のぢしゃ工房 Novels

You!

第8話:それはあまりに突然すぎて……

「……ああ、もう夏休みも終わりかぁ」

クッションを抱いてリビングで寝っ転がりながら、由布はひとりごちた。耳にイヤホンをして音楽を聴いている。

長いように思えた夏休みも、もう今日でおしまいだった。

「色々あったなあ……春日君……じゃなかった、明君ともいろいろごちゃごちゃあったけど……えへへ、でも、雨降って地が固まるというか……うふふ……」

由布は思い出し笑いをして、クッションを抱いたまま床をごろごろした。

「あー……でも明日から学校か……なんかやな感じ……」

耳に手をやってボリュームを上げる。聞こえてくるのは沙織の発売前の新曲だ。


あなた罪な人ね
知ってるくせに知らないふりして
知ったかぶりよりいやな奴!
でもほんとはちがうの あたし知ってる
困った人や悩む人のために
あなたはその力を見せる
限りないPOWER
揺るぎないMIND
あたしの心を捉えて放さない

Invincible!!
どんなときでもあなたは負けない
Invincible!!
どんなときでもあなたは譲らない
自分を信じて迷うこと無く
未来に向かって突き進む
You're Invincible!!

あなた罪な人ね
あたしの気持ち知らないふりして
嫌われるよりもつらいんだから!!
でもほんとはちがうの あたし知ってる
昔亡くしたあの人を
あなたはいまでも想ってる
果てしないHERTBREAK
くじけそうなFIGHT
そんなに自分を責めつけないで

Invincible!!
どんなことでもあなたはあきらめない
Invincible!!
どんなことでもあなたは逃げない
自分の想いを隠したままで
ふり向いてなんかほしくない
I'm Invincible!!

あたしは待ち続けるわ
あなたが自分を取り戻すまで
元気なあなたの笑顔を見れるのなら
どんなことでもやり遂げてみせる

Invincible!!
全てを賭けて闘うあなたの姿を見つめ続けて
Invincible!!
かけがえのないこのときをあたしは忘れない
いつか目にするあなたの微笑みを
あたしのものにしてしまいたい
We're Invincible!!


「……ああ、いつ聞いてもいいなあ、沙織の声は。でもこれ……和広君へのラブレターだよねえ、やっぱり……」

由布はちょっとだけ切ない顔になると、クッションを投げ捨ててよっと立ち上がった。

「アイスでもたべよっと……」

台所に入って冷蔵庫を開けるが、あいにくとアイスの買い置きはなかった。

「あーもう、母さんったら……菜穂子さんとこ行くのもなんだしなあ……しょうがない、買い出しに行ってくるかあ」

自分の部屋から財布を取ってくると、由布は外に出た。

「うわ……でただけであつ〜」

由布は手で仰ぐと、マンションを出た。すると、入り口の脇にトラックが止まっていて、荷物を下ろしているのが見えた。

「そういや、今日引っ越しあるっていってたっけ……」

たがそれ以上気に留めずに、由布はコンビニへと向かった。そして両手一杯にアイスを抱えながら家路についた。

「うひゃ〜、冷たくてきもちいい!」

由布はうきうきしながら歩いていた。単純な奴である。

「早くかえんなきゃ解けちゃう解けちゃう……」

ちょっと小走りになると、由布はマンションの入り口までやってきた。

「あれ?……トラックがいない。もう終わったのかな?」

だが特に気にせずに、由布はマンションの中に入ろうとしたその時……いきなり向こう側からドアが開いて、そこから駆け出してきた人影に思いっ切り由布はぶつかってしまったのだ!

「きゃっ!!」

「あっ!!」

当然由布は転んでしまい、手に持っていたアイスの袋のが地面に散らばった。

「あ、いったたた……」

お尻をさすりながら由布は顔をしかめた。

「はう〜、ほんとに目から火花散ったよぉ……」

涙目になりながら由布はぶつかった人の方を見た。相手は向こう向きで由布と同じく足やら腰やらをさすっていた。どうも女の子らしい。由布と大して違わない感じがする。

「ちょっと〜、入り口出る時は気をつけてよね!」

由布がそう抗議する。

「ご、ごめんなさい、ちょっとあわてて……」

すると髪の長いその女性は振り返りながらそう言って……はたと、由布の顔を見つめたまま硬直した。由布もまた、相手の顔を見つめたまま固まった。

無限にも思える時間が過ぎた。実際はものの数十秒だったに違いない。

「あ……」

「そ……」

声がはもった。また気まずい沈黙……と、由布が恐る恐る手を伸ばした。相手も手を伸ばす。それはまるで鏡に映った自分の姿を手でなぞるように、手と手が触れ合った。

……鏡の感触ではない。ちゃんとした人の手の感触だった。

由布と相手の少女はお互いの顔をまじまじと見つめ……そして、笑った。

「はは……あはははは……」

「ふふ……うふふふふ……」

その笑い声は次第に大きくなっていった。不幸にもその時そばを通りがかった人達は、二人の少女が地面に座り込んで笑っているのを見て顔をしかめた。もっとよく二人を観察したものは、二重に顔をしかめる結果となった。なぜならば……。

二人はいい加減笑うのにも飽きると、地面から立ち上がった。

由布は落ちていたアイスの袋を手に取ると、にっこりと相手の少女に笑いかけた。

「なんか変な感じね!」

「ほんとね……あ、あたし、仁科千秋です」

「あ、あたし森村由布よ」

そうして二人は握手を交わす。

向かい合うの二人の顔は……はた目には違いがわからないほど、似通っているのだ。仁科千秋を名乗る少女の方が、より黒髪で肩より下まで伸ばしたロングという以外、あとは服装の違いくらいしかない。若干由布の方が小柄という感じだろうか?

「ほんと、ごめんなさい。お買い物に行こうとしてちょっと慌てて……」

千秋は申しわけなさそうに言った。

「ああ、いいのいいの!あたしの方も注意力無かったし」

「でも……あ、落としちゃって大丈夫だった!?」

「あ、これ?……あ、大丈夫大丈夫。冷やせばまた元通りだよ」

アイスの袋を振り回しながら由布は言った。

「あ、お買い物行くって言ってたね?何買うの?」

「え?あ、雑貨ものとか……」

「あ、じゃあ一緒に行ってあげる!まだこの辺り知らないでしょう?」

「う、うん……でもいいの?」

「いいのいいの!ここで会ったのも何かの縁だし、同じマンションに住むんだもんね!あ、ちょっと待っててね、これ置いてくから!」

そう言って由布は駆け出すと、マンションの中に消えていった。

その姿を、千秋はとっても嬉しそうに見つめていた。

「元気な子だなあ……なんか、いい友達になれそう」

これが千秋と、由布達の関わりの第一歩だった。


「でさ!もうほんとびっくりしちゃったわよ!!」

デートから帰ってきた由一と友子に、由布は多少興奮気味に言った。

「ぶつかった人を見たら自分とおんなじ顔なんだもん!」

「へえ……そりゃ驚きだよね」

友子が実感がわかないといった感じで言った。

「それで、どんな子なの?」

「うん。なんでもお父さんの仕事の都合でドイツから日本に来たんだって。ちょうどうちの上の部屋だよ」

「ということは……四階?」

「そうそう。でさ、あたしたちと同級で、乙夜にくるんだってさ!」

「ほんと!?すごいじゃない!同じクラスになったらみんなびっくりだよ!」

「だよねー!いやそれでさ、彼女ともそんな話になってさ、お互いおんなじかっこうしたらおもしろいよねーって話してたんだ」

その時、由一がぼそっと言った。

「大丈夫なんじゃないのかな……?」

「どうしてよ?」

「いやほら……顔は似てても中身は違うから、じっくり見比べりゃ誰が誰かは区別つくんじゃないのか?」

「……ちょっと、それ、どういう意味よ?」

由布はむちゃくちゃ怖い顔になって由一を睨み付ける。

「いや……べ、別になんでもないさ」

ちょっと引き気味由一が言った。

「由布の方がやかましいからすぐわかるなんてことは……いててて!!」

由布が思いっ切り由一のすねをつねった。

「実の妹に向かってなんてこというのよ!?」

「まあまあ、由布ったら……」

こういうときの友子はなだめ役に撤する事にしている。いつ兄妹喧嘩のとばっちりを食うかわからないのだ。

「でも楽しそうだね」

「うん!同じクラスになれるといいなあ……」

そう由布と友子が話している横で、由一はなにかひっかかるものを感じていた。

……由布とおんなじ顔か……うーん、なんか大事なことを忘れているような気がするんだが……うーん……思い出せん……。

嫌な予感が由一の心の中でぐるぐる渦巻いていたが、こればかりは明日学校に行って見ないと答えは出そうになかった。


そして翌日。夏休みは終わり、今日からまた勉学の日々が始まるのだ。

とはいえまだ初日である。それに由布のクラスは由布のそっくりさんの話で持ち切りだった。

「聞いてきた聞いてきた!」

職員室から帰ってきたみどりが息を切らしながら言った。

「どうやらその子、うちに来るみたいだよ!」

「ええーーーーー!?」

教室中が沸き立つ。

「ほんとに!?」

「長谷川先生から聞いてきたんだから間違いないって!」

「ほええ、ほんとになっちゃったよ」

さすがの由布もちょっと放心したように言った。

「どうすればいいんだろう……」

「一番困るのは春日君じゃないの?」

みどりがからかい半分に言った。

「そっちの方に流れたりしてさ?」

「ちょ、ちょっとどういう意味よ!?」

「間違えられたりして!」

にやにやしながらみどりは言った。

「そ、そんなことないもん!ね、明君!?」

「え!?う、うん……大丈夫だとは思うけど……」

「思うけど!?」

「まだ見たことないからどのくらい似てるかわからないし……」

「ほらほら、春日君自信ないみたいだよ?」

「そ、そんなことない!大丈夫だよね、明君!?」

「え?!う、うん……大丈夫だよ、きっと」

「明君……」

などと二人が気分を出していると、和広が久美子と始とが教室に入ってきた。

「一体何の騒ぎだい?」

「あ、和広!」

みどりが目ざとく和広に近寄ってきた。

「今日ね、うちのクラスに転校生がくるんだって」

「ああ、それは知ってるけど……この騒ぎはなんだい?」

「それはね、その子が由布に……」

みどりはそこまで言いかけて、顔をひきつらせた。

「由布ちゃんが、どうかしたの?」

怪訝な顔で和広がみどりを見つめると、みどりは慌てて取り繕うようにこう言った。

「う、うん、そ、それがさ、由布と同じマンションなんだって!」

「そうなんだ。でも……それでこの騒ぎかい?」

「う」

さすがに鋭い。みどりは心の中で自分のうかつさを呪った。

……あーもう、ばかばかばか!!なんでこんなになるまで気がつかないのよ!!由布と……由布と同じ顔ってことは……ことは……。

「と、とにかく、見ればわかるわよ!」

みどりにはそう言うのが精一杯だった。

その時、教室に長谷川先生が入ってきた。

「おーい!ホームルームだ、席に着けよ!」

蜘蛛の子を散らすように、全員が着席する。

「みんな夏休みぼけになってないだろうな?今日からはもうすぐ授業が始まるんだから、転校生が来るからって浮つくんじゃないぞ!」

そうひとしきり釘を刺したところで、長谷川は教室の入り口に向かって声をかけた。

「さあ、それじゃあ紹介するから、入って!」

そうして教室のみんなに向かってこう言った。

「驚くなよ」

和広は疑問符を一杯顔に貼り付けながら、入り口の方を見た。

そうしてドアが開いて、女子生徒が入ってきた。うつむき加減で入ってきたその生徒は、教壇に上がってみんなの方を向いた。

教室からどよめきが巻き起こる。

一人由布だけは余裕の表情で小さく手を振ってみせた。

「えー、今日から仲間になる仁科千秋さんだ。最初は先生もおどろいた!本当に森村妹と同じ顔なんだからなあ」

そう……仁科千秋の顔は由布とそっくりだった。千秋の方が由布よりも髪が長いことをのぞけば、ほぼそっくりといってもいい。

「ま、何はともあれ仲よくやって欲しい。じゃ、自己紹介して」

「はい」

千秋は由布にちょっと肯いてみせてから、みんなに向かって話しかけた。

「みなさん初めまして。仁科千秋といいます。私も最初はとっても驚きました。これも何かの縁だと思いますので、よろしくお願いしますね」

「よし。じゃあ君の席は……ああ、芹沢の隣だ」

長谷川が指を指した先に、和広がいた。和広は無表情に千秋の方を見つめていた。千秋が視線を向けると、彼はただ呆然とその視線を受け止めた。にっこりと千秋が笑いかける。

「わからないことがあったらあいつに聞けば大抵のことはわかるから」

「はい」

そう言って千秋は空いた席に向かって歩いていき、席に座ると和広に向かって一言声をかけた。

「よろしくお願いします」

「あ……よ、よろしく」

和広は、鳩が豆鉄砲でも喰らったみたいな顔をして言った。千秋はちょっと不思議そうな顔をした。

……それが、始まりだと、誰もがこの瞬間を記憶することになる。


転校生には通過儀礼がある。……質問攻めだ。

「ほんとにそっくりなんだねえ」

友子は千秋の顔をまじまじと見つめながら嘆息した。

「でしょでしょ?」

何故か由布が誇らしげに言う。

「でも由布よりきれいだよなあ」

などと由一がのたまう。

「なんですって!?」

そんなやり取りを千秋はおもしろそうに見つめている。

「あ、仁科さんはドイツから来たんだよね?」

そう友子が聞いた。

「ええ、父親の仕事の関係でね。あ、千秋でいいよ」

「あ、うん。へー、どんな仕事なの?」

「うん、貿易会社なの。だからいろんなとこにいたんだけど……」

「そうなんだ。言葉とか大変だったんじゃない?」

「あ、そうでもないよ。英語でだいたい大丈夫だったけど、でも、やっぱりそこの言葉はしゃべりたいから勉強したんだけど……」

「へー、すごいすごい!誰かさんは英語も下手なのにね〜」

「そ、そこであたしを見ないでよ!」

由布が顔を真っ赤にしながら叫んだ。

「これでもだいぶ上達してるだから……」

「和広君のおかげだよね」

「和広君って?」

千秋が尋ねる。

「ああ、芹沢君のことよ。隣に座ってる……って、あれ?」

友子は辺りを見回してみるが、そこに和広の姿は無かった。

「おかしいなあ……」

「芹沢君……」

千秋はちょっと考え込む顔でうつむいた。

「どうかした?」

「あ、ううん……なんでもないの」

千秋はそういって微笑むと、和広のいた席を見つめていた……。


その時和広は、久美子や始と一緒に、鉄柵に寄りかかりながら空を見上げていた。

実にいい天気だ。

とそこへ、みどりが息を切らしながら現れた。

「和広!ここにいたんだ……!」

「やあ……元気がいいね」

「元気がいいねじゃないわよ!」

みどりは怒ったように言って、そしてすぐしゅんとなって和広を見つめた。

「ご、ごめん……」

「なにも悪いことしてないのに、なんで謝るの?」

「あ、う……それはそうなんだけど……あの……気になる?」

みどりは恐る恐るといった感じで和広に聞いた。

「それはまあ……」

和広は所在なげに手で髪をいじりながら言った。

「気にならないと言えば嘘だね……実際、どうしていいかわからないよ……」

「和広……」

みどりは不安そうに和広を見つめる。

そんな二人を久美子は無表情に見つめていた。

「しかし……皮肉なもんだな」

始はあきらめの極致といった感じで呟いた。

「あいつ、よっぽど呪われていると見える……」

「……呪いか」

久美子は悔しそうにそう呟いた。

「でも……これからどうなるのかしらね……」


転校生の興奮も覚め、授業は淡々と進んでいく。

千秋は教師の説明に耳を傾けながら、気になったものをメモ替わりにタイプする。

ふと、千秋は視線を横に向けた。

和広の横顔が見える。真面目に教師の説明を聞くその表情は、千秋の心になにかを生じさせていた。

……さっきは何を驚いてたんだろう……あたし、変だったかなあ……

……でも……けっこうかっこいいなあ……彼女いるのかな?

「……じゃあ、仁科さん!」

「は、はい!?」

いきなり教師にあてられて、千秋は立ち上がった。

「はい、答えてください」

「え、えと……」

何を聞かれたのかわからないまま、千秋は顔をひきつらせた。

と、その時……。

「……天台宗」

と、だれかの声がした。千秋は一瞬迷ったが、その言葉を口にした。

「て、天台宗です」

「はい、そうですね」

教師は満足げに肯くと、千秋を座らせた。

ほっとした千秋は、一体誰の声だったのかと周りをそっと見回した。

……男の子の声だったけど……。

そして和広の横顔でその視線は止まった。

和広は、さっきと変わらず真剣な表情で教師の方を見ていた。

……確かに彼の方から聞こえた……彼が助けてくれたの?

千秋は不思議そうな表情でその横顔を見つめていた……。


授業が終わると、和広は席を立ってどこかへ行こうとした。

「せ、芹沢くん!」

そう千秋が和広を呼び止めると、和広はゆっくりと振り返った。

「な、なに?」

その表情には当惑というの色がありありと見えた。いや……怯えているという感じだ。

その声を聞いて、千秋は確信した。

「あの……さっき授業中、答え教えてくれたの、芹沢君でしょ?」

そう千秋が自信に満ちた声で言うと、和広はますます困惑した表情になって言った。

「う、うん……」

「やっぱり!さっき聞いた声と同じなんだもの。……あ、ありがとう、教えてくれて。ちょっと考えごとしていたらつい……」

千秋は照れ笑いを浮かべた。まさか和広に見とれていたからとは言えない。

「いや、そんな大したことじゃないよ」

和広は本当に大したことないかのようにそっけなく言った。

「でも……ほんとうにありがとう」

しかし、千秋は本当に嬉しそうな表情で言った。

「あ、いや、その……」

和広は何故かしどろもどろになって頭をかいた。

「そ、そうだ……ちょっと用事があるから……」

「あ、ごめんなさい!」

「じゃあまた……」

そう言って和広は教室の外に出ていった。

その時、千秋は怪訝な表情でその背中を見つめていた。

「あら千秋ちゃん、どうしたの?」

「え!?」

友子がぼーっとしている千秋に声をかけた。

「和広君と話してるみたいだったけど、なんかあったの?」

「え……ううん、なんでも無いけど……」

「無いけど?」

「あ、うん……なんでもないの」

そう言う千秋の目は、どことなく心配そうな表情をしていた……。


お昼休み。

千秋を囲んで女子全員でお昼を取ることにした。天気も程よくて、ちょっとしたピクニック気分だ。

「もう雰囲気に慣れた?」

由布がフォークをくわえながら聞いてきた。

「うん。いい学校ね」

「よかった」

「でも千秋ちゃんって頭いいんだね」

友子が感心したように言った。

「質問に全部答えちゃうんだもん」

「たまたま運がよかっただけよ……」

「そんなことないわよ」

「同じ顔してても中身は違うもんねえ」

みどりがからかうようにいうと、やっぱり由布が引っかかってきた。

「なにお!?」

「まあまあ……あ、千秋ちゃんってなにが趣味なの?」

「あ、うーん、特にはないんだけど……本読むのが好きかな。特別好きなジャンルがあるわけじゃないんだけどね」

「へー、そうなんだ」

「みんなはどうなの?」

「あたしは……やっぱり走ることかなあ」

友子はお弁当箱をしまいながら言った。

「なんか趣味っていうよりは仕事みたいなものだけど……由布はお絵かきだもんね」

「うん!あたしのも趣味って言うよりは、将来の夢だから……」

「由布の場合は寝るのが趣味だよね」

「もう、みどりったら!みどりこそ趣味はなんなのよ?」

「趣味はDJ……ってこともないかぁ。あたしも由布と似たようなもんよね。DJというか、パーソナリティになりたくて放送部にいるんだし……」

「アナウンサーとは違うの?」

そう千秋が聞くと、みどりは誇らしげに言った。

「アナウンサーは、それこそしゃべるだけでしょ?あたしはもっと聞き手と近い場所にいたいの。だからパーソナリティというかなんというか……」

「そうなんだ……」

感心したように肯く千秋。

「あ、久美子は趣味なんだっけ?」

そう由布が聞くと、久美子は千秋の方を見ながら言った。

「あたし?あたしは……本を読むことかしらね。それこそなんでも読むわよ」

「久美子の家はいわゆる旧家で、古文書とか一杯あるんだよね!」

由布が自分のことのようにいばって言う。

「すごいのね」

千秋が感心したように言うと、久美子はあまりうれしそうな表情では無しに言った。

「そうでもないわよ。ただ古くさいだけ……見たらつまんないと思うけど」

「ううん、そんなことない」

千秋は真剣な目で久美子を見つめながら言った。

「そこには当時生きた人達の気持ちが込められてると思うの。中にはひどいものもあると思うけど……それらも含めて、私達が受け止めなければいけないものなんだと思う。だからそれは……とっても貴重なものよ」

「千秋さん……」

「あ……ご、ごめんなさい、えらそうなこと言って……」

恐縮する千秋に、久美子は優しい目を向けながら言った。

「ううん、確かにあなたの言うとおりね……」

「ねえ、難しい話はあとにしようよ〜」

由布が途方に暮れたような顔で言った。

「せっかくのお昼休みなんだからさ〜」

「はいはい、由布には難しすぎる話だもんね」

「みどり!なにさっきからつかかってくんのよ!?」

「だって、からかうとおもしろいんだもん」

「ひどいっ、ひどすぎるわっ」

「まあまあ、二人とも止めなよ」

「友子は黙ってて!」

「言っとくけど、口じゃ負けないわよ〜」

「くーっ……いつか見返してやるぅ〜!」

「だからそんなこと止めなよぉ……」

三人の掛け合い漫才みたいな風景を、千秋は口元を押さえながら見ていた。

「くすくす……仲がいいんですね、皆さん」

「そうね。一緒にいると楽しいのよね」

久美子が感慨深げに言うと、千秋もその言葉に肯きながら言った。

「あたし、この学校に……このクラスに入れて良かった気がします」

そんな千秋を、久美子は複雑な表情で見つめていた……。


午後の授業はつつがなく終了し、解放された生徒たちは思い思いに散っていった。

千秋も鞄に荷物をしまいながら、周りの風景に目をやる。

「活気あるよね……」

「千秋ちゃん!」

由布が声をかけてきた。

「あ、由布ちゃん」

「やっと終わったね、授業〜」

「ええ、そうね」

「ほんとは一緒に帰りたいんだけど、部活があってさ」

「部活って美術部だっけ?」

「うん、そう!あ、なんだったら見学してく?」

「あ、ううん、悪いんだけど、あまり興味ないし、それに冷やかしになっちゃうといけないでしょ?」

申しわけなさそうに千秋は断ると、由布は全然気にないという表情で言った。

「そっかぁ、それじゃ仕方ないね。じゃあこれからどうするの?」

「学校の敷地の中をまわってみようと思うの。まだ行ったことのない場所あるし……」

「あ、だったら……あれ、いない……」

由布は教室の中を見回しながら首をかしげる。

「どうしたの?」

「あ、いや、学校のことだったら和広君に案内してもらった方が良かったんだけど……いないや」

「和広君って……芹沢君よね?」

「そう和広君……ああっ!?」

いきなり由布はすっ頓狂な声をあげた。

「ど、どうしたの!?」

心配そうに千秋が聞くと、由布は顔面蒼白になって少し震えていた。

「う、ううん、な、なんでも……なんでもないわよ、うんうん」

「……?」

「あ、じゃあ、あたし行くから……」

由布はそそくさと教室を出て行った。千秋はあっけに取られてそれを見送る。

「なにを慌ててたんだろう……なんでもないといいけど……」

その時久美子がすっと千秋のそばに現れた。

「千秋さん」

「あ、久美子さん」

「どうかした?」

「あ、ううん、別に……」

「そう……」

「あ、あの……なにか?」

久美子に見つめられて、千秋はすこし顔をひきつらせた。

「あ、ううん、ごめんなさい……これからどうするのかなと思って」

「え、ああ……これから学校の中まわってみようかと……」

「そうなんだ……あ、私が案内してあげましょうか?」

「え?いいの?」

「ええ。急ぎの用事はないしね」

「ああ!じゃあお願いします!」

千秋はにっこりと笑ってそう言った。

その表情を、久美子は眩しそうに見つめてた……。





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