「どうしてですかあ?!和広君は全然悪くないのに!!」
みどりちゃんがすごいけんまくで長谷川先生にくってかかった。
「絡んできたあいつらをやっつけただけなのに!なんで和広君まで謹慎になるんですか!!」
「おいおい……そんなにまくし立てないでくれ」
先生は顔をしかめてそう言った。
「だって!!」
「まあ、待て。謹慎を言い出したのは彼の方なんだよ」
「へえっ??」
すっ頓狂な声を上げるみどりちゃん。
「なんで?!」
「さあよく分からんが……とにかくそう言うことだから、まあ、夕方の食事会には参加は無理ということで」
そう言って先生はどっかに行ってしまった。
「どういうことなのよ、飯坂君!!」
今度は飯坂君にくってかかるみどりちゃんだった。
「どうもこうも……」
面倒を押しつけられたという風に首をひねりながら、飯坂君。
「あいつから言い出したってのは本当だぜ。なんか考えがあるんだろうさ」
「だからなによ?!知ってるんでしょう!」
「俺は面倒なことは嫌いでね。それにあいつの考えてることなんかわかるもんか」
「あなたそれでも彼の友達なの?!」
「俺は和広じゃない」
「なんて言い方よ!」
「まあまあ……」
喧嘩腰になってる二人を、久美子ちゃんがなだめた。
「こういうことなのよ。悪いのはあいつらだし、手を出してきたのはあいつらよ。だけどそう言う連中って根に持つし、仕返ししてくる可能性が高いでしょ?彼らだけ謹慎なんてことになったら絶対にね。だけど、喧嘩両成敗となると……仕返ししようものなら、自分達の悪事を認める事になるわよね?事情はどうあれ、和広は罰を受けたのだし、そんな彼に対して仕返しなんて、逆恨みにしか周りは受け取ってくれないわよ。連中は見栄を張りたがるから、そんな目で見られることを嫌がるしね。それでもかかってくるようだったら、その時は和広も容赦しないと思うわよ。あの人、そういうこと嫌いな人だから」
……へえ、久美子ちゃんて、なんだか彼のことよく知ってるみたい。それに、なんだかうれしそうに話してるなあ。
「仕方ないわね……あたしたちだけでやるか……」
すっかり肩を落してみどりちゃんが言った。
「うん、そうよね。今日は、しょうがないね」
沙織ちゃんは意外と冷静だった。なんだかわかってたみたい?
「じゃあ……はじめよっか」
仕方なしに、あたしは開始を告げた。
浜辺の方々でおいしそうな煙が立ち上っていた。宿泊所から借り出したバーベキューセットの上では、お肉や近場で取れた魚や貝が野菜さん達と一緒に火の粉にあぶられて踊っている。
「おいしいねえ!」
さっきまでの気まずい雰囲気を吹き飛ばすようにあたしは声を出した。
「やっぱ海と言えばお魚よね」
「あら、こちらの帆立もおいしいわ」
沙織ちゃんが帆立の身にバターを塗りながら言った。
「近場物じゃないけど、どれも新鮮で最高ね!」
ようやく元気を取り戻したみどりちゃんがほっぺたがおちそうな声で言う。
その隣では焼き加減を見ていた由兄が、程よく火の通ったのを鈴本さんに勧めていた。ふうん、楽しくやってるじゃないの。
「あ、それもうよさそうだよ!」
「え、ええ……でも森村君、あんまり食べてないのに、あたしばかりもらっちゃ悪いわ」
「いいのいいの!早くしないと、意地汚いのがいるから……」
そう言って由兄はあたしの方を見た。なに〜!?
「はい、これ。もう焼けてるよ」
横から春日君がカルビをはしで差しながら言った。
「あ……ありがと」
すこしどぎまぎした。そんなことされたの初めてだったし……。
「おいしいね、これ。そとだから余計にそう思うのかな?」
「う、うん、そうかもね」
う、やだな……いつものあたしじゃない気がする。歯切れが悪いっていうか、妙に緊張してるっていうか……へんだ。
「でもいいよねえ、由布は」
「え、え?」
いきなりみどりちゃん言われてびっくりした。
「ちゃんと相手がいてさあ」
「え、ええ?!」
ちょ、ちょとっ、なにを言い出すなにを!?
「それに比べてあたしたちはね〜」
みどりちゃんは沙織ちゃんに向かってうなずいてみせる。
「なんか、邪魔してやりたくなっちゃうなあ〜」
ぴとっと背中につかれて、首に腕が巻きつけられる。
「うげげ、なにをする〜!」
「この幸せもん!うりゃうりゃ」
うう、ご飯食べるどころじゃないよ〜。春日君が変な目で見てるし……と、あれ?
「ちょ、チョークチョーク!」
「なによ?」
「久美子ちゃん、いない……」
「ん〜?」
みどりちゃんは辺りを見回すけど、確かに久美子ちゃんの姿が見えない。
「飯坂君、何処行ったか知らない?」
さっきから黙々と食べ続けていた飯坂君は、首を横に振った。
「さあな」
「さあなって……すぐそばにいたじゃないのよ」
突っかかるようにみどりちゃんが言った。
「知らねえもんは知らねえよ」
「なによ、その言い方!」
「まあまあ……でもどこに行ったんだろうねえ?」
その時沙織ちゃんは宿泊所の方を見ていた。なにか気づいたのかな?
……もしかして、久美子ちゃん、和広君の所に行ったんだろうか?
そのころ、和広の謹慎している宿泊所の周り全くの静寂に包まれていた。彼の部屋のそばには昼間絡んできた生徒も個々にいるはずなのだが、その気配は感じとれない。
その一室で、和広は正座したまま微動だにせず瞑想していた。背筋を伸ばし、ぴったりと膝をそろえて座るその姿はまるで修行僧のようであったが、その表情は苦悩に満ちていると言ってよかった。
と、不意にふすまがたたかれる音がした。和広はうっすらと目を開けて、音のした方を見た。するするとふすまが引かれ、ほのかな明かりに映し出されて久美子の姿が現れた。彼女は立てひざをしながら部屋の中に入ると、ふすまを閉め、畳の上に正座した。その傍らには皿に盛られて湯気を立てているバーベキュー料理があった。
「……どうして海の方に来たの?」
おもむろに久美子が尋ねた。
「海の方には行きたくないからって、始と一緒に山の方に行ったんでしょ?……どうして?」
そう聞く彼女の口調は、既に答えを知っているかのような、確認するようなニュアンスがこめられていいた。
しかし、和広は答えなかった。
何も答えようとしない和広にいらだつでもなく、久美子は更に言葉を続けた。
「やっぱり気になったんでしょ?気にするなというのが無理だものね。でも……あの行動は、変に誤解されてしまうかも。やっぱり、気持ちは素直に伝えたらいいと思うのよ、あたしは。あなたにはそれがわかっていると思っていたけど……自分の気持ちを偽ることはできない、ということは。違って?」
「……」
「……あたしは、早くあのころのあなたに戻ってほしいの。ただそれだけを願っている。そのためだったら、なんでもできるわ。でも、あなたの方から動こうとしなければ、何ごとも成就することはない。……あなたには、全てわかっているはず。あとは、行動あるのみよ。それは忘れないでいてね」
しかし、和広からの返事は一言も無かった。
久美子は脇に置いた皿を和広の前にそっと差し出した。
「これ、みんなで焼いたのよ。食べてね。……じゃ、あたし、行くから」
彼女はすっと立ち上がると、ふすまを開けて部屋を出ていった。
取り残された和広は、料理の載せられた皿をじいっと見つめていたが、皿を手にとると、はしを手にして皿の中身を一つかみ、口に運んだ。それを口の中でゆっくりとかみ締める。
「……やはり、一人は味気ないか。そんなこと、とっくにわかっていたことなのに」
そうひとりごちると、あとはひたすら彼は食べ続けた。ただ、ひたすら。
いいかげん料理が尽きてしまった。始君は食べに食べたし、みどりちゃんはやけ食いだったもんだから、あっと言う間!
「あ〜あ、もう無くなっちゃった!これからどうすんのよ!」
まだ腹の虫が治まらないらしい。まあ、荒れる気持ちもよく分かるぞ。
「とりあえずキャンプファイアーやるみたいだけど、とうしよっか?」
「和広君がいないんじゃつまんないわよ!」
「み、みどりちゃん……」
うーん、ストレートだなあ、みどりちゃんは。でも、そこが彼女の持ち味なんだろうな。
と、そのとき久美子ちゃんが現れた。
「あれ?どこいってたの?」
そう声をかけると、彼女は何も言わず、不思議な微笑を浮かべるだけだった。
それを見たみどりちゃんが言った。
「まさか抜け駆けして和広君所に行ったんじゃないでしょうね?!」
「……抜け駆けではないと思うけど、行ってきたわよ」
「えー!?」
大声を出すみどりちゃんに、久美子ちゃんはこう付け加えた。
「もちろん、先生には内緒で、だけど」
「ど、どうして行くって言ってくれなかったのよ!?」
みどりちゃんのものすごい剣幕に、久美子ちゃんは不思議そうな目をして答えた。
「……あなたは、人に言われて自分の行動を決めるの?」
「う……あ」
こ、これは……けっこうきついかも。
でもみどりちゃんは急にさばけた表情になって、久美子ちゃんを見た。
「……そうだよね。うん、そうだよ」
「みどりちゃん?」
「よし、会いに行くぞ!」
「ええ?!でもまだだめなんじゃ……」
「関係ないわ!自分のしたいようにするの!」
あ〜あ、どうすんのよ〜?!
その時、飯坂君が寄ってきた。
「もう、いいぜ」
「……へ?」
みどりちゃんは豆鉄砲でも食ったような顔をした。
「いいって……なにが?」
「和広だよ。もう、謹慎はとけたって話だぜ」
「うそ?!どこで聞いてきたの」
「さっき。長谷川先生のとこで」
つっけんどんな言い方だけど、なんだか親切だね、飯坂君って……?
「そ、そう……じゃ、行ってこようかな……ねえ、沙織?」
「え?……ええ」
沙織ちゃんは戸惑い気味に答える。
「じっとしてても、始まらないよ」
「……」
確かに……じっとしてても、だめだよね。あたしみたいにじっとしなさすぎも問題だろうけどさあ……。
と、その時。
「……さすがに、もう終わってるみたいだね」
「か、和広君!?」
あたしの背後に、いつのまにか和広君が立っていた。みんな、驚きの表情で彼を見る。
「あは、もう戻ってこれたんだ!」
みどりちゃんが真っ先にかけよっていった。
「よかった!心配してたんだよ!」
「ごめん……かえって迷惑かけちゃって」
「ううん、あたしたちを助けてくれたんだもの!そんなことないよ。ねえ、沙織?」
「え、ええ……お礼、まだ言ってなかった……ありがとう」
「いや……当然のことをしたまでのことだよ」
「それができる人がいないのよ。この前だってさ……」
なんだか急に場が明るくなった。飯坂君は相変わらずぶすっとしているし、久美子ちゃんは不思議な笑みを浮かべているけど、みどりちゃんや沙織ちゃん、それに鈴本さんまでなんだか楽しそうで……あたしも、なんだか楽しい気分になれた。
春日君はどうなんだろう?……うーむ、特に楽しそうってことも無いみたいだけど……でも、ま。みどりちゃんに負けてらんないもんね。
「……あ、あの、春日君?」
「え?なに?」
「もうすぐキャンプファイアーやるみたいだから見にいこ?」
「あ、うん……そうだね。行こうか?」
「うん!」
……今日は楽しい夜になりそうだね。