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第九話 イメージ

臨海学校が終わると、ようやく高校らしくなってきて、授業は盛りだくさん、宿題たっぷりと、ここんとこなまり続けてるあたしの頭はパンク寸前!

あ〜、もう、勉強なんてやだ〜!!

……とはいううものの、成績がよくないと留年はあるし、部活もできなくなっちゃうし、いいことなんて全く無い。

「あ〜あ、なんか楽して頭のよくなる方法ってないのかなあ?」

ぼーっとテレビを見ながら呟くと、いつのまに現れたのか、由兄がそばに来て言った。

「ばーか、あるわけないだろうが」

「げ!な、なによ?」

「夜更かししてテレビ見てマンガ読んでりゃ、ばかにもなるだろうが」

う……確かに、今は一時近いし、テレビ見てるし、マンガもそこらに転がってる……。

「早く寝ろよ、ばか」

「ちょっと、ばかばか言わないでよ!」

「俺は事実を言ったまでだぜ?」

「きーっ!なによ、少しばっか頭がいいからってえらそ〜に」

「ばかのくせにえらそ〜に……そんなこと言ってると、誰にも相手にされなくなるぞ。春日って、結構できるらしいしな」

「え?」

まあ、そりゃあ……本はよく読むみたいだし、授業も真剣だし……。

「そのうち、愛想つかされちゃうぜ」

「そ、そんなことないもん!」

そんなことないよね……春日君?


……はあ。とはいえ、英語はやっぱりわかんないよぉ。あ、なんだか眠気が……。

「こら!」

「いた!」

かくんとしかけるところに、先生の教科書が頭に落ちてきた。

「居眠りなんかするんじゃない!」

「す、すみません……」

みんながくすくす笑いしてる……は、はずかしい……。

「あとでたくさん宿題出してやるからな。覚悟しとけよ」

とほほ……最初の授業でこれかあ。さきが思いやられるなあ……。


「ねえ、今日は一体どうしたのさ?」

お昼の時、みどりが聞いてきた。

「夜更かし?」

「まあ、そんなとこ……」

「なんだか、お肌の調子悪いみたいだけど……」

沙織の言葉は結構効いた。

「ええ!?そう見えるの?ショック〜」

「睡眠はちゃんと取った方がいいわよ」

「それはそうなんだけどさあ……」

「由布の場合は、それよりちゃんと勉強しなきゃねえ」

「そ、それは言わないでよ、みどりぃ……」

「で、宿題いくつもらったの?」

「えと、英語が感想文でしょ、数学が問題50、それから古文の書き下しに、歴史の小論文……あ〜あ、今日中になんて絶対におわんないよぉ〜!」

「でもさ、あと三つ授業があるから、また増えるかもねえ」

「あー、もう、みどりの意地悪!」

「あははは!ま、がんばんな」

「ねえ、お願いだから少し手伝ってよ、お願い!」

「ええ〜?自分でやんなきゃだめじゃん!それに、今日は放送部の用事があるからだめなのよん」

「あたしも……文芸部の発表会があるから……」

「そっか……。ま、締め切りがあとの奴もあるし、大丈夫だよきっと。あはは」

「でも……もうすぐ中間試験でしょ?大丈夫?」

沙織が心配そうに言う。

乙夜では6月の中旬に前期の中間試験がある。それが終わると体育祭が待っているのでどっちに入れ込むのか迷うんだそうな。

「そうそう。早い人はもう準備始めるんだって!先輩が言ってた」

「ええ?まだ三週間もあるんだよ?」

「今月分の授業まで出題範囲なんだから、それまでの復習をするんだって。で、一年の時のこの試験って、結構後に引く人おおいんだってさ」

片目をつむりながらみどり。

「後に引く〜?」

「そ。だってさ、高校入って最初の試験じゃない?で、どのくらい気合い入ってるのか、先生たちが見るんだって。そこで印象が悪いと、扱いが厳しくなるんだって」

「扱いねえ……」

「聞いた話だと、内申書とかに結構響くらしいよ」

「へえ……なんだか昔の学校みたいだね。偏差値……だったけ?成績さえよければ全部おっけー、みたいな」

「そのてん今は大丈夫だよね。でもさ、普段の態度が問題にされるわけじゃない?だから、居眠りは絶対よくないと思うなあ」

ぎくぎく。みどり、今日はきびしい〜。

「うちの方針ってさ、去る者は追わずだからさ、不まじめだと即退学って線もあるしね。なにか一つでも優れたもんがあればそれで頑張れるけど、だからって、他のことを無視はできないし。今は専門学校多いから、そのために乙夜みたいな総合高校に入るってのは、効率悪いでしょ?って言われて、はいさよなら!ほんと、良い時代になったよねえ」

「……それって、あたしみたいなのは入るなって事だったのかなあ?絵は描きたいけど、一生そればっかってのも嫌だったから、乙夜にしたんだけど……」

「逆じゃない?迷っているから、なんでもやれる環境にいたいってことでしょ?」

沙織のフォローに、思わずぽん。

「あ、そっか」

「そうそう。あたしたちは、好きなことがあるんだけど、それで押し通すほどの勇気も度胸もない、ごく普通の学生だってことよ。それだけ色々苦労するってわけ。それ自体が勉強なんだよね」


……うう、だからって……だからってえ……こんなに宿題出すことないじゃん(;_;)。

結局全部の授業で宿題もらっちゃったい!はっはっは、どうだ!

みどりと沙織はあんなだし、由兄と友子は練習だし……おまけに春日君は研修とかでよその図書館に行っちゃったし……教室にはもう誰もいない……。しょうがない、一人でやるかあ……。

図書室に行ったけど、知ってる人は誰もいない。とりあえずいすにすわろっか。

さてと……やっぱ問題は数学だよねえ。どっかに解答ないかなあ……。ネットで調べるという手はあるけど、ここからじゃログが残るからばれちゃうし、そもそも先生謹製の問題だから、結局、解き方を理解してないと解けないのよね……ってことは、あたしにはわかんないってこと!?……うへえ。

あう、問題見てたらくらくらしてきた〜。

「……どうしたの?」

その時、前の方から声をかけられた。

「あ、芹沢君」

見ればそこに立っているのは和広君だ……。

「宿題やろうと思ってきたんだけど……てんでだめで、どうしよっかと、悩んでたの」

「そっか……一杯もらってたものね、宿題」

和広君は前の席に座ると、ノートPCを取り出して机の上に置いた。

「まあ、授業中に眠っちゃうのはあんまりよくないと思うけど……」

ぎくぎく……。

「あそこまで宿題出さなくてもいいのにね」

「でしょでしょ!?もう止めたくなっちゃうよ〜」

「でもちゃんとやらないとね」

「はい……」

うう、諭されてしまった……でも、次の言葉は、まさに地獄に仏って感じだった。

「よかったら……手伝おうか?」

「え、ほんと?!」

思わず腰を浮かせて身を乗り出しちゃった。和広君は驚いたみたいな顔になってる。

「う、うん……今は暇だし……ほっとけないし……」

「ありがと〜!ほんと困ってたの〜」

「あ、でも、答えを教えるってわけじゃないよ」

「えええええええええ、そうなのぉ?」

「いま頑張っておけば、後で楽になるよ。もうすぐ中間試験だしね」

「はあ……頑張ります〜」

てなわけで、和広君に聞きながらの宿題攻略が始まった。とはいうものの……。

「こんな等式、習ったっけ?」

「ええ?!こんな方程式、見たことない〜」

「どうしてこんな定理があるの??」

さすがにあきれたらしく……腕組みしながら和広君はうなってしまった。

「……」

「……あ、あの……芹沢君?」

教科書で顔を隠しつつ、ちらっとのぞき見するように、あたしは彼に声をかけた。

「や、やっぱ、勉強しなさすぎかな?あは、あははは……」

「……」

でも和広君は無言。

はあ……我ながら、情けないやら恥ずかしいやら……こんなんでうまくやってけるのかなあ?

「ううむ……これは徹底的にやらないと……追試だけじゃ済まないかも……」

「ええっ……そんなに、ひどい?」

「まあ……うん、でも……」

和広君は顔を上げてあたしを見て、微笑んだ。

「大丈夫だよ。今から頑張れば、きっと大丈夫」

……思わず、どきっ。

普段は何処に視線を向けているのかわからないような、とりとめのない表情をしている所しか見たことないんだけど……今の和広君って、なんていうのかな……絵になるって言うのか、格好良っていうか……じゃなくて、なんだかとっても頼りになるって、そんな気がした。この人になら、どんなことも任せられるって、信じさせてくれるような、そんな優しい微笑みだった。

なんだか気持ちが落ち着く……みどりや沙織が好きになるって、なんだかわかるような気がするな。

でも……どうしていつもそう見えないんだろう?

「差し当たっては、今の宿題をやってしまわないとね」

「う、うん。あたし、頑張る!……でも、ちょっとぉ……わからなさすぎかも……」

「数学以外はなんとかできるって言ってたじゃない。締め切りもばらばらだから、早い方から順に片付けていこう。それから、数学は解き方を教えるから、答えが出せなくても、途中経過だけでもいいからまとめること。いいかい?」

「うん!ほんとごめんね、迷惑かけちゃって」

「そんなことないよ。こうして……」

「え?」

こうして……なに?

「あ、いや……」

和広君は照れたような顔になってそう言った。

「なんでもないよ……」

「あ、うん……」

「じゃ、じゃあ、ちょっとまとめるから、他のをやってて」

そうして和広君は、PCに向かって猛烈なスピードでキーボードをたたき出した。

……うーむ。こうして……こうして……一体何を言いかけたんだろ?

これがマンガだったら、『こうして君と話せるから』とかなんとかってシーンだよね〜……って、なぬ?……それって、気のある子に近づく常套句なんじゃあ……あ、あは、あははは。ま、まさかね。和広君があたしに気があるなんて……そんなことあるわけないよね。そんなこと、あるわけが……。


「……どお?」

お昼休み、図書館で、やってきた宿題のノートを和広君に見せながら声をかけた。

それまでじっとノートを見ていた和広君は、顔を上げるとにっこりと笑った。

「うん、いいね」

「ほんと?!」

「全問正解とは言えないけど、やり方は間違ってないね」

「だってそれは……和広君が教えてくれたからで……」

「でも考えたのは森村さんだからね」

うう、なんかすっごくうれしい!

「ありがとう、和広君!」

身を乗り出して、思わず和広君の手を握ってしまう。

「え!?」

和広君は、驚いたっていうより、怖がるような表情であたしを見た。

「あ、ご、ごめん!」

慌ててぱっと手を離す。

「あ……でも、ほんと、うれしかったの。だから、ごめんね」

「あ、う、うん……わかってる……よ」

なんだか、和広君はつらそうだった。何でだろう?そんなに嫌だったのかな?

「これで、先生に出しても安心ね」

「……」

しかし、和広君は無言だった。

「ど、どうかした?」

「いや……このままじゃよくないなと思ってね」

和広君は真剣な表情であたしを見た。

「いまはなんとかなるけど、いつも僕がいるわけじゃないし、他の人だって、すぐに助けてくれるわけじゃないから、やはり、自分である程度のことはできないとね。もうすぐ中間試験だし、ちゃんとした方がいいよ」

「……そう、だよねえ、やっぱり」

いまさら当たり前のことを言われると、やっぱりあたしってだめな奴だなって思っちゃう。なんか、乙夜に受かってから気が抜けちゃったっていうのか、勉強する気が起きなくて……かといって、絵を猛烈に描きたいとも思わないというのか……あたしって、一体何しにここにいるんだろう?

「ああ、でも……」

黙り込んだあたしを気遣ってか、和広君は励ますように言った。

「今から頑張れば大丈夫だよ。もし……もしよかったらだけど、試験まで勉強を見て上げるけど……?」

「ほんと?!」

「うん……よかったらだけど」

「いい!すっごくいい!あたし、和広君の教え方だったら、わかりやすくって、勉強する気になるの!だから、教えてほしい!ね?」

「……わかった」

ちょっと考え込んでから、和広君は言った。

なんだろう?和広君、安心したような、穏やかな表情であたしを見ていた。

「じゃあ、早速今日の放課後からやろう。数学と英語を中心に、一日1時間づつだ。宿題もだすからそのつもりで。もちろん、その日に出た宿題は先にやって、それから……」

そう計画をたてる和広君は、なんだかとっても幸せそうだった。なんだか、こっちまでつられちゃうような、そんな顔だった。


翌日の朝、教室にやって来ると、待ちかまえてたように、みどりと沙織がやってきた。

「あ、おっはよぉ!」

「おはようじゃないわよ!」

「あや?」

みどりったら、なんだかすごい剣幕……。沙織も、なんか不安そうな顔してる。

「ど、どうしたのよ?そんな怖い顔しちゃって〜?」

「昨日、和広君となにしてたの?!」

今にも机を叩きそうな勢いでみどりは言う。

「きのう?……ああ、図書館で?」

「そうよ!昨日部室に行く途中でよったら見たのよ!さあ、話して!」

「ちょ、ちょっと、なんか勘違いしてない?あたしはただ、勉強教えてもらってただけよ」

「ほんとにぃ〜?」

う、疑いのまなざし……。

「ほんとだって!例の宿題騒ぎの時に手伝ってもらっちゃって、それで中間試験まで勉強見てくれるって事になったの」

「ふうん……」

まだみどりは疑いの目を向けてきたけど、ようやくなっとくしてくれたらしい。

「そうだよねえ。由布が好きなのは春日君なんだし……」

「ちょ、ちょっと!こんなとこで言わないでよ!!」

「いいじゃない。どうせみんなもう知ってるわよ」

「そんなわけあるか〜!」

「でもいいなあ。あたしも教えてもらおっかなあ?」

「ふっふっふ、いいよ〜。教え方がうまくってさあ、あたしでも考えればわかるようにしてくれるの。すごいでしょ?」

「ほら、あたしのにらんだとおりじゃないの」

自慢げにみどりが言う。

「でもいいなあ……和広君と差し向かいで勉強だなんて。あたしも一緒にやりたい!」

「今は忙しいもんね、みどり。でもすごいじゃない、一番組任されるなんてさ」

なんと、一年生なのに今週から昼の放送担当DJになっちゃったのだ!何でも部創設以来初めてのことなんだって。

「沙織はどうなの?やっぱり忙しいの?」

「ええ……今度部誌を作るので色々仕事があるの……」

がっかりしちゃって……なんだか沙織かわいそう……。

「いいこと、由布?変な気起こしちゃだめだからね!」

すごい意気込みでみどりが言ってくる。

「あ、いや、その……大丈夫大丈夫、そんなことないってばあ……」


とはいうものの……ふうん、結構、かっこいいよねえ。

ものの数十センチしか離れていないところに、ノートPCの画面を見つめている和広君の顔が見える。由兄も結構見れるけど、こっちも仲々……。

「……ねえ、和広君」

「なにかわからないところがあった?」

「ううん、そうじゃないんだけど……中学の時ね、付き合ってる人とかいたの?」

「え?!……なんでまたそんなことを……」

困惑げに彼は言った。

「ああ、いやその……和広君、かっこいし、頭もいいし、きっと素敵な彼女がいたんじゃないかなって思って……」

「……いたといえばいたかな」

和広君は椅子に背中を預けながら言った。なんか遠い目つきになる。

「ふうん、やっぱりそうだよねえ。いないわけないよね」

「……でも、今はいないよ」

あたしの顔を見て、眩しそうにする。でもその瞳は哀しい……?

「そう……」

どうしていなくなっちゃったんだろう?理由を聞いてみたかったけど、さすがに気が引けた。

「あ、でも、和広君狙ってる子って、結構いるみたいだよ?」

「そんなことないさ……」

「ううん!たとえばねえ〜、沙織!あと、みどりね……もう、気がついてるんでしょ?」

「……まあ、なんとなくは」

「積極的だからねえ、特にみどりは。それでさ、今回の勉強会のことで、ふたまたかけるつもりじゃないかなんて言われちゃって。あはは……ひどいよねえ。あたしにはちゃんと好きなひ……ああっ!?い、今の無しね!ね?……あ、あの、和広君?」

見ると、和広君の顔から笑みがすっかり消えうせていた。

「ど、どうしたの……?」

「……いや、何でもないよ」

顔を背けて、下を向く和広君……。

……なんか変だ。彼女の話題って、よくなかったのかなあ……そりゃ、昔のこと聞かれていい気はしないってのはわかるけど……。でも、何か違う。怒ってるんじゃなくて、何かに耐えられなくなった……そんな気がする、でもなんで?

時間が過ぎていった。黙々とあたしたちは作業を進める。なんだか……気が重い。

さっきから和広君は押し黙ったままだ。手も止まっている。ただ液晶モニターの画面を見つめるだけ……。

このままじゃいけない……と、思う。理由は分からないけれど、こんな息苦しい関係は、よくないと思う。

「あ……あのね!」

思いきって、あたしは彼に声をかけた。驚いたようにあたしを見つめる和広君。

「さっきは、その……ごめんなさい」

「……なんで謝るの?」

「あ、いや、その……あたしが気に触ること言ったから、それで気まずくなっちゃって……あたし、考えなしなとこがあって、よく人に怒られたりするの。きっとあたし、なんか言ったんだわ。だから、ごめ……」

「そんなことない」

「……?!」

和広君は、まっすぐにあたしの顔を見て言った。

「気に触ることなんて言ってない。そうじゃないんだ。そうじゃ……」

真剣な目。今まで見たことないような、真剣で、思い詰めた目。……和広君?

「自分で自分が嫌になった……ただそれだけなんだ。でも……」

「でも?」

「……でも……もうやめにしたい。このままじゃいけないと思うから……だから……森村さん」

彼はパソコンを押しのけて、あたしをまっすぐ見つめてきた。

……どき。なに?なにを言うつもりなの?

「僕は……」

「由布ちゃん!!」

「?!春日君!」

その時、春日君が和広君の背後から現れた。

「どうしたの?」

あたしは思わず立ち上がった。なんだか久しぶりに会う感じ!

「いや、研修がようやく終わったんだ。それでちょっと見に来たんだけど……あ、勉強中だった?」

「うん、和広君に中間試験対策で教えてもらってたの。ね、和広君?」

「……うん、まあ」

彼はノートPCをたたんでカバンにしまっている。いつも通りの、ポーカーフェイスだった。

「じゃあ今日は……これでおしまいにしよう。明日からは……そうだね。もう一人でやれると思うよ。自分の力で頑張ってみるんだ。それでどうしようもなくなったら、また聞きにおいで。じゃ、さよなら……春日君も」

「う、うん……」

和広君はそうして去っていった。……あ、そうだ。一体なにを言いかけたんだろう?

『…このままじゃいけないと思うから……だから』……なんだったんだろう?

「由布ちゃん?」

「……え?あ、な、なに?」

「いや、急に黙ったりしたから……」

「あ、ううん、なんでもない……」

和広君……あなたは一体、あたしになにが言いたかったの?

わからない……掴めないイメージ。あやふやで、捕らえ処のない感覚……。

和広君のイメージ……虚像?……あたしには見抜くことのできないなにか……わからないなにか……わからない……わからない……。


この時からだ。和広君のことをもっとよく知りたいと思ったのは。

でもそれが、表面的なものに捕らわれて、結局なにも見ていなかった自分を思い知らされるのには、まだ当分先のことだった……。





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