「おっはよ〜!」
あたしが教室に入って真っ先に目に入るのがみどりちゃんだ。
「Hi!今日も元気だね!」
今日の彼女も決まってるぅ。スカイブルーのブラウスにジーンズと青系統でまとめて、トレードマークのバンダナ(今日はイエロー)をあみだに巻いて、三日月型のイヤリングなんかしちゃってる。
「あれえ、今日はDJじゃないんだ?」
「うん、さすがに毎日はやらしてくれないもん。それに、あんまり好きじゃないしさ」
「みどりは深夜番組向きだものね。夜、強いもん」
そう言ったのは沙織ちゃん。みどりちゃんの中学時代からのお友達。とってもきれいなんだよ。
「でもさ、あたしみたいに宵っぱりでも朝寝坊しないからいいよねえ。あたしなんか、今日もどたばたでさあ」
「お兄ちゃんは早起きなのにねえ。あれ、今日はいないんだ?」
「うん、朝練だって。よくやるよ、まったく」
「そうそう、部活と言えばね、沙織が文芸部に入ったんだよ」
「へえ、そうなんだ」
「そのきっかけってのがさあ……」
「ちょ、ちょっと、みどり!」
みどりちゃんが話そうとするのをなぜか沙織ちゃんがわりこんだ。ん?
「いいじゃない、べつに減るもんじゃ無し〜」
「そ、そんな……や、やめてよ」
なんか意地悪そうにみどりちゃんが言う。それに対して沙織ちゃんのあの慌てよう……これはなにかあるなぁ。ふっふっふ。
「ねえねえ、おしえておしえて!」
「うんうん、それがさあ、和広君になんか言われたかららしいのよ、これが」
「み、みどり!」
沙織ちゃんは真っ赤になってみどりちゃんをにらんだ。
「どうしてそんなこといっちゃうの?!」
「だってほんとの事じゃない。隠すことなんかないんだってばさ。沙織はなんでも隠しすぎるのよ〜。もっと気を大きく持たなきゃあ」
「そ、そんな……」
困り顔の沙織ちゃんは見慣れてるけど、今日のはいちだんと恥ずかしそう。
「でもさ、一体何を言われたわけ?そんな、恥ずかしがるようなこと……ああ、まさか、告白されたとか!?」
「!?ち、違うわ!」
およ、めずらしくむきになってる。
「……違うの」
一転して弱々しい声。なにかに迷っているような。
「ただ……あの人は、励ましてくれただけ」
「ふうん、そうなんだ。……でもそれってさ、もしかして、沙織ちゃんに気があるんじゃないの?」
「そ、それは困るわよ!」
だん!みどりちゃんがやおら立ち上がった。
「和広君にはあたしが先に目をつけたんだから!ぜったい、負けないからね」
ぎろっと沙織ちゃんをにらみつけるみどりちゃん……こ、こわ〜。
「まあまあ……ここは一つ公平に、ね、二人とも」
ううむ、これはおもしろそう。沙織ちゃんも、口ではああいってるけど、まんざら気がないでもなさそうだし。……和広君、もてもてじゃん。
とその時、ドアが開いて、花束がやってきた……じゃなかった。花束を抱えた春日君が入ってきた。
「あれえ、どうしたの、それ?!」
「ああ、これ?美術部用のだよ」
一旦自分のカバンを机において、花束を抱え直してから春日君が言った。
「いつも頼まれるんだ。おかげで僕が運ばされるんだけどね。さっさと美術室に持ってかないと」
「大変だねえ。あ、あたしも手伝ったげる!」
「え!わ、わるいよ」
「いいからいいから!」
あたしは彼から半ば奪うようにして手にとった。
「さ、いこ!」
「う……うん」
あたしは彼を先導して教室から出た。そのとき、だれかにぶつかりそうになった。
「おっと」
「ああ、ごめんなさい!あ、和広君!」
おうおう、噂をしてればなんとやらだよ。
「どうしたの、それ?」
「うん、あのね、美術部用の花なの!春日君が持ってきたんだよ」
「へえ」
和広君は花束と春日君を両方見比べた。
「じゃ、急ぐから!いこ、春日君」
「ああ、うん」
はやくしないと授業が始まっちゃうよ。勢い、急ぎ足になっちゃう。
「ごめんね、運ばせちゃって」
春日君が申しわけなさそうに言う。
「そんなことないよ〜。でもすごいなあ。家から一人で持ってきたんでしょ?」
「ま、まあね」
「うん、やっぱりすごいよ。ところでさ、これなんの花?」
花束には覆いがしてあって、なんの花だかさっぱりわかんないのだ。
「うん、薔薇だよ。色は赤。まだつぼみなんだ」
「え?それじゃあ花をデッサンするんじゃないの?」
「つぼみと言っても、午後にはちょうど開ききるように調節してあるよ。だから、ちょっと細工がしてあるんだ」
花の事になると、なんだか自信満々って感じになるなあ。
「ふうん。どんな細工なの?」
「温度と明るさだよ。温室から出すまでには開く直前くらいまでに調整しとくんだ。それから覆いをして温度も低めに調整しておくと、時間を止めた感じになるんだね。あとは、部屋に置いておけばOkさ」
「へえ、手が込んでるんだねえ」
そういや、ひんやりしてるわ、この花束。
「あ、ついたついた。よっと」
がらっと美術室の扉を開ける。まあ、だれもいない……あれ?
「部長!」
「やあ、おはよう。お、花が来たんだね」
スケッチブックを手にした入来部長が言った。彫像をデッサンしてたらしい。
「どうしたんですか?」
「いや、来るのを待っていたのさ」
「え、もしかしてあたしですかあ?」
「いやあ……花をだよ」
あ、やぱし。
「春日君、ご苦労様」
「いやあ、仕事ですから」
「あれ、知ってるんですか、部長?」
「うん。代々美術部御用達なんだ、彼の家はね」
「はあ」
「じゃあ準備してくれるかな?」
「はい。森村さん、こっちに持ってきて」
「あ、はいはい」
春日君が指示したのは、ちょっと日影になった教室の角だった。そこにあった空き箱に花束をいれると、温度計を取り出して気温を計った。そして窓の方を見て何ごとか確かめた後、ようやく立ち上がった。
「これでよしと。昼になったら覆いを外してくださいね」
「ああ、わかってるよ。さ、もうすぐ授業が始まるよ。早く戻らないと」
「はーい。それじゃ失礼します!」
あたしは挨拶して美術室を後にした。
「ねえねえ、さっき窓の方見てたけど、なんで?」
「ああ、あれね。日の入り方を確認してたんだ。昼頃、明るくなるような場所かどうかをね。そのころ覆いを外せば、放課後には花が開くようにしたってわけ」
「すっご〜い!すごいよすごい!そんな事までできるんだ!」
「え、あ、うん……さ、最近の花屋じゃどこでもやってるよ」
「でもすごいよ〜。あの場でちゃっちゃとやれるなんてさ。あたしにはできないな。春日君って、すごいんだね」
「あ……うん、ありがとう」
うふふ、照れて真っ赤になってる。かわいいんだ。
「お家ってさ、ずっと花屋さんなの?」
「いや……母さんがやりたくて始めたんだ。それから、父さんと知り合ってね、今の店になったんだよ」
「へえ、お母さんがねえ。そういうお母さんって、好きだな。自分の夢を実現させちゃうなんて、素敵じゃない」
「うん……ほんとに、そう思うよ」
あれ。なんだかくらい顔になっちゃった。まずいこと、言っちゃったかな?
「夢を実現できて、好きな人と一緒になって、幸せだったと思う。今は死んじゃって、もういないんだけどさ」
あ……ああ、そう言うことだったのか!ああ、あたしってばかばかばか!!
「ご、ごめんなさい!あたし、無神経で……」
「え、どうして謝るの?僕の方から言ったことなのに」
さっぱりした表情で春日君。
「で、でも……」
「べつに隠すことじゃないしね。そのことで変に気を使われるよりは、知っておいてもらった方がいいから」
そう言って春日君は微笑んだ。
「それより、早く戻らなくちゃ。もうHR、始まっちゃうよ」
「あ、うん、ほんとだね」
春日君て、ずいぶんしっかりしてるんだなあ。やっぱり、お母さんはいないからなのかな?それにひきかえ、あたしったら……。
でも。一体どんな人だったんだろう?どんなお店なのかも聞いてみたいな。
お昼休み。ふと、足が美術室に向いた。
朝置きに行った花、どうなったかな?昼頃覆いを外さなくちゃいけないはずだけど。もう部長が外しちゃったかな?
がらがら……。美術室、誰かいるかな?
いた。春日君……。花を見てる。覆いは取っちゃったみたい。花は……薔薇は?
見るからに堅そうなつぼみは、まだほころびの兆しさえ見えなかった。ほんとに、放課後までに開ききるんだろうか?
あ、春日君がこっちをみた。
「あ、来たんだ」
「あ、うん……ねえ、それ、ちゃんと咲くのかなあ?」
「え?」
「だって、まだぜんぜん開いてないし……」
春日君はちらっと花の方に視線をやり、そしてあたしの顔を見た。
あ……。
最初は怒ってあたしを見たんだと思った。
でも違った。だって。
笑ってたんだもん。自信に満ちた顔で。
「咲くよ、絶対に」
彼は言った。
「うちのみんなで育てたんだ。いつ、どんな環境で花を開くのかくらい、わかってる。それに、花が教えてくれるんだ」
「教えてくれる?」
「そう。花の方から話しかけてくるんだよ。僕らは、その声に耳を傾ければいいんだ。……変かな?」
小首をかしげて、春日君。
「う、ううん!そんなことない。あ、あたしもね、デッサンやイラスト描いてると、そんな感じがするときがあるもの!」
それは、本当だった。
スケッチブックに描き出されていく線たちが、色たちが、”かたち”作られていく様。最初はなんてことのない線だったり色だったり。
でもそれだけじゃない。そこには必ず何かの意味があるんだ。それを、いかに読み取るかで、でき上がりに歴然とした差ができてしまう。
あたしはまだうまくそれができない。でも、それに近いことは何度かあった。それはなんにもない空間に、光が差し込むような感じ……日の出のイメージ。
あたしの目の前に広がるヴィジョン。イメージ。目に見えるなにか。いや、目に見えることのないなにか?
春日君は花束から一本だけ薔薇を引き抜くと、あたしの前に差し出してきた。
「これ、持っていくといいよ」
「え……でも……」
「大丈夫。多めに持ってきてあるから。森村さん、窓際の席でしょ?日向に置いとけば、帰りのHRまでには咲き切るよ」
あたしは彼から薔薇を受け取ると、じっとそれを見つめた。
ほんの少しだけ、花弁がほころびかけてる。
でも、あたしには花の声は聞こえてこなかった。
午後の授業の間、あたしはぽけっとしながら窓の外を見ていた。ううん、本当は花を見ていた。コップの水の中に指された一輪の薔薇の花を。
信じられないことだけど、あれから少しずつだけど花が開いていった。それもどんどん早くなってる。この分だと、あと30分もしないで咲きそうだった。
すごいなあ……ただ感心することしきり。
薔薇。赤い薔薇。真っ赤な薔薇。花言葉は……情熱だったっけ?
やっぱり声は聞けなかったなあ……。
でも……スケッチブックを持てば、何か判るかもしれない。あたしは花を育てたり、声を聞いたりなんてできないけど、花を表現することはできるはずだもん。
そうよ。きっと、そう。
「春日君、ほら!」
HRが終わると速攻で春日君に見事に咲いた薔薇を見せた。
「言ったとおりだね!やっぱり春日君って、すごいや」
「え、いや……ありがとう」
戸惑いと照れくささを浮かべた目であたしを見る春日君。
「あたしね、今日のデッサン、この花を描こうと思ってるの。で、できたらさあ、春日君、もらってくれないかなあ?」
「え、僕が?」
「そう!いいでしょ?」
「うれしいけど……でもなんで僕なの?」
「まあその……あたしにも花の声が聞こえないかなあと思って、ね」
「??」
「あ、そんな言い方じゃわかんないよね。あのね、春日君がさ、花のことがよく分かるように、あたしもね、自分が描くものがどれくらいわかって、それを表現できるのかっていうことを確かめてみたいんだ。それで、あたしの描いた絵を春日君に見てもらって、感想を聞きたいの。いいでしょ?」
あたしはまっすぐに春日君の目を見た。いつもならすぐそらしてしまうはずの春日君も、しっかりと見返してくる。
「……うん、わかったよ」
ぽつり、そう彼は言った。
「でき上がるまで、図書室で待ってるから」
「うん……ありがとう」
あたしはカバンを脇にはさむと、花の差したコップを手にして教室を出た。
はやく、部室にいかなくちゃ。
しかし……う〜む、参ったなあ。
あたしの目の前には、コップの水に差した薔薇の花が一輪。静物としては単純窮まりないもの。ところが。
重たいんだよね、なんか、雰囲気がさ。軽々しく扱えないっていうか、なんていうか……持った鉛筆が動かせないくらい。
他のみんなは、入来部長も含めてしゃっしゃっと鉛筆や木炭をスケッチブックに走らせていた。その前には、花瓶一杯に活けられた薔薇の花。それはそれは華やかで、まさしく薔薇そのものだった。
やっぱりあたし、才能ないのかなあ……。
これはデッサンなんだし、いかに正確に、素早く対象物を捉え、それを描き留める訓練なんだから、それほど肩ひじ張らずに描けばいいんだけれど。でも。
春日君。……図書室かなあ?今日は閉館までいるって言ってたけど……当番じゃ無かったよね、確か。待っててくれてるのかな?
あ〜あ、あんなこといわなきゃ良かったかな?全然描けなかったらどうするつもりなんだ?みっともないできだったら??
あーん、気が滅入るよお……。
ただの花なのに……ただの……でもなんだろう、この存在感は?
そこにある花。薔薇の花。赤い、薔薇の花。刺のある茎。美しいものには刺がある?
美しいもの。お母さん。きれいな黒髪。長い、長い黒髪。あたしの憧れ。
お母さん?……そうか。このお花、春日君のお母さんなんだ。きっとそうだ。だって春日君、みんなで作ったお花だって言ってたもの。だからわかるって。だから、お花の方から話しかけてくれるって。
ただのお花じゃないんだ。春日君のお母さんの夢なんだ。憧れなんだ。春日君のお父さんにとって。そして、春日君にとって。
好きなんだねみんな……この薔薇の花が。
あたしも、好きだな。
そう思ったとたん、重苦しさが消えて、コップの中の水の反射が変った。透き通った光の輪の中に、一瞬だけ花が見えた。
ほんの、一瞬だけだった……でもそれが目に焼きついて離れなかった。
花は黙して語らない。でも、あたしにはそれで良かった。だって。花はあたしに見せてくれたもの。光り輝く中で、精いっぱいに花びらを広げて、わたしはいま幸せなのよって、うれしそうな姿を。
それで、よかったんだ。
スケッチブックを小わきに抱えて、あたしは走っていた。もう外は薄暗くなっていて、街灯の明かりもちらほらとつきはじめている。
やっと見えた図書館の入り口。息を切らせながら、あたしは扉を開いて駆け込んでいく。よかった。まだ、明かりがついている。
エントランスホールを早足で抜けて、カウンターの方に向かった。
「春日君!」
広々とした館内にあたしの声が反響する。すると、カウンターの奥から人影が現れた。「春日君!」
あたしはもう一回名前を呼ぶ。
「森村さん」
春日君が身を乗り出すようにして、カウンターの上に顔を出した。
「ごめんね、待たせちゃって!」
息を整えながら、春日君を見た。心配そうな顔してる。
「だ、大丈夫?」
「う、うん……それよりも、これ、見て!」
あたしは持っていたスケッチブックを彼に差し出した。
「一番最初のページ。やっとできたの。お願いだから」
しばしじぃっとスケッチブックを見つめていた春日君。おもむろに受け取ると、表紙を静かにめくった。
ごく……もう、彼の目にはあの絵が入っているはず……なんて言うかな?気に入って、くれるかな?
「ど、どお?」
恐る恐る、尋ねる。
すると、春日君は表紙を折り返して、絵を見えるようにして、あたしの目の前に差し出した。そしてじぃっと、あたしの顔を見つめる。
その表情は……??
「……うん、すごくいいよ」
「え?い、いまなんて?」
「すごくいいって、いったんだよ」
春日君は、にっこりと笑ってそう言った。
スケッチブックの中には、ちょうど丸い穴からのぞき見したように、コップに差された薔薇の花が丸くくりぬかれて描かれている。その縁取りはぼやけてて、内側に光がさし込んだような切れ目が入っていた。花は少しうつむき加減に、左の方を向いて、何かを語りかけるように揺れていた。
これがあたしの見た全て。光の中に、その光さえもはねのけて自ら輝く花の姿。
「よかったぁ……気に入ってくれて。でも、どこがよかったの?」
「なんかさ……花が話しかけて来る感じがして、まるであの花がここにあるみたいなんだ。こんな素敵な絵、初めて見たよ」
「そ、そんな……なんか照れちゃうな……でも、うれしい」
う、なんとなく目が合ってしまった。あ、やだな……あたし今、顔真っ赤だ。なんか春日君の顔まで赤くなってる。
「あ、そ、その絵、スケッチブックごと持っていってね!折れ曲がっちゃうとやだから」
「え?う、うん……でも、ほんとにいいの?」
「いいのいいの!そのために待っててもらったんだもの。さ、早く帰ろう?」
「……そうだね」
外はもうすっかり日が沈んじゃってた。星がいくつも夜空を飾る。
そう言えば、男の子と一緒に帰るなんて、由兄以外じゃ初めてに近いんじゃないかな?……なんだか、照れくさい。
「今日はごめんね。こんなになるまで付き合わせちゃって」
「い、いや、そんな事無いよ!こうやっていっ……い、いや、なんでもない……」
ん?なんか、春日君も変……。
「でもさ、薔薇だけじゃないんでしょ?お店のお花」
「うん。一通りのものは……」
「珍しいお花とかは無いの?」
「うーん、そうだなあ……」
しばし考え込んで。
「……ラフレシア」
「へ?あ、あのアマゾンにあるって、でっかい花?!」
「うん……母さんの趣味だったって父さんは言ってるけどどうだか……あれって匂いがひどくってさ、見た目程は良い花じゃないよ」
なんだか難しい顔してる。なんかあるのかな?
「へえ……でも見てみたいなあ。今度春日君のお店にいっても良い?」
「え?!」
わ!す、すごい驚き方。
「え、で、でも大した店じゃないし……」
「いや、その……あの薔薇をもう一回見たいの。切り花じゃなくて、ちゃんと土の上に咲いているところを」
「あ……そう」
なんかちょっと残念そう。一体何を想像したのかな?くすくす……。
「ね、いいでしょ?」
「うん……いつでもいいよ。休みの日ならたいてい家にいるから」
「わかった。じゃあ、今度行くね」
ああ、どんな店なのかなあ……あんな花を育てることができるなんて、きっとすごいんだろうなあ……。
そしてそれを育てる人も。
春日君。気弱そうで頼りない感じがしてたけど……お花を扱っているときの彼は、お花について話しているときの彼は……自信満々で、とっても頼もしかった。
あの絵だって、彼がいなかったら描けなかったに違いない。適当なデッサンで終わってたろう。
また、描きたいな、あんな絵が。描けるようになりたいな。
それが、春日君と一緒だったら……描けそうな気がするの。彼と一緒にいると、周りの風景が今までと全然違って見える。なんだろう、この感覚は……?
知りたい。そして知ってほしい……今のこの気持ち。そうしたら、何かが変わる……そんな、気がするの。
それは一体いつなんだろう?
……ま、いいか。ゆっくり考えれば。まだ高校生活は始まったばっかりなんだから!