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第十六話:想い果てて

ゲレンデの設置されたレストハウスで、久美子は時計をぼーっと見つめていた。すでに時計は午後4時を差している。すでに周囲は暗くなっていた。

和広の連絡からもう一時間近く立っている。その間吹雪は更にひどくなっていた。すでに周辺の山には下山勧告が出ている。救助隊も出動体制を整えていた。

……由布や春日君からも連絡がない……まさか二重遭難?

「おい」

始が久美子のそばにやって来た。

「どう、外は?」

「ひどいな……ここまでは予想してなかったぜ」

「和広……連絡は?」

「まだない……無線もこの吹雪で使用不能だし……」

「由布達も心配だわ。どこかで迷ってるのかも……」

その時、みどりが息を切らせながら二人のそばに駆け寄ってきた。

「ちょっと!」

「どうしたの?!」

「春日君が、救助の人に助けられて今ここに来てるの!」

「何ですって!」

みどりに先頭に三人はロビーまで走った。そこには救助隊の制服を着た人間たちと、由一や沙織が友子が明を取り囲んでいた。

「由布は!由布はどうしたんだ!?」

由一が勢い込んで明を問いただす。

「そ、それが……」

沈痛な面持ちで明は言った。

「モーグル場から戻る途中で……谷へ……落ちちゃったんだ!」

その言葉に、みんなに緊張が走る。

「そ、それで!」

「それで……その時芹沢君が現れて……助けに行くから、僕にははやく知らせにいけって……だから急いだんだけど……急いだんだけど……」

「あ……ああ、わかった。わかったよ」

そう由一は言って、明の背中を叩いた。

「休んでくれ……あとは……俺たちに任せて」

「で、でも……!!」

「とりあえず休んでくれ、な?」

しばらく二人はにらみ合っていたが、明の方が折れた。

「うん……」

「さ、行きましょう」

なんとか納得した春日は、友子に連れられて食堂の方に向かった。

「くそ……どうせ由布の奴が引っ張ってったんだろ……あのばか……」

「それよりも、早く和広君と由布を助けにいかないと!」

そうみどりが言うと、救助隊の一人が答えて言った。

「それが……これ以上の捜索は二重遭難の危険性があるので、一時中断になったんだ」

「ええ!?なんでよ!早く助けに行かなきゃ、二人とも死んじゃうよ!!」

「みどり……わがまま言わないで」

「久美子!!」

みどりは久美子に詰め寄って睨み付けた。

「心配じゃないの!?これからどんどん天気悪くなるんでしょう!?二人、危ないんでしょう!?だったら……」

「みどり……わかっててわがまま言わないの」

沙織が後ろからみどりに言った。

「だれだってつらいのよ……由一君だってつらいはずなのに、我慢してるのよ?」

「う……そ、そりゃ……そうだけど……」

「大丈夫よ」

久美子はいたって冷静な表情で言った。

「和広は必ず由布を見つけてるわ。そして天候を理解して、ちゃんとこの夜を乗り越えるように準備している……そういう人よ、和広は。だから、和広を信じているのなら、今はじっと待つの。わかった?」

「……うん、わかった」

しぶしぶと言った感じだったが、みどりはそういって引き下がった。

「待つのはいいが……どうなんだ、目算は?」

さすがに不安な表情を隠しきれずに由一が聞いた。それに始が答えた。

「聞いたところでは……問題の場所はスキー場の中でも奥まった所で、現状では接近が難しいそうだ。ましてこの天候ではね。なんとかビバークポイントを見つけてくれてるといいんだが……あいつのことだからそれは問題ないと思う。それよりは……」

「それよりは……?」

「それよりは、今晩の気温低下の方が気になる。この天候だから……てきめんに冷える。和広が大丈夫でも彼女が持つかどうか……ああ、それはないか」

「な、なんで?」

「和広は……自分を犠牲にしてでも彼女を守るだろうからさ」

始の言葉に納得いかないものを感じたみんなだったが、久美子だけはそれの意味することを理解しているように、軽く肯いてみせるのだった。


わずかに見える落下の後を追いながら、和広は由布の姿を探していた。ウェアが白で見つけづらいのだが、スキー板の方は赤で見やすいはずなのだ。しかし、スキー板は外れやすい……。

……どこだ!?もっと下か?

和広は目を凝らした。既に視界は数メートルしかない。周りにある樹ですら見えにくい。

だが、和広の執念が勝ったのか、彼の視界に雪山に不釣り合いな赤い何かが見えた。

「あれか?……おーい!」

声をかけつつ、雪をかきわけながら和広は前に進んだ。

「森村さん!返事をして!」

それは確かにスキー板だった。靴も一緒に見える。ということは……。

「森村さん!!」

和広はようやくその場所にたどり着いた。ちょうど足だけを出して身体が埋まっている状態だ。

彼は急いで雪をかきわけた。そしてその下から……由布の身体が見えた。

「森村さん、返事して!!」

和広は由布を抱き起こしながら声をかけた。由布の顔は寒さで青白くなっていたが、息はしているようだった。

「森村さん!!」

和広が頬をはたいて気づかせようとすると、軽いうめき声を上げて、由布は目を開く。

「ああ……かすが……あ……和広……くん?」

「よかった、気がついて!身体のどこか痛くない!?」

「身体……ああ……あたし落ちちゃったから……」

「とりあえず、立てる?」

「あ、うん……あ、痛っ」

「足が?!」

「う、うん……痛くて……」

和広は本当なら怪我の確認をしたかったのだが、周囲の状況はここに留まることを否定していた。

「とにかくここは移動しよう。どこか風のあたらない場所に……」

由布のスキー板を外しながら、和広は周囲の地図を思い返していた。

「もっと下に降りたところにくぼみがあるはず……」

「でもあたし歩くのは……」

そう由布が言うと、和広は彼女の身体を軽々と抱き上げると、背中に載せた。

「あ!」

「さあ、しっかり捕まってて」

そういうや否や、和広は斜面を滑り降り始めた。

吹雪など無いかのように。


ホテルの部屋で、みどりは窓の外を心配そうに眺めていた。だが、ほとんど視界は無い。

「みどり、風邪引くわよ?」

沙織が声をかけても、みどりは生返事を返すだけ。

……不安なのは、私もそうだものね。

友子は体育座りをしたまま、膝に顔をうずめていた。本当は由一のそばにいたいのだが、彼は明の面倒を見るので精一杯なのだ。そこでは自分の居場所はない。

「……由布……さむいんだろうな」

ぽつりと漏らす声が、寂しげに沙織には聞こえる。

「……無事でいて、お願いだから」


和広君におぶわれてやって来たのは、自然の洞窟だった。といっても、深さはそれほどじゃない。さっき彼が言ったとおりの、くぼみみたいなもの。

あたしはその一番奥に両足を放り出した姿で岩に背中をもたれながら座っていた。

和広君は入り口の方で作業中。なんでも入り口が埋まらないよに雪を固めているらしい。そのせいかどうか、中には風は入ってこない。外ほどには寒く感じないで済んでいる。でも……やっぱり寒い。今外は何度くらいなんだろう……。

思えば……あたしがこんな場所まで来なければ、こんなことにはならなかったんだ。和広君まで巻き込んじゃって……春日君も、大丈夫かな?

あ、和広君が戻って来た。

「よし……これで生き埋めにはならなくなった」

「そ、そうなんだ」

「あとは……救助が来るまで待つんだよ」

「うん……」

「足、痛い?」

「え?うん、じんじんする」

そうあたしが言うと、和広君は痛い方の足のスキー靴を脱がせて、関節の所に指を当てた。

「痛かったらいって……」

「うん……あいた!」

うう、どうやら足首を完全にひねったらしい。足をちょっと動かされるだけですっごく痛い!

「ねんざ……だね」

和広君はそばに置いといたリュックからシップと包帯を取り出すと、あたしの足にテーピングしてくれた。

「これで楽になると思う……本当は冷やしたいんだけど、この状況じゃね」

そう言って、スキー靴をもう一度履かせる。

「あ、ありがとう……」

もう恥ずかしくって顔見らんないよ……あたしのばかのせいでこんな……。

和広君はあたしのとなりに座ると、ようやく一息ついたのか、深く深呼吸した。

「……あの……その……ごめんね」

あたしは消え入りそうな声で言った。

「なんで?」

「だって……あたしが注意を守らなかったから、こんなどじしちゃって……そのせいで和広君まで……」

「確かにそうだ」

「うう……」

「でも、無事だからよかったよ。それに、春日君まで遭難しそうだったのを止められたしね」

「春日君は!?」

「ああ……きっと戻ったと思うよ、みんなの所へ。もう僕らのことを知らせてるんじゃないのかな」

そっか……無事戻れたのかな?だといいな……。

少し安心すると、今度はこれからどうなるかとっても不安になってきた。

「これから……どうなるの?」

「そう……無線は使えない。ここは山陰だし、衛星電話もこの吹雪で駄目だ。それに……」

「それに……?」

「捜索隊もこの天候で今日の捜索を中止してると思う。だから……」

「だから……?」

「今日は救助は来ないと考えていい」

「え?……ということは……」

「今から十二時間はここで待ってなきゃいけないってことだよ」

十二時間!?半日!?

「そ、そんなに!?」

「うん……仕方ないんだ」

和広君は申しわけなさそうに言った。

「現状での捜索隊は二重遭難の可能性が高い。同じ理由でこちらの移動も無理。夜中に天候が回復すればいいんだけど……低気圧の移動を考えると、これから更に天候は悪化する……回復は早くても日の出頃だ。だから、朝までここで待つしかないんだ」

この寒いところで半日……だ、大丈夫なんだろうか?

そういやお昼そんなに食べなかったなあ……もっと食べておけばよかった……ああ、お腹すいたなあ……それにちょっとずつだけど、身体が冷たくなってきてる。

あたし、戻れるのかな……。

「だ、大丈夫?」

和広君が心配そうな顔であたしを見ていた。

「え?あ、ちょっと考えごと……」

「大丈夫だよ」

和広君は優しそうな顔で言った。

「ちゃんと戻れるさ。僕が絶対……みんなの所へ帰してあげる」

「か、和広君……」

そういう彼の顔は、ものすごく真剣で、なんだか悲愴感って言うのか、ものすごい決意みたいなのが感じられた。……そう、思い詰めているって感じの。

「とにかく身体を動かすんだ。寒ささえしのげれば大丈夫……あと意識をはっきり持って。必ず帰るんだって、弱気にならないで……」

「う、うん……わかった。頑張る!」

そうだよ……和広君がこんなにしてくれてるのに、落ち込んでるなんて馬鹿なことする暇なんてないんだから!


……寒い……それに眠い……。

ぶるぶるぶる。

ここに来てから何時間たったんだろう……一時間?それとも二時間?それとももしかしてもう十二時間たった!?

……そんなわけないじゃない……時計がないから良くわかんないけど……二時間とか三時間がいいとこ……でももう身体は寒くて仕方なかった。

「……身体動かさないと駄目だよ?」

和広君の問い掛けにもうわの空というか……。

「森村さん!」

「え……あ、う、うん」

身体をさするようにして動かす。大して暖かくはならない。

おまけに……。

「なんだかのどが渇いてきちゃった……」

「うーん……」

和広君はうなった。

「雪とか食べちゃ駄目なのかな……」

「駄目」

あう、一瞬で否定されてしまった。

「ど、どうしてなの?」

「冬山で一番怖いのは寒さなんだ……それで、冷たい雪を食べたとしたら?」

「えと……口の中が冷える……」

「口だけじゃなくて、お腹の中全体が冷えちゃうんだ。表が冷えるよりもてきめんに冷えてしまう。そうなったら危ない……だから、我慢して」

「うん……」

……ああ、もう。お腹まですいてきちゃったよ……気を紛らわさないと……。

「……でも、よく知ってるね、いろんなこと」

「まあ、雪山の基礎知識ということで……」

「やっぱすごいよね……みどりや沙織が好きになるの、わかる気がする……」

「……」

「あ、ごめんなさい……変なこと言って……」

「いや……」

無言の時間。なんだかむちゃくちゃ寂しい……。

「どうしてるかなあ、みんな……」

「そうだね……心配はしてるだろうね……」

「春日君、無事に着いたかなあ……」

「……」

「あ、変に考えちゃ駄目だよね……あたしも頑張らなきゃ」

「……」

「……和広君?」

「……」

「か、和広君!?」

「……あ、な、なに?」

……なんだかいつもの和広君と違う感じがした。寒いからかな?

「あ、いや……返事しないから……」

「あ、うん、ちょっと考えごとをね……。あ、さあ、もっと身体を動かして」

「う、うん」


……うう、更に寒くなってきた……手がかじかんできてる……もう何時間たったのかな……まだ吹雪き止まないのかな……ああ、風を切る音がしてる……。

「森村さん、動いてる?」

「あ……うん……」

動きが鈍い……。

「ちょっと手を貸して」

「え?」

和広君はあたしの手を取ってさすり始めた。あったかくなっていく……。

「あ、ありがとう……」

「まだ先は長いからね……」

「……どのくらいたったのかな?」

「うん……三時間というところかな」

「え!まだそれだけなの?」

「まだまだ、だよ」

和広君は言い聞かせるように言う。

「足とかは寒くない?」

「うん、そっちの方はまだ大丈夫……和広君こそ寒くない?」

「僕の心配はいらないよ。それよりも自分のことを考えるんだ」

「う、うん……」

なんだか……すごく悪い気がする……あたしのせいでこんなことになったのに……。

「……ごめんなさい」

「え?」

「……迷惑かけちゃってその……ごめんなさい……」

「そんなこと考えるのは助かったときだけだよ。今は帰るためのことだけを考えるんだ。いいね?」

「う……うん……」

でも……なにか居心地が悪い……なんでだろう……。

うう、寒い……。いつまでこうしてなきゃいけないんだろう……早く帰りたい……。


時間は既に深夜をまわっているはずだった。一時……それとも二時?

和広の感覚もおかしくなりつつあった。

……もう三時だな。うん。あと三時間、それだけ頑張れば……。

由布の方を見る。しきりに身体を動かしている

……なんとか頑張ってくれるといいけど。

とりあえず問題はないらしい……。

……それにしても……彼女と二人きりになるとは思わなかったな……吹雪のおかげ……なんて言ってる場合じゃないのに……でも……。

……でもその状況を、望んでいる自分がたまらなくいやだ……。

……だけど……俺はどうしたらいい?

……いま手を伸ばせば届くところに彼女はいる……。

……他には誰もいない……誰も……。

……これはチャンスなんだろうか……それとも、悪魔の囁きなのか?

……でも……俺は……彼女のことが気になっている……好き……なんだろう……。

……伝えたい……好きだって言いたい……でも俺にそんな資格は……。

……でも。

和広は顔をあげて由布を見た。

……このままでいるのは……もう……いやだ。

「あの……森村さん」

意を決して、和広は由布に声をかけた。

しかし、返事はない。よく見ると、いつのまにか身体の動きが小さくなっている。

……まずいぞ!

「森村さん!起きてる!?」

「う……うん……」

返事が生返事だ。そうとう疲労している。

「森村さん!身体を動かして!」

「……」

返事がない。

「森村さん!」

和広は由布のそばに近寄って顔をのぞき込んだ。目を閉じている。

「森村さん!!」

頬を叩く。反応はあるが目は開けない。

……まずい!

「森村さん、起きるんだ!起きて!!」

由布の身体を動かしながら声をかけるが、明確な反応はない。

……落ち着け……考えろ……カイロは無いし、あるのは防寒具だけ……でもそれじゃ彼女が保たない……となれば……。

和広はおもむろに自分のダウンジャケットを脱いだ。そうして由布の身体にかけると、今度は彼女の体を抱き上げて、ちょうど子供を抱っこするときのように自分の足の上に載せた。和広自体は岩壁にもたれて姿勢を安定させる。そうして由布の身体をさすり始めた。

「森村さん……みんなの所に戻るんだろう!頑張らなきゃ!頑張って……朝まで頑張るんだ!」

「あ……ああ……うん……」

生返事をする由布を励ましつつ、和広はひたすら彼女の身体を温めようとした。背中がどんどん冷たくなっていくのを感じたが、そんなことはどうでもよかった。

彼女を助けることだけが、いまの和広にとっての全てだった。

……今目の前に由布ちゃんがいる……俺の腕の中に……俺しか守れない……俺が助けるしかないんだ……俺が!

風は弱くなってきたようだったが、気温はますます下がりつつあった。


明は窓に張りついてゲレンデの方を見つめていた。その背後には毛布にくるまって仮眠をとる由一の姿がある。

もう時計が四時を回り、あとしばらくすれば夜明けが来るというところまで来た。

……まだ行けないのか。

外の様子に気が気ではない。少しでもよくなれば、救助本部の方に連絡を入れているくらいだ。

……それにしても……芹沢君は、すごい。

いくぶんかのあきらめを含んだ感じで明は思う。

……あれだけ自信をもって動けるなんて、すごい。確かに僕なら……降りてはいけても、そこから由布ちゃんを救い出すことは出来なかったと思う……でも……彼は本当に由布ちゃんを救えるんだろうか?

そう考えてしまってから、明はひどい自己嫌悪を覚える。

……そ、そんなこと……僕が思う資格なんてない……ああ、もっと強くなりたい……そうすればこんな雪……。

恨めしそうに吹雪く雪を睨み付ける。

心なしか、すこし弱まっているような感じがした。


……さむい……うあ……寒いけど……そんなに寒くない……あれ?……あたし、寝ちゃったのかな……寝ちゃいけないって和広君にいわれてたのに……あたしって、ほんとばか……このまま死んじゃうのかな……ああ、春日君にも会えずに……由兄、ばかばか行ってるんだろうなあ……みどりや沙織や友子や久美子も心配してるのかなあ……でなきゃ化けて出るぞ……信雄……おじさまおばさま……父さん……母さん……。

……って、あれ?……なんか浮いてるような感じがする……お迎えが来たってこと?……なんだかほんのりと暖かい……なんだか母さんの腕に抱かれているような……うで?抱かれてる?……なんか変だ……なんか、へん。

……そうだ、目を開けてみよう……明るいお花畑だったらきっとここがあの世だってわかるはず……だよね……。


「ふあ……」

ゆっくりと目を開ける。薄暗い空間……あれ、これって……。

「……洞窟の……なか?」

目が慣れてくると、そこが今までいた所だとわかる。

「あたし……生きてるの?」

「……よかった、目が覚めたんだね」

ものすごく近いところで和広君の声がした。頭の上の方……って、うわわ!!

あたしは和広君の上にのっかかっていた!身体の上にはもう一つジャケットがかかってて、あたしは和広君に抱き抱えられるような形で、彼の顔を見上げていた!

……む、むちゃくちゃ恥ずかしいわよ〜!!

「あ、や、な、な、なんで〜!?」

「ああ、それだけ声が出るんだったらもう大丈夫だね」

そう和広君はにこやかに笑うと、あたしを地面に下ろしてくれた。……って、このジャケットってまさか!?

「こ、これ、和広君の!?」

「ああ、うん……」

「ご、ごめんなさい!!」

あわててジャケットを彼に返す。

「か、か、和広君、ま、まさか!?」

「森村さんが危ない状態だったからね……」

「そ、そうじゃなくて……和広君は……寒くなかったの!?」

「いくらなんでも寒くないってことはないけど……」

よく見ると、顔色が悪い……あたしのせいで……こんな目に遭って……。

「まあ、死んではいない。それにもう……移動できるしね」

「そう……そうじゃなくてぇ……」

あたしは何も言えなくなって、情けなくて、涙が目からあふれでてきてしまった……。

「も、森村さん!?」

「ごめん……ごめんなさい……そんな……こんなに迷惑かけちゃって……ごめんね……ごめんね……」

泣きじゃくるあたしに、でも、和広君は優しく声をかけてくれた。

「いいんだよ……それにまだ助かったわけじゃない。救助が来るまで頑張らないとね」

「う、うん……」

……そうか……そうだよね……まだ助かったわけじゃないもんね……。


その後、和広君は洞窟の外に出て色々作業していた。あたしは、足がまだ痛くてあまり動けないので、ただ洞窟の中で待つだけ。申しわけなさすぎ……情けないなんてもんじゃない。

あたしは片足でなんとか立つと、出口の方にけんけんしながら行く。

外は曇っていたけど、昨日よりは少なかった。雪もぱらぱらしか降ってない。

「あ、足大丈夫なの?」

和広君が振り返って言った。

「あ、まだだけど、もう片方はなんともないから……」

「そう……」

また山側の方を向いて、和広君は監視を続ける。

「……まだ来ないね」

「まあ……この雪じゃね」

確かにあたりの積雪は一メートルくらいあった。入り口付近は和広君が除雪してくれたので雪はそんなにはない。

「でも天気は悪くないし、もうとっくに救助隊は動いているはずだから、大丈夫」

「無線は使えないの?」

「ああ……バッテリーがあがっちゃてね」

「そっか……」

……ん?なんか音が聞こえる……。

「……ねえ、なんか……」

「……どうやら来たようだね」

「やっぱり!?」

さっきからエンジン音と言うか、機械の動く音が聞こえるのだ。

「あと数分で来るな……準備はいい?」

「あ、うん……今のままで」

音が大きくなっていく。なんかすごい音……スノーモービルじゃないな。

あ、なにか見えた!

「わあ、雪上車だあ……」

それはオレンジ色の雪上車だった。かなりのスピードで走ってる。

「おーい!」

和広君が大きな声で叫んだ。両腕を一杯にして振っている。あたしも同じく手を振って叫んだ。

すると向こうも気がついたらしくって、一直線にやって来る。もうすぐそこまで来た!

「さあ、行こう」

「え?ええ!?」

言うや否や、和広君はあたしを抱き上げると、雪上車の方に向かって雪をかきわけ始めた!

そのうち雪上車が止まって、中から救助の人一緒に、見慣れた人が降りてくる。由兄だ……始君だ……それに……か、春日君!

再会

「春日君!!」

あ、春日君も気がついたみたい……ああ、やっと会えた……。

「由布ちゃん!!」

春日君の声だ……もう、ほんの少しで……。

突然和広君が立ち止まった。そして静かにあたしを地面に下ろした。

「さ……」

「え、う、うん……」

そうして和広君はあたしを春日君がそばに来るまで支えてくれた。そして……。

「由布ちゃん!!」

「春日君!」

そうして……あたしは春日君にその場で抱き締められていた。

ああ……よかった……。

「ごめんね、春日君……ごめん……」

「よかった……ほんとによかった……」

まだ足は痛かったけど、そんなことはどうでもよかった。

春日君にまた出逢えたんだもの……。


抱き合う二人の姿を見ながら、和広は安心すると同時に、なにかが終わったような気がしていた。

……ああ、そうだよな……わかってはいたんだ……でもこう目の前で見せられると……。

……でも、よかったんだよな、これで……救い出すことが出来たんだから……悔いはない……たぶん、きっと……

そうして、和広の意識は遠のいていった……。


喜び合う二人を横目に見つつ、久美子は雪上車を降りた。後にはみどりと沙織が続く。

和広の姿を探して見回した彼女は、二人の向こう側で呆然と立ち尽くす和広の姿を見つけた。思わず安堵のため息をつく。

しかし、それは一瞬で終わった。

和広が崩れ落ちるように倒れたのだ。

「ああああ!!」

みどりと沙織の叫び声。二人は慌てて和広に近寄って身体を起こした。久美子もそこへ駆け寄る。

「和広君、和広君、しっかりして!」

みどりが声をかけるが、和広は反応しなかった。

「……すごい熱!」

沙織が額に手をあてて言った。

「由一君!お願い、手伝って!!」

久美子は車の方にいた由一に声をかける。

その時視界に由布と明の姿が見えた。驚いた表情でこちらを見ている。

その時、久美子は無性に怒りを覚え、身体を激しく震わせていた。





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