誕生会も無事終わり、これからなにしよっかなと考えていたのだけど、そんなこと考える暇もなく、期末試験が近づいていることに気がついてしまった……あう〜ん。
そりゃさ、すこしは自分でやる気にはなってるけど……はあ、怠け癖って言うのは突然現れてくるもんさね。
「へえ、めずらしい〜。由布が図書館でお勉強ねえ〜?」
みどりがちゃちゃを入れに来た。
「なによ〜。自分だって」
「へへへ……どう、範囲押さえた?」
「うんまあ……和広君に聞いたから」
「ふうん……」
みどりはあたしのとなりに座ると、ノートをのぞき込んでくる。
「あんたって、和広君に頼りすぎるんじゃないの?」
「え?……うーん、そうかなぁ」
「ま、いいけどね……」
妙に突き放したような言い方……うーん、なんか気になるなぁ。
「みどりはどうなのよ?」
「あたしは……沙織に聞いた」
「あ、そうか」
「自分でするのが一番なんだけど……ま、範囲教えてもらったって、自分で勉強した分しか出来ないんだから、自分で頑張らないとね」
「そだね……」
しばらく二人で静かにお勉強。
「……ねえ、由布」
「んー、なあにぃ?」
「年末どうすんの?」
「年末ぅ?」
「そ……だってさ、クリスマス含めてあの週半分休みじゃん」
そう。カレンダーを見るとわかるけど、21日に終業式で、22日から冬休みに入るのだ。
「うーん……特に考えてないけど……」
「……春日君とデート?」
「うえっ……そ、そんなこと……」
「旅行とか行こうなんて考えてるんじゃないのぉ?」
って、その……ひじでツンツンされても……。
「そ、そんなの早すぎるよぉ」
「はやいおそいの問題じゃないの、そういう時かどうかってのが問題なの!」
「そ、そういうときって、いったい……」
「二人っきりの夜……誰もいない部屋……月明かりに照らされて、二人の熱くたぎる想いはついについ〜」
な、なんだか浸っちゃってるみたいね、みどり。
「……はあ。由布はいいよねえ」
「な、なに……?」
「春日君がいるから」
そう言い残してみどりは立ち上がる。
「あれ、もう止めるの?」
「なんだか話してて馬鹿らしくなってきたぁ……あ、そうそう」
「なに?」
「年末、イベント考えるから、空けといてね」
「ええ〜!?なんでよぉ〜」
「抜け駆けなんて許さないんだからねっ」
抜け駆けって……べつにみどりとなにか争ってるわけじゃないんだから……。
んで、なんだかよく分からんうちに、年末イベントとやらは進行していたらしい。
どうにかこうにか期末試験を乗り切り、気がついたときには日程まで決められていたのだ!まったく、どういうつもりなんだよぉ〜。
なんか……春日君と二人っきりになるの、邪魔されてる気がするなあ……。
まあ、そうはいっても……実際二人っきりになったらどうなるのかなんて、想像もつかないんだけど……やっぱり……その……あれかなあ?……春日君だって男の子だし……あたしだって何も知らないったわけじゃないし……あう、なんだか恥ずかしいっていうか、その……ああ、あたしったらいったいなに考えてるんだ!!
……それに、そういうのって、軽々しくしていいものじゃないだろうし……もっともっとお互い知り合わなきゃいけないことだろうし……もっともっと知りたい。それが今のあたしの正直な気持ち……。
「げーん、そんなあ……」
信雄ががっかりしてその場に寝ころがった。
「あんた、一体なにやったのよ?」
イベント……スキー旅行ってことになった……のこと話したらこうなんだもん。
「赤点〜」
「はあ?なんで?」
「日本文学が……」
「はあ」
秋山のおじさまの専攻って言語学だよなあ……。
「親の心子知らずというかなんというか……」
「引っかけ問題多すぎるんだよ〜」
「で、見事に引っかかったわけね」
「うん……」
「はっか」
「うう、ひどいいわれよう……」
「それで冬季講習に引っかかったと。別にパスしちゃえば?」
この時代、他の教科で単位を充当できるから、なにか得意分野があれば卒業するのは難しくないんだな。まあ、中学くらいまでだけど。
「それが……なんか他のも落ちちゃってて……でなきゃ無理なんだよ」
「なるほど……じゃあ、仕方ないわねえ信雄君。しっかり頑張ってね」
「慰めの言葉もなしか〜」
「あたしはちゃんと勉強したもんね。さあ、スキーウェア買ってこよっと!」
「おに〜」
二学期の終業式はつつがなく終了。あとはスキーの準備をするだけ。今日は春日君と買い出しなの。
「そうだ、お店の方は大丈夫なの?」
下見を終わって一休み中の喫茶店であたしは聞いた。
「うん、なんとか休みをもらったよ。その分帰ってきたら忙しそうだけど」
「そっか……大変なんだねえ」
「生もの相手だからね。まあ、それほど気難しいのはいないから多少は大丈夫だけどね。植物って意外と丈夫だから」
「へえ、そうなんだ」
「水をやりすぎるとかえってよくなかったりするしね」
「へえ、さすがだね、春日君」
「そんなこと、ないよ……」
あは、照れちゃって。
「でも四泊五日は長いよねえ。夏の時は一泊二日だったからそんなには……」
「そうだね。でもそれも芹沢君のおかげだっていうんだから、すごいよね」
「うん、そうだね」
今回向かうスキー場は和広君のお父さんの知り合いの経営するとこで、近くのホテルも格安で借りられることになったの。
「お小遣い浮いて助かったわ」
「大助かりだよね」
「まさかお年玉の前借りなんて出来ないしね」
「そりゃそうだ」
二人で大笑い。
「そうそう、クリスマスパーティもやるって」
「交換用のプレゼント用意しないとなあ……まさか鉢植えにするわけにも行かないし」
「結構、選ぶの大変よね。そだ、それも一緒に見に行こうよ、ね?」
「うん、いいね」
「それじゃ早速」
あたしたちは喫茶店を後にして街へと繰り出した。街にはクリスマスを待ちこがれる人達であふれていた。
良くホワイトクリスマスになったらいいねなんていうけど、あたしたちのは絶対にそうなるってわかってたから、なんだかちょっとだけ優越感に浸っていた。
……いいクリスマスになるといいな。
さて、移動日当日、23日。集合場所は駅前のバスロータリー。時間は朝の九時過ぎ。
あたしと春日君、それにみどりと沙織で由兄と友子を待っていた。もう十分も遅れてるぞ〜。あ、来た。
「おーい、おそいぞ〜!」
あたしが声をかけると、由兄は悠然と手をあげた。友子も一緒だ。
「出迎えご苦労」
「なに言ってんのよ!待ってて上げたんじゃないの!」
「まあまあ、いいじゃん。これでそろったんだし〜」
みどりの暢気な声。
「はやくいこうよ〜、和広君待ってるんだからぁ」
そう、和広君と始君と久美子は先発してスキー場に行ってるの。
「仕方ない、許してやるか」
では気を取り直して。
「いざ、出発!」
スキー場へは電車で3時間くらいかかる。結構暇だ。
「春日君はスキー得意?」
「うーん、下手じゃないと思うけど、そんなにやり込んでるわけじゃないから」
「春日君ってさ、そんなスポーツやるようには見えないもんね」
と、みどり。なんて失礼な。
「実際やる暇無かったしね」
「みどりはいっぱいやってそうだよね?」
「もちよ」
「おー、自信満々〜」
「今回はモーグルやろっかなって」
「へえ、すごいなあ。あ、沙織は?」
「あ、あたしは普通にすべろうと思うんだけど……」
「スノボとかはやんないの?」
「うん……きっかけとか無かったし」
「じゃあ、いいじゃない。今日がその日だって」
「おもしろいよ、スノボも」
お、珍しく友子から話しかけてきたぞ。
「バランスとるのが大変だけど」
「友子のは陸上の練習替わりだもんね」
「スキーってね、バランス感覚がとっても重要だから、冬場の練習としてはうってつけなの。でも怪我には注意しないとね」
「お前、転びそうだから気をつけろ」
「失礼ね!こう見えても運動神経はいいんだから!」
「ほんとか?だってお前去年は……」
「うわわわ!な、なに言うつもりなのよぉ〜!」
「あははは」
……とまあ、そんなこんなで。目的の駅に到着。ホテルの送迎バスに乗って、とりあえずホテルに向かう。
辺りは一面雪景色!東京じゃこんな雪見れないから感動しちゃうなあ。
そして着いたホテルがまたすっごいの!七階建てのリゾートホテル!中はすごいっていうけど、どんななのかなあ……。
「みんな来たわね」
久美子が笑いながら出迎えてくれた。
「あれえ、和広君は?」
みどりが聞く。
「今はゲレンデよ。始はホテルでバイト中で、あたしは今あがったとこ」
「そうなんだ……」
「まあ、そうがっかりしないで。ちょうどお昼だし、ご飯食べてからゲレンデに行きましょう。荷物も届いてるからそっちも方も片付けないとね。さ、部屋の方に行きましょう」
「それにしてもすっごい部屋だったねえ」
ゲレンデまでの道をスキー担いで歩きながらあたしは言った。女の子用の部屋は二部屋もあるような大きな部屋で、調度とかもすごく綺麗だったの!
「うん、あれってすごく高いんじゃないの?」
みどりの言葉に、久美子が、
「そうね……一泊数万くらいはするんじゃない?」
「ええ〜!?そんなにっ!?」
「そ、そんなところ借りちゃっていいの?その……あの予算で?」
沙織も驚いてる。今回の一人当たりの予算は……二万円だってのに。それもゲレンデパスとかこみこみで。
「いいみたいよ。和広のお父様がお世話した方の所有なんですって。それに……あたしの家ともつきあいがあるので、気にしなくてもいいの」
「え、でも……」
「いいのよ。本当ならただでもいいくらいなの。でも……それではさすがに、ね」
そうこうしてるうちにゲレンデに到着した。
「うわあ……すごい人……それにすっごく大きいねえ!」
「国内でも有数のスキー場なのよ」
そういって久美子はスキーを下ろして着け始めた。あたしたちも準備を始める。
「和広は第二スロープの方にいるわ。インストラクターのバイトでね。あのリフトからいけるわ」
「さあ、早く行こうよ!」
「みどりそんなに急がないでよ〜」
もう、喜んじゃってまあ……よっぽど和広君のことが……。
みんなでリフトに乗ってゲレンデの中程で降りる。結構高い。
「うわあ……いい眺め」
みんな思い思いにすべってる。斜面の程度は少し緩め。初中級者用って感じ。
「和広は……あそこよ、ほら、こぶのある」
久美子の指し示す所は、こぶが一杯ある斜面で、数人の人の前で何やら話していた。
「かずひろく〜ん!」
みどりが大声で呼びかけると、それに気づいて手を振る。そうして二言三言何かを話すと、周りにいた人は下の方へと滑っていってしまった。
「ちょうど終わったみたいね、行きましょうか」
そう言って久美子はしゃーっと先にってしまう。
「あ、待ってよ!!」
みどりを筆頭にみんなでわらわらと後を追った。
「やあ、やっと来たね」
和広君はゴーグルを上げ、スキー焼けの顔で笑った。
「すごいねえ、このスキー場!」
みどりが嬉しそうに聞く。
「まあ、東洋一とは言えないけど……国内随一であることは確かだね」
そういって和広君は山側を振り返った。
「ゲレンデはどれも国際規格だし、スノーボードや他のスタイル専用のゲレンデを装備……おまけにノーマルヒルのジャンプ場に、クロスカントリーのコースまで併設されているんだ」
「すご〜」
「まあ、そんな蘊蓄はどうでもいいね。それでみんなはどうするの?」
「あ、それなんだけど、みんなでモーグルにしようって電車の中で決めてたの」
そうみどりが言うと、和広君は肯いて言った。
「それではみなさん、準備はよろしいですか?」
「はーい」
「それではまず基本型からね」
そういって和広君はポーズを取った。背筋を伸ばして軽くひざを曲げて、ストックを持ち上げてちょうど前ならえをするみたいにした。
「これがモーグルの基本型」
「ええ、そうなの?もっと膝を曲げるかと思ってた」
みどりの質問。
「テレビで見たのと違う〜」
「ああ、それは……テレビで見たのは大会か何かだね?」
「うん、そうだけど……」
「あれは試合だから、スピードを競うんだ。そういう時は、可能な限り直線コースを取るんだけど……それでこぶに乗り上げたらどうなるかな?」
「そりゃあ……そらにとんじゃいそう……」
「ま、そういうことだね。そうすると時間のロスだ。それを防ぐためには……」
「そっか!それで膝を使うんだ」
「その通り。だから身をかがめたような姿勢に見えるんだだね。でもそれはプロの話。初心者は基本を押さえておかないとね。さ、みんなやってみて」
みんなで一斉にポーズ取るのって、なんか変。
「さあ、その姿勢で滑ってみて」
みんなでずさささ〜。
「それが出来たら、ターンの練習ね。小刻みに、リズミカルに」
和広君の後についてみんなで滑る。お、なかなかいい調子〜。
「大体みんなできたようだね。さて次は……いよいよこぶに挑戦だ」
「早く早く!」
「みどり、ちゃんと先生の言うこと聞きなさいよ〜」
「わかってるわよ〜」
「ここが難しいと言うか……さっきターンの練習したけど、基本はそれ。こぶのヘリのそってスキーを回しきる感じで……」
そういいながら和広君は滑走し、見事にこぶをクリアする。でもそのスピードはすごく遅い。
「……こんな感じで、あとはゆっくりでもリズミカルにこぶをクリア……していく」
ざっ、ざっ、ざっ。うーん、うまいなあ。
「さあ、やってみて」
あ、あたしが先頭だった。
「いきまーす!」
意を決してあたしは滑り始めた。ええと……スピードを落としてこぶのへりのそってスキーを回す……ああ!?
おもいっきりこぶにスキーをひっかけて、あたしは盛大にてっ転んだ。
「う……いったぁあ」
「何やってんだ〜?」
由兄の冷やかし……あったまくる〜!
「姿勢が崩れてたよ!背筋を立ててストックでちゃんとこぶを突いて!」
和広君のアドバイスに、気を取り直してもう一かい滑り始める。
ゆっくり……慌てないで基本に忠実に……と……わ!できた!
「わーい、できた〜」
「その調子」
えへへ、和広君に褒められるのって嬉しいなあ。
そんな滑りを何度か繰り返したあと、次の講義に移った。
「さて次は……モーグルの花、エアだね」
「エアって、ジャンプしていろいろするやつでしょ?」
みどりったら、目をきらきらさせちゃって。
「そう。でもまずはジャンプの基本からね。やっぱり姿勢は背筋を伸ばしたスタイルで、ストックでタイミング測って飛ぶ。やってみるね」
そういって和広君はジャンプ台に向かって滑り始め、そしてジャンプ!
「わあ……きれ〜」
「と……着地の時結構衝撃が来るから、気をつけてね!」
「あたしさき〜!」
みどりが滑り出した。で、万歳するみたいにジャンプして着地する。うーん……くやしいけど、うまいなあ。
「じゃあ、次はあたしが……」
お、友子が行った。これまた見事に着地。
「おい、早く行けよ」
由兄がけしかけるように言う。くそ〜、やってやるぅ。
ええと、基本に忠実に……背筋を伸ばして……ストックでバランスとって……えい!
わ!着地いった〜い!……で、でも出来たぁ!
「やった!」
いいなあ……なんか達成感っていうのか、感じるなあ。
「今の調子、忘れないようにね」
「うん!さあ、どんどん行こう!」
とりあえず一通りの講習が終わったところで、次はいよいよ、通しでやることに。
「基本を忘れないようにね。羽目を外してスピードを上げすぎないように」
「先生!ただ滑るだけじゃつまらないから時間測りましょう!」
みどりったら、一体なにを言い出すかと思えば……もう、しょうがないなあ。
「じゃあ、みんな一回試しに滑って、それから測ろう。じゃ、まずは僕が滑ってみるよ」
和広君がスタートラインに立つ。あたしは時計を見た。
和広君スタート!うーん、基本に忠実に滑っていく。それほど速くない。コースを確かめるように滑っているみたい。
「じゃあ順番に!」
またぞろぞろと滑り始める。さすがにコンビネーションになると結構大変。
「一番手はあたしね!」
そう言ってみどりが滑り始める。結構速い!それにちゃんとフィニッシュしてるし〜。
「へへん、やったね!」
すごいなあ……。
次は沙織だけど、これも速い……でもみどり程は速くなかったらしい。
「スポーツじゃみどりに勝てないのよねえ」
「えへへ」
次は……おっと、春日君だ。
「頑張って、春日君!」
あたしが声をかけると、春日君は手を振ってくれた。
滑り始める……速くはないけど堅実な滑り……ほっ、転ばないでくれた〜。
「まあ……初めてだし、こんなもんかなぁ」
次はあたしだ!
「いっくぞ〜……えい!」
勢いよくスタートする。最初のこぶ、うまくターン!えと、次の……えい!次、次、次……あわわ、バランスが……あ、ジャンプ台!
どしん!!
「ああ!!」
……み、見事にジャンプでこけたぁ〜。
「だ、大丈夫!?」
春日君が助けに来てくれた。
「あ、うん……お尻痛いけど、大丈夫〜」
なんとか立ち上がる。
「いい気になるからだぞ〜」
上の方から由兄。
「うるさ〜い!そっちこそちゃんと滑れるのかー!」
「当然!」
自信満々に言う由兄。くそ〜。
でもなあ……自慢するだけのことやるからなあ、この男はぁ〜。
滑り始める由兄は、それは余裕綽々という感じで降りてくる。しかも速いし。
結局みどりを抜いて一番時計だった。
後は久美子と友子だ。
友子はさすがにすごくって、由兄の次のタイム出した。久美子も速くて、みどりよりは上。結局一番は由兄だった。
「やっぱりスポーツ系は由一君なのかなあ」
みどりがぼやくように言った。
「あ、でもまだいるじゃない」
そういって沙織が和広君を指差した。
「ああ、そうだよねえ。ね、和広君、滑ってみてよ!」
「ああ……うん」
「手加減無しにね!」
和広君が上に上っていく。そして……。
滑り始めた……うわ!
和広君はほとんど直線的にこぶに向かって滑り出した。こぶを越える!でも跳ねないで膝をうまく畳んでこらえる。そのまま幾つもこぶをクリアして、ジャンプ台を越えて……来た!ジャンプして……おおっ!?エアだ!!
そしてそのまままっすぐ来てゴール!時間は……。
「すごーい、由一君越えたぁ!」
みどりが跳び上がって叫んだ。
「どれどれ!?わ、ほんとだ。5秒もはやいよ〜」
「いや、まいったね」
さすがの由兄もお手上げって感じ。
「すっごーい、和広君!」
「まあ……これくらいは、バイト代のうちってことで」
うーん、すごいなあ……こんなにすごい人だったんだ。
「さあ、あとはみんな自由に滑ってね。勿論、何かあれば聞いてほしい」
「はいはーい!」
早速みどりが近づいていく。
さてあたしはと……。
「春日君、一緒に滑ろう!」
「あ、うん、そうだね」
夕方まで滑り倒すぞ〜!!
滑り終わったときは6時をまわっていた。さすがに疲れたよ〜。
ホテルに帰って始君と合流、そしてすぐに夕食にした。昼間のことで結構盛り上がる。それに料理のおいしいことといったら……もうほっぺた落ちそう〜。
食事が済んだ後は……やっぱり温泉だよねえ。話によると、露天風呂があるってことなんだけど……。
「うわあ……ひっろ〜い」
「ほんとだあ」
みんなでいっしょに入りに来たんだけど……すっごく広くて豪華〜。
「ほら、早く入ろうよ〜」
みどりにせっつかされて中に入る。
「さて、お湯はどうかなあ〜」
ちょっと足を突っ込む。うわ、あっつー。
「あつい?」
「うん」
「早く入らないとこごえちゃうわよ」
沙織の一言で、あたしは意を決してお湯の中に入る。
「あーあっつー……でもいい感じかも〜」
みんなも湯船に浸かって人心地つく。
「ふああ……極楽極楽」
「それじゃおばさんみたい、みどり」
「いいじゃない、気持ちいいんだから」
「でもこのお湯、さらさらしていい感じだわ」
沙織がうっとりした声で言った。
「ここのお湯は美肌の湯なんですって」
久美子が蘊蓄を。
「へええ、じゃあしっかりはいんなきゃ」
「ちょ、ちょっとみどり!」
湯の中に沈み込んだみどりを慌てて引っ張り出す。
「なにすんのよ!」
「だ、だっていきなり沈むんだもん」
「そんなことより〜」
みどりが迫ってくる。
「な、なによ……」
「由布!あんたもよっく磨いときなさい!」
「へ?!」
「そして今夜春日君をものにするのよ!!」
「はあ?あんたなに言ってんの!?」
しかし、あたしにかまわずまくし立てるみどり。
「そのためには、ここで身体に磨きをかけて!……そして!今夜彼の部屋に!」
「ちょ、ちょっとまてい!どうしてそんなはなしになるんだあああ!」
「大丈夫……あたしがなしつけるから」
「つ、つけなくていいよ〜」
「いいからあたしに任せなさい!」
「い、いやだ〜」
「みどり止めなさい!由布が困ってるじゃないの」
お、沙織、助かる!
と思ったら、こんどは沙織の方に向かっていくみどり。
「沙織はいいわよねえ……プロポーションよくってさ」
「は?」
あっけに取られる沙織に、みどりは思い切り抱きついた。
「あ、ちょっと、みどり!」
「ああ、柔らかい〜」
うわ、む、胸に顔つけちゃって……あ、でも……綺麗だな〜、沙織……って、見とれてる場合じゃない!
「ちょ、ちょっとみどりどうしちゃったのよ!」
「うひゃひゃひゃ……」
げ、逝っちゃってる……。
「あー……なんかいい気持ひ〜」
突然タコになるみどり。
「やだ……この子お酒呑んでる!?」
「げ……それってやばやばじゃん」
「みどり、しっかりして!」
「あはは……大丈夫……」
「もう!全然大丈夫じゃないじゃない!まったく……羽目は外しすぎだよ〜」
「……でもさあ……いいチャンスじゃない?」
「な、なにが……?」
「春日君と……」
「う……そりゃあ、二人きりにはなりたいけど……」
「それで何するわけ?」
「そ、それは……あたしは……お話しできればいいって……今は……」
「春日君は、そう思ってないかもよ?」
……たしかに、みどりの言う通りだけど……でも……。
「……でも……まだ早いよ。そんなこと考えるの……」
「そっかぁ……ごめん」
「あ、いいのよ。心配してくれたんだもんね」
「だってさあ、春日君奥手っぽいじゃん。由布の方から積極的に行かないと駄目なんじゃないかと思うわけよ」
「そ、そんなこと!余計なお世話です!」
「そっかなあ……」
「みどりが気を回す必要なんかないの」
沙織の助け船。
「人のことより、自分のこと考えなきゃ……」
「そうだよな〜、らぶらぶなのにちょっかいだしてもなあ……」
「なんだよ〜」
「でもライバルにそんなこと言われてもねえ……」
「いいじゃない……ま、負けるつもりは無いけどね」
「お、強気じゃん、沙織〜」
二人はしばらくにらみ合ってたけど、そのうち吹き出して笑い始めた。つられてあたしも笑い出す。
なんか、こういうのって、いいなあ……。
で、結局その晩は何も無かった。ま、明日はクリスマスイブで、パーティするんだけど、その後でなにがあるかはちょっと考え中……みんな色々考えてるんだろうなあ。
さて、明日もスキーやり倒して、遊びまくるぞ〜!!
翌朝。
ふああ……いつもより早く目が覚めちゃた。なんか気が高ぶってるのかなあ……。
さて今日も遊ぶぞ!っと、外の天気を確かめようとカーテンを開けたとき、ちょっと憂鬱になった。
「うやあ……吹雪いてる〜」
結構強く雪が降っていた。量も多いし、風も吹いてる。なんか今日は大変そう。いくらホワイトクリスマスっていっても、程度ってものがあるよねえ……。
みんなでホテルのロビーに集合。みんあ昨日より重装備っていうか、雪だるまっていうか……。
「ええと……今日は見ての通り吹雪になってる」
と和広君。
「予報だとこれ以上はひどくならないことになってるけど、山の天気は変わりやすいので危険だと思ったらすぐホテルに戻ってくること。いいね?」
「ホテルまで戻らないと駄目なの?」
みどりが聞く。
「ゲレンデにいればまず大丈夫だと思うけど、出来れば下の方に降りてきた方がいいね。リフトは最悪止まってしまうから……とにかく、視界が効かないと思ったら下の方に降りてきて欲しいんだ」
「今日はどうしよ〜。ホテルにいる?」
「それじゃつまんないじゃん。やっぱり滑らなきゃ」
「まあ、さっきの注意を守れば大丈夫だよ」
と、和広君。
「僕は今日は監視員をやってるから、何かあれば連絡して。ただし、携帯とかはこの吹雪でコンディションが不良だから、あまり当てにし過ぎないように。危ないと感じたらすぐ下山が山の鉄則。わかった?」
「はーい」
「ねーねー、どこいこうか?」
春日君に聞く。
「さっきより雪がやんできたね。まあ、上に行かなきゃいいんだろうから……」
「とりあえず上いこ、上!」
「そだね」
リフトに乗って上に上がる。確かに雪は弱くなってきた。
「わー、今日も一杯人がいるね」
「でもゲレンデが広いから楽に滑れていいね」
「うん、そうだね!さあ、すべろ!」
その後はもう滑り倒し!転んで助け起こされるお約束までやっちゃって、もう楽しくって楽しくって……。
そんなこんなでお昼。
「あれ、久美子?」
ウェイトレス姿の久美子発見。
「いらっしゃいませ」
「うわ、なんか堂には入ってるね!」
「ふふ、ありがと」
「ここでバイトしてたの」
「ええ」
「でも久美子の家ってすごくおっきいいんじゃなかったっけ?バイトなんかしなくてもいいようなんじゃないの?」
「そうでもないわよ。それにね、自分で働いただけの報酬を受けとるというのは、気分がいいものよ」
「そんなもんかなあ……」
「さて、ご注文はお決まりでしょうか、お客様?」
さて、午後になってちょっと雪が強くなってきた。でも朝ほどじゃない。
「ねえねえ、春日君、あれ!」
場内案内板を差しながら話しかける。
「なに?」
「こっちにモーグルのコースあるみたい」
それは山の裏手の方にあった。
「いってみよ〜よ」
「いいけど……天気大丈夫かなあ?」
「んー……」
雪はまた弱くなっていた。雲も薄く感じる。
「危なくなったらさっさと帰るし、大丈夫だよ」
「そうだね……」
「じゃ、いこ!」
そこは今いる場所からそれほど離れてないように見えた。リフトじゃないくて、歩いていかなきゃならなかったけど。
状況は安定しているように見えた。
和広は空をじっと見つめていた。雲が動いているのが見える。かなり激しい動きだ。
腰に下げた無線機を取り出し、どこかへコールする。
「あ、始か?ホテルの方の天気はどうだ?……風邪が強くなってきた?……ああ、こちらと合致する。そろそろ警報レベルだな。連絡よろしく。僕は見回りに入る」
そうして和広は移動を始めた。ゲレンデの上の方へ上っていく。風邪が強さをまし、それに雪が乗り始めた。
「……まずいな。みんなは……降りていてくれるといいが……」
その時場内放送が、天候悪化の放送を流していた。
「ゲレンデにいる人は大丈夫そうだな」
その時呼び出し音が鳴った。
「はい、芹沢……あ、久美子か?」
『今点呼取ってるの』
音声にかなりノイズが乗っている。
「いいぞ、それで?」
『春日君と由布の返事がないの』
「なんだって?」
和広は空を見上げた。雲が厚くなっている。風邪は更に強くなった。
「最後に見たのは誰だ?」
『あたし。でも昼の食堂でよ』
「ゲレンデにいないのは確認できるか?」
『今やってもらっているわ……あ、みどり、由布は……』
「どうした?」
『……あ、うん……だめ、確認取れない。あたしも探しにでるわ』
「わかった……僕はゲレンデ以外を探す」
『気をつけてね』
「ああ」
携帯を切り、ちょっと和広は考え込んだ。
……ゲレンデにいないとすれば、そこから外れた場所にいる可能性が高い……どこだ?
スキー場の配置図を思い返す。ここは二段式のゲレンデが三本あり、その間を連絡通路が通っている。そしてゲレンデのはずれにジャンプ台やモーグル専用コースがあって……。
……モーグル場?確かあそこは未整備で、安全設備もまだ……。
突然昨日のことが思い出される。
……まさか。
不安に駆られた和広は、辺りを見回してモーグル場への連絡路と現在地点との最短コースを割り出すと、それが林の中であるにもかまわず、スキーをその方向へと向けた。
……くそっ!間に合ってくれ!頼むから……。
「あ、あそこかなあ?」
坂が急になってるように見える。
「そうみたいだけど……かなり急だよ、ここ」
春日君の言うとおり、それは絶壁みたいに見える。おまけに雪が深くてこぶがあるのかわからないくらいだ。
「こ、これは……降りられないねえ、あはは」
「おまけに……雪が強くなってきたよ」
「ほんとだ……風がびゅーびゅー言ってる……」
「戻った方がよさそうだね」
「うん……」
和広君の注意が頭によぎる。
「じゃ、帰ろう」
「うん」
来た道を戻ろうとすると、さっきまであったはずのわだちが見えにくくなってる。
「うわ、埋まってる〜」
「こりゃいけない……早く戻ろう」
でも、雪が重くてなかなか前に進まない。
「ごめんね、こんなになっちゃって……」
「それより、今は帰ることだけ考えよう。ね?」
「うん……」
雪はますますひどくなってる。いい加減、前が見えなくなってきた……春日君のウェアがよく見えない。
「春日くーん!」
たまらなくなって声をかける。
「なにかあった?!」
ちゃんと返事がした。ちょっと安心……。
「ううん、なんでもない!ちょっと声聞きたかっただけ!」
「うん……さ、早くいこ!」
「うん!みんな待ってるしね!!」
そういってあたしが足を踏み出した途端……。
「ああ!!??」
足元から、地面の感覚がなくなった。身体が傾いて、谷側の方に倒れていって……そして……落下!!
「きゃあああああああああああああああ!!!」
「由布ちゃん!!」
山肌にぶつかり、雪にまみれ、息が苦しくなって……あたしは……気を失ってしまった……。
……一体どこまで落ちていくのかな……あたし……助かるのかな?
明は由布の落ちてくのをただ見ているしかなかった。なんとか助け出そうにも落ちていった先はかなり深そうだった。もう彼女の姿が見えない。おまけに今日のウェアは白かった。
……でもいかなきゃ!
そう決意してスキーを外そうとしたとき、突然彼を呼ぶ声がした。
「春日君!森村さんは!?」
「せ、芹沢くん!?」
和広は周囲の状況から由布が谷に落ちたことを察した。
「この下へか!?」
「そ、そう!今さっき!!」
「よし」
和広は明の肩を掴んで言い含めるように言った。
「いいかい、今すぐレストハウスに戻ってみんなに知らせるんだ。そうすれば救助隊に連絡してもらえる。ここの場所をちゃんと伝えるんだ!いいね?」
「う、うん……わかった。でも君は!?」
「僕は今から降りる」
「ええ!?そんな……僕も降りる!」
「だめだ!!」
「……!?」
これまでの温厚さからは想像も出来ないような厳しい表情で和広は怒鳴った。
「君にはこの事態を伝えるんだ。この谷は深すぎて君じゃ無理だ。だから早くみんなに知らせてくれ、頼む」
和広のあまりに真剣な目に、明は肯くしかなかった。
「わかった……行くよ」
「ありがとう……さあ」
「芹沢君、由布ちゃんを……」
「わかってる……絶対助ける……さあ、早く!」
「うん!」
そうして明は必死に雪をかきわけながらゲレンデの方に消えていった。
それを確認した和広は、今一度谷側を確認する。落ちたとしても、怪我はそれほどないように思えた。ただ深すぎて自力ではい上がれるとは思えない。
……くそ、装備があまりないな……無線も……今は使えない……でも……。
行くしかないんだ……もう二度と、過ちを繰り返すわけにはいかないんだ!
そうして和広はスキーを外して雪に突き刺すと、勢いをつけて谷へ降りていった。
吹雪はますます激しさを増していった。