のぢしゃ工房 Novels

You!

第14話:それは、始まりの物語

その日、仁科千秋はいつもより早く家を出た。別に特別な日というわけではない。

その割りには彼女の足どりは軽やかで、少し小走りに学校への道を進んでいく。

……たぶんこの時間でいいはず……時間に正確だとこう言うとき助かるわよね……。

その後ろ姿を、偶然森村由布が見ていた。それはさながら小奇跡と言うべき事態だった。彼女の遅刻癖は有名で、余裕を持って登校するなどということは週に一度あるかないかだった。

「あれぇ、千秋ちゃんだ……別に急がなくっても間に合うのにねえ……」

由布は首をかしげ、そして小さくあくびをする。

「はふ……それにしても……雰囲気変ったよねえ……あれ?でもいつの間にあの服……まさか……」

空を見上げる。見事なまでの秋晴れの空だった。

「気が重いなあ……」


同時刻、やはり学校へ急ぐ生徒の姿があった。天城みどりだ。

彼女も遅刻常習である。由布ほどではないけれど。幸い足は早いので、ここぞと言うときは力を発揮する(なにをだ?)。

途中、秋吉沙織の自宅そばを通る。今や世界的アイドル(マスコミに言わせるなら)となった彼女の自宅は喫茶店で、早朝だというのにもう店を開けており、客も何人か入っていた。しかし、別に沙織目当ての客というわけではない。その辺りのプライバシー保護は現在ではほぼ完璧に機能していた。ただ、クラスメイトは知らぬではない。

……沙織、直で学校だって言ってたな……。

一ヶ月以上に渡ったツアーが今日終わり、その帰りに学校によるとのことだった。

……ほんとはもっとはやく帰ってきたかったろうに……でもそれでなんとかなったかな?大体あたしはなにも……なにもできなかった……。

だからこそ、彼女は走る……。


校門に向かう坂道が見えてくれば、学園まではもう一息だった。

千秋は少し息を乱しながら、辺りを見回してみる。生徒たちが列を成して坂道を登っていくのが見えた。

じーっとその人の群れを睨み付けるようにしてなめ回す。

……えと……この時間ならあの辺りから……あ、いた!

千秋は自分の計算が間違っていないことに満足すると、ダッシュして坂を駆け降り始めた。

……はやく……はやく……。


みどりは坂の横道から顔を出した。そしてきょろきょろと辺りを見回す。そして坂の上の方に三人連れを発見すると、思いっ切りよく走り出した。

……きょ、今日こそは……。

そう思ったその時、その彼女の横を走り去る生徒がいた。

……い!?

呆然とするみどりを置き去りにして、その女生徒は三人連れに近づいていく。

みどりは走るのを止めてその光景を見つめていた。

……あの服……そうか、だからあんなに走って……だから……。

……かなわないのかな……ややややや!そんな考えたらだめ!……だめなんだから……。


「おはよう、芹沢君!」

後ろから声をかけられて、和広は立ち止まって後ろを振り返った。

「やあ、おはよう、仁科さん」

声をかけられた千秋は、にっこりと笑った。

「ああ、標準服にしてきたんだ」

そう和広が言うと、千秋はますます笑顔になって言った。

「そうなの!昨日上がってきたのよ」

「そう……よかったね」

しかし、標準服とは特別デザインに優れている訳でもないし、使用が義務づけられているものでもない。ただの学園の礼装というものだ。

だがそれを着ることは、学園の一員であることを示すことになる。

「うん!」

千秋は元気よくそう答えると、和広の横にならんで歩き出した。

そんな二人を、久美子と始は見ていた。

「……おい、いいのかよ?」

ぼそっと始が言った。

「……そうね……きっとね」

それだけ久美子は言うと、ゆっくりと歩き出す。その後ろを苦り切った表情で見つめながら、始はその後を追った。

……どんなことしても、悩みの種になるなんてな……不幸な奴だぜ。


和広と千秋が教室に入ると、友子が声をかけてきた。

「おはよう、和広君、千秋ちゃん!あ、標準服だ!よく似合ってるよん」

「ありがとう、友子ちゃん」

「ねえ、和広君、あの話……」

友子が困り顔でそう言いかけると、和広も困り顔になった。

「うーん」

「頼むぜ、芹沢」

いつのまにか来ていた由一が言った。こちらも困り顔だ。

「しょうがないんだ。現会長直々のご推薦なんだからさ」

「そう言われても……他のメンバーは決まったの?」

「大体ね。あとは副会長だけさ。頼むよ……もう選択肢は無いんだからさ」


事の起こりは学園祭後に行われた生徒会役員選挙だった。乙夜学園ではまず生徒会長に関して選挙を行い、その後副会長以下を生徒会長が任命することになっている。内閣制というわけだ。

その生徒会長に立候補し、見事当選したのが由一だった。当然他の役員を選ぶ必要があったのだが、それに関して現会長である吉村雪絵から注文がつけられた。

「……そうそう、役員の中にね、和くん入れといて欲しいのよ」

「和くんって……芹沢のことですか?」

「そう。でないと、拒否権発動しちゃうから」

「きょ、拒否権ですか!?」

新生徒会長は、前任の生徒会長からの承認がないとならないのだ。実際拒否権を発動されて落選した者もいる。

「そ。だから、頑張って説得してね。でも、ま、一筋縄じゃいかないかもね。ああいう性格だしねえ」


「でも僕は……あまり自信はないな」

「そう言うなよ。君の力が必要なんだ。頼む!」

「でも、やっぱり……」

こんなやり取りが、かれこれ一週間は続いていた。

だが、それまで口をはさまずにずっと眺めていた千秋が、初めて口をはさんだ。

「あの……なにが心配なの?」

「え……?いや、その……」

「芹沢くん、ちゃんと実行委員長の仕事できたじゃない。きっと副会長だってやれると思うわ」

そうにこにこ笑いながら、千秋は言った。

「いや、でも……」

「そうだよね!和広くん、そういうの経験者だもんね!」

殊更元気よく友子が言う。

「だろ?だから一緒にやろうぜ」

ここぞとばかりに由一が畳みかける。

「弱ったな……」

まだ悩んでいる風の和広。

しかしこの時は、ホームルーム開始チャイムのせいでそれ以上話は進まなかった……。


「そんなこと言ったの!?」

みどりは友子とならんで歩きながら言った。

「うん。でも和広くん、うんって言ってくれないんだよ」

「うむむ……」

怖い顔で唸り出すみどり。

「どうしたの?」

「うう……言った人間が問題なの!」

「千秋ちゃん?なんで?」

「なんでって……もしそれで和広が副会長になるって言い出したら、仁科さんのおかげってことになるじゃないの!」

「おかげって……あたしは別に構わないけど」

「あたしがかまうのよ!だってそれって……和広が仁科さんのこと……信頼してるってことじゃない……」

「あ……」

みるみるみどりの顔が暗くなる。

「そっか……」

「こうしちゃいられないわ!」

突然みどりは走り出した。その姿を見つめながら友子は呟く。

「……うまくいかないのね……恋愛って。まして相手が……」


久しぶりの校舎は、なんとなく輝いて見えた。

今や世界の歌姫となってしまった秋吉沙織は、その長い髪を風になびかせながら校舎の中に入っていく。立て込んだ仕事のせいで、ほぼ二ヶ月通っていなかった。

……ずいぶん雰囲気がわかった気がする……いや……変ったのはあたしの方かも……。

校舎に入るとすれ違う人間全員に声をかけられた。幸いなことにそれほどしつこくない。みんな彼女の立場をわかっていて、そっと応援しているのだ。

そうして自分の教室に入っていく。さすがにこちらでは少し手荒い歓迎を受けることになった。

「沙織じゃない!お帰り!」

目ざとく由布が発見する。

「ただいま。相変わらず元気ね、由布は」

「そりゃそうよ!いっつも沙織の歌聞いてるもの!」

「うふ、ありがとう」

それから沙織はクラスのみんなに取り囲まれて、根掘り葉掘り聞かれる。ツアーのことや、他の芸能人のことやら色々……その一つ一つに丁寧に答えながら、沙織はきょろきょろと辺りを見回す。

……いない……どこにいるんだろう……それに……由布そっくりな例の転入生は……。

「どうしたの?」

その様子に気がついた由布が声をかける。

「ああ、うん、なんでもないのよ」

その時予鈴が鳴り始めた。みんな自分の席に散っていく。

「しばらくは学校に来れるんでしょ?」

「うん、そのつもり……新しい曲考える時間も欲しいしね」

「そっか……」

その時教室に和広が入ってきた。由一と一緒だ。

それを見た沙織の表情はぱあっと明るくなった。

だがそれは、一瞬にして暗く澱んでしまった。

和広の後ろには、友子と、そして由布にそっくりな生徒がいたのだ。

「あ……」

沙織に気がついた和広は、少し戸惑いの表情を浮かべたが、なんとか笑顔を作って彼女に言った。

「やあ……久しぶりだね」

「え……ええ。ほんと、久しぶり……」

だが、それっきりなにも言えなくなってしまう。

……うああ……どうすりゃいいのよぉ〜。

由布は二人を交互に見ながらパニくる。

……まさかいきなり修羅場にならないよね〜……。

その時、千秋が沙織の前に出た。周囲に緊張が走る。

しかし千秋は物おじせずに沙織に向かって笑いかけながら言った。

「秋吉さんですね?あたし、仁科って言います。よろしくお願いしますね」

そうしてぺこりと頭を下げた。

虚を突かれた沙織は生返事をするのが精一杯だった。

……し、知ってるのよね?あたしが……和広くんのこと好きだってこと……なのになんで……そんなさわやかに笑えるの?余裕ってわけ?そんな……そんなことって……。

しかし沙織の動揺に気がつかないように、千秋は話を続けた。

「あたし、あなたの歌、好きなんです。本人に会えてとっても嬉しいです」

「あ……ありがとう……」

「ああ、もう授業始まっちゃうよ!席に座ろう!」

由布が二人の間でそう言った。実際、本鈴が鳴り始めたので、それぞれの席に座ることになった。

沙織は自分の席から後ろを振り返って和広の方を見た。和広と千秋の席は隣同士で、何やら楽しそうに話をしているように沙織には見えた。

……あれは……なに?なんで笑ってるの?なにが楽しいの?

……それにしてもほんと由布にそっくり……だからなの?だから和広くんは……。

……ああ、こんなんで……あたし、勝てるんだろうか……ううん、勝てるとかじゃなくて……あたし……和広くんになにができるんだろう?

……歌を歌う?だめ……それはあたしのためにしかならない。あたしの気持ちを伝えるためのものだもの。和広くんのためのものじゃない……単にそう思い込んでごまかしていただけ。

……あたしは……なにをすればいいのだろう……なにをすれば……。


最初の授業が終わった後、沙織は居ても立ってもいられなくなって和広の許に急いだ。

彼の回りには千秋の他に由一と友子がいて、なにやら話をしていた。

「なにしてるの?」

沙織がそう声をかけると、友子が困り顔で言った。

「あ、沙織も説得してよぉ」

「説得って……」

「なに、俺の出処進退がかかってるんだよ」

と、泣きそうな顔の由一。

「会長選挙の話、知ってるだろ?それで組閣作業中なんだけど、一人だけうんと言ってくれないやつがいてさ」

「それが和広くん?」

「そういうこと」

「……何度も柄じゃないって言ってるんだけどね」

和広も困り顔で言う。

「そんなことないと思うわ」

確信をもって沙織は断言した。

「そう思うだろ?みんなそう言ってるのに嫌だって言うんだから……」

「みんな……」

沙織は一人一人の顔を見回した。そしてそれは千秋の所で止まった。

……笑顔?なんであんなに笑ってるの?

千秋は、それはそれは嬉しそうに和広の隣で笑っていた。満面の笑みという表現そのままの、この上ない笑顔で。

……そんなに……和広の隣にいるのが嬉しいの?そんなに……。

知らず知らずのうちに表情が険しくなる沙織。

……あたしが居ない間に……なにがあったんだろう……なにか、あったんだろうか?なにって……なにが?あたし、なにを考えて……。

「どうかしました?」

「え?」

千秋が沙織の顔を心配そうに見ていた。心配そうとはいっても笑顔であるには違いなかった。ただ、その表情の奥にはもっと複雑ななにかがあるように沙織には見えた。

和広は更に複雑な表情で沙織を見ている。

「どうもしないわよ」

こわばった顔をなんとかほぐしながら沙織は言った。

すると千秋はまた元の笑顔に戻って言った。

「あの、あんまり言っても変に悩んじゃうだけだから、少し時間おいて方がよくないかしら?ね、由一くん」

「ああ……まあ、まだ時間はあるしな……また出直すさ」

由一はそう言って友子と一緒に去っていく。

そして千秋もまた、静かに席を立ってしまう。

……あれ?どうして……。

沙織は疑問に思ったが、折角和広と向き合っているのだ。それ以上なにも考えずに、沙織は和広の顔を見た。

「最近はずっとこうなんだ。結構まいるよ」

そう言う割りには妙にさばさばした感じで和広は言った。

「もてもてね」

妙に屈託のある声で沙織は言った。

「あたしがいない間にずいぶんと変ったみたい……」

本当に、沙織はそう思っていた。

……こんなに余裕たっぷりの和広くんなんて、初めて見た……それってやっぱり……。

「そう見えるかな……うーん」

「変ったわよ。例えば……」

「たとえば?」

「……ううん、なんでもない」

……聞けばいいのに……彼女のこと……どう思っているのかとか……。

「自分でも……なにが変わったのかよく分からないんだ」

ぽつりと、和広が呟くように言った。

「もしかしたら、わかりたくないのかもしれない……とっても複雑な気分だよ」

「……仁科さん」

「え?」

「仁科さんに、関係のあることなの?」

沙織が思い詰めたような表情で和広を見つめた。その心の中では割れ鐘のような音が鳴り響いている。

……聞くんじゃなかった、聞くんじゃなかった……なにかを……なにかを押してしまったみたいな気がする……。

和広はその視線を真正面から受け止めると、ぼそりとなにかを吐き出すかのように、言った。

「……それしか、思いつくものが無いんだよ」

沙織はなにも言えないまま、ただ和広を見つめる……。

その時、次の授業のための予鈴が鳴った。

沙織は顔を伏せたまま和広に背を向けた。

そこへ、どこからか千秋が近寄ってきた。

気がついて、沙織は顔を上げる。千秋は、今度は笑い顔ではなく、とても真剣な表情だった。

「……あなたは……どこまで知っているの?」

沙織は思わずそう問いかけていた。和広を変えてしまえるというのなら、何もかも知っているはずだと思ったからだ。

しかし千秋は、寂しそうに首と振ると、囁くように言った。

「いいえ……多分、なにも知らないんだと思います」

「知らない」

「ええ……だから私は、知りたいんです」

そう言って、千秋は笑った。

その表情に、沙織は思わずみとれた。それくらいすがすがしく、そして決意に満ちた笑顔だった。

そして今度は本鈴が鳴り響き、クラスのみんなもわらわらと動き出した。

千秋は一礼すると、沙織の横を通りすぎて、和広の隣の席に座った。

沙織はしばらくその場に立ち尽くしていたが、教師が入ってくるのに慌てて自分の席に戻った。

そして後ろを振り返って、和広の方を見た。授業中だから前を向いている。なんか自信ありげに見える。その隣には千秋の姿が。こちらは笑顔が消えて真剣な表情だった。

……やだなあたし……なに考えてるんだろう……見ていてなんだか……なんだか……うらやましいなんて……似合ってるだなんて……そう思っちゃうだなんて……なんて……。


「もう一押しなんだよ!」

友子は力いっぱいそう主張した。

「ねえ、そう思うでしょ?」

「うん、まあなあ」

由一が椅子の上で体を反らしながら適当に言った。

「でもなにか決め手に欠けるんだよな……」

「あたし……言い方間違えたのかな」

千秋はちょっとうなだれて言った。

「ううん、そんなことないよ!結構いい押しになったと思う」

「だと……いいんだけど……」

しかし、千秋はますます暗い表情になった。

……でもなんで……実行委員の時は良かったのに、どうして副会長は……確かに大変な仕事なんだろうけど……時間もとられちゃうだろうし……。

……時間か……芹沢くんのそばにいれる時間も減っちゃうんだよね……ああ、それよりも……あたし、どう思われてるのかな……あの日……一緒に踊ったあの日は、夢の中の出来事だったんだろうか……どうして芹沢くんはあたしにあんなこと言ったんだろう……あの後別になにかあったわけじゃない……少しお話するようになっただけ……楽しいけど……ただそれだけ……。

……あたしはどうしたいんだろう……待ってるだけじゃ駄目だ……自分の気持ちを伝えなくちゃ……。

「そうだ!」

友子はにんまりとして千秋を見つめた。

「な、なに?」

「千秋ちゃんも一緒になればいいのよ!」

「な、なるって、なにに?」

「生徒会役員よ!」

「え!?」

「おいおい……なんでそうなるんだよ?」

由一が抗議するが、友子は聞かない。

「そうすれば和広くんも……」

「そ、そ、それって、どういういみ……?」

千秋は声をうらがえして聞いた。

「それはもちろん……もがが!」

いきなり由一に口をふさがれてもがく友子。

「ぶはっ……ちょっと!何するのよ!?」

「勝手なこと言うんじゃないっての!彼女の都合も考えろって」

「考えたからに決まってるじゃない!ね、千秋ちゃん?」

「え……な、なにが……?」

千秋は心の動揺を隠そうとできるだけ冷静に言おうとするが、自分自身成功したようには思えなかった。

……うう……やっぱり知られちゃってるのかな……あたしが……芹沢くんを好きなこと……田崎さんにはなんか言っちゃったみたいだけど……やっぱり、わかっちゃうか……自分でもわかる……彼のそばにいると顔がにやけてくるんだもの……。

「とにかくさ」

友子は千秋の反応をにやにやしながら見た後、言った。

「考えておいてみてよ。まだ時間、あるしさ」


生徒会室の会長席に座って、雪絵は見下ろすように和広を見ていた。それはまるで被告人をにらみつける裁判官のようで、どことなく居心地の悪そうな雰囲気があった。

「あっはっは……大変だねえ、和くん」

雪絵はおもしろそうに笑って言った。

「笑いごとじゃないんですけどね」

さすがに憮然として和広は言った。

「そもそも雪絵さんが僕を押し付けたりするから……」

「だって、ほんとうは和くんに会長やって欲しかったんだもの」

「それは……余計に迷惑な話ですよ。だいたい僕には……」

「ストップ」

雪絵は手を前に出して遮った。

「そんなこと言ってるから、由一君が困ってるんじゃないの」

「困らせてるのは雪絵さんでしょうに……」

「もう、埒が明かないわねえ。あのね、君はもっと自分の能力に自信を持った方がいいと思うのよね」

「……僕にありますかね?」

「だからさー」

雪絵は苛ついて立ち上がった。そして和広の背後に回るとその肩を掴んだ。

「実行委員長として学園祭を成功させたんでしょ?ああ、みんなのおかげだなんて言わないでいいの。みんな和くんがいたからって言ってるの。だからそれは、間違いなく君の力なんだから。理事長だって褒めてたじゃない」

「それはそうですけどね……」

「だったら!副会長の件、受けてもいいじゃないのかな?」

「それは話が違いますよ。状況だって違うし……」

「ああ、もう!」

「あたたたた!」

雪絵が思いっ切り肩を掴む手に力を込めた。

「痛いですよ!」

「自業自得よ!」

「そんな無茶な……」

「えーっと、あの子、なんてったっけ?」

「え?誰ですか?」

「一緒に実行委員やってた……ああ、仁科さん」

「か、彼女が、なにか?」

和広にしては珍しく、声に動揺が含まれている。

「あたしに副会長の件を聞きに来てね。さっき言った理由を話したら、なんて言ったと思う?」

「さ、さあ……」

雪絵は身をかがめて和広の首に腕を回すと、彼の耳もとに口を寄せて囁くように言った。

「……説得してみます、てさ」

「……」

「いい子じゃない。見る目があるんだね」

「……」

反応がいまいちなので、雪絵は拍子抜けして和広から腕を放した。

「もう……とことん自分を信用していないのね」

が、ため息をつくように雪絵は言った。

「……そんな君を、どうして四人も女の子が好きになるのかな」

「よ、四人もって!?」

「久美子ちゃんにみどりちゃんに沙織ちゃんに仁科さん……そんな情報、とっくに知ってるわよ」

「……」

「もういい加減、はっきり答え決めなくちゃね。ま、あたしだったら、とっくに見捨ててるかもしれないけど」

しかし和広はそれには答えずに、床を見つめるだけだった。


帰り道、千秋は偶然始と一緒になった。自分まで由一達に説得されてたその帰りだった。

「よぉ、あんたか」

「飯坂……くん?」

部活の帰りらしい。大きな鞄を肩にひっかけていた。

「なんだ、和広と一緒じゃないのか」

いきなりそう言われて千秋は面食らった。

「え、え?ど、どうしてですか?」

「いや……別に」

なんだか不機嫌そうだ。

「そういや、引っ越しの理由ってなんなんだ?」

単刀直入な質問に、千秋は目をくるくるさせた。

「え、それは……会社の都合ですね」

「そうか……そうだよな。別に理由なんかないよな」

「あの……どういう意味ですか?」

「あん……いや、都合がよすぎるように思えてならなくてな」

始はつまらなそうに地面の石を蹴った。石は遙か彼方まで飛んでいってしまう。


「都合っていったい……」

「自分勝手なもんさ」

苦々しく始は言い放った。

「どいつもこいつもてめえのことばっかりだ。他人のことなんか考えも及ばない。常にあるのは自分に関係のあることだけだ。まあ、自分の見えること以外は、誰も知りようは無いからな」

「……」

千秋は始の話の意図をつかみかねて、ただ彼の言葉を聞いていた。

「だが……あいつだけは違う」

始は殺気さえも込めた声でそう言った。

「あいつは本気で他人のことしか考えない。だから自分のことはいつだって後回しになる。だから……自分のことになるとなにもわからなくなる。馬鹿な奴だ……だが、そんな奴が人を引きつけやがる……自分だけでなんでもできるように見えて、結局なんにもできない奴なのに……まったく、世界ってのは自分勝手で不公平なもんだぜ……」

それっきり、始は黙り込んでしまった。

そのまましばらく二人は歩き続ける。日が落ちるのが早くなっているのか、もう日が暮れ始めている。

……あいつって……あの人のことなんだろうか?

歩きながら千秋は思う。

……みんな、あの人のことを認めている。あたしなんかよりもよく知っている……あたしはなにも知らない……まだ……。

……いつか知ることができるだろうか?ううん……人のことを理解しようだなんて傲慢すぎる……でも……。

突然始が立ち止まった。

「どうかしました?」

「いや……俺はこっちなんでな」

そう言って彼は千秋とは反対方向を差す。

「ああ……」

「じゃあな……」

「あ……」

始は一旦行きかけて、立ち止まって千秋の方を振り返り、そして言った。

「あんた……あいつのことが好きなのか?」

「……!?」

いきなり言われて千秋は言葉を失った。

「どうなんだ?」

そう聞く始の目は真剣そのものだった。

千秋はしばらくその顔を見つめていたが、やがて和広のそばで見せる笑顔と同じものを浮かべながら答えて言った。

「……はい」

それを聞いた始は、一つ、深くため息をついた。

「わかんねーな……あんな奴のどこがいいんだ?」

「嫌いなんですか?」

逆に聞き返されて、始はむっとして言った。

「嫌いだね。やれないことは無いと言わんばかりのあの態度……それで本当にやっちまうんだ。そんな嫌みな奴は他にはいない。それに……この俺が唯一勝てなかった奴だしな」

「勝てなかった?」

「ああ、そうさ……この世で唯一、俺に負けを認めさせたやつだ。そんな奴を好きになんてなれるわけは無い。おまけにそれはあいつにはどうでもいいことだってことが気にくわない。そうさ……あいつはその程度の、無気力で、なげやりで……自分勝手な奴なんだ」

和広に対する非難の嵐に、だが、千秋は笑いながらそれを聞いていた。

「なのになんであいつの周りには人が集まるんだ?あんな下らない奴の周りに……それも女ばっかりだ。なんでなんだ、まったく……ああ、いや、そんなことはどうでもいい」

さすがにばつの悪い顔になって始は続けた。

「そんな奴だけどいいのか?今ならまだ、あいつを見捨てても、だれもなんとも思わないぜ?」

しかし、千秋は答えない。ただ始の顔を見つめるだけ。

「まったく、どいつもこいつも……なんだって奴のことになるとみんな強情になるんだ?まあ、俺にはどうでもいい話だがな」

あきらめ顔で言う始に、千秋は言った。

「それは……あなたも同じみたいですね」

「同じ!?な、なにがだ?」

「強情なところ……と言うよりは、なにかにこだわっているみたいです」

「こだわっている……?」

不審な表情で睨み付ける始に、千秋は臆せず続けた。

「あの人のことをどうでもいいと言う割りには、ずいぶん熱心に見えます」

「熱心ね……まあ、ある意味仇同士だからな」

「仇……?」

「それこそあんたにはどうでもいい話だ」

「……そんなことないですよ」

「なんだって?」

「あの人に……関係のあることなのでしょう?」

千秋は初めて不安そうな影を表情に落として言った。

「確か、中学時代からの知合いなんですよね?久美子さんも……あたしの知らないあの人のことも知っている……そのころのことに関係してるんじゃないですか?」

「……」

「でも……確かに関係のないことなのかも知れません」

きっと顔を上げて、千秋は言った。

「今のあたしには、今見ているあの人しか知らないから……でもそれできっといいんです。あたしが好きなのは……今そこにいるあの人なんですから」

そうして千秋は、にっこりと、笑った。

しばらく始はその笑顔を見つめていたが、やがって、深くため息をついて頭を振った。

「あー……ほんと、強情だよなあ」

「……そうでしょうか?」

「この場合は褒め言葉だぜ。まったく、とんだもんに引っかかっちまったのかもな、あいつは……」

「それじゃ褒め言葉になってませんよ」

「そうだな……だけど、これから大変だぜ。あいつのこと、このまえの学園祭でよく分かっただろう」

「ええ……」

「奴は……自分勝手な奴さ。自分のことしか考えられないような馬鹿野郎と同じように、他人のことを真っ先に考えちまう。他人の気持ちに応えようとしても、別の他人のことが気にかかる……そしてなにも答えを出せないまま、一人で勝手にうじうじする。堂々巡りもいい所だ。そういうところは俺が一番嫌いなところなんだ。自分では他人のことを思いやってるつもりでも、結局その他人を傷つけていることになぜ気付かない?……いや、奴は気がついてる。その上で奴は堂々巡りを繰り返すんだ。自分で勝手に何もかも背負いこんでさ……今更言うのもなんだが、止めといた方がいいぜ。あいつのそばにいたって、そうやって傷つけられるのが落ちさ……」

「確かに……自分より他人という感じは、あたしも感じていました。実際、実行委員ではそうだったし……そしてそれが行き過ぎてるんじゃないかって……でもその時はあたしの努力が足りないんじゃないかって思ってましたけど」

「……」

「すごい人ですよね……でもそれが本当のあの人には思えないんです」

寂しそうな表情を浮かべる千秋。だがすぐに元の笑顔を取り戻して言った。

「だからあたしは……本当のあの人を探したいって思ってるんです。でもそれって……とっても難しいことですよね。自分自身のことだってよく分からないのに……でもですね、だからこそ人は、お互いを知ろうとするんだと思います。あたしはそう信じているんです」

「はー……俺にはよく分からんけど……」

始はにやっと笑いかけて言った。

「それくらい惚れてるって訳か」

「え!?」

千秋は顔を真っ赤にして驚いた。

「だとすると、俺も頑張らんといかんな」

始は大声で笑うと、手を振りながらその場を去っていく。

その後ろ姿が消え去るまで、千秋はその場に立ち尽くしていた……。


「実に危機的状況って訳よね」

みどりはそう力説した。

「仁科さんの登場以来、和広の調子は外れっぱなし!あたしたちの調子も外れっぱなし……これは何としても解決しなくてはならないわ!」

しかし、久美子も沙織もなにも言わない。

「ちょっと!なにしけた顔してるのよ!?ここままにしておいていいわけ!?」

反応のないことに苛立ったみどりは、うなり声を上げて椅子に腰を下ろす。

「まったくもう……」

「……どういう取り決めをしたっけ?」

久美子がぼそっと言った。

「取り決め?」

「スキーの時……和広の決めたことには従うって、決めたでしょ」

「それがなによ!?」

「……ここで騒いでいても、仕方ないってこと」

「久美子、あんたねえ……」

みどりは立ち上がって久美子の前に立った。

「心配じゃないの!?このまま……このまま……」

「このまま……和広が仁科さんを選んで、も?」

久美子はみどりの顔を見上げる。その目には、何の感情も浮かんではいなかった。

それに一瞬気圧されるみどりだったが、気力を振り絞って叫んだ。

「そ……そうよ!あたしは心配よ!」

「なぜ?」

「な、なぜって……どういう人だかまだよく分からないし、それに……」

口ごもるみどりに、追い打ちをかけるように久美子は尋ねた。

「……それに、なに?」

「そ、それは……」

みどりは必死に考えようとした。しかし、なにも見つからない。そう、なにも。それは単なる嫉妬心……。

「……な、ない……無いわよ!そうよ、無いわよ!だからなんだって言うの!?あたしは和広を渡したくないだけ!だって、和広は……和広は……」

拳を握りしめて身体を震わせるみどりを、悲痛な面持ちで沙織は見つめていた。

「みどり……わかってるから……もういいわよ」

「もういいって……いいわけないでしょ!」

「みどり……」

「沙織は悔しくないの!?ちょっと来ない間にライバルが現れて、和広を連れていっちゃいそうになってるんだよ!?それでいいわけ!?」

「あたしは……」

沙織は膝の上においた掌をぎゅっと握りしめてうつむいた。

「……その方が、いいのかもしれないよ」

「沙織!?……ちょっとあんた、なに言ってるかわかってんの!?」

みどりが激しい剣幕でどやしつける。

「ほんとにそれでいいの!?あんたの気持ちってそんなもんなわけ?そんな簡単にあきらめちゃう程度のものだったの!?」

「……そんなわけ……ないじゃない……」

ぼそぼそと沙織は言った。

「ほんとに……ほんとに好きなんだから……でもね……あたし、本当に和広くんのことわかっているのか、全然自信ないんだ……」

「沙織……」

「久美子は……わかってるんでしょ?」

沙織がそう言うと、久美子は立ち上がってぐるぐる歩き始めた。

「わかってる……そうね……そうなのかもしれない……」

「でも……駄目なんだよね……」

「そうね……そうかもしれない……」

「ちょ、ちょっと……それってどういう意味よ!?」

みどりは訳が分からなくなって叫んだ。

「わかるように説明してよ!」

「それは……」

沙織はすがりつくような目で久美子を見た。久美子はそれに肯くと、ぼそっと消え入るような声で言った。

「和広の考えていることがわかるからって、彼を理解したことにはならないのよ……」

「理解したことにはならない……なによそれ?」

「みどりは、和広のどんなところが好き?」

「え……そ、それは……うーん……優しいところかな……」

「他には?」

「ほ、他にって……格好いいし、頭だっていいし……でもやっぱり、人としてできてるって言うか……すごい人だと思うから……」

「でもそれは……和広の本当の姿なのかしら?」

「え……?」

久美子は歩き回る速度をだんだん早めながら言った。

「単にそう見せかけているだけなのかも……」

「そ、そんなことないわよ!見せかけだけでみんなより成績良かったりスポーツ万能なわけないじゃない!」

「そうね……そう、能力は持ってるの。本当はもっとすごいことができるの。でも……何で出せないか、みどりには分かる?」

「なんでって……洋子さんんことが……」

「忘れられない……確かにそれも理由の一つだけど、でも、洋子にはその力を引き出すことができたの……なぜだと思う?」

「そんなこと……わかるわけないじゃない。あたし、知らないんだから、その時のことなんて……」

悔しそうにうつむくみどりに、久美子は立ち止まって事も無げに言ったのだった。

「あたしだって、わからないわ」

「……え?」

「分かってたらとっくに……あたしの勝ちだったわね」

久美子のその言葉は、空虚さに満ちていた。

「でもあたしじゃ駄目だった……理解者面してたけど、結局なにもわかってないのね……心の動きは読めても、どうしてそう動くのかはわからなかった……」

「それにあたしたちは……自分のことしか、結局考えてなかったんだと思うの」

沙織が寂しそうな表情で言った。

「自分のことを認めて欲しい……自分のことを好きになって欲しい……そうやって自分の気持ちを押し付けてたような気がする……」

「うう……確かにそれは……そうかもしれない……」

みどりはうなだれてうめいた。

「そうかもしれないけど……だからって……だからって、あきらめるなんてことは絶対にしないんだからね!」

そう言って顔を上げるみどりは、なにかに燃えるように真っ赤だった。

「それはもちろんよ」

沙織も薄く笑みを浮かべながら言った。

「あたしだって……あきらめたわけじゃないもの」

「そうね……では、待つとしましょう」

久美子は、死刑宣告する裁判官のように、陰鬱な声で言った。

「覚悟は、できてるわね?」

久美子にそう言われて、みどりと沙織は静かに、肯いた。

「そう……なら、いいわ。その時は……近いような気がするの……もうすぐ……」


「由布ちゃん、今度予定なんだけど……」

教室で、明が由布に話しかけている。

「なにか欲しいものある?」

「えへへ……何にしようかな〜」

「あ、あんまり高いものはちょっと……」

「もちろん。プレゼントは値段じゃないもんね」

「でも、だからって手を抜くつもりは無いけど……」

「それなりに期待してる」

うふふ、と由布は笑った。つられて明も笑う。

明日の十一月十二日は、由布と由一の誕生日なのだった。

「今年もパーティするんだよね?」

「もちろんよ!恒例行事だし。それに折角のおやすみだしね」

偶然にも、学園の創立記念日と重なっているの。おまけに明日は土曜日だった。

「準備とかは済んでるから、あとはみんなで集まればオッケー!」

「そっか……あー、仁科さんは誘ったの?」

「もちろんよ。同じマンションなんだし……ああ!なんでそんなこと聞くのよ!?」

ずいっと迫られ、明はたじたじとなった。

「え!?あ、いや、ただそう思っただけで……」

「うーん……怪しいなあ……」

「ど、どこが?」

「気にしてるってことは、もしかして千秋ちゃんの方がいいとか、千秋ちゃんの方がきれいだとか……」

「お、おもってないよ!!」

「ほんとにぃ?」

「ほ、ほんとだって!僕は由布ちゃんのことが一番だって思ってるし……」

「うーん……」

しばらく明を睨み付けた後、一転してにっこりと笑って言った。

「よし!許してあげる」

「ほっ……」

そんな二人を千秋はうらやましそうに見つめていた。

……ほんと、仲がいいのね。

千秋はふと横を見た。和広が何やら本を読んでいる。ここからはタイトルはわからないが、文字の多そうな本だった。しかしその本を、和広はさっさとめくっていく。

……速読か……かなり早い……すごいんだ……なにを読んでいるのかな……あたしにもわかる内容かな……だったら……だったら、聞けばいいのに……でもなにか……近寄り難い感じがする……どうしてそんなに……そんなに一人になりたがるんだろう……自分からも逃げているような……自分からも逃げる?なんでそんな……。

「ねえ、千秋ちゃん!」

由布に呼びかけられて、千秋は思考を中断された。

「え!?な、なに?」

「明日のことなんだけどさ……」

由布の話を右から左に聞き流しながら、千秋はちらちらと和広に視線を送り続けた。

……もっと……もっと近づきたい……彼に……彼の心に……。


その日はあいにくと朝から雨だった。

千秋は傘を差してマンションから出てきた。昨日由布に頼まれたこと、パーティの手伝いで明の家に花を受けとりに行くのだ。

「夕方には晴れるって言ってたけど……ふう……」

雨雲のせいなのか、妙に気が重かった。

和広のそばにいるときとは違い、千秋の表情には浮かれたところはなにも見えない。実際、和広のそばにいるときは気疲れを感じることもあった。

……でも……決めたんだ……彼のそばにいるときは笑顔でいようって……彼の笑顔が見たいから……そう思うなら、自分から笑顔を見せなくちゃ……だから……。


明の家は商店街の中程にあった。表側は小さく見えるが、裏には栽培用の温室などがあって、それなりに大きな花屋なのだ。

「こんにちわー」

千秋が店の中に声をかけると、明の父親が出てきた。

「やあ、由布ちゃん!」

「え……」

どうやら見間違っているらしい。

「あの、あたしは……」

「おーい、明!由布ちゃんが来たぞ!」

「あの、ですから……」

「由布ちゃん!?今日はくる予定は……あ」

店に出てきた明は、千秋を見て理解したらしい。

「なんだ……仁科さんだったのか」

「こんにちわ」

「え……なに?由布ちゃんじゃないのか?」

父親は信じられないと言った感じで千秋を見つめている。

「前に言ってたじゃないか、そっくりの子が転入してきたって」

「ああ、この子がか……へえ、よく似てるねえ。いや、間違って済まなかった」

「いいえ……仁科千秋です。よろしくお願いします」

千秋は一礼すると、明の方を見て言った。

「でも、なんだ、は無いと思うけど」

「ご、ごめん……」

「いいのよ……あ、頼まれてたお花は?」

「ああ……これがそうだよ」

明が机の上におかれた色とりどりな花束を手に取ると、千秋に渡した。

「わあ、きれい……これ、ここで取れたんでしょう?」

「まあね……うちは自家栽培が中心だから、それが自慢なんだ」

「すごいのね」

「えへへ……」

「じゃあ、これ、頂いていくわね」

「うん……あ、でも結構持ちづらいね。雨も降ってるし……やっぱり僕が持っていこうか?」

「ううん、いいのよ。春日君は別にやることがあるんでしょう?」

「う、うん……」

「じゃあ、また後でね」

そうして千秋は店から出た。左手に傘を差し、右手で逆さに花束をも持って。

「ちょっときついかな……でも大丈夫でしょ」

ちょっとだけ気を楽にして、千秋は歩き出した。

「でもどうしようかな……他にも買いたいものがあるんだけど……」

雨は激しくはなってはいないが、絶え間なく降るそれは所々に水たまりを作って、千秋の足元を何度も汚した。

「もう、靴下まで濡れちゃって……あれ?」

身をかがめた時、目の前に見たことのある人影が見えたような気がした。

「あれは……」

きょろきょろと見回すと、遠くの角を曲がろうとする人の姿が見えた。千秋と同じように、左手に傘を、右手に花束を持ったその人物……千秋にとっては見間違いようもない。

「……芹沢くん?」

和広は千秋に気付く風もなく、そのまま角に消えていった。

「どこに行くんだろう……」

たまらず千秋は和広の後を追った。かなり遅れてさっきの角までたどり着くと、彼女はその先になにがあるのかを知った。

「……墓地?」

公営の霊園だった。曲がったその先には、中への入り口が見えている。

「御墓参り……なのかな……」

……あたしには……あまり関係は……ないよね。

……でも……なんか胸がざわざわしてる……いやな感じ……まさか……芹沢くんの幽霊なんてことは……そんな馬鹿なこと……だったら花束なんか持ってないわよ……。

……どうしよう……彼のことならなんでも知りたいけど……後をつけるみたいなことしていいんだろうか?

……でも……知りたい……それがきっかけになるんだったら……知りたい……芹沢くんのことを……知りたい……。

千秋は意を決すると、霊園内部へと足を踏み入れた。

そこは公園形式で、いくつかの区画に分かれて思い思いのお墓が設置されていた。

……欧米風の形式ね……でも墓石は色々ある……かなりゆとりのある造りだ……。

だが、当ても無くさまようにはこの霊園は広すぎた。雨のせいで足元はおぼつかないし、おまけに墓石が邪魔して視界が利かない。

……無謀だったかな……こんなに広いとは思わなかったし……もう帰ろうかな……いい加減足が疲れて……あっ……いた!

ちょっと角を曲がったところで、千秋は墓の前に立つ和広の姿を発見した。そこは、緑地の上に墓石を並べる形式の場所で、そのうちの一つの前に、彼は立っていた。

……誰のお墓なんだろう……大事な人のなのかな……。

千秋はしばらく和広の様子を眺めていたが、のぞき見ていることに次第に罪悪感を覚えてきた。

……やっぱり、いけないよね、こんなの……人の心に無神経に入り込むような真似してちゃ……帰ろう……。

そう思って、千秋は後ずさるようにその場を去ろうとした。

と、その時。突然吹いてきた風のせいで傘を持っていかれそうになって、思わず声を上げてしまった。

「あ……!?」

すぐ態勢を立て直して口をつぐんだが、もう遅かった。

和広が振り返って、千秋の姿を見つめていた。非常に驚いた表情をしている。

「なぜ……ここに……?」

「え、いや、その……」

千秋はどう説明していいかわからずに、口をぱくぱく動かしている。

和広は軽く微笑むと、千秋に近づいていった。

「そっか……入るところを見てたんだね」

「う、うん……ご、ごめんなさい……」

千秋は頭を下げて謝った。

「勝手に後をつけたりして……ほんとうに、ごめんなさい!」

しかし、和広は全く怒る様子もなく、さばさばとした感じで言った。

「いや……これもなにかの縁なのかもしれないな……」

「え?」

言葉の意味をわかりかねて、千秋は顔を上げた。

「どういうこと……なの?」

「うん……本当はもう少し後で言うつもりだったんだけど……もう待つのはやめにするよ。ちょっと長い話になるんだけど……聞いてくれるかな?」

そう言う和広の表情は、すっきりとした、落ち着きのあるものだった。その陰に、千秋は固い決意のようなものを感じ取っていた。

……一体なにを……このお墓にも関係することなんだろうか……。

千秋はぐびりと喉を鳴らすと、静かに肯いた。

「ありがとう……」

和広は口許で軽く微笑む。そして、淡々とした口調で話し始めた。

「本音を言えば、この話はしたくなかったんだ。どうしても思いが空回りしてしまう。でも、ここでちゃんと決着をつけておかないと、先に進むことができないんだ……前にも、そんなことがあった。だから今回はちゃんと、けじめをつけたいと思っているんだ」

「けじめ?」

「そう……けじめだ。そのために僕はこの場所に来た。このお墓には……僕の大切だった人が眠っている。今日はその命日なんだよ」

……雨が一時、強くなった。

千秋は和広の言葉を何度も心の中で繰り返していた。

……大切な人……眠っている……大切な人……芹沢くんの大切な人……大切な……。

「……大切な、人」

「そう……ほんとうにかけがいのない存在だった。でももうこの世には居ない。二年前……事故で死んでしまったんだ……高木洋子というのが、彼女の名前だった……」

苦しみを吐き出すように、和広は話を続けた。

「昔の僕は何に対しても虚無的で、無気力で、無関心だった。それを変えてくれたのが洋子だったんだ。でも……居なくなってしまった。僕が目を離した隙に、車にひかれたんだ……それが二年前のことだよ。それからは……元のひどい状態にはならなかったけど、良くもならなかった。なんとなく生きていたような気がする……」

そうして和広は黙り込む。さすがに苦しいのか、顔面は真っ白だった。

千秋は黙って続きを待ちかまえた。

「……それで、なんとか乙夜に入学したんだけど、そこで……とんでもない人と出会うことになってしまってね」

「とんでもない?」

「うん……そうとしか言いようがなかったよ。だってそれは……洋子に、そっくりな顔をしていたんだから」

「そっくり!?」

……この世には、三人は自分と同じ顔の人がいるっていうけど……実際に、見てしまうなんて……。

「そんなことって……」

「正直……ただ、驚くしかなかった。本当に生き返ったみたいに思ったよ。だけどそんなことはなくて……でも、惹かれていくのには時間はかからなかった」

……あれ?……なにかひっかかる……そっくり……顔が同じ……同じ?

「洋子じゃないんだといくら思っても、好きだっていう気持ちは押さえられなかった。でも……洋子を死なせたのは自分のせいだという思い込みのせいで、自分の気持ちを伝えられないままだった。その内その子に恋人ができて、余計に言い出せなくなってしまって……とてもつらかったな、あの時は……」

……すごく最近に、そういうことが話題になったような……。

「それが解決したのは、今年に入ってからかな……みんなに迷惑かけまくって……なんとか自分の気持ちにけじめをつけて、やり直そうとしたんだ。ありがたいことに、こんな僕を好きだって言ってくれる人もいたし……でも……誰かに決めることはできなかった。贅沢な話だよ、全く……そんな自分が嫌でしょうがない……でも、駄目なんだ。誰かに決めることなんてできなかった……」

深くため息をつく和広。

千秋はなにかが心に引っかかっているのを感じていた。

……なんだろう……あたし、なにかを忘れてる……とっても重要なこと……疑問に思っていたこと……。

……なんで昔の彼女のことが出てくるの?それが、あたしに関係のあることなの?

……ああ、わからない……いったい、なにを言おうとしているの?

「そんなとき……君が転入してきたんだ」

和広は千秋の顔をじっと見つめた。懐かしいような、苦しそうな、戸惑いの表情で。

「我が目を疑ったよ……まさか……まさか、三人目に出会うなんて思いもよらなかった」

「三人目……まさか……」

千秋は思い出していた。転入してきたときの、みんなの変な態度のことを。特に、久美子の反応を。

『他人には見えないのよね……ほんとうにそっくり……』

『でも、あなただったら、もしかして……』

……まさか、あの意味は……まさか……まさか……。

「まさか……」

「……うん、そうだよ」

和広は複雑と言うほかない表情を浮かべて言った。

「君が、その三人目だったんだ」

ざーっ……一際雨が激しくなっている。

千秋は手に持った花束を落とさないようにするだけで大変だった。寒さのせいなのか、少し身体が震えていた。

「それからは……ずっと自分を押さえるので精一杯だった」

和広は淡々と話し続けた。

「気になって仕方なかった……どう対応していいかわからなかった……どうしても洋子が生き返ったように見えてどうしようもなかった……また僕を好きになって欲しいとか、僕を勇気づけてくれないかとか、勝手なことを思ったりもした。でも君は……洋子じゃない。昔の彼女にそっくりだからって、そんなことは許されない……そう思って、できるだけ距離を置こうとしていた……でも、実行委員で一緒に仕事をするようになってからは、それもできなくなって……どうしていいのかわからなくなったんだ……でも……そうしているうちに……君のことばかり考えるようになっていた。それで……それで……」

和広はうつむいて口をもごもごと動かした。よく聞き取れない。

「……気がついたんだ。昔のことなんかどうでもよくって、ただ僕は……君に、そばにいて欲しいんだって……それが自分の願いなんだって……だから……」

和広はまっすぐに千秋を見据え、そして、言った。

「ずっと……僕のそばにいて欲しい。それが今……言いたかったことなんだ」

ざっ!……横殴りの雨が二人の間を吹き抜けた。

千秋はうつむいてしまって、和広はその表情を見ることはできなかった。たまらなく不安になってくる。

……やっぱり駄目なんだろうか……洋子のことを持ち出すべきじゃなかったのかも……でも、それを隠したまま告白なんてできない。上っ面を繕うのはもういやなんだ……。

「……ごめん……突然、こんなところでこんな話をしてしまって……でも、どうしても言わなきゃいけないと思ってたから……返事は……今すぐにとは言わない。考えておいて欲しい」

「……」

雨の勢いは次第に衰えだし、止みそうな気配を漂わせていた。

千秋はまだうつむいていた。微動だにしない。

和広は彼女に近づいていくと、震えた声で話しかけた。

「仁科さん……もう行こう。このままじゃ風邪を引いてしまうよ?」

「……」

「仁科さん……?」

千秋は突然和広に背を向けた。彼の顔が歪む。

「仁科さん……ごめん……」

「……なんで謝るの?」

震えた声で千秋は言った。

「いや……」

「……帰ろ……準備に戻らないと……」

そう言って、千秋は歩き始めた。慌てて和広はその後を追った。

二人は無言で霊園を離れ、商店街を抜けて、会場のマンションまでやってきた。その間、二人は顔を合わせることは無かった。

千秋はマンションに入るとき、一瞬だけ後ろを振り返って言った。

「じゃあ、パーティで……」

その時も、口許が見えただけで、顔は見えなかった。

和広は、ただ彼女を見送ることしかできなかった……。


千秋は花束を持って由布の部屋までやって来ると、呼び鈴を鳴らした。

出てきたのは亜衣だった。

「あら、千秋ちゃん」

亜衣がそう声をかけると、千秋は顔も上げずに花束を差し出した。

「あの、これ……由布ちゃんに頼まれてた……」

「ああ、ありがとう。雨大変だったでしょう?さあ、上がって……」

「いえ……一度うちに戻るんで……」

そう言って千秋は花束を渡してしまうと、そそくさとその場を去った。

「どうしたのかしら……」

亜衣はその後ろ姿に言い知れぬ影を見た。

「揺れてる……心が……」


千秋は自分の部屋まで戻ると、ベッドに腰掛け、そのまま仰向けに倒れ込んだ。

彼女は……泣いていた。ただ、泣いていた。

……あたしが……由布ちゃんに似ているってことは……そう言う意味だったんだ。みんなそれをわかっていて……久美子ちゃんは、もっとわかっていたんだ……。

……どうしよう……どうしたらいいんだろう……本当はうれしかった……うれしかったんだ。そばにいて欲しいって言われて……うれしかった。けれど……。

……洋子さんって言ってたっけ……芹沢くんの大切な人……その人に似ているだって……だからあんなにびっくりしてたんだ……つらかったんだろうな。昔を思い出して……それも、二度もつらい思いをして……。

……どうして同じ顔の人を好きになっちゃうのかな……洋子さんのことが、忘れられないんだって、言ってたよね……だからなのかな……でも彼はわかっている。そんな理由で人を好きになるのは悪いことだとわかっている……正直言って、いい気分はしなかった……あたしは、身代わりなんだろうか?由布ちゃんの時もそうだったのかな……。

……あたし……ここに来ない方が良かったんじゃないのかな?そうすれば、芹沢くんも、あたしも、こんなに悩まなくて済んだのに……他の人まで巻き込むことなんて無かったのに……。

……ほんとうに、それでいいの?

……あたしの気持ちはどうなの?あたしの気持ちは……そう、あたしは……あの笑顔が見たかったんだ。あんなにさわやかで、あんなにきれいで、あんなに輝いている笑顔を見るのは初めてだったんだ……そんな笑顔ができるのに……真面目で、優しくて……とってもすごい人なのに、いばったりなんかしない。謙虚で、誠実で……嘘は言わない。

……嘘……嘘なんかついてないんだ……ほんとうに、そう思ってくれているんだとしたら……あたしを、必要としてくれているんだとしたら……あたしは……あたしは……。

……どうすればいいんだろう……どうすれば……どうすれば……。


パーティ会場になっている森村家の一室には、参加者がちらほらと集まり始めていた。

「友子はいっつも一番乗りだよね」

由布が指摘すると、友子は満面笑みとなって言った。

「足は速いからね〜」

「由布は鈍くさいけどな」

由一の茶々に、由布は彼の足を思いっ切り踏ん付けた。

「ふん!」

「だ!……くう、怪我したらどうするんだよ!?」

「自業自得でしょ!」

その光景を見ていた信雄が明に話しかけた。

「大変じゃないですか?」

「うんまあ……最近は馴れてきたんだ」

「へー……」

「まあ、由一君みたいなことをしなければいいわけだし」

「そりゃ言えてますね」

その時千秋が部屋に入ってきた。

「あ、そっくりさん登場ですね」

信雄がそう声をかけると、千秋は微笑んだ。普段と変わった感じはしない。

「ほんとそっくりですよねえ……でも中身は大違いみたい」

「いいの、そんなこと言って?」

「いいんですよ。だってあの勢い見せられたら誰だって……」

信雄は口げんかする双子を見ながらため息をついた。

「そのとばっちりがくるんですよねえ……」

「うふふ……それくらい仲がいいってことでしょうね」

「なんですかねえ……」

そして、今度部屋に入ってきたのは、和広だった。プレゼントらしい包みを一つ手に持っている。

「やあ、誕生日おめでとう」

「あ、和広くん!」

由布が近づいて笑いかける。千秋は視線を少しだけ二人の方に向けた。

「はい、これ。プレゼント」

「わあ、ありがとう!」

楽しそうに笑う由布を見て、千秋は少し暗い表情になった。

……素直に……喜べるのって……いいな……。

「後で見るね」

「それほどすごいものじゃないけどね」

「なんだよ、由布にはあって俺にはないのか?」

由一が話に割り込んでくる。

「さすがに男にプレゼントするのはちょっとね……ただ、別なものは用意してあるよ」

「なんだって……?」

怪訝な表情を浮かべる由一に向かって、和広は静かに言った。

「副会長の件……受けることにするよ」

「ほんとか!?」

「よかったじゃない、由一くん!」

由一と友子が歓声を上げる。

「しかしどういう風の吹き回しなんだ?」

「いやなに……多少は欲が出てきたってことさ」

「欲ねえ……まあなんだっていいや。これで雪絵さんに文句言われなくて済むしな」

「でも良かった。きっと千秋ちゃんの説得のおかげね!」

突然友子に話を振られて千秋は跳び上がりそうになった。

「え、いや、そんな……」

その表情を、和広はただ微笑みながら見つめるだけだった。

……なんで突然……まさか、本当にあたしのせい?そうだったらどんなにいいだろう!

……いや、そんな……芹沢くんが自分で決めたことだ。あたしなんかなんの……なんの……。

……これもけじめなんだろうか?変ろうとしているんだろうか?

……あたしはどうなんだろう……今のままでいいんだろうか……あたしはなにをしたいんだろうか……なにをすればいいだろうか……。


「今年もみんな集まってくれてありがとね!」

全員がそろったところで、由布が挨拶した。

「今回は新しい人も入ってきて、ますます楽しいパーティになりそうです!ね、ね、千秋ちゃん!」

「え、あ!」

急にみんなの前で立たされて、千秋は戸惑った。

「見ての通り、ほんと双子みたいにそっくりなんだよね」

「中身は全然……うわ!」

そう言いかけた信雄に、飾り用の星を投げつける由布。

「えー……何はともあれ、これからも仲よくやっていこうね!」

「それじゃ、かんぱーい!」

由一の音頭でパーティは始まった。

立って話ながら食べる者や、座りながらゲームする者など、思い思いのスタイルでパーティを楽しむこととなったが、当然のようにカップル毎にグループ分けされていった。

千秋は、当然和広を中心とするグループに入ってはいたものの、全然和広に話しかけることは無く、ただ人のしゃべるのを聞いていた。

「ねえ、どうして副会長やろうって思ったの?」

みどりが和広に尋ねた。

「すごく嫌がっていたのに……」

「すごくって程じゃなかったけど……断る理由を考えるのが嫌になったって所かな」

「ふうん……そういうものなんだ」

「ねえ、他には誰が役員になるの?」

今度は沙織が尋ねる。

「会計は信雄くんらしいよ。書記とか細かいところはこれかららしい」

「ねね、あたし入れないかな?」

みどりが自分を指さしながら言った。

「どうだろう……結構大変みたいだよ。事務仕事とか」

「事務仕事……」

みどりは心底嫌そうな顔になった。

「もう二度とやりたくないわ、そんなの!」

「このまえも音を上げそうになってたものね」

「やだなあ、久美子ったら……でも、どうしても、帳簿とか書類とかってやなんだよね〜」

「みどりは口八丁手八丁だもんね」

くすくす笑いながら沙織が言う。

「そそ。あたしはその場しのぎ……じゃなかった、臨機応変にやるのが信条なんだから!」

「ちゃんと考えてるの?」

「なによそれー!馬鹿じゃないんだから、あたしは!」

みんなで大笑い……だが、千秋は笑っていなかった。

「仁科さん、どうかした?」

「え……!?」

久美子がじっと千秋の顔を見つめていた。そして、みんなの視線も彼女に集中する。

「具合でも悪いの?」

「う、ううん……そんなことないですよ」

そう言って千秋は微笑もうとしたが、顔が引きつったようにしか見えなかった。

「なら、いいけど……」

「雨の中を長い時間歩いていたからじゃないのかな」

和広は千秋を見ながら言った。

「え、雨って?」

みどりがそう聞くと、和広は答えた。

「午前中街で一緒になってね……ちょうど雨のひどい時間だったから」

「ううん、ぜんぜん。別に風邪とかそう言うことじゃないから……気にしないで」

「それならいいんだ、うん」

そして場が急に静かになってしまった。

「あ……ええと、それでね……」

みどりが真っ先に絶えきれなくて、適当に話をし始めた。彼女に任せておけば場が白けるということはない。

そうして当たり障りのないことを話すうちに、パーティの終了時刻を迎えることとなった。


千秋は帰る者たちを見送ろうと、マンションの外まで出てきていた。

マンションの入り口前には、和広を中心としたグループが集まっている。由一は既に友子を送りに行って居なかったし、由布は明と一緒にまだ部屋の方にいるはずだった……もちろん二人きりだろう。

千秋は自分だけが仲間外れになったような気がして、なんだか寂しかった。

……ひとりぼっちか……芹沢くんの周りには大勢人がいるのに……でも、どんなに人がいても、彼は……寂しいのかな、芹沢くんも……。

『ずっと……僕のそばにいて欲しい』

……どくん。

……そばに……芹沢くんのそばに……居られたら……あたしは……。

「……芹沢くん!」

思わず千秋は和広に声をかけてしまった。みんなの視線が千秋一人に集中する。

……ああ……視線が痛い……だめだ……言えない……心の準備ができていない……答えがまだ見つからない……。

千秋はなんとか作り笑顔を浮かべると、大きな声で言った。

「みんなも、気をつけて帰ってね!それじゃまた!」

そうして彼女は逃げるようにマンションの中に消えていった。

なんとも言えない沈黙がみんなに垂れ込めたが、それを打ち破るように和広が言った。

「それじゃあ、行こうか」

そうして集団は歩き始めた。

いつもならみどりがなにやかにやと場を盛り上げるのだが、今日ばかりはまるで葬列のように無言でみんなは歩き続けた。

そうして、最初の分岐点にたどり着いた。ここで始と久美子が別れるのだ。

「じゃあ……あたしたちはこっちね」

久美子は名残惜しそうにそう言った。すると、和広が珍しく始に向かって声をかけた。

「そうか……あ、始!」

「なんだ?」

「久美子のこと、ちゃんと送ってやってくれよ」

始は露骨に嫌そうな表情を浮かべて言った。

「当たり前だろう、んなこと」

「そうだな……お前だったら大丈夫だよな」

「なに言ってやがるんだか……さっさと行けよ」

「ああ、そうするよ。じゃあ、またな」

和広は軽く手を振ると、みどりと沙織を連れて先に進んでいった。

「まったく……俺を何だと思ってやがるんだ……ひどい奴だよな、久美子」

しかし、久美子はなにも答えなかった。ただ和広の消えていった方向を見ていた。

「おい、久美子?さっさと帰ろうぜ」

しかし久美子は動こうとしない。

「おい、どうしたんだよ?」

始は久美子の肩に手をかけた。その時……。

「お、お前……」

「う……うう……」

久美子は肩を震わせ、いまにも泣きそうなうめき声を上げていた。

「おい!」

始は久美子の前に回ってその両肩を掴んだ。彼女はうつむいたまま、身体を震わせていた。

「久美子、お前……泣いてるのか?な、なんでいきなり……一体どうしたんだよ!?」

「うう……和広が……和広が……」

「なに?あいつがどうしたんだよ?おまえが泣くようなこと言ったか?」

すると久美子は涙にぬれた顔をあげ、すがるような目で始を見つめた。

「久美子……なんだっていうんだ?」

「……もう……もう和広は……決めてしまったのよ……」

「決めた?一体なにを……って、まさか!?」

始はようやく、さっき和広が言った言葉の意味を理解した。

「あれは……あのセリフは!?」

……久美子を頼んだぞってことだったのか。そしてその意味は……。

「そうよ……告白したのよ、和広は……仁科さんに、何もかも……」

久美子はそう言って両手で顔を覆った。

「なんでそんなことがわかるんだよ!?」

「パーティの時……言ってたでしょ……午前中、街で一緒になったって……」

「……ああ!?そうか、墓参りか……高木の……」

「きっとそう……それで仁科さんの態度がいつもと違ったのね……」

「そうか、それで……でもだとしたら、まだ答えは出てないんじゃないのか?あの様子じゃ、付き合うって決めたわけじゃなかったないだろうし……」

「そうね……まだ答えは出てないんでしょうね。でもね……和広の答えは決まっているのよ。だからあんな言い方……あたしにならわかると思って……」

「回りくどい真似を……だが、だからって今泣くことないだろう?まだ結果が出たわけじゃ……」

「違うの……そうじゃないの……」

久美子はいやいやするように首を振った。

「もう決めてるのよ……仁科さんの返事がどうあれ……あたしたち……みどりや沙織を選ぶつもりは無いって……付き合わないって……そう決めているのよ……」

「なんでまたそんなふうに考えるんだ?本人からそう聞いたわけじゃないだろう?」

「あたしにはわかるの!」

ほとんど悲鳴のような声で久美子は叫んだ。

「和広は、そういう人なのよ……副会長のことを引き受けたことだって、昔だったらそんなことしなかった。でもそういう決断をしたってことは……ちゃんとけじめをつけるつもりなのよ……たとえ仁科さんにふられたとしても……もうこれまでの中途半端な状態に戻るつもりは無いのよ……」

そうして久美子は、両の掌で顔を覆うと、ほんとうに、泣き始めた。大声で、恥も外聞もなく、道端で、ただ、泣いていた。

……あの馬鹿野郎。

始は久美子を見つめながら心の中でうめいた。

……こんなに泣かせやがって……なにがけじめだ……だから俺はあいつが嫌いなんだ……だがよ……これでようやくあいつも独り立ちしたってことか……。

……でもおれは……うれしいはずだよな……うれしい?うれしいだと!?久美子がこんなに悲しんでいるってのにか!?馬鹿野郎……俺の方が大馬鹿野郎だ……俺に今できることは……一つしかないじゃないかよ……。

始は、泣きじゃくる久美子の身体を、覆い隠すようにして抱き締めた。

「始……」

「今はなにも言うな……俺が着いてるから……俺はそばにいてやるから……」

「うう……始……」

久美子は始の身体にすがりつくようにして、もっと大きな声で泣いた。

そんな二人を、月が優しげに照らし出していた……。


「……?」

急にみどりが立ち止まった。

「どうしたの?」

沙織が尋ねると、みどりは首をかしげながら言った。

「いまなにか……聞こえたような気がして」

「……なにも聞こえないけど」

「そら耳かなあ……ま、いいや」

そうしてみどりは和広の隣に戻った。

「今日も結構楽しかったね」

「そうだね……みんな楽しそうだったしね」

「もう……和広が楽しんだかって聞いてるのに……」

「そりゃ、楽しくないなんてことはないさ」

「それはそうかもしれないけど……さ」

「ねえ、あしたみんなでどこか行かない?」

沙織がそう言うと、みどりはうんうんと肯いた。

「それいいね。久美子も誘ってさ」

「どこがいいかしら……」

「どこだっていいよ。和広が一緒なら……ね、和広?」

そう言ってみどりは和広の方を見て、そして怪訝な表情を浮かべた。

「……どうかしたの?」

沙織も和広を見て驚いたような表情を見せる。

「え……」

……なんでこんなに……冷たい目をしてるの?

和広はなにか近寄り難い雰囲気を漂わせながら、みどりと沙織を見つめていた。

「ちょ……どうしちゃったのよ、和広?」

みどりが不安そうな声で聞く。しかし和広はそれには答えないで、じっと二人の顔を見つめている。

「……聞いて欲しいことがあるんだよ」

ようやく和広は重々しく口を開いた。

「ほんとうはこんなところで話すことじゃないと思うんだけど……今のうちに言っておきたいんだ……いいかな?」

みどりと沙織は顔を見合わせた。お互い不安が表情に出ているのを感じた。

「大事な……大事な話なんだよね?」

みどりが恐る恐る尋ねる。和広はそれに無言で肯くと、先頭になって歩き始めた。ちょうどすぐそばに小さな公園があって、そこへへ移動するのだろう。二人は素直にその後についていった。

夜の公園は人気が無くて寂しそうだった。街灯の揺れる光だけが動いている。

三人はその真ん中辺りにやって来ると、向き合ってお互いの顔を見た。そのどれもが表情が堅い。

しかし、和広は話し始めた。

「最近、色々と考えたんだ。実行委員の仕事が終わって、由一くんから副会長のことを頼まれて……でも気にかかっていたのは……やっぱり、仁科さんのことだった」

和広の口から彼女の名前を聞くのは、二人にとってはつらいことだった。だが、彼の言葉の方が気になって二人は息をのんで次の言葉を待った。

「考えたんだよ、ほんとうに、いろいろと……それで唯一はっきりしたのが……彼女がそばにいると、とっても落ち着くということだった……ほんとうにそうなんだ。だから僕は……今日昼前、彼女に……告白したんだ。ずっとそばにいて欲しいって」

みどりの顔が奇妙に歪んだ。沙織は顔面蒼白で唇が震えていた。

それでも和広は話を続けた。

「もちろん、洋子のことは話したよ。それに由布ちゃんとのこともね。でもまだ答えはもらっていない……いつまでにとか言わなかったし、別に答えなんてなくったっていいんだ。ただ僕は、自分の気持ちを知ってほしかった。ただそれだけだったんだ……」

そう言って和広は弱々しく微笑んだ。

二人はしばらくなにも言えずに、ただ和広の顔を見つめていた。やがて、みどりが哀願するような口調で言った。

「でも……でもさ……まだあたしたちにもチャンスはあるんだよね?だって、まだOKもらってないんだし……まだ……なんとかなるよね?」

「みどり……」

「だってさあ……」

いまにも泣き出しそうな顔でみどりは沙織を見た。

「あたしたちの方が先に和広のこと好きになったんだよ!?負けるわけないじゃない」

「みどり、それは……」

「そうだよね?ね?」

泣くのを必死にこらえながらみどりはしゃべった。本当のところ、みどりはわかっていたのだ。和広の言おうとしていることを。そしてそれは沙織も同じだった。

「和広くん」

沙織は意を決して言った。

「ただ告白したことを報告するだけじゃないんでしょ?他に言いたいことがあるんでしょ?そうなら早く話して。あたしたち、覚悟はしているつもりよ……」

「沙織……」

みどりもあらためて和広を見つめた。

「か、覚悟はしてるけど……どういうことなの?」

二人に見つめられて、和広はすこし間を置いてから、再び話し出す。

「うん……仁科さんからは、まだ返事を聞いてない。だからこれからどうなるかはわからないんだけど……ただね、返事が否定的なものだったとしても……また、今までの関係に戻るつもりは……もうないんだ」

「今までの……関係?」

ほうけたようにみどりが聞く。

「そう……これまでみんなに迷惑かけておいてこんなこというのは間違っていると思う。思うけど……それをひきずるのはもっと良くないことだと思うんだ。だから……もう久美子や、みどりちゃんや、沙織ちゃんとは……恋人とかじゃなくて、本当の友達として付き合いたい……そう思ってるんだ」

「……おともだち?」

みどりはぽつりと呟くように言った。

「友達って……友達だよね……友達ってことは……恋人とかじゃなくってって……え?……なによそれ……なんなのよ!」

最後の方は悲鳴に近いものとなった。激しい勢いで和広を睨み付ける。

「どうして……そんなことに……」

「それは……友達としか思えないから……としか言い様がない。恋愛対象としてはどうしても見られないんだ……自分でもよく分からない。みんな素敵なのに、それ以上の感情がわいてこないんだ……ごめん」

和広はうなだれるようにして頭を下げた。

「ひどいことを言ってるのはわかってる……だから、もう友達なんかでいられないって言うんだったら、それは仕方のないことだと思っている……嫌われたって、殴られたって仕方のないことだって……」

「ばか!!」

みどりはいきなり和広の胸元を掴んで叫んだ。

「だれが……だれが嫌いになるって言うのよ!?」

「み、みどりちゃん……」

みどりは泣きそうな顔で、しかしはっきりとした口調で言った。

「嫌いに……嫌いになるわけないじゃない!そんな……そんなことで嫌いになるほど、いいかげんな気持ちで和広のこと好きだったわけないんだよ!?」

「……」

「みんな知ってるよ、和広がいいかげんな人じゃないって……優しすぎて他人のことを気にしすぎだって……そんな人が、嫌われるのを覚悟してまで決めたことなんだから……だからあたしたちは……和広が誰を選んだって文句を言わないって、決めてたんだから……だから……嫌いになんかならないよ……あたしは……」

そうしてみどりは掴んでいた手を放すと、和広から離れた。

和広はただみどりを見つめ続けた。その目には不安と動揺がありありと見えた。

「……あたしも、和広くんのこと、好きだよ」

沙織はそう静かに言った。

「友達以上にはなれないと言われたときは、どうしようもなく悲しかったけれど……でも、嫌いになんかなれないよ……」

「でも……でも僕は……こんなにひどくて……自分勝手で……」

「自分がなかったら……何にもなくなっちゃうじゃない」

沙織は微笑む。が、その目許には涙の粒が光っていた。

「だから……もういいよ」

そうして彼女は手の甲で目もとをぬぐって背を向けてしまう。

しばらく三人はただその場に立ち尽くしていた。

どれくらい時間が経ったのか……和広はようやくその口を開いた。たった一言……。

「ありがとう……」

するとみどりが妙に明るい声で言った。

「そうだよ……感謝してもらわないとね!」

「みどりちゃん……?」

みどりはいつものように明るくて、そして不敵な笑みを浮かべながら言った。

「こんなに素敵な女の子を三人も袖にしても、文句一つ言われないんだからさ」

「そうね……ほんとうに、幸せ者よね」

「う、うん……ほんとうに……ほんとうにそう思うよ」

和広は、微笑みを浮かべながら、そう言った。

「ほんとうに……ありがとう」

「……さて、帰ろうっか」

みどりがそう言って先に歩き始める。その後ろに沙織と和広が続く。皆、無言だ。

その内みどりの家の前にやってきた。

「じゃあこれで……送ってくれてありがとね」

みどりが笑いながら和広に言った。

「いや……今日は、ごめん……楽しい日のはずだったのに……」

「謝らないでよ」

みどりはきっと和広を睨んだ。

「納得したわけじゃないんだから……大体、まだ仁科さんの返事聞いてないんでしょ?決まってもいないことに謝られたって、どうしようもないじゃない。いい?まだ勝負はついたわけじゃないんだからね?覚悟しておくのよ?それじゃあ、またね!」

そうまくし立てると、みどりは駆け足で玄関まで行くと、ドアを開けて中に入っていった。

「みどりちゃん……」

「さあ、行きましょう」

つらそうな表情を見せる和広に、沙織が声をかけた。

「あ、ああ……」

そうして歩き出した二人だったが、やはりなにも話さず道を歩いていく。そして沙織の家の明りが見えてきた。

「送ってくれてありがとう」

家の前で沙織が言った。

「今日のことは気にしないでね。恨んだりなんかしないから……ほんとよ」

「うん……でも……」

「でもは無し」

そう言って沙織は弱々しく微笑んだ。

「迷ってる姿なんて見たくないもの。決めたんでしょう?だったら……そんなこと言わないで。でないと……ううん、なんでもない」

沙織は首を振ると、後向きに歩きながら言った。

「じゃあね……また学校で」

そうして逃げるようにして玄関の中に消えていった。

和広はしばらくそのドアを眺めていたが、深々とため息を一つつくと、街の方へ歩いていった。

……本当に良かったのかな、これで。

……でも……避けて通るわけにはいかなかったんだ。いつまでもひきずっていることの方がよっぽど悪いことだ。だからこそみんなに話したんだから……今度は、話しただけのことをやり遂げなくてはならない。それが僕にできる……恩返しみたいなものかな。

……さて……彼女の返事は、どうなんだろうか……いつまでも昔に縛られている奴のことなんてなんとも思わないってことになるのかな……今はただ……待つことしかできない……こんなに不安なのは初めてだな……まったく、どうしようもないな……。

そうして和広の姿は街の明りの中に消えていくのだった。


翌日。うってかわっての秋晴れの一日だった。

千秋は散歩がてら近所を散歩することにした。街の方に歩いていくと、日曜日ということもあって、多くの人が行き交っていた。家族連れや仲間同士の集団、そしてカップル……。

……いろんな人がいるのね。

そんな光景を見ながら、千秋は思った。

……だからこそ、社会は多様性を内包することができる……いや、多様性の集合体こそが社会と言えるのかもしれない……それでいて、ある一定の秩序が維持されるのだから、社会というものは数学的な混沌で表現できるのかも……多分、モデル化の段階で相当な誤差を生じてしまうだろうけど。

……ああ、なんでこんなときにこんなこと考えちゃうんだろう……今考えなきゃいけないこと……それは……。

いつの間に来てしまったのか、気がつくと、霊園の前に立っていた。

……そう……ここから始まったんだ。ここから……よし。

千秋は霊園の中に入っていく。

記憶をたどりつつ奥に進んでいくと、墓標が見えてきた。墓標の前には、昨日和広が置いていった真っ赤な薔薇の花束と、もう一つ、昨日は見かけなかった花束が置かれていた。

千秋はその前に立つと、じっと墓標を睨み付けた。

……高木洋子、さん……二年前に事故で……それを芹沢くんは止めることができなかった……?よっぽど……どうしようもない状況だったんだろうな……だから余計に心の傷になって……その上、そっくりな人の会ったんじゃ、たまらないわよね……おかしくなってしまっても仕方ないくらいの苦しみ……あたしがそばにいたら余計に忘れられないんじゃ……でも……それでもいいと、思ってくれている……。

……あたしに恋人がいたらどうしたんだろう?あきらめちゃうのかな……由布ちゃんの時がそうだったんだから……あたしにそう言う人がいなかったばっかりに、彼を必要以上に苦しめてしまったのかな……?あたしが来なければ、来る前のままで、何事も起きずに……。

……だめ、そんなんじゃ。なにも変らないなんて……なんの解決にもなってないじゃない。なにも決められずに、ただ苦しみ続けるだけの日々が続くだなんて……間違ってる。絶対に、間違ってる……。

……だからこそ……だからこそ芹沢くんは、あたしに……告白したんだ……前に進むために、隠し事はしないで……そのせいで結果、嫌われることになっても……。

……それだけ……あたしに自分の素直な気持ちを見せている……それだけ真剣に思っていてくれてる……そう、真剣なんだ。そばにいて欲しいって言ったときのあの目は……あんなにまっすぐで、誠実で、真剣だった……。

……それが彼の願い……じゃあ、あたしの願いは、一体何?あたしが叶えたいと願う思いって、なに?そしてそれは……この人の存在で変ってしまうような、あやふやなものだったんだろうか?

……違う……そんなんじゃない……あたしは……芹沢くんの態度が嫌いだった。力があるのに、それを期待している人がいるのに、それを否定してしまう……そんな態度が、嫌いだった……だから、もっと力を出せるように……そばにいて、安心させて上げたかったんだ……だから……副会長のことを受けるって言ったときには、ほんとうは、踊り出したいくらいうれしかったんだ……なのにあたしは……素直に喜べなくて、自分の努力を否定していた……こんなんじゃいけないよね……矛盾してる……勝手すぎるよね……。

……あたしこそ……あたしこそ変らなくちゃいけない。けじめを……ちゃんとふんぎりをつけなくちゃ。

……身代わりなのかもしれない。だからってそれがあたしの気持ちを鈍らせるのだとしたら、結局その程度の気持ちだったということだ。

……そうなの?……ううん、そうじゃない。そんなんじゃない。今、はっきりわかった。芹沢くんのそばにいたいという気持ちは、今もあたしの胸の中にある……新しい事実が、新しい現実が現れたって、変るようなものじゃない……だったら、それを押し通すのが、正しい道なんじゃないの?その思いは悪いことじゃなかった……だったら、それでいいじゃない!

「……負けないんだから……いや、ちょっと違うな……幸せになってみせるから、ね」

そうして千秋は、墓標に笑いかけた。そしてきびすを返すと、早足でその場を立ち去っていった。

『……おねがいね』

「え……!?」

千秋は声を聞いたような気がして、立ち止まって辺りを見回すが誰もいない。

「気のせいか……」

そして再び走り始めた千秋を、墓標はそっと見送るのだった……。


月曜日。和広はいつもより早く家を出た。いつもなら道々始達に会って一緒に登校するのだが、さすがに今日はだれにも会いたくない気分だった……特に、千秋には。

……情けないとは思うけど……今日は……できればだれにも会いたくない気分だな……さすがにそう言うわけにはいかないだろうけど……。

「おはよう、和広」

「うわ!?」

いきなり声をかけられて、文字どおり和広は跳び上がった。

「なに驚いてるのよ?」

不思議そうな顔で久美子が見ている。

「く……久美子……」

「まったくもう、変な人ね」

久美子はくすくす笑っていた。

「それともなにか、やましい所でもあるのかしら?」

「あ……いや……」

「ふふ……隠し事のできない性格ねえ」

久美子はそう言って歩き出した。慌てて和広もその後を追った。

「……今日はだれにも会いたくないとか、考えてたんでしょ?」

歩きながら久美子が言った。

「いや、その……」

「隠したって駄目なんだから」

振り返ってにやっと笑う久美子。

「昨日……みどりを沙織を振ったって……みんな知ってるよ」

「み、みんなって!?」

「女の子はみーんな……ああ、始も知ってるわね。そう言うのは広まるの早いからね」

和広はあまりのことになにもしゃべることができない。

「驚いた?」

「……ああ」

「和広にも驚くことがあるのね」

「そりゃあ……あるさ」

「そうよね……別に化物って訳じゃないし……」

「おい……そりゃ無いだろう」

「ふふっ……そうね。女の子を好きになるくらいには、普通かな……」

「……」

「ねえ……返事、もらったの?」

久美子は立ち止まってそう言った。

「返事……か」

ため息をつく和広を見て、久美子はそっと微笑んだ。

「……その様子じゃ、やっぱりまだ聞いてないのね」

「やっぱりって……」

「洋子のこと、話したんだよね?」

「……うん」

「それじゃ聞けないだろうし、仁科さんも答え辛いわよね……目に浮かぶようだわ」

「……かなわないな、久美子には」

そう和広が言うと、久美子はにっこりと笑って言った。

「そうよ。一番付き合いが長いんだから。でも……あたしにだって、かなわないこともあるわ」

そうして彼女は和広に背を向けた。

「久美子……知ってるとは思うんだけど……実は……」

「友達としか思えない……なんてセリフは、あたしには言わなくたっていいわよ」

少し震える声で久美子は言った。

「わかってるんだから、そんなことくらい……どれくらい一緒にいると思ってるの?へたな考えは止めてよね……素直に、事実を話してくれたらそれでいいの。わかった?」

「あ……うん、わかったよ」

和広はなんとかそう言うと、久美子は振り返っておどけたように言った。

「よろしい!じゃあ、許して上げる。でもねえ……」

「で、でも?」

「そちらの方は、だいぶお冠らしいわよ」

「そちら?」

「俺を忘れんじゃねえ」

いつの間に現れたのか、始が和広を睨み付けていた。

「まったく……てめえのせいでどれだけの人間が不幸になったかわかってんのか?」

すごみのある声で話す始。

「本来ならお前みたいな奴は俺が退治してやるところだが……俺の方が袋だたきにあいそうだからな……それだけは勘弁してやる」

いかにも不満げな始の隣で、久美子は笑いをこらえていた。

「だがな……これ以上、不幸な奴を作ったら容赦しねえからな。覚悟しとけ!」

そう言いのこして、始は先に行ってしまった。

「……うくく、あはは……昨日はもっと怒ってたのに……やっぱりみんなに文句言われるのが嫌なのかしらね」

「……ふう」

和広は思いっ切り、安堵のため息をついた。

「敵に回したくは無いな……やっぱり」

「じゃ、行きましょうか」

「あ、ああ……」

「今日一日は大変よ」

久美子はいたずらっぽく笑いながら言った。

「行く先々で責められるの。でも逃げるわけにはいかないわよ。それだけ……それだけあなたは期待されているんだから」

「……努力します」

苦笑いしながら答える和広に、久美子は真剣な表情で言った。

「仁科さん……いい返事くれるといいね」

「……うん」

一瞬暗い影を表情に落とした和広だったが、すぐに元の顔に戻って言った。

「覚悟はできているさ。そうでなければ……嘘をついたことになるからね」

「そうね……そう、願いたいわね」


幸か不幸か、その後知合いにはだれにも会わずに教室まで行けた。しかし、教室に入ってしまえば、顔を会わさないわけにはいかない。

和広は自分の席で縮こまるようにして辺りを見回していた。どうにも居心地が悪い。

……どうにもならないなあ……こんなに小心者だとは思ってもみなかった。それだけのことをしてしまったんだよな……。

「おはよう、和広くん」

「あ、友子ちゃん……」

にこにこ顔で和広を見つめる友子。

「どうしたの?きょろきょろしちゃって?」

「あ、いや、別に……」

「ああ、わかった!千秋ちゃん待ってるんでしょう?」

「え!?な、なんで……」

「わかるわよー。気にしてるの見え見えだもん」

「いや、違うんだけど……」

「またまた!あたしは、二人のこと応援してるからね!」

「お、応援って……」

「よ」

その時由一が現れた。

「あのさ、今日昼に生徒会室に集まってくれよ。役員選出のことで話があるんだ」

「あ、ああ、いいけど……」

「じゃ、そういうことで。ああ、友子、ちょっと」

「なぁに?」

そうして由一と友子は去っていった。

「ふう……」

「なにため息ついてるのよ!」

「わ!」

急に背中を叩かれむせる和広。

「もう、朝っぱから不景気だなあ」

「み、みどりちゃん……沙織ちゃん……」

みどりは和広の前で仁王立ちして彼を見下ろしていた。その隣には沙織もいる。

「どうしたの、変な顔しちゃって?」

沙織が首をかしげながら尋ねる。

「ああ、いや……なんでもないよ……」

「変なの」

そう言って沙織はおかしそうに笑った。

「あー、あれだ」

みどりは沙織の方を向いて訳知り顔をした。

「あ、あれね」

沙織もわかったような顔をして肯く。

「お邪魔みたいだし、退散しましょうかね」

「そうねえ」

そうして二人はどこかへ行ってしまう。

「……一体どういうことなんだろう」

狐につままれたように、和広はその光景を見ていた。

「おっはよう、和広くん!」

「わっ!」

今度は由布だった。

「ど、どうしたの!?」

和広の驚きにつられたのか、由布は胸を押さえて目を白黒させた。

「あ……ご、ごめん……」

「あっ……さては……」

由布は和広の顔をじろじろ見回すと、にかっと笑って言った。

「見間違えたんだ」

「え……」

「ほらほら、明くん!」

「な、なんだい?」

呼びつけられた明は、由布と和広とを交互に見回した。

「和広君だって見間違うくらいなんだから……」

「だからってさ、そういういたずらは……」

「あーっ!言っちゃ駄目だって!」

「うあ」

理由はよくわからないが、由布と明はそそくさと和広の前から去った。

……今朝は一体なんなんだ?

さすがの和広も、よく分からないことが続いて頭を抱えたくなった。

……まあ、でも……とって食われるわけじゃないしなあ……。

と、そのとき……教室に千秋が入ってきた。由布ではない。間違いなく千秋だ。

和広は胸が苦しくなるのを感じた。久しぶりの感覚……苦しいけれど、心地よい感覚……。

……う……だめだ……やっぱり顔を合わせ辛いな……でも……話はしたいし……。

その時ホームルームの予鈴が鳴った。各人、自分の席に座り始めた。そして千秋も自分の席へ……和広の隣の席へとやってきた。

和広は意思とは逆に千秋の方を見ないようにしていた。

……別に……悪いことはしてないのにな……でも、なんだか……。

「おはよう」

横から声をかけられた。すぐとなり……気覚えのある声。

彼はゆっくりと声のした方を見た。そしてそこには……。

「おはよう、芹沢くん」

いつもと変らない笑みを浮かべる千秋の顔があった。

しばらくその顔を見つめる和広……千秋も視線をそらさずに、見つめ返す。

……やっぱり……心が落ち着く……ずっとこのままだったらいいのに……。

しかし、ホームルームの開始のチャイムが鳴ってしまった。遠からず、長谷川先生がやって来るだろう。

ようやく我に返った和広は、見つめ合ったままだということに恥ずかしさを覚えつつも、まだ挨拶を返してないことに気付いてぎこちなく微笑んで言った。

「ああ、その……お、おはよう」

「うん」

ちょっと首を傾けて肯く千秋に。

しかし、和広の心の中に、ある疑問が湧き起ってきた。

……でも……おとといはあんなに不安そうだったのに……なんでこんなに明るいんだろう……ふんぎりがついたってことなんだろうか……だとしたらどういう風に……笑顔だってことは……少しは期待していいんだろうか……でも、感情とは逆の反応をする人間も居るし……本当のところは……どうなんだろうか……。

「へー、ずいぶんといきなりねえ」

雪絵がじろじろと和広をねめつけた。

「最初はいやいや言ってたのにねえ……どういう風の吹き回しかしら?」

「そう思いますよねえ、やっぱり」

由一も嫌みっぽくそう言った。

「そんな風に言われると、やる気無くなってくるんだけど……」

「いえいえ、滅相もございません。なんでも言ってください」

途端に低姿勢になる由一。

「はあ……まあ、いいんだけどさ。それで?委員の当てはついたの?」

「まあ、大体は……ただ書記長が見当たらなくて」

書記長とは、生徒会の文書係といった役どころ。

「んー、ハードだからねえ。和くん、心当たりある?」

「いや……思いつかないです」

「ふうん……」

雪絵はなんだかおもしろくなさそうに和広を見ると、ぽんと手をうって言った。

「お、思い出したわ。その件、あたしにまかせといて」

「雪絵さん……心当たりあるんですか?」

和広は何故か不安な表情で聞き返す。

「ふふん〜、いいのよ、和くんは気にしなくってね〜」

妙に浮かれた感じで笑う雪絵。

「さあさ、他の仕事の方、片付けちゃってね」


そうして時間は進む。気がつくと放課後になっていた。

和広は千秋に話かけようかどうか迷っていたが、その前に彼女の方から話しかけられてしまった。

「ねえ、芹沢くん?」

「は、はい!?」

きっと声がうらがえっていただろう。和広はびっくりした様子で千秋を見た。

「これから……ちょっと時間いい?」

そう言う彼女は普通の表情。しかし、和広には不満そうな顔に見えてしまう。

……うーん、これはその……お返事というかなんというか……。

「う、うん……構わないけど……」

「じゃ、屋上に行きましょうか」

そう言って千秋は立ち上がって歩き始める。慌てて和広はその後を追った。


校舎の屋上は言って見れば告白のメッカみたいなところだ。おもしろいことに、そう言われながらここで話しあっている姿を見たり見られたりすることは無いという、不思議な場所だった。

ここに来るまでの間、千秋はなにも話さなかった。和広もなにも話さない。話せるわけは無い。心の中であまりぞっとしない想像がよぎる。それでもなんとか屋上までやってきた。

千秋は手を後ろでくむと、フェンス際まで歩いていった。少々寒い風が吹く。もう秋も終わりなのだ。

しばらく外の風景を眺めていた千秋は、おもむろに話し始めた。

「生徒会の方、話進んでる?」

「え?ああ、うん、大体は……」

「そう……」

「ああでも一件だけ問題があってね……」

「どんな?」

「一人、役員が決まらなくてね。雪絵さんが心当たりがあるとかないとか……」

「そうなんだ……どんな役職?」

「書記長っていうんだけど、文書係みたいなものかな。でも生徒会の書類って結構量があってね。あんまりやりたがる人がいないんだ」

「ふうん……いないと、駄目なの?」

「まあ、そう言う決まりだから……決まりは変えることもできるけど、今はさすがにどうにもできないからね」

「そうなの……」

そう言って、千秋は黙り込んでしまった。

和広はじっと千秋の後ろ姿を見つめていた。

……話ってこのことだったのか?それだけなのか……それともまだ続きがあるのか……。

「あの……話って、生徒会のことだったの?」

思いきって和広は聞いた。

「……なんの話だと思ったの?」

くるっと振り返って千秋が言った。その顔は、いたずらっぽく笑っていた。

「え!?あ、いや……」

「なんの、話だと思ってたの?」

「それは……」

「それは?ん?」

久美子は畳みかけるように、顔を突き出して首を傾ける。

「……返事が……返事が聞けるかと、思ってた、よ」

耐えきれなくて、和広は言った。

「うふ……うふふふ……」

「え?」

突然笑い出す千秋を、和広は呆然と見た。

「うふふふふ……うくくく……」

ひとしきり笑い続けた千秋は、ようやく普通に戻って和広を見た。

「芹沢くんでも……そんな顔するんだ」

「え?」

「泣きそうな顔……してた」

思わず和広は顔を押さえる。

「そんなに……そんなに、気になる?」

上目使いに千秋が聞く。

「それは……それは、そうさ」

なんだか押さえているのがばからしく思えて、和広は言ってしまった。

「ずっと朝から気になっていた。でも自分から聞くほど勇気も無かった……聞きたくて聞きたくて仕方なかったのに……」

「……悪い返事かもしれないわよ?」

そう言う久美子の目は真剣そのものだった。

「それは……とっくに覚悟の上だ。でなきゃ、あそこまで話したりはしないよ」

「ふうん……そうか……」

再び和広に背を向ける千秋。

「……そばにいてほしい……そう、言ってたよね?」

ぽつりと、千秋は言った。

「あ……うん、そうだ」

もう怖いものは無いとばかりに和広は言った。

「そう言った」

「……今日ね、雪絵さんに呼び出されてね」

まるで世間話でもするかのような口調で千秋は言った。

「え?」

「ちょっといい話があるんだけど、聞いてみないかって……」

和広の背中に冷たいものが走った。

……まさかあの人……。

「それがまあすごい話で……転校したてのこのあたしに、いきなり生徒会の事務をやれだって」

和広は思わず天を仰いだ。

……ああ、やっぱり!?

「……どこがいい話なんだろうなって思ってたら……いいことあるよって、雪絵さんが言うの」

そうして千秋は和広に向き直った。一歩、二歩と彼に近づく。

「いっつも……そばに居られるよ、て」

そうして、千秋はにっこりを笑ったのだった。

が、そう言われた本人は、なにげに視線を漂わせてぼうっとなっていた。

「……それで……」

「ん?」

「それで、なんて返事を……」

間の抜けた声で和広がそう言うと、千秋は一瞬きょとんとして、次の瞬間苦笑いを浮かべる。

「もう……変なところで気が回らなくなるんだから……」

「え?」

「なんでわざわさ……こんな話をしていると思ってるの?話の流れからして……ああ、もう!」

千秋は顔を赤くしながら、可愛らしく両の手を握りしめながら言った。

「……あたし、その話……受けようと思ってるんだから……」

「あ……」

やっと、和広にも話が見えてきた。

「はは……じゃあ……」

「こ、これからは……ずっと……ずっとそばに、いるんだから」

千秋は恥ずかしそうに和広を見つめながら言った。

「色々考えたの……昔の彼女とそっくりだなんてこと、気にならないわけはない。でもね、そんなことあたしには関係ないことだもんね……」

「……?」

「だって……あたしがあなたを好きになったのに、そんなことは関係ないもの」

そう言って、千秋はにっこりと笑った。

「あたしは……そんなこと関係無しに……あなたのそばにいたいと思った。そばにいて……あなたの笑顔がみたい……ただそれだけを願っていたの。だから……だから……」

千秋は一歩、また一歩と和広に近づき、そして……そして……彼の身体に腕を回して、ぎゅっと抱きついた。

「……そばにいて欲しいと言われた時……とってもうれしかったの……」

彼女の腕に力が込められる。

「ずっと……ずっと一緒だからね……」

「仁科……さん……」

和広はどうしていいかわからずに、しばらくただ千秋に抱きつかれたままになっていた。

……僕は……そんな風に思われるほどの人間なのかな……まだ昔のことをうじうじ考えてしまうような奴なのに……そのせいでみんなに迷惑を駆け通しで……駆け通し?

……だったら……ああ、そうだ……だったら、そんなことはもう終わりにしなければ……誰のためでもない。自分自身のために……そして……彼女のためにも……。

そうして和広は、両腕を回して、しっかりと、千秋の身体を抱き締めた。

「せりざわ、くん……」

千秋は顔をあげて和広を見上げた。和広は笑顔を見せながら、そっと囁くように言うのだった。

「ずっと……ずっと一緒だ」

「……うん」

と、肯く千秋。そして彼女はにっこりと極上の笑みを浮かべる。

そうして二人は固く抱き締めあったまま、身動き一つしないでその場に立ち尽くすのであった……。


こうして二人の思いは一つとなり、共に歩むこととなった。このことを二人は、一生を終えるその時まで、忘れることは無かった……。

それは、始まりの物語。





©1996-2002,のぢしゃ工房/RAPUNZEL