のぢしゃ工房 Novels

You!

第二話:部活しよ!!

「ちょっとまってよ〜!」

靴を引っかけながらあたしは由兄を呼んだ。

「早くしろよ……まったく」

ドアにもたれながら、由兄はじと目であたしを見た。

「ちゃんと朝起きないからだぞ」

「だぁって……」

ようやく靴が履けて、あたしはカバンを掴んで走り出す。

「行ってきます!」

外は快晴だってのに……朝から憂鬱ぅ。

「やっぱり俺と一緒にロードワークしたらいいんじゃないのか?」

「えー、冗談!朝五時起きなんてやだもん」

「そうだな。それにいくら身体揺すったって起きないし。もう手遅れかもね」

ムカッ。

でも……反論できない自分が悔しい。あ〜あ。

……ん?あれはなに?

「ねえねえ由兄、あれなんだろ?」

「うん?」

あたしが指さした方に、校門の前で群がる生徒たちの姿があった。

「ああ、部活の勧誘だろ?昨日先生が言ってたじゃないか」

「あ、そだっけ?」

良く見れば柔道着や野球のユニフォーム姿なんかが見える。

「ねえ、やっぱり陸上部に入るの?」

「ん?さあ、どうしようかなあ……」

「どうしよっかなって……日本期待の星が何言ってるのよ」

実は、由兄は100mを九秒台で走れる、世界トップクラスの選手なのだ!(えっへん)。

そのせいでいろいろと周囲がうるさい。走ることは強制されないまでも、その期待の大きさは今まで以上なわけで、さっきの台詞みたいになるわけだ。

「そう言うお前はどうするんだ?美術部なのか?」

「うん、まあね!やっぱりちゃんと勉強しないとさ」

「ふうん……他の勉強の方が問題なんじゃないのか?」

「ほ、ほっといてよ!!」

その勧誘の波を抜けていく途中、由兄が呼び止められた。

「ああ、やっぱり……森村由一君だね?」

その人はえらく体格のいい男子生徒で、夏でもないのにもうずいぶんと日焼けしていた。

「あなたは?」

「俺は杉下章輔。陸上部の部長をやっている。君の名前を入学者名簿に見つけたときは驚いたよ」

「それはどうも」

「それで、どうするつもり何だい?俺としてはほうっておけないんだけどなあ」

「ああ、それならご心配なく。放課後伺いますから」

「本当かい?!そいつはすばらしい!待ってるよ!!」

たいそう喜んだ様子で、杉下さんは去っていった。

「なあんだ、結局入るんじゃない」

「まあな。さ、行こうぜ」

あ、でも美術部の人は見かけなかったなあ。はて?


教室に入ると、なんかすっごくいい匂いがしてきた。

「うわああ……花だあ!!」

教壇の上の花瓶に、きれいなチューリップが一杯活けてあった。花がすっごく大きくて、立派なものだった。

「きれい……誰が持ってきたお花なのかな?」

「少なくともお前よりは早起きな奴みたいだな」

「ふんだ!どうせあたしはねぼすけですよっだ!!」

なによなによ!あたしだって頑張れば……しくしく。

その時、声をかけられた。

「その花なら、春日君が持ってきたものよ」

「え?あ、秋吉さん」

読んでいた本から顔を上げて、あたしを見ていた。

「なんで知って……そっか、秋吉さん、今週週番だからか」

「ええ、あたしが花瓶に活けたから……あ、名字よりも、名前で呼んでくれた方がうれしいな」

ちょっぴりはにかんだような表情が、なんかとっても素敵だった。

ほんと、彼女はとっても素敵なの!顔形、スタイル、どれをとってもトップモデル並み。んなもんだから、もう男子は色めきだっちゃってもう大変なんだから!

でも彼女……沙織ちゃんは引っ込み思案らしくって、断るのに苦労してるみたいなの。いつもはそばにお友達がいて色々面倒見てるみたいなんだけど、今はいないみたいね。

「でもなんで春日君が持ってきたの?」

「お家がお花屋さんなんですて。それでね」

「ふうん、そうなんだ」

あたしは振り返って春日君の方を見た。あ、本読んでる。

眼鏡をしてて、おとなしそうな子だなあ。でもま、花を持ってくるくらいだから、きっと優しい人なんだろうな。

「そだ!沙織ちゃんは、部活とか入るの?」

「うーんと、考えてはいるんだけれど……踏ん切りがつかなくて」

「そう。あ、あたしはねえ、美術部なの!」

「誰も聞いてないって」

「由兄は黙ってて!!」

「ふふふ……」

あ、笑われちゃった。

「仲、いいんだ」

「誰がこんな……」

その時、校内放送のスピーカーから元気のいい声が聞こえてきた。

『Goodmorning,everyone!!This is IBS's MORNNING CALL!!』

「あら、みどりだわ」

沙織ちゃんは声を聞いてそう言った。

「みどりって……天城さん?へえ、もうDJ任されるなんてすごいねえ!」

天城みどりさんは、沙織ちゃんとは親友で、放送部に所属してるんだって。まだ新入生なのに番組任されるなんてすごいなあ。

『は〜い、みんな調子はどお?あたしは朝から絶好調!だからみんなも元気一杯に、勉強はほどほどに、がんばって行きましょう!まず一発目は、スタンダードに「yesterday」……』


さてとお昼だお昼!え〜と、おべんとおべんと、と〜。

「一緒に食べない?」

「あ、久美子ちゃん」

お弁当袋を下げた久美子ちゃんがやってきた。

「まだ、ほかの人と慣れなくて……」

「うん、いいよぉ」

早速机をひっつきあわせてお弁当を広げる。

「ねえ、久美子ちゃんは自分で作ってくるの?」

「ええ、たまにはね。今日は作ってもらったの」

「ふうん。あたしはねえ、あんまし得意じゃないんだあ。隣のおばさんがね、両親と付き合い長いんだけど、めちゃ上手でさあ、いっつも作ってもらっちゃうの」

「自分ではやらないの?」

「え?あははは、早起きできたらやりたいけど、低血圧なのか朝はからっきしだから」

「みたいね」

あう〜、また笑われちゃった。

「でものんびりしてる方がいいわよ。あくせくするのが人生じゃないわ」

なんか妙に実感がこもってるなあ……

「でののんびりしすぎるというのも、ねえ?それにあたしの場合、逆にのんびりできないような気がするんだけど……」

なんか落ち込み気味で、お弁当があんましおいしくなかったなあ。

さてと。

「どっか行くの?」

「うん、ちょっと図書館へ。デッサン関係の本を探しにね。あるのは分かってるんだけど」

「そう……行ってらっしゃい」

「うん」

……なんか彼女の声、元気なかったなあ。誘った方が良かったのかなあ……。


図書館は別棟になっていて、小さな町の図書館くらいの大きさになってるの。何万冊も蔵書があるんだって。とてもそんなには読む気がしないけどなあ。

入り口をくぐるとそこはちょっとしたホールになっていて、テーブルについて新聞や雑誌を読んでいる人達がいっぱいいた。更に奥に進んでいくと、途中にカウンターがあって、貸し出しや返却の手続きなんかをしているらしい……あ、あれ、春日君?

「こんにちは!」

あたしが声をかけると、春日君はびっくりした様子であたしの顔を見た。

「あ、こ、こんにちは!」

「へえ、春日君って、図書部に入ってたんだ」

「あ、うん、まあ……」

「ん?なんか顔赤いよ?」

「え?!い、いや……な、なんでもないよ。それより、何か探してんの?」

なんでそんなに慌ててんだろ?

「うん、美術史の本をちょっとね」

「それなら右手の棚の方だよ」

「あ、そう、ありがと!あ、そうだ!」

「え?」

「教卓のお花、きれいだね。あたし、ああいうの好きだな」

「あ」

あれ?なんか固まってる……?

「……そ、そう?」

「うん……あの、どうかした?」

「い、いや、な、なんでもないよ、あははは」

「ふうん……」

なんか、変……でも、まあ、なんか慌ててる春日君って、かわいいな☆

「今度は別な花見せてね。それじゃ!」

あたしは手を振ってカウンターを離れた。振り返ると、ぎこちなく手を振る彼の姿が見えた。


放課後、あたしは一目散に美術室へと向かった。

美術室は教室と同じ建屋の四階にあって、結構見晴らしがいいの。

部屋の入り口の前に立つと、なんか緊張しちゃって、なかなか扉を開ける勇気が出ない。こんなことで臆するようなあたしじゃないんだけど……。ええい、ままよ!

がらっ。

「こんにちわ!入部希望……なんですけど……はれ、いない?!」

そう、部屋には誰もいなかったのだ。

「おっかしいなあ……やってるはずなんだけど……」

さてどうしよう?どっか別の場所なのかなぁ?

とその時、突然後ろから声をかけられて、あたしは飛び上がった。

「あれ、入部希望?」

「ひゃっつ!?」

振り返ってみると、スケッチブックを抱えた男子生徒があたしを見下ろしていた。

きゃーっ、かなり格好いいかも!

「え、そ、そうですけど……美、美術部の方ですか?」

「うん。あれ、昼の放送聞かなかったの?中庭で勧誘を兼ねて写生会をしてるんだけど……」

「あ……お昼はすぐ図書館に行ったからそれで……」

「なるほどね、あそこは放送シャットアウトしてるからね。あ、まあ、はいんなよ」

「あ、ども」

先輩の後について美術室に入る。中はまあ、デッサン用の胸像や静物なんかが並べられ、イーゼルやキャンバス、画材なんかが机の上に並べられていた。

「まあ、座って」

「は、はい」

椅子を勧められて、ちょこんと腰掛ける。

「自己紹介がまだだったね。僕は入来達哉。二年生で、美術部の部長を務めさせてもらっている。君は?」

「あ、あたし、森村由布です!昔から絵を描くのが好きで、中学の時も美術部でした。よろしくお願いします!」

「こちらこそよろしくね」

入来さんは笑ってそう言うと、ふと首をかしげた。

「えっと森村っていうと……もしかして、森村一郎さんの娘さん?!」

「ええ、そうです」

「驚いたなあ。近くに住んでるのは知ってたけど……」

あたしの父さんは、世界的に有名な油絵画家……ということになっているらしい。風景画が専門なんだけど、外を出歩くことがあんまり無いので、かなり不思議がられているんだ。だから心象風景画なんて呼ばれることもある。もっとも父さんは、昔見て回ったものを描いてるんだって言ってるけど。

「あの人の絵は好きなんだ。目で見るというよりは、心で見せられる、そんな感じがとっても良くってね」

「そうですか。こんど父さんに言っときます」

「ああ、頼むよ。さて、みんなの所に行こうか。新入部員も大勢来ているよ」

「はい!」

なんとか美術部に入れそうだし、部長さんは格好いいし、言うことないね!

さあ、今から頑張るぞ!!





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