいと考えたアントーニオは、毛嫌いしているシャイロックから自分が保証人となり金を借りることにする。そんな2人の申し出にシャイロックは無利子で貸すと承諾するが、その代わり期限内に返済できなければアントーニオの肉を1ポンド貰うという条件を出した。アントーニオは船はすぐ戻ると確信していたので、シャイロックのとんでもない申し出を受け証文を交わした。
 お陰でバッサーニオはポーシャに求婚することが出来、幸せな日々を送れるかと思った矢先、アントーニオの船が全て難破したという知らせが入る。財産を失ったアントーニオはシャイロックに返済できるはずもなく、シャイロックは証文を公爵の所へ持って行き、アントーニオの肉を1ポンド渡してもらうことを要求。公爵や周囲の者は「慈悲を」と訴え、ポーシャに頼んで借りた倍の金額を持ち帰ったバッサーニオも駆け付けるが、今までアントーニオから受けていた仕打ちに対すると、愛娘がキリスト教徒の若者と駆け落ちしたことでシャイロックは憎悪の塊となっており、頑なまでにアントーニオの肉を要求したのだった。

 という話で、宗教差別を根底に描いた人間に愛憎劇です。シェイクスピアの作品の中では、この『ヴェニスの商人』は喜劇に分類されることが多いのですが、とてもじゃないですけど、これは「喜劇」ではありませんでした。

 ポーシャに求婚する者達やバッサーニオが3つの箱(金・銀・鉛)から、ポーシャの絵の入っている箱を選ぶという、いわゆる「箱選び」のシーンは喜劇ぽかったけど、この作品はシャイロックを主人公として描いているので決して喜劇ではありませんでした。キリスト教徒から迫害を受け、娘まで奪われ、ふとしたことで舞い込んだキリスト教徒に対する復讐。しかし、そのことに固執する余り、結果的に全財産を失い改宗させられるハメになったシャイロックの最後の姿は哀れでしかなかった。他の者達(特にキリスト教徒)が幸せになってしまっていたので、余計に哀れというか後味に悪さが残りました。
 唯一の救いは、仲間から「娘はサルと引き換えに売ってしまっていた」と言われていた、シャイロックがあげた指輪を、娘がちゃんと身につけていたってことかな。

 原作だと、シャイロックはもっと悪者というか、冷酷で傲慢な金貸しという描写がされているので、最後の裁判での逆転劇で「全てを失う」となった時は、「やったぁ!」という気分になったものでしたが、映画では、シャイロックがどんな屈辱を受けてきたかをアル・パチーノが熱演していたので、シャイロックに肩入れして観てしまいました。
 アントーニオの船が難破したと知った時、これで復讐できると喜んだシャイロックに対して、他のキリスト教徒が止めに入るんだけど、そこで「ユダヤ教徒が一体何をした?痛ければ泣かないと思うのか?食べなくてもお腹が空かないと思うのか?同じ人間なのに何が違うというのか?」と、まくし立てるように訴える姿にはグッときました。同じ人間なのに、ただ宗教が違うというだけで人間らしい扱いを受けられずに細々と暮らしていかなければならない辛さ悔しさが滲み出ていて、裁判で再三「慈悲を」を言われても、頑なに拒んだシャイロックの気持ちが判る気がしました。


 まぁ、シャイロックに肩入れしていたとはいえ、原作を読んでいたとはいえ、後半の裁判劇はハラハラしながら見入ってしまいました。散々シャイロックに対して傲慢な態度をとっていたアントーニオが憔悴しきり諦めた姿やら、金を持って来ても助けることができないバッサーニオの己の力の無さなどが切なかったし、男装し法博士として裁判所に登場したポーシャの冷静さ計算高さに惚れ惚れとし、最初は自分に有利な発言をしてくれていた法博士が「肉を1ポンド切り落とすことを認めるが、一滴の血も出さず、なおかつ1ポンドきっちりと取ること」と命じたことで、一気に立場が弱くなってしまったシャイロックの狼狽ぶりに切なくなってしまったり、本当に見応え十分の作品でした。

 「憎しみが更なる憎しみを生む」って感じで、憎しみの為に現実が見えなくなってしまったシャイロックが本当に哀れでならなかった。改宗させられ、ユダヤ教の教会に入ることができなかくなってしまったシャイロックの哀れな姿、あの全てを失った者の呆然とした眼差しが忘れられません。

 アントーニオは肉を取られる寸前までいって、シャイロックにした言動に幾分か反省をしたんだろうけど、改宗までさせるのは酷いな〜と思ってしまった。要はもう高利貸しをさせない為ってことなんだろうけど、彼の信念まで奪ってしまっていて、最後までアントーニオには肩入れできなかったなぁ。

 ただ、この作品で一番「素敵だ」と思ったのは、法博士を演じてみせたポーシャ。あの男装ぷりもハマッていたし、どんなにシャイロックや周囲が興奮しようとも常に冷静に事の進展を見守っていて、最後の最後まで「慈悲を」とシャイロックにチャンスを与えいて、彼がアントーニオの命を取ることだけに固執している確信すると、あの逆転劇となる言葉を告げるって展開は、本当にゾクゾクしました。

 宗教差別による愛憎劇、バッサーニオとポーシャの求婚劇、そして最後の裁判劇と見所が多い作品で、出演者も実力派ばかりで、本当に重厚な作品に仕上がっていました。
 今まで自分が思っていた『ヴェニスの商人』とは、違う印象を残してくれたのが何よりの収穫でしたね。また改めて原作を読んだら、きっと初めて読んだ時とは違った感想を持つと思います。




 …で、こっからミーハー語りというか役者語り。

 主役のシャイロックを演じたアル・パチーノは本当に鬼気迫る演技で圧倒されました。前半は、キリスト教徒を嫌悪しながらも下手な言動を繰り返し、後半では立場逆転で憎悪を爆発させる姿には悲哀も満ちていて思わず肩入れ。シャイロックて、娘や下手人が離れてしまって行くほど冷酷な面もあるんだけど、そうなってしまったのは今まで受けた迫害のせいというのが伝わってくるので、最後まで毛嫌いする気にはなれませんでした。
 しかし、裁判シーンでのポーシャ扮する法博士に対する行動が良かった。最初は相手にしないんだけど、理路整然としていて自分の意見もちゃんと聞き入れてくれたので、法博士の言うことを聞くようになったんだけど、最後に立場逆転のような宣言をされ、今まで「自分の正義」をさんざん宣言していただけに、今更「お金を取る」なんて言えなくなってしまったオロオロぶりは、アル・パチーノならではの存在感だと思いました。

 アントーニオ演じたジェレミー・アイアンズは『キングダム・オブ・ヘブン』に続いてキリスト教徒ということを全面に出したキャラクターでしたが、今回はシャイロックに対する傲慢な態度、親友のバッサーニオに対する優しい言動、そして窮地に陥って憔悴しきった様など、色んな表情を見ることが出来てひじょうにおいしかったわっ♪シャイロックに対しての威圧的な存在を示すところとか、裁判シーンで諦めきってしまった情けない姿とか、ホントに様になる人だよね。威圧的な態度と言っても、怒鳴り散らすんじゃなくて、一歩引いた落ち着いた演技で語らっていて、非常に存在感がありました。

 バッサーニオを演じたジョセフ・ファインズは『恋に落ちたシェイクスピア』の印象があったので、このコスプレも違和感なかった。ちょっと頼りない優男の役がハマッていましたね。ポーシャも惚れ込む男かどうだったかはさておき、前半では親友に金を借りたり良いところがなかったけど、裁判所に駆け付けて助けようと訴える姿は良かったです。あのバッサーニオの言動を見て、アントーニオは、これで命を落としても構わないって決意したんだからね。
 そうそう、最後、ポーシャ扮した法博士に強請られて大事なポーシャから貰った指輪を渡してしまったことをポーシャに指摘され、「左手ごと切り落としてしまうんだった」てボソッとアントーニオに呟くシーンはツボに入ってしまいました。

 ポーシャ演じたリン・コリンズはクール・ビューティで素敵でした。むしろ、婦人でいるよりも、男装して法博士に扮していた姿の方が素敵だったな。「私が男装すれば旦那よりも素敵になるわよ」て言っていたけど、「本当だ!」と思ってしまったもん。あの裁判シーンでの冷静な言動というか、目だけで動向を見守る仕草とかカッコいいって思ってしまいましたからね。たださ、最後にアントーニオ達に対して「お礼に」ということで指輪と手袋を貰ったけど、バッサーニオにはいじめながらも指輪を返したのに、アントーニオには手袋返していなかったよね?あれが本当のお礼になっちゃったのかしら(笑)
 そうそう、この役て本当はケイト・ブランシェットに決まっていたんだけど妊娠が発覚して降板しちゃったんだよね。だから、ポーシャを最初観たとき、「なんかケイト・ブランシェットに似ているな」って思ったんだろうなぁ。彼女のポーシャも観たかったけど(特に裁判シーン!)、リン・コリンズも素敵だったから、まっ、いいかっ。

 それから、シャイロックの娘ジェシカを演じたズレイカ・ロビンソンてどこかで観たことあるな〜って思ったいたら、ヴィゴ・モーテンセン主演の『オーシャン・オブ・ファイヤー』でヒロイン役を演じていた人だったのね。なんか首長の娘だったっけ。全然印象が違ったなぁ。




 とにかく何度も書くけど見応えのある作品でした。あの法廷劇だけでも、一見の価値あり。よくこれだけのキャストで、これほどの作品を作り上げてくれたな〜と、嬉しく感じてしまうくらいでした。



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