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第十三話 文化祭

あっと言う間に夏休みは過ぎてしまい、やりのこした宿題をなんとかやっつけて登校する、のはいいんだけど……はあ、やった来るのよね〜、試練の時が。

乙夜学園は前期後期制の高校なんだけど、9月半ばには前期期末試験が待っているのだ!!……あ〜あ、なんか憂鬱〜。

……って、入学当時のあたしならそれこそ右往左往してたろうけど、今回は違う!!(じゃあ、夏休みの宿題はどうなんだって突っ込みはなし)

和広君に鍛えられたおかげで、予習は駄目だけど、復習はなんとかなってきたから、準備は怠りなしよ!ふっふっふ。

とまあ、勉学面ではなーんの心配のないあたしなんだけど、それ故か、妙に周りに気がいってしまう。特に……和広君をめぐる人間模様に。なにかが変わったっていうのか、これまでと違うみんながいる。和広君はあまり変わったようには見えない。けど、他のみんなは……特に、沙織とみどりは変わってしまったように思う。ううん、変わった。

みどりはいつもの元気がない。普段のみどりは前と同じ。だけど和広君の前では前みたいな馴れ馴れしさは引っ込んで、ゆっくり考えるように話すようになっている。

沙織は……不気味なほど落ち着いている。なんか部活動に集中してるみたいで、放課後はみんなと遊びに行くことも滅多に無くなった。和広君と話すときも言葉少なに話している。

きっかけは、やっぱり夏の合宿なんだろうなあ……あの夜、一体何があったんだろう?でも、わけを聞くのはなんかつらい……聞かれるのも嫌だろうし、それに……あたしになにができるっての?


「は〜、やっと終わったね〜」

あたしはカバンに荷物を詰めながらみどりに言った。

「ほんとほんと!これで学祭の準備に取りかかれる!!」

「あ、そっか。あと三週間だっけ?」

9月で前期が終わって10月からは後期が始まるんだけど、始まってすぐのイベントが学園祭なのだ。

「そそ。今のうちから準備しとかないとね〜。うちらは校内放送担当だけど……」

「そうなんだ」

「由布は発表会とかないの?」

「うん、あるよ〜。そのうち描かなきゃ」

「ふうん……」

「ね、沙織はなにかするのかな?」

「ん、文芸部でなにか出すらしいよ。それでここんとこ部室入り浸りみたいだし」

沙織は試験が終わるとすぐに教室から出ていったのでもういない……。

「そっか……由兄と友子も部活で忙しいみたいだし、当分はみんなと遊べないな〜」

「いいじゃん、その分春日君とあそべばさ」

そう言ってみどりはかばんを持って立ち上がった。

「じゃ、あたし行くから」

「うん……がんばってね」

「由布もね」

そう言ってみどりは教室から出ていった。

教室にはほとんど人がいない。春日君も、由兄も友子も、そして和広君も。


前期の授業が終わると、一週間ほど後期のために休みになる。その合間を利用して発表会用の作品を描くことに決めた。

特別テーマは決められていないのでなんでもありなんだけど……とりあえず、スケッチブックでももって散策してみよっかな……て、思ったら、外はまだ夏の暑さを引きずっているみたいにじっとりとしてるんだもんなぁ。あ〜、散策なんてやるんじゃかったよ〜。しょうがない。どっかでやすんでこっと。

近くの公園に行くと、そこでは子供たちや近所の人達が遊んでいた。ベンチは空いてるし……あれ?

ベンチには和広君が座って公園にいる人を見ていた。なんか……さびしそうだ。

「和広君、なにしてんの?」

「……!?」

和広君はびっくりした顔であたしを見上げた。

「森村さん?!」

「やだなあ、そんな顔して〜」

あたしは和広君の隣に座った。子供たちがそこら中走り回ってる。土の地面がなんとも言えない光を放っていた。

「ふ〜、なんか暑いね、今日は」

「……あ、うん」

なんか気のない返事。顔を見ると、何も無いはずの地面をじっと見つめていた。

「何か見えるの?」

「……いや、別に」

……うーん、やっぱり変だよね。

「あのさ……あのとき……なにかあった?」

意を決して、あたしは言った。

「あのとき……」

和広君は夢でも見ているような声で繰り返す。

「そう……夏の合宿の時……なにかあった?」

「……どうして?」

ゆっくりと和広君はあたしの方を見ながら言った。

「いや、その……沙織とみどりが、なんか変わったようなきがして……それで、その……なにかあったのかなって……で、和広君、なにか、知らないかと思って……」

「……そう」

再び地面に視線を落として、和広君。

「ね、どうなの……かな?」

「……変わってないと思うよ」

「え?」

「ぜんぜん、変わってないと思うよ。むしろ……」

「むしろ?」

「……ずっと、綺麗になった」

「……」

あたしはなんだかいたたまれなくて空を見上げた。……やっぱりなにかあったんだ。

でも、綺麗になったって……恋してるって事なのかな?でもそれは春からずっとだし……。

「そう……だったらそれ、きっと和広君のせいだよ」

冗談めかしてそう言うと、和広君は突然低い声で笑い出した。

「か、かずひろくん!?」

「……ははは……僕のせいか……僕の……そう、僕のせいさ……」

そうしてひとしきり笑った後、突然顔を上げてあたしを見つめた。

真剣なまなざしが、あたしを貫いた。

どきっとした。胸が鳴った……いや、締めつけられた。

こんなこと初めてで、どうしていいのかわからなくって、目が離せなかった……引き込まれてしまった……

「でもそれは……それは……」

……それは?

でも、そのとき。

「由布ちゃん!!」

「あっ?!」

あたしがはっとなって振り返ると、遠くから手を振ってる春日君の姿が見えた。

「か、かすがくん?!」

むりやり立ち上がると、あたしも彼に手を振った。すると、春日君は駆け足であたしの方に近づいてきた。

「どうしたの、春日君?」

「いや、由布ちゃんに会いに行こうと思って……」

「あ、ああ……」

思いがけない言葉に顔がほころぶ。

「そういや誰かと一緒だったみたいだけど?」

「え?!あ、ああ、和広君がそこに……」

そういって振り返ったとき、もうそこには和広君の姿は無かった。

「いないけど……」

「……なんで」

あっけに取られて、あたしは立ち尽くすしかなかった。

……わかんないことだらけだよ。一体何が起ってるの?


あたしはスウェット姿でリビングの床に寝っ転がっていた。他にはだれもいない。ただテレビの他愛のないおしゃべりだけが部屋の中に響いている。

ごろん。また、ごろん。

「なにごろごろしてんだよ」

由兄だ。上から見下ろしている。

「べつに〜」

「母さんたちがみたら怒られるぞ」

そう言って由兄はソファに座ってテレビのチャネルを変えた。

「いいじゃない……お隣さんとお出かけなんだから」

「ま、そりゃそうだけどさ……」

テレビからニュース番組の音が聞こえてくる。特別事件はないみたい……。

「平和だな」

由兄が言った。

「……そう……かな……そうだよね……世間一般は」

「何言ってるんだ、お前?」

「いや……最近わけわかんないこと多くてさ……」

「ふうん……ま、お前にはわからんことだらけだろうが……」

いつもだったらずぇったい反論しているところだけど、いまはそんな気にはなれない。

「あのさあ……いろいろ変じゃない?」

「あん?なにが?」

「その……みんな……」

「みんなって……秋吉とか天城がか?」

「あ、わかってた?」

「うん、まあな……」

由兄はテレビを消してあたしの方を向いた。

「休み明けくらいからなんか雰囲気変わった気がしてたんだが……なんかあったのか?」

「なんかあったのかって言われても……わかんないから悩んでるんじゃないの」

「ああ、そうか」

「やっぱり合宿の時かな……」

「夏休みのか?」

「うん。夜ね、花火やってたとき、和広君は居なくって、沙織も居なかったの。それでみどりも居なくなって、寝るときにはみんないたんだけど……次の朝からなんか雰囲気がおかしかったの……なんとなくだけど」

「なんとなくねえ……それじゃ全然わからんぞ」

「……あたしもそう思う」

また、ごろん。

「でも学校じゃ……特に変わったところはないの……でもなにか違ってる」

「恋のさや当てで……どちらも勝てなかったの、かな?」

暗く湿った声で由兄は言った。

「勝ち?」

「ああ、そうだろう?芹沢がいなくなり、そして秋吉、天城といなくなり、そして戻って来た……何も変わっていないような日々の始まり……でも何かが変わったように感じる……少なくとも、誰にとってもいい変化じゃなかったんだ。だからみんな今まで通りの生活を送ろうとしている……でも、やっぱり何かが違う……」

「……いいことじゃなかった……みんな?」

「そうだと思う……芹沢は、どちらも選べなかったんじゃないかな?」

「そりゃ……二人ともいい子だよ。でも……どっちも選べなかったなんて……なんだか信じられない」

「どうして?」

「どうしてって……和広君は、そんな優柔不断な人じゃ……」

あたしはそこまで言いかけて、気がついた。

どうしてあたしはそう思えるんだろう?あたしは……そんなに和広君のことを知っているんだろうか?

……ううん。知らない。あたしは、なにも知ってはいない。

昼間、僕のせいだと笑ってあたしを見つめたときの和広君は……あたしの知らない和広君。一体何を言いかけていたのか……どうしてあのあとかき消すように消えてしまったのか……わからない……わからない……

「どうした、急に黙り込んで?」

「え?!……う、ううん、なんでもない……ああ、もうなにがなんだかわかんないよ〜」

「仕方ないさ……俺たちが踏み込んでいい問題とは思えないしな」

「でも!……嫌なんだもん、こんな雰囲気なの。なんかぎくしゃくしてて……」

「それはそうかもしれんけど……恋愛問題は下手すると余計こじれるからなあ……でも、天城や秋吉をふるってのもなかなか大したもんだぜ。人気者だからな、二人とも」

「まあ、そうだけど……」

「芹沢はいいやつだよ。目立たないけどな。臨海学校の時だってそうだった。決断力の無い奴じゃない……そいつがあれだけいい子をふるなり、いい返事をしなかったってことは……女に興味がないか、今はそういう時じゃないとでも思っているのか、あるいは……」

「あるいは?」

「……もっと好きな奴がいるのかもな」

「……もっと好きな人?」

「ああ。でもそんな奴がいたら、とっくの昔に告白したか彼女にしてるかしてるだろうさ。問題にすりゃならない……ま、どんなに考えてみたって、本人にしかわからんだろうけどさ」

そういって由兄はテレビを消して居間から出て行った。

ごろん。じたばたじたばた。

……もっと好きな人、か。沙織やみどりよりももっと素敵な人……そんな人、いるのかな?……いたとして、どうしてそれを二人に言わないのかな?そしたら一時哀しいかもしれないけど、でも、次の恋に向かうことだってできる。それを考えないような人じゃないのに……どうして、放っておくのかな?遊んでる?……ううん、そんなことはない。それは確信できる。今日の和広君……苦しんでいるように見えた。言いたいことも言えない……そんな表情、しぐさ、そして……瞳。

和広君……君は何を考えて……何を思っているのかな?


文化祭は、あいにくと雨模様だった。なんかみんな気が乗らないと言うか、空気がよどんでる。むしむししてるせいかな……

そんなわけで、一般公開のこの日、美術部の展示会にも人はまばら。説明員として詰めているあたしも、退屈そのもの。あ〜あ、はやくおわんないかなぁ……。

他のみんな、どうしてるかな……今年はクラス発表が無いもんで、会う機会あんまり無かったからな……みどりは元気みたいだけど……沙織もクラブの方に行ってるのかな?春日君も今時分は図書室の方だよね。……和広君は、久美子や飯坂君と一緒なんだろうなぁ……あ〜あ。

「暇そうだね〜」

「あ、部長」

入来先輩がぶらりとやって来た。やっぱり暇そう……。

「雪絵さんとは一緒じゃないんですか?」

「ん?ああ、生徒会の方で用事があるんだと。片付けの準備かな」

「そうですか……」

「あ、もうここはいいよ。僕一人で大丈夫」

「え、でも……」

「いいからいいから他の所にいっといで。もう時間もないしね」

「あ、はい……じゃ、お言葉に甘えて」

そんなわけで歩き出したあたし。でも、どこいこっかな。図書室……は、最後でいいや。手近なところで……お、沙織のとこだ。いるかな、沙織?

と、出入口から沙織が小走りに駆け出してきた。

「あ、沙織!」

「ああ?!あ、由布?」

「どこ行くの?」

「あ、ごめん、用事あるの、これから!」

「あ!」

沙織はあたしを振り切るようにして走っていっちゃった……一体どこ行くのかな?

しょうがない……春日君に会いにいこっと。

いつもゆめをみるの。ねてもさめても。

そうよ……あなたのゆめ。

あなたのことばかり見つづけている。

なんどもなんども、そのくりかえし。

でも、あなたの顔はけして見えない。

姿も見えない。

声も聞こえない。

なにも見えないの。なにも聞こえないの。なにも感じられないの。

あなたはどこにいるの?

あたしはここにいるわ。

あなたはどこにいるの?

あたしがいるのはここよ。

あなたはどこにいるの?

あたしが待っているのは……。

あなたはどこにいるの?

あたしが待っているのは……。

あなたは……どこにいるのですか?


夕暮れ時の教室に、和広は一人椅子にもたれかかるように座っていた。目の前の机の上には一冊の本が閉じられたまま置かれている。その表紙をじっと凝視したまま動かなかった。

そこへ、久美子が音もなく教室に滑り込んできた。彼女はゆっくりと和広の前に立った。

「……まだいたの?」

「うん……」

久美子はちらと視線を机上の本に向けた。表紙には『文芸部会誌・第256号』とある。

「沙織の書いた詩が載ってるのね……」

「読んだの?」

「ええ……とっくにね」

そういって久美子は本を手にとってぱらぱらとページをめくり、あるページで目を留めた。

「……『想い、そのさきにあるもの』、か」

「……」

本を再び机に置くと、久美子は和広と向き合うように座った。

「自分で買いに行ったの?」

「……いいや。彼女が……秋吉さんが持ってきたんだ」

「なんて言って?」

「……ただ、読んで下さい……って」

「そう……それ以上言葉はいらないってこと……」

久美子は嘆息した。

「もう止まらないわ。本人にもどうにもならない。……そう、和広以外見えなくなる……」

「……どうすればいいんだろう」

ぽつりと和広は呟く。

「どうすれば……誰も傷つかずに……ことがおさまるんだろう……」

「無理ね」

久美子は冷たく言った。

「そんな方法あるわけない……みんなそれぞれ必死に答えを探して……それでも満足いくものが見つかるとは限らない。その中で人は……生きていくの。……和広は……本当に真剣に考えてるの?」

「考えてるさ!考えてるからこうやって悩んでるんじゃないか!」

珍しく声をあらげる和広に、しかし、久美子は突き放すように言った。

「違うわ。あたしが言ってるのは、他人のことじゃなくて、あなた自身のことよ」

「僕自身の……こと?」

「そう……あなたはいつも他人が先なの。自分は後回し……本当に、真剣に、自分のことを考えたことがある?自分が、しあわせになる方法を……」

「自分がしあわせに……しあわせに……」

和広は考え込むように顔を伏せた。それをじっと見つめる久美子の表情は、どことなく寂しげだった。

しかし……。

「それは……無理だよ」

弱々しく、和広は言った。

「和広……」

「僕は彼女をしあわせにすることはできなかった……だから、僕にはその資格はない。……だめなんだ。だから……僕は……僕は……僕は……」

消え入りそうな声で繰り返す和広に、久美子はたまらなくなって身を乗り出すと、和広の肩を掴んで引き寄せた。顔がすれ合うまで二人は接近する。

「久美子……!?」

「そんなんじゃ……だめよ」

久美子は絞り出すような声で言った。

「自分がしあわせにならなきゃ……他人を幸せにできたって、自分を不幸にしちゃうんだったら、そんなの意味無いわ!だめよ、そんな……そんなの許さない……あなたは、しあわせにならなきゃいけないのよ!あの子のためにも……そして……あたしのためにも……」

「……久美子……!?」

黄昏の光が教室に差し込む。その明かりの中に、重なり合う二人の姿がくっきりと浮かぶ……それは、一瞬の出来事だった。

……久美子は和広からゆっくりと離れた。彼女らしくない、上気した顔で和広を見つめている。和広は、呆然と彼女を見上げている。

「……あたしだって……あたしだって……」

久美子はそう言い残すと、きびすを返して駆け足で教室から出ていった。

取り残された和広はしばらくそのままで教室の出口を見つめていたが、急に両手で机をたたきつけ、そしてうめいた。

「くそ!……だから、だから、だから!……くそ……」

しかし、音は虚しく教室に響くだけだった。


日も落ちてすっかり暗くなった学校の玄関で、久美子は上履きを脱いで下履きに履き替えていた。そのとき、どこからか始がやって来て声をかけた。

「久美子、ちょっといいか?」

「あ、なに?」

「ここじゃなんだ、中庭の方にいこう」

「いいけど……」

久美子は始の雰囲気になにかいつもと違う感じを抱きながらも、彼の後に付いていった。

中庭には人の気配は全く無かった。久美子と始の二人だけだ。

「なあに、話って?」

久美子は始の背中に向かって問い掛けた。すると、彼は振り返らずに言った。

「……さっき、教室で誰と一緒だった?」

その一言で、久美子の表情は完全に沈みきった。その雰囲気を察知したのか、始は振り返って言った。

「すまん……嫌みなことを言って」

わかっていたのだ。そんな言い方をすれば、久美子は傷つくだろうと。でも、言わずにはいられなかった。

「……見てたのね」

絞り出すように久美子が言うと、無言で始は肯いた。

「そう……見てたの。……全部……何もかも……あたしが和広に……」

「いい……それ以上言わなくていい」

久美子の声を遮って始は言った。

「でも……」

「いいんだ。……わかってる。わかってるさ!……わかってて……わかってても、俺はお前が好きなんだ。だから、いいんだ……。でも……」

「でも?」

泣きそうな声で久美子が聞く。

「だからこそ、あいつが許せないんだ」

始は暗く低い声でそう言った。

「あいつは……あいつは何もかもわかっていながら、何もしようとしない。できないんじゃない。しないんだ!それも勝手に思い込んで、自分だけの世界に閉じこもってる!手はいくらでも差し伸べられてるって言うのに、なにもしようとしない……逃げてやがるんだ!だから、そんなあいつは大っ嫌いなんだ!今だって、ぶんなぐってやりたいくらいに……」

「やめて!!」

久美子の叫びに、始は口をつぐんだ。静寂が一瞬あたりを支配する。

「やめて……」

両手で顔を覆いながら久美子がうめいた。

「和広は……あの人は、苦しんでるの。あの時からずっと……ずっと、悩み続けてるの。つらいのよ……みんな、つらいのよ。……だから、救って上げたいの。和広を救って上げたいの!だからあたし、あたし……じっとしてられないの!だから、だから……」

最後の方は嗚咽混じりに久美子は話し続けた。指の間から涙がぼろぼろこぼれ落ちる。その姿を沈痛な面持ちで見つめていた始は言った。

「わかってる……わかってるよ。だから……泣くな」

「でも……でも……あたし……始にそんなふうに言われる資格無い……だってあたし……始の気持ちには全然こたえてあげられない……だから、あたしのことにかまわないで……おねがいだから、ほっといて……」

「ばか!!」

始はそう叫ぶと、泣きじゃくる久美子をしっかりと抱き締めた。

「始……!?」

「ばか……そんな言い方するなよ」

「はじめ……」

「ほっとけるわけないだろう……俺はずっと前からお前が好きなんだから……いまさらその気持ちに変わりはありゃしないさ。たとえお前が……あいつのことが好きでも、かまわやしない。いまは……お前の思うとおりにすればいい……俺は、いつまでも待ってるから……だから、もう泣くな」

「始……始、始、始!!」

感きわまった久美子は、始の胸にすがりついてもっと大きな声で泣きだした。涙が始のシャツを濡らしていく。

「ごめんね……ごめんね、始……ごめん……ごめんなさい……」

泣きながら謝り続ける久美子を、始は優しく包み込んでいた……。





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