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第六話 臨海学校(1)〜冴えない始まり

入学してから、もう早二週間が過ぎていた。クラスのみんなとも大体打ち解けて、クラスとしての一体感が出てきたかな?って感じ。

そんな時期にそのイベントは開かれる。夏にはまだまだ早いけど、それが臨海学校!

「……というわけで」

教壇に立った長谷川先生は、プロジェクタに場所と日程を示しながら言う。

「クラスの親睦を深めることと、学年を通して交友関係を広げる為に、一泊二日で行われるのが臨海学校というわけだ。まあ、別に宿題を出すわけじゃない。遠足みたいなもんだからあまり堅苦しく考えずに、でも、あまりはめは外さずに有意義に過ごしてほしい。それじゃあ、お待ちかねの班わけだ!」

がたたた。みんながいっせいに動き出す。

「由布ちゃん由布ちゃん!」

みどりちゃんは真っ先に動き出して、あたしの所に駆け寄ってきた。

「ねえねえ、決めてる?」

「うん、まあね。沙織ちゃんはなんていってんの?」

「そりゃあの子、はっきり言わないけどさあ。きまってんじゃん」

「だよねえ〜」

などと話していると、横から由兄が口を出してきた。

「お、なに相談してるんだ?」

「由兄には関係ないの!……って、言いたいとこだけど」

にやあ……。

「う、な、なんだ、その目は?一体何たくらんでやがる?」

怯えたようにあたしを見る由兄。も一つ、にいぃ……。

「いや、実はさ、みどりちゃんと相談してグループ作りしよって思ってさ」

「ふうん。だれだれ集める気だ?」

「今これから集めるからさ〜。えとまずは……」

「はい、沙織連れてきたよ」

いつのまにやらみどりちゃんが沙織ちゃんを連れてきてた。

「あ、こ、こんにちは」

沙織ちゃんが由兄を見て挨拶する。

「あ、そうか。天城さんがいるって事は……」

「そうそう。沙織ちゃん、まだ他の人になれてないからね〜」

なんか由兄にまで人見知りしてる雰囲気あるもんねえ、沙織ちゃん。もう何回も話してるはずなのにね。

「まだまだ声かける人いるんだよ。あ、鈴元さん!」

ふらふら歩いていた鈴元さんを捕まえた。

「え、あ、あたし?」

ちらっと由兄の方を見て、それからあたしの顔を見て、目をぱちくりさせながら自分を指差してる。

「入るグループ無いんだったらさ、こっちおいでよ!」

「え……で、でも……」

「いいからいいから!」

みどりちゃんが強引に引っ張ってきた。

「みんなの方が楽しいしさ。それに……ね?」

意味ありありの視線を由兄に向けるみどりちゃん。むむ。

「う……うん」

鈴元さんはうれしはずかしと言った感じで返事をする。

「別にいいよね、由兄?同じ部活なんだからさ」

「あ、ああ……」

由兄は余計なことしやがってとでも言いそうにあたしをにらみつける。なにさ。せっかく気を効かせてやったってのに。

「さてと、あとは?」

「もち!和広く〜ん!!」

みどりちゃんが、いつものように三人で固まっている和広君達の方に寄っていった。

「なに?」

「ねえねえ、そっちさあ、三人だけじゃつまんないでしょ!だからこっちと一緒にやろうよ!ね、いいでしょ、和広君?」

和広君の手を引っ張って、お願い☆てな感じで首をかしげるみどりちゃん。うーん、積極的〜。

「え、そりゃ、かまわないけど……」

ふと、和広君の視線があたしの方に向いた。え、なんで?

「じゃあ、決まりね!」

それには気づかずに、みどりちゃんは飛び跳ねるようにして戻ってきた。

「ばっちしOKよん!」

「やったね!あとはっと……」

きょろきょろ。あ、やっぱり一人になってる。……春日君。

「ねえねえ、一人なの?」

あたしが声をかけると、彼は少し困ったふうに言った。

「あ、う、うん。あんまり人付き合いうまい方じゃないから……」

よ、よし……みどりちゃんには負けてらんないよなあ、やっぱり。

「じゃあ……さ。こっちこない?まだ大丈夫だと思うから」

「え?い、いいの?」

「うん……その方が楽しいしね」

「え?」

「う、ううん!何でもないの。ささ、こっち来て相談しよ」

春日君を連れてみんなの所に戻る。うう、なんだか由兄の視線がいたいぜ。


「まったく、やってくれるよ」

「ん?なにがあ?」

居間でテレビを見てると、風呂上がりの由兄がバスタオルで頭拭きながら声かけてきた。

「今日のグループわけさ」

「いいじゃん、鈴元さんと一緒の班になれたんだからさ」

「余計なお世話だっつーの」

お、なんかおこってるおこってる。

「またまた……うれしいくせに。感謝されたっていいくらいだと思うけどぉ?」

「ばかいえ、お前なんかの世話なんかになりたくない。……それにしても」

「うん?」

「お前から声かけて、成功するなんて珍しいな」

こてん。思わず床に転がった。

「ちょ、ちょっとなによ!その珍しいって言うのは?!」

「だってそうじゃないか。いっつもふられてたぞ」

た、たしかに……気のある子に誘いの声かけても、都合が悪いか、彼女付きだったもんなあ……しくしく。

「よかったな、もの好きなやつがいて」

「なんだとーー!?」

あたしがこぶしを振り上げると、ひょいっと軽くかわして由兄は逃げた。

「こえーこえー。だけどよ、ずいぶんとすごいグループにしちまったなあ。修羅場になったりして」

「ああ、みどりちゃんと沙織ちゃんね」

「そそ。芹沢好きなんだろ、その二人」

「うん。らしいよ〜。ま、沙織ちゃんはそうは言わないけどね。みどりちゃんは見ての通りだけど」

「芹沢ねえ……」

思わず難しい表情になる由兄。

「なんであんな奴に?」

「ひどいよ、由兄、そんな言い方」

あたしは由兄をにらみつけた。

「あ、いや、別にそんな意味じゃ……ただ、なに考えてるのかわからなくってさ」

「ふうん……バスケの時とかも?」

「そう。まるで動きが読めなかったんだ。こんなことって初めてだよ。腕はたつな、かなり。それに、この前の短距離走じゃ、一瞬追いつかれそうになってびっくりした」

「ゆ、由兄が?!」

これは驚き。だって、由兄は中学のタイトルホルダーで、高校記録を抜いちゃうくらいなのに、それに追いつきかけたって言うのはちょっと……。

「でも、八十メートルくらいで引き離せたけど……ありゃあ、怖かったね。あんな感じは幼稚園時代にもなかった事だしな」

「ふうん。能ある鷹はってパターンなのかな?みどりちゃんもね、きっとすごい力があるんだなんて言ってるの。由兄がやりこめられるの見てすっごく喜んでたもん」

「ううむ……それはゆゆしき事態だな。ここは一ついい所を見せなければ」

「みどりちゃんに見せたってしょうがないじゃない。それより、鈴元さんのこと、ちゃんと面倒見てあげるんだよ。彼女、同じクラブの女の子がいなくて不安がってるんだからさ」

「面倒ったって……ねえ?」

「ねえじゃないでしょ、ねえじゃ!好きだったらさ、さっさっと告白しちゃえばいいのよ!」

「そういうお前はどうなんだよ、え?」

「へ?あ、あたしは……」

だってまだ、好きだとかそんな感じじゃないしぃ……。

「キューピッド役もいいけどよ、自分のこと、忘れんじゃないぞ」

そう言って由兄は笑った。こういうとこは頼りがいがあるって言うか、いいお兄ちゃんなんだけどねえ……。


「は〜い、生徒諸君、そろそろ準備はいいかなあ?!」

「いえ〜い!」

マイク握りしめたみどりちゃんの呼びかけに、バスの中の一同、やんやの喝采。

「いいねえいいねえ!さて、もうすぐ目的地にご到着だ!バス降りてからやること、ちゃんと頭に入ってるかなあ?まずは宿泊所に荷物を置いて周りの散策だあ!宿の裏にはやまあり谷あり、ついでに滝まであるって言う豪華版!浜辺に降りれば、そこには太平洋の大海原が広がってるってえ寸法さ!その次はお待ちかねの晩ご飯!みんな、食材に抜かりはないね?太平洋の夕日を見ながら食べる食事は、ロマンチックだよねえ。その後のキャンプファイアじゃ、熱々のカップル誕生なんてこともあるかもよ!さあさ、降りる準備はできたかな?それじゃ、Here we go!」

ぱちぱちぱちぱち……。

「いやあ、すごいねえ、さっきの!」

部屋に荷物を置きながら、あたしはみどりちゃんに話かけた。

「ああ、あれ?ちょっとみんな引け気味で、まずったかなあって感じなんだけど?」

「そうかなあ?」

「全員のせるのって、結構大変なんだから。目的があって来てる人達ならともかくさ」

「でも、それができるようにならないとだめだって、いつもみどりはいうでしょ?」

沙織ちゃんが髪をポニテに止めながら言う。

「理想よねえ、確かに。でも、あたしなんてまだまだ……」

「でもとっても上手よ。きっと素敵なDJに成れると思うわ」

そう言ったのは久美子ちゃんだった。

「うふ、ありがと」

うーん、ウィンクがすごく様になってる。かっこいいよねえ。

「さあ、海の方に行こうよ!もう他の子達は行ってるよ!あ、ほら鈴元さん、はやくはやく!」

「え、ええ」

部屋の隅っこの方で着がえてた鈴元さんの手を引っ張る。

「ほらあ、せっかく来たんだからさ!もっとがんがん行かなきゃ!せっかく一緒の班なんだから」

「う、うん」

はにかみながら返事をする鈴元さん。なんか応援したくなっちゃうな〜。

「それでは出発!」


宿泊所はちょうど山の途中で、玄関前の広場から海が見渡せた。

「わあ、みんな出てる出てる!」

砂浜じゃ一年生の大半が出歩いていた。おーおー、もういちゃついてるのがいるよ……いいなあ。

さてと、由兄はどこかなあ?それに和広君達も……?

「ああん、もう、どこなのよ〜!」

げげ、みどりちゃん、もう切れかかってるよ。

「せっかくよ!せっかく一緒にいれるチャンスだって言うのに!どうしてみつかんないのよ!!」

「まあまあ、天城さん、おちついて」

久美子ちゃんがみどりちゃんをなだめた。

「山の方に行ったのかもしれないわ。和広と始は海よりは山だから」

「そ、そういうことは早く言ってよね!!」

「ご、ごめんなさい……」

う、久美子ちゃん、かわいそぉ……でも、めげてる風じゃないなあ。

おっ?

「あ、ほらほら、由兄がいたよ!」

あたしの指さす先に、由兄が他の人と話をしてるのが見えた。ひとりは見覚えがある。たしか新堂君だ。同じ部活の。

「鈴元さん、行ってきなよ!」

「え?で、でも……」

「あたしたちのことはいいからさ!」

「きゃっ!」

どんと彼女の背中を押す。

「見つかってよかったねえ!」

みどりちゃんは、さっきまでの顔は何処へやら、優しいそうな顔して手を振ってた。それを見た鈴元さんは、意を決したようにきれいなフォームで走り出した。

「あ〜あ、いいなあ」

うっとりした表情でみどりちゃん。

「さ、あたしたちもがんばろ」

「うん」

春の海はまだ暗くて、泳ぐなんてとんでもない状態だった。足でも入れよっかなと思ったけど、風も冷たかったし、やめといた。

「みつかんないねえ……」

「そうだねえ……春日君、何処行っちゃったんだろうねえ?」

「え?!」

みどりちゃんに春日君の名前を出されて、思わず声がうらがえっちゃった。

「山の方なんじゃないの?浜辺には植物、全然ないもんね」

「ああ!!」

そ、それは……考えても見なかったぁ。

「みんな、外しちゃってるね」

「うん……」

沙織ちゃんと久美子ちゃんは、一言もしゃべらずにあたしたちの後をついてきてる。

「ねえ、これからどうしよっか?」

気まずくなって、二人に水を向けてみる。

「海見てるだけじゃつまんないよ」

「そうね……あたしは別にかまわないけど」

久美子ちゃんは海の方を見たまま答えた。沙織ちゃんは無言だ。

その時、あたしたちに寄ってくる人たちがいた。

「お、いたいた!」

「さがしたよん」

わらわらと、いかにも軽そうな男連中が三人ほど、あたしたちの前に立ちふさがった。

「ちょっと、なんの用よ?」

みどりちゃんが一歩前に出て言った。

「ああ、お前かあ、いつも邪魔する奴」

「そうそう、秋吉さんに声かけようとすると出てくる奴」

一人がみどりちゃんをじろじろ見ながら言った。

「なによそれ!」

憤然として声を上げるみどりちゃん。

「もう有名だぜ〜、秋吉さんにべったりだってさ。レズなんじゃないかって」

「はは!これ見ると案外ほんとかもね〜」

「ありうるありうる!」

大声上げて三人が嗤う。その毒気に当てられてあたしはなんにも言えなかった。

そりゃあさ、そんな噂流れてるのは知ってたよ、あたしゃ。でもそれをまともに言ったの見たの初めてだわよ。

みどりちゃんの怒りは頂点に達しているらしい。顔は真っ赤だし、手は握りしめられてぷるぷる震えてる。唇はきつく結ばれて、なにか言い返す言葉も無いくらいみたい。

「そんなことよりもさ、秋吉さん!一緒に歩こうよ!」

「そうそう。女の子だけじゃつまんないでしょ?」

突然話しかけられた沙織ちゃんは、ちょっと青ざめた顔で三人を見た。どいつもこいつも、あったまわるそ〜。よく乙夜に入ってこれたもんだわね。

「さあさ、こっち追いでよ!」

唖然としてるあたしらを無視して、そいつらは沙織ちゃんの方に近寄った。

「こんな奴らほっといてさ」

「あ……」

「ちょっと待ちなさいよ!!」

ついにみどりちゃん、そいつの前に立ちふさがってにらみつけた。

「さっきから聞いてりゃ勝手なことばっかいって!!お前らなんかに沙織なんかもったいなさすぎて、ふふふのふんだわよ!!」

「何言ってるんだ?」

「そうだそうだ!」

う、うわあ、険悪なムード〜。ちょっちやばいかも。

「けっ!やっぱレズってのは本当らしいな」

「いやあ、こいつが勝手に思ってるだけかもしれないぜ」

「あたしもんだってか?」

「あはははは!!」

うがぁああああ!なんじゃこいつらあ!?もう、あったまきた!!

「こ……こ……」

あ、まずい!いいかげん、いいかげん……。

「この馬鹿共があああああああああ!!!」

「うわっ」

みどりちゃんは腕を振り上げ、手近の奴目がけて振り下ろそうとした!

ああ!思わず目を閉じる。

「やめといたほうがいい」

その時後ろの方から声がした。落ち着き払った声で、どこかで聞いたような声。

ゆっくりと目を開けると、みどりちゃんの腕を掴んで立つ和広君がいた。そのそばには飯坂君もいた。

「か、和広君!!」

みどりちゃんが喜びと安堵の声を上げた。沙織ちゃんもほっとした表情で和広君を見つめていた。例によって、久美子ちゃんは無表情に事態を観察してるみたいだった。

「なんだ手前え?」

三人の一人が声をかけたけど、和広君は無反応だった。

「君の怒りはもっともだけど、こんな連中のために無駄な力を使う必要は無いよ」

てことは……さっきの話、聞いてたの?

「なんだよ、その言い方!」

こんな連中という言葉に反応したのか、ガラの悪そうなのが絡んできた。和広君はさりげなく間に入ると、じっと連中を見た。

「おい、俺たちをなめてんのか!?」

「どっか行っちゃえよ!」

「せっかくいいとこだったのに!」

でも和広君は無言で立ち尽くすのみ。

一人がじれて和広君の方に手を伸ばした。

「じゃまなんだ、どけよ!」

その手が和広君の肩にかかろうかというとき、突然そいつの身体が空中で一回転した。

へ?みんなあっけに取られてその光景を見た。ん?沙織ちゃんと飯坂君と久美子ちゃんは平然としてる。特に沙織ちゃんは、胸の前で手を組んじゃって、まるで期待してたみたい……?

「この!」

次々と和広君に詰め寄るのを、一人、また一人と地面に横たえた。倒された連中も何が起こったのかわからないみたい。

「……さ、行った方がいいよ」

和広君はあたしたちの方を振り返るとそう言った。

「え?で、でも……」

「いいから行って」

優しい言葉の調子のわりには、きつい言葉に聞こえた。

「じゃあ……みんな、行こう」

あたしはみんなの背中を押してその場を離れた。後には和広君と飯坂君が残った。

和広君、どうするつもりなんだろう?


部屋に戻ったあたしたちがそれからしばらくして聞かされたことは、和広君が三人組と一緒に謹慎するように言われたということだった……。





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