……ふああ。
ん?なんかジリジリ音がするなあ……なんだろ?
でもあたしは眠いんだもんね〜。まだ寝てるぞぉ……
……けど、なんか忘れてるような気がする。今日は確か大事な日だったような……
大事な日!!
あたしはふとんをはねのけた。まだ鳴り続く時計を見る。
「やだもう!!8時越しちゃってるじゃない!」
ひ〜ん、急がなきゃ〜。
ベッドを飛び降りると、パジャマ姿のまま部屋を飛び出した。そこは廊下になっていて、右手の方にリビングがあるの。
とてとてっと歩いていくと、ダイニングにつながるドアが開いて、思わずぶつかりそうになった。
「わっ!」
出てきたのはジャージ姿で頭にタオルをのっけた、あたしと同じくらいの男の子。シャワー上がりみたい。
背は高いし、ルックスもぴか一だし、スポーツ万能で、頭も良くって……これがあたしのお兄ちゃんじゃなかったらねえ……(え?それでもいいって?(__;)
あ、そうそう、自己紹介がまだだったよね。
あたしの名前は森村由布!今日から晴れて高校生!!……なんだけどぉ。なんか初っぱなからどたばたしちゃってるなあ。
んで、お兄ちゃんは森村由一ね。あたしたち、双子なんだ、二卵性の。
「もう、お兄ちゃん、気をつけてよ!」
「あ、わりぃ。だけど、今ごろ起きたのかぁ?」
由兄ちゃんは馬鹿にしたように言う。由兄は中学んときは陸上部で、毎朝10kmのロードランニングが日課なの。だから朝早いのよ。
「どうでもいいでしょ!ああっ、早くどいてよ!」
由兄を押しのけてリビングに入る。ダイニングの方を見ると、父さんが端末でなにか読んでるのが見えた。そのそばを慌てて走り抜ける。
「おっはよ〜!」
「おいおい、いきなり遅刻かい?」
「大丈夫!」
キッチンの方では母さんがお料理中で、あたしを見てしょうがないわねって顔をしてた。
「今からシャワー?間に合うの?」
「だ、だいじょうぶよ」
そうしてようやくバスルームまでやってこれたのだった……やれやれ、なんとかなるかな?
「や〜、一時はどうなるかと思った」
真新しい制服にそでを通したあたしは、紅茶のカップを両手で持ちながら人心地ついた。
「早く起きれば済むものを……」
由兄がぼそっと言う。
「ぷんっ!ほっといて!!」
「でもねえ……低血圧ってわけでもないんだし、もう少し、早く起きてくれたらいいのに」
母さんが困った顔して言う。
「あ、あたしだって頑張ってるもん!だけど……」
「ま、これからはいやでも起きれるようになるさ」
笑いながら父さんが言った。
「乙夜は決まり事には厳しいところだからね」
「うへえ」
そうなのだ。あたしと由兄がこれから入学式に挑もうとしている乙夜学園は、規則違反は即停学にもなりかねない。それがどんなにささいなことでも。
そうはいっても、昔あったような校則がんじがらめの学校というわけでもないのだ。それはおいおい、話に出てくると思う。
さて。
「そろそろ行くか、由布」
由兄が立った。こっちも当然下ろしたての制服よ。乙夜は男子も女子もブレザースタイルで、男子はスラックス、女子はフレアスカートになってるの。色柄は上が紺地に金色のチェック、下はライトグレーね。
「仕方ない、行くかあ」
よっとあたしも立ち上がる。
「じゃあ、行ってくるね!」
「行ってらっしゃい。頑張ってね」
母さんはにっこり笑って言った。
「お〜、見えてきた見えてきた!」
手をかざしながら坂の上を見る。森に周りを囲まれた敷地の中に、目指す校舎が見えてきた。
「だけどけっこう遠いねえ」
「そうかあ?大したこと無いぜ」
「そりゃ由兄は陸上部だからあったり前じゃない!!」
「だけどなあ……明日っから毎日通うんだぞ?今からそんなこと言ってどうするんだよ」
「うぐっ……」
そ、そういやそうだった……自転車、いるかな?
やっとのことで門の所まで来た。周りにはあたしたちと同じ新入生が大勢門をくぐっていた。
「よし!」
胸を張りながら、あたしは門をくぐった。これで……今日から高校生なんだなあ。
「えへへへ……」
「なににやついてんだ?」
怪訝そうな顔で由兄が見る。
「ふふふ、なんでもなぁい」
「……変なやつ」
「ね、早く行こうよ!」
あたしは校舎の入り口目がけて走り出した。
「あ、こら走るな、みっともない!」
「へへ〜ん、ここまでおいで〜」
「あ、ばか、前!」
「え?前?」
言われて前を振り返って……そしてぶつかった。
「きゃっ!!」
いったたたた〜、お尻打ったああ。
「あ、と、大丈夫?」
あたしがぶつかった男子が手を差し伸べてくれた。
「あ、ご、ごめんなさい……」
その手につかまって立ち上がろうとした……って、あれ?なんで立てないんだろ?
その人は手を出したまま、あたしの顔をひどく驚いた顔をして見つめていた。うわあ、けっこうかっこいい……由兄とどっちがきれいかな?
あ、でもこの格好のままじゃ、なんかやだなあ。
「あ、あの……?」
「あ、ご、ごめん」
彼が引き上げてくれて、ようやく立てた。
「どうもすみません、馬鹿な妹で」
追いついた由兄がかってなことを言ってくれる。
「いや、こっちもぼーっとしてたから、お互い様ですよ」
へえ……笑った顔、素敵だなあ。でも、なんだか、寂しそう。
「ほら行くぞ」
由兄に引っ張られて行くあたしは、何度か振り返りつつ彼の方を見た。いつのまにか、そばに男子と女子が一人ずつ現れて、彼と一緒にあたしのことを見ていた。はて?
「……まさか、こんなことがあるなんて……思いもしなかったな」
由布がぶつかった少年が、あきれ返ったように言った。その声はどこかもの悲しげで、希望と戸惑いが入り交じった複雑なものだった。
「いいじゃねえかよ。悪い話じゃないと思うけどな」
彼を上回る体格の男子がけしかけるように言う。だが彼はそれに答えようとはしなかった。
そんな二人を、小柄な女子が見守っていた。両手を胸の前で固く結び、祈るように。
「あ〜あ、がっかりぃ」
クラス分けを見た後で教室に向かいながら、あたしはぶちぶち。
「また一緒のクラスなの〜?」
「なにいやそうな顔してんだよ」
由兄が後ろから話しかけてくる。
「あのねえ!また一緒のクラスなのよ!?いいかげんうんざりだわよ!」
「またまた……こんないい男とずっと一緒なんだからいいじゃないか」
「由兄じゃなかったらね!!」
そうなのだ。あたしたちは小学校からずっと一緒のクラス!!今度こそはって期待があったのになあ……。
「さ、早く入ろうぜ」
気楽な口調で由兄が教室のドアを開けた。中では真新しい制服に身を包んだ、これからクラスメイトになる人達が、入学式前の時を思い思いに過ごしていた。
何となく話しかけられずに不安そうに周りを見回してる人、すっかり打ち解けてきゃーきゃー言いながら話してる娘達、昔からの知合同志なんだろう、再会できた喜びを分かち合う人達……そして、何とも言えないここちよい緊張感。
「……いいなあ。早くお友達になれるといいなあ」
「由布の厚かましさならすぐにでもできるさ」
「あ、ひどい!まるであたしがデリカシーないみたいじゃない!」
その時扉が開いた。また新しい人が入って来たんだ。
あたしは振り返ってその人たちを見た。……いやあ、びっくりしたのなんのって!
「あ、あなたは?!」
そこにはさっきあたしがぶち当たった男子が、こちらも驚いた様子であたしを見ていた。その後ろでも、同じく驚きの表情を浮かべた大柄な男子と小柄な女子が立っていた。
「別に追っかけて来た……ってわけじゃあないよね?」
「……あ、うん、それは……うん、そうだよ」
彼はなんかばつが悪そうにいった。なんでだろ?
「あ、名前まだだったね。あたし、森村由布。よろしくね!んで、こっちが由一。あたしたち双子なの」
「ども〜」
軽い調子で由兄が挨拶する。
「僕は芹沢……芹沢和広」
彼……芹沢和広君は微笑を浮かべながら言った。
「それに、飯坂始、田崎久美子、だよ。同じ中学から上がってきたんだ」
「よろしくな」
わあっ、由兄よりおっきいい……190近くあるよぉ。でも怖いって気はしないなぁ。何処となく憎めないって言うか、可愛いって言うか……。
「はじめまして。これからよろしくね」
田崎さんはあたしより背が低い。160無いくらい。色白で、そばかすが見える。髪は天パなのか、ウェーブがかかっていた。なんとなくおっとりとしていて、物腰が柔らかい。
「うんうん!よかったあ、女の子の友達できてぇ。あんまりこの学校に知合いないのよ」
「あたしもなの。でも和広と始がいてくれたから良かったわ」
ふうん……『和広と始』、ねえ……この三人、どういう関係なんだろうなあ?なんか興味津々って感じ、みたいな〜。
その時またまた扉が開いて、今度は男の先生が入ってきた。この人があたしたちの担任なのかなあ?
「さあ、みんな席について!これからの予定にについて話すから」
急いで自分の名札の置かれた席に着いた。あたしの後ろは由兄なんだよね、これが。
そのとき、こっちに視線を向ける女の子が見えた。ちょうど芹沢君の後ろの席の子。誰を見てるんだろう?
みんなが席に着いたのを確認した後、先生は話し出した。
「え〜、皆さん、まずは入学おめでとう。これから一年間、君たちを担任する事になった長谷川信彦です。どうかよろしく」
ぱちぱちぱちぱち。軽い拍手が起こる。
長谷川先生はやせ形で、すらっとした体つきだった。眼鏡をしてて、優しそうな目をした先生だった。年は30才くらいかなあ?
「詳しい話は後ほどするとして、まずは入学式のことだけど、今から講堂の方に行って、えらいさんから話を聞きます。式次第は二三十分で終わると思うよ。それから在校生からの学校紹介なんかがあった後、教室に戻ってきてみんなで自己紹介って段取りになってる。その後は明日からのこととかを説明するから。ま、固くならずに気楽に行けばいいと思うよ。何か質問は?……ない?それじゃあ、講堂に行こう!」
でもなあ……いくら短いっていってもなあ。なんかそう言うの苦手〜。でも仕方ないよねえ。
そんなわけで。講堂の方へとぞろぞろ歩くわけだけど……やっぱさあ、在校生や父兄(でも父さんと母さんは見に来てない)の見ている前で入場行進するのって、やな気がしない?妙に緊張しちゃうんだよねえ……。
あと退屈なのは学校長挨拶とかPTA会長からの歓迎のお言葉だとかよね。つまんない上に長話で、一種の拷問だわよ。
でも乙夜の式次第は、とっても簡単だった。理事長挨拶がたったの5分。それ以外無し!それに桜の花云々なんて前フリ無しの、簡潔にして要点をまとめたものだった。ちなみに理事長は女の人で、50くらいの理知的な顔立ちをした人だった。
「皆さん、ここで出会う人達との関係を、大事にしてください」
鴇田正美理事長さんは軽い挨拶の後、こう切り出した。
「人は一人では生きて行けません。必ず自分とは異なる存在が必要です。それは心地いいものばかりでは無いかもしれませんが、かといってそれを避けることはできないのです。むしろそのような問題を解決しようとする姿勢こそが必要とされます。そのための努力を、私達は惜しんではいけません。どうか、心してください……」
それから、いろんな事に関心を持ちなさいとか、勉強はまず得意分野をつくってそれから苦手を克服するよう努力しなさいとか言って、最後の方で校則について触れた。
「我が校の規則は厳しいものではありますが、それが絶対的価値を持つものではありません。規則は変り得るものであり、それを決めるのは先生方ではない、あなた方自身なのです。規則に盲従するのではなく、それが何のために存在しているのかを常に考えねばならないのです……」
理事長の話は、予定通り、きっかり五分だった。
教室に戻ってきたあたしたちは、席に座って近くの人達と話をしていた。
すると長谷川先生が戻ってきて、明日のこととかを話し出した。
「……そういうわけで、しばらくは学校に慣れるための期間が続くことになります。まあ、このクラスだけじゃなくて、他のクラスの人達とか、部活動とかで交流を深めて早く慣れてください。まずは、クラスで自己紹介から始めようか。じゃあ名前順で……秋吉さんからかな?」
「は……はい」
一番入り口よりの席に座っていた女子がゆっくりと立ち上がった。
うわぁ……長い髪。お尻まで届いてる。それにきれい……母さんのとどっちがきれいかな?それに……きれいな顔。
「あ、あの、わたし、秋吉沙織です。よろしくお願いします……」
え?もう終わりなの?座っちゃった。引っ込み思案なのかなあ?
それから次々と自己紹介が続いた。飯坂君は格闘技系だったのね。それから……。
「おや、彼女……」
後ろで由兄が呟く。あれ、さっきこっちを見てた子だ。
「鈴元友子です。中学の時は陸上部で長距離やってました。よろしくお願いします!」
「……彼女、長距離の記録保持者なんだ。世界クラスの人間なんだぜ」
「へえ、そうなんだ」
そういう由兄も短距離の記録保持者だったりする。けっこうすごい取り合わせだわね。
あっと、次は芹沢君かあ。
「えー芹沢和広です。中学時代は特に何もしてこなかったですが、どうかよろしく」
そうなのか……なんかやってそうな気がしたんだけどなあ。
それから田崎さんがやって、そんなこんなであたしの番になった。
「えー、あたしは森村由布です!イラストレーター志望なんです。よろしくお願いしま〜す!!」
よし、決まった!
ま、自己紹介程度でその人のことが分かるわけじゃないし、これからどれだけその人と接するかなんだから、今日のこの日は始まりに過ぎないんだよね。
これから三年間、頑張っていかなきゃね!