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第十話 夏休みだ!!〜(1)祭りばやし

ぴんと張り詰めた教室の中で、あたしはシャープペンを握りしめて、目前に広がる文字の洪水をにらみつける。いつもなら溺れそうになる所を、やすやすとはいかないまでも、必死になって漕いでいく。

もうすぐ向こう岸だ。後もう少し……あと、ほんのちょっとで……。

じりりりり……。

「ようし、そこまで!」

先生の声がする。と同時に、安堵と不安のいり混ざったどよめきが教室に響いた。

「後ろから集めてくれ。これで試験は全て終了だ」

先生は答案用紙を集めると、教室から出ていく。

「わーい!」

そういって万歳したのはみどり。

「次は体育祭だね!」

「うふふ、みどり、燃えてるねえ」

「そりゃあもち!体育祭の中継はあたしがやるんだから〜!」

体育祭の放送を受け持つ放送部の中で、先輩を押しやってみどりがメインアナウンサーになったんだって。

「まあ、見ててよ」

「あ、でも、それよりも〜……もうあと一月したら夏休みだよねえ。そっちの方が楽しみかな、あたしは」

「そっかあ、もうそんな時期なんだなあ……なんか計画してる?」

「いやあ、ここんとこ勉強ばっかだったから、全然考えてなくてさあ」

「お、和広君効果だねえ」

「えへへ……いい意味で癖つけてもらったから……」

結局、あの日からは自分一人で勉強することになった。和広君は時たまやってきてわからないところを教えていってくれた。おかげで勉強する癖がついてきて、そんなに苦にならなくなったの。

「じゃあ、テスト、ばっちし?」

「うん!」

「余裕じゃん……じゃあさ、夏休みの計画でも、考えといてよ」

「え?」

「みんなでさ、何かやりたいと思わない?その方がぁ、色々ありそうだしぃ……」

意味有りげな視線を送るみどりに、あたしはにっと笑いかける。

「わかったわ。考えといて上げる」

「よし、体育祭は任しといてよ。他の人にネゴよろしく」


ふうん……なにかねえ……なにがいいかなあ。

「ねえ、沙織は夏休み、なんか予定あるの?」

図書室で、沙織に聞いてみた。

「え?ううん、別にないけど……なんで?」

「いやさ、みどりとなんかしたいねえって話しててさ」

「ふうん……いいんじゃない?でも誰誰で行くの?」

「この前の臨海学校のメンバーでいいでしょ?問題は場所なんだけど……」

「うん、だったら、それも同じでいいじゃない」

「え?でも……」

「あの海でまだ泳いでないじゃない。せっかく海まで行ったのに、意味無い気がするの」

「それもそおだね。よし、じゃあ、そこにしちゃおう。……でも、借りられるのかなあ?」

「そういうの、和広君が詳しいと思う」

「なんで?」

聞き返すと、沙織は何故か頬を赤らめて答える。

「え……あ、あの、実行委員長になるくらいなるくらいだから……たぶんそうだろうって……」

おーおー、照れちゃってるよ、この人。

「でもなんで委員長なわけ?」

「あ、それは、なんでも副会長の吉村さんて人に頼まれたからって言ってた」

「副会長って……あ、うちの部長の彼女さんだ」

「そうなんだ」

「でも余計にわかんないなあ……吉村さん、和広君の知り合いだったっけ?」

「あら、知らないの?」

「なにが?」

「吉村さんが部長のサークルに入ったんだって」

「へえ……それでご指名?」

「うん」

「へんなの……」

ま、聞いてみればわかるかあ。


体育祭実行委員会は、生徒会室の中に置かれている。早い話が同じ部屋の中にあるわけね。さすが乙夜ともなると、生徒会室も何部屋にもわかれていて、かなり広いんだけど……あ、いたいた。おや?吉村さんも一緒だ。

「こんにちは〜!」

「あ、森村さん」

和広君が振り返ってあたしを見ていた。そばに立ってる吉村さんもあたしの方を向く。

「あら、達哉ならいないわよ」

「あ、美術部の方の用事じゃなくて、和広くんに用があって」

「僕に?」

「うん。知ってる?この前行ってきた臨海学校のとこって、あたしたちでも借りられるのかな?」

「あの施設?ああ、借りられるはずだけど?」

「ほんと!?」

「う、うん……」

「あ、あれねえ……」

吉村さんは視線を中に浮かべて言った。何故か顔も赤くなる。

「合宿とかでよく使ったっけ。そこで達哉と……って、なにいわせるのよ」

「じ、自分で言ったんじゃあ……」

「ま、まあ、それはそれとして……」

こほんと咳払いして。

「使用料はとられるけど、乙夜の関係者なら誰でも借りられるわ」

「じゃあ、そこにしちゃお!」

「なにをするの?」

と、和広君。

「いやね、みどりがみんなで夏休みになにかしよって言うもんだから、それでそこに行こうと思って……あ、和広君、夏休みはどっか行く予定ある?」

「いや、別に用事はないけど……」

「じゃあさ、一緒に行こうよ!」

「え?」

「臨海学校でおんなじグループになった人に声かけようと思ってさあ。みどりと沙織はOKなの。だから、一緒にいこ?」

ちょっと考え込むしぐさを見せてから、和広君は言った。

「う、うん……わかった、行くよ」

「よかった」

あたしが笑うと、和広君も緊張した顔をほころばせた。

「じゃあ、予約は僕がやるよ。人数が確定したら教えて」

「うん、わかった。じゃあ、久美子や始君に聞いといてくれる?」

「OK」

「あら、じゃあ、あたしも行こうかしら?」

唐突に吉村さんが言った。

「え?吉村さんも?」

「だめ?」

「い、いえ……そんなことは……」

「だってさ、部長のあたしが行かないのはねえ」

「部長?」

「あ、言ってなかったけ?和広君や始君や久美子ちゃんって、歴史研究会のメンバーなのよ」

「ああ。そういえば沙織もそんなこと言ってたっけ。でもなんで?」

和広君に聞いてみる。

「いや……久美子が入ろうとして、でも人数不足で無くなりそうだったから、それで一緒に引っ張られたんだ」

「そうなの。おかげで研究会は無事存続!ありがとね、和広君」

「ウィンクしてみせたってだめですよ……そのせいで実行委員長なんてやらされるんだから……」

「うふふふ……」

和広君が愚痴を言うなんて、変なの。

「じゃあ、吉村さんも一緒にということで」

「よろしくね。あそうそう、今度から雪絵って呼んでよ。その方がしっくりくるから」

「わかりました、雪絵先輩!」


さてと……あとは、由兄と友子と……春日君かあ。

「ああ、そりゃ、無理だな」

「え?どうして、由兄?」

自宅にて、由兄に昼間の話をしたときだ。

「学校で合宿なんだよ、俺たち」

「陸上部が?じゃあ、友子も……」

「ああ、男女合同で、秋のインターハイ予選の準備でな」

「そうなんだ……全然だめ?」

「ああ……盆休みと夏季講習の合間をぬってやるからな。遊びじゃないんだよ、俺たちのレベルってさ」

「ふうん……でも、よかったね」

「なにが?」

「友子と一緒でさ」

「ばか……」

あきれたような顔になる。

「そういうお前はどうなんだよ?春日は誘ったのか?」

「え……う、ううん、まだ……」

「何だよ、しょうがないなあ。そんなことでびびっててどうするんだよ」

「だって……なんか、気恥ずかしくってさあ……」

「いつもは厚かましいくらい声かけるくせに」

「だ、だって!……しょうがないじゃない」

 ほんとは今日中に聞くつもりだったんだけど、なんか言い出しにくくって……和広君には全然気にならなかったのに……。

それだけ彼のことが気になるからなのかな?てへへ……。


「……でさあ、春日君、夏休みって、なんか予定ある?」

ようやくというかなんというか……やっと切り出せたわ。あたしっておばか。

「うーん……どうかなあ」

「え?」

「ほら、家の花の手入れとかあるから、あんまり家を空けられないんだ」

「そう……」

いないとつまんないなあ……だめなのかなあ……。

思わずしゅんとなってしまうと、春日君は慌ててこう言った。

「あ、でも、二三日なら大丈夫だと思う。日程を決めてもらえば、なんとかするよ」

「ほんと?!」

「う、うん……その……由布ちゃんが行くんだったら……一緒に行きたいし……」

「春日君……」

思わずじーん……。

「あらぁ?何してんのぉ〜?」

「おあっ!?」

意気なり後ろから声をかけられて、まじで椅子から跳び上がってしまった。

「み、みどり!?」

「どお?人集め終わった?」

「う、うん……まあ」

あ、春日君が何処かへ行ってしまった……しくしく。

「あとは研修所の空き次第で日程決定と。和広君待ち」

「そ。じゃ、大丈夫だ。早く夏休みにならないかなあ……」

「その前に体育祭でしょ?」

「それはそうだけどさあ……あ、そうだ。休み前にさ、お祭りあるでしょ?」

「ああ、神社の?」

近所の神社で夏祭りがあるの。縁日とかがあって、花火も打ちあがるんだよ。

「それも行こうよ。それなら友子も来れるんじゃない?」

「そだねえ……浴衣とか着たりして、前夜祭みたいに」

「そそ」

「じゃあ、みんなに声かけとくね」

「うん。よっしゃ!なんか力入っちゃうなあ……わくわくしちゃうよね」

「そうだね」

ああ、早く夏休みにならないかなあ……。


んでもって、体育祭は無事終わった。

え?簡単すぎる?まあまあ……大したことは無かったのよ。うちのクラスは由兄や飯坂君、和広君が頑張ったんでかなり上まで行ったんだけど、さすがにどの種目も優勝できなかったの。

勉強疲れなのかなあ……まあ、あたしは夏休みの方に頭が行っちゃってて、気合いが入らなかったと思ってるんだけど……って、それはあたしだ、えへへ。

と言うわけで、今夜は夏祭りなのだ。


「お母さん、帯早く止めてえ!」

浴衣のすそを掴みながらあたしは叫んだ。

「はいはい」

ちょっとあきれた調子でお母さんは帯を絞めてくれる。

「これくらい一人でできなくてどうするの?」

「だってえ……」

「おら、早くいくぞ!」

由兄がポケットに手を突っ込みながら現れた。色物のTシャツにスラックスなんて当たり前の格好をしてる。

「ちょっと!浴衣じゃないの?せっかくお母さんが……」

「いいの。合宿で着るさ。さっさと準備しろよ」

「ああ、ちょ、ちょっと待ってよ!お母さん!」

「はいはい、できました!」

慌てて由兄の後を追う。

「あ、ほら、巾着忘れてるわよ!」

「ああ、ええ?!」

お母さんの手から奪うようにしてひったくると、再び由兄を追いかけた。さすがに呆れ顔のお母さん。

「ちょっとまちなさいってば!!」

「やっと来たか」

はあはあ……にゃろ〜、涼しい顔しちゃって。

「やっと来たかじゃないわよ!はしりずらいんだからぁ、浴衣!!」

「だから着るなって言ったのに」

「だって……やっぱり夏と言えば浴衣じゃないと……」

「……まあ、馬子にも衣装ってか」

「な、なによそれ!!ふんだ、由兄にはあたしの魅力がわか……ちょ、ちょとどこ行くのよ?!」

「どこって、神社に決まってるだろうが」

人の話も聞かずに先に行こうとする由兄。

「もう、勝手なんだからあ……」

「なにが勝手だよ。大体お前がとろいから……」

「あ、いた!」

その時、どこからか聞き慣れた声がした。

「友子じゃない!?」

神社の方向からやってきたのは、浴衣姿の友子だった。

「あれ、どうしたの?」

あたしのときとは打って変わって、優しい声で由兄は言う。ふん、この二重人格!

「あ、んと……神社で待ってたんだけど……その……待ってられなくて……」

もじもじしながら言う友子って、なんか可愛い。

「ごめんね。こいつが手間取ってさあ」

「ちょっと、あたしのせいにしないでよ!」

「あは、由布ちゃんも浴衣にしたんだ!」

「う、うん。やっぱり、気分出したいじゃない?」

「あたしも……」

「よく似合ってるよ」

由兄はにやけた顔で友子に言った。よくもまあそんなセリフを……でも、友子、とってもうれしそう。

「そ、そお?選ぶのに手間取っちゃったんだけど……」

「友子ちゃんだったら、どんなのだって似合うさ……でもそれが一番いいかな?」

「由一君……」

……あ〜あ、いいなあ。春日君、褒めてくれるかなぁ?


神社の周りはすごい人の出だった。今どき縁日が出る祭りなんて珍しいんだけど、そのせいもあってか、家族連れやアベックであふれていた。

ええと……みんなどこにいるのかなあ?

「おい!はぐれるなよ!」

由兄の声がする。

「ちょっと、まってよぉ!」

わわ!人に流される〜。なんとかして鳥居のとこまでいかないといけないのに……。

あっ!か、春日君が見えた!手を振ってる!

「由布ちゃん!」

春日君の声が聞こえる。後少し!

「よかった……なんとかたどり着いた……」

「ゆ、由布ちゃん、大丈夫?」

春日君が聞いてくる。あ、春日君も浴衣だ!

「う、うん」

「だから急げっていったのに」

由兄がしれっとして言う。

「なによ!あたしをほったらかしにして先にいっちゃったくせに!」

「しょうがないだろう……彼女をほったらかしにはできないし……」

そばで友子ちゃんがもじもじしてる。おお?!二人とも……いつのまに手をつないじゃって……あ〜あ。

「そういえば他の人は?」

「ええと……芹沢君と秋吉さんと天城さんは先にいっちゃったよ」

「きっとみどりが他の人を引っ張っていったんでしょ?」

「うん……そんな感じだった」

和広君も災難ねえ……。

「さあ、俺たちもいくか?」

由兄が言った。

「でもこれじゃあ……動き辛いね」

「いいじゃん、二手に分かれれば」

「え……?」

「じゃあ、俺たちはこっちにいくから……じゃな」

「え、あ、ちょっと!……あ〜あ、行っちゃったよ」

そう、由兄は友子の手を引いて人込みの中に消えちゃった……ってことは、あたし、春日君と二人っきり……てこと?

「……あ、じゃ、じゃあ……行こうか?」

「……う、うん」

なんだか緊張する。別に初めてのデートってわけじゃないのに……初めて二人きりになったわけじゃないのに、なんだか妙にドキドキしてる。

でも相変わらず人が一杯で身動きがとれない。このままじゃはぐれちゃいそう……。

その時、急に手が温かくなった。……あ。春日君の手だ……。

「……その、はぐれたら大変だから」

照れたような口調……優しい声。恥ずかしくて彼の顔が見れないけれど、きっと春日君もそうなんだろうな。

「うん……いこ」

あたしの方から手を引いて、縁日の並ぶ参道に向かって歩き出す。

自然と彼の顔を見上げた。彼もあたしを見つめる。さっきとは違って、今度は恥ずかしいなんて思わない。このままずっと見つめていたい……そう思った。

「浴衣……」

「え?」

「とっても似合ってる」

その言葉だけでもう今日は十分だった。もう何もいらない、そんな気にさせられる。

「……ありがとう」

あたしは答える。精一杯の微笑みで。


金魚すくいにヨーヨーつり、射的に輪投げにパチンコ台、綿あめりんごあめチョコバナナ、たこ焼きいかさんお好み焼き……やっぱり縁日にはつきものだよね〜。

「ねね、次あれ!」

「う、うん」

ああ、だめ!ああいうの見せられちゃうと、買わずにはいられない〜。

「そ、そんなに一杯買って大丈夫?」

心配顔、というよりは呆れ顔で春日君が聞いてくる。

「え?!……ああ、ちょっと、止めといた方がいいかな……あはは」

い、いかん!化けの皮……じゃなくて猫がはげてきちゃった。

結構歩き回ったなあ……そういえば、そろそろ花火があがるんじゃなかったけ?

「あ、人が動き出したね……そろそろかな?」

春日君が人波を見ながら言った。

「そろそろって……花火?」

「うん」

「じゃあ、早く行かないと……あ、でも、すごい人。見に行けるかな?」

そういうと、春日君はにっこりと笑って言った。

「大丈夫、取っときの場所があるんだ。絶対に見れるよ」

「とっとき?」

「そう」


「……いいの?こんなとこ通っちゃって?」

ちょっとしたやぶを抜けつつ、あたしは春日君に聞く。

「だからいいんだよ」

前を歩く春日君は、枝なんかを払いながら、上の方へと昇っていく。

「ほんとは入っちゃいけないんだけど……昔はよく遊びに来たんだ」

「へえ……野外派だったんだ、春日君って」

「うん……そこら中の植物を調べたんだ。ここの杜は、この辺りでは残り少ない自然の宝庫なんだよ」

そのうち杜の切れ目が見えてきた。いよいよ頂上らしい。

「さ、ついたよ」

「よっと……あ、わあ〜」

周りを見回してみたら、びっくりだった。周りの風景がすごくよく見える。そんなに高い山じゃないんだけど、街の明かりがよく見えた。

「こっちだよ、花火が見える方向」

肩を叩かれ、指差す方を見る。こっちは心なしか明かりが少ない。川があるはずなんだけど……。

「もう時間だ……」

と、突然空が明るくなった。

「あ、きた!」

遅れてどーん……という音が聞こえる。

そのあと続けざまにいろんな花火が上がった。いろんな形、いろんな色、一回に一個だけじゃなくて、二個も三個もいっぺんに上がる。それはそれは夢の世界の出来事みたいだった。

「うわあ……きれ〜」

胸の前で腕を組みながら、首が痛くなるくらい上を見つめる。一体いつまで続くんだろう……。

「ねえ、春日君、今の変な形してたね!」

あたしは春日君の方を見た。

どきっつ。

てっきり空を見てるもんだと思ってたのに……春日君、じいっとあたしの方を見つめていた。

「……か、春日君……?」

でも彼は無言で、じっとあたしを見つめてる。

……とくん。胸が音をたてる。

「……綺麗だ」

「え?」

「花火なんかよりもずっと……だから……さっきから、ずっと見てた」

「春日……くん」

目が離せない……磁石で吸い付けられてしまったみたいに。

「由布ちゃん……」

春日君の身体が一歩あたしに近づく。もう、ほとんど隙間がないくらいに。彼の、息遣いが聞こえる。

そっと彼に寄り添う。手と手が触れ合った。春日君の手が背中に廻る。その手に自分の手を重ねると、肌のぬくもりが感じられた。

いつもの少しおどおどした春日君とは違う、ちょっと緊張しているけど、とっても素敵な顔してる。……あたしの顔、変じゃないかな?ひきつってたり、ゆがんでちゃってたりしないかな?

……春日君の顔が近づいてくる……自然とあたしの瞳は閉じられていく……いよいよなんだ……あたしたちの、ファーストキス。

あ……ちょっとだけ唇がふれた。すぐ離れて、もう一度……。

唇と唇が触れ合うだけの、一番簡単なキスだけど、なんだか心があったまる感じがして、とっても良い気持ち……。

……ふと、由兄と友子の顔が浮かんだ。……今ごろ、二人もいいムードなのかな?

一体どれくらいそうしていたんだろう……そっと彼から離れると、ちょっとぼーっとした顔の春日君が見える。あたしの方も、きっとぼやけた顔してるんだろうな……。

「……」

「……」

「……下に、降りようか?」

「……う、うん」

春日君が歩き出す。その後ろをとことことついていく。

……言葉が続かない。そりゃそうよ。あんなことあったばかりなんだもん。だけど……。

あたしは春日君に駆け寄ると、彼の腕につかまった。

「由布ちゃん?!」

「……えへへ。……これで、あたしたち、友達よりは先に進んだことになるのかな?」

「……うん。だと、いいな」

「きっとそうだよ……きっと」

春日君の肩に頭を預けながら、心の中で呟いてみる。

……まるで、恋人同士みたい、だね。

星がとっても綺麗な、素敵な夜の出来事だった。





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