涼は少しいらいらしながら自分の席に座っていた。みどりから双子の護衛を頼まれたのはいいものの、二人に何も無いので退屈してきたのである。
一番気になっていた木島隆は、何人もの女子に囲まれて談笑などしていて、特に目だった動きはない。
当の双子の方も、朝の奇妙な行動以外は別段目を引くような行動は取っていなかった。たまにナンパ目当ての男子がよってくるが、大抵由莉に睨まれてすごすごと立ち去る始末。
いい加減、あくびが出そうなほどの退屈な時間。それでも涼は我慢していた。なぜならそれが、“ILRO”での彼の役目だったから。
情報収集が主体のILROにあって、只一人その能力を持たない涼。そんな彼に与えられた役目は尾行・追跡・護衛といった力仕事。しかしそう頻繁にある訳もないので、大概彼は待たされるのだ。仕事によっては出番すら無いこともある。
だからといって、待つことが好きではない涼が我慢できるのも、みどりの言葉があってこそだった。
ILRO加入当初、それに不満を抱いた彼は会を止めると言い出したことがあった。美紀達の説得にも耳を貸さない(グループ内でもめごとがあったせいも有るのだが)ので困り果てたとき、みどりが彼に諭してこう言ったのだ。
……確かに今君のすることは無いわ。けど、起り得る出来事に対して対処できるようにしておくことは大切なことよ。そしてあたし達の中では、あなたしか出来ないことが有る。あなたにしか出来ないことが……。それだけじゃ、駄目なの?この会にいる必要はないっていうの?あなたを必要としている人がこんなにいるっていうのに……
それ以来、涼は待つことが出来るようになった。今のところその成果は、授業中に居眠りしても必要に応じて起きることが出来る、といった程度のことだったが。
……ま、いいさ。もうすぐ6時限目、最後の授業。そうしたら、少しは状況が変るかもしれないからな。
涼は始業のチャイムを心待ちにしながら、目を閉じた……。
終業のチャイムが鳴ると、途端教室は慌ただしくなった。起立礼ももどかしく、クラブの練習に走る者、帰宅する者、掃除道具を取りに行く者などなど……。
涼はそんな彼らの姿を無感動に眺めていたが、面倒くさげに身体を起こすと、双子の席の所までやって来た。
「ちょいといいかい?」
そう彼が声をかけると、由莉は嫌そうに涼の顔を見た。そんな彼女を、由魅は不安そうに見つめる……。
「なに?ナンパなら、お・こ・と・わ・り」
「なに言ってんのお前?そんなんじゃないよ……みどりさんから、また連れてこいって言われてんの」
「ふーん……とかなんとか理由付けて、ほんとは変なとこにでも連れてくつもりなんじゃないの?」
ねめつけるように涼の顔を見ながら由莉が言うと、涼は心外だという表情をした。
「あほか!!デートの誘いならちゃんとそう言うさ!……もっとも、お前みたいなのは願い下げだけどな」
「何ですって?!」
がたがたと椅子を揺らしながら、由莉は顔を真っ赤にして立上がった。そばで由魅がびくっと身体を震わせる。
「あたしのどこがいけないって言うのよ?!あんたなんか、あたしの方からおことわりだわよ!」
「ふん、そいつは良かった。じゃあ、由魅ちゃんだけでもいいや」
「だめよ!!」
今までの剣幕などそよ風みたく感じるくらいの声を出して、由莉は叫んだ。
「そんなことさせるもんか!!もし由魅を一人で連れ出してみろ!!八つ裂きにして海に放り込んでやるから!!!」
そのすごさに、さしもの涼も思わずたじろいだ。
……なんか、妹を守るにしては、ちょっとすごすぎやしないか?
「……由莉、由莉、お願いだからそんな言い方やめて」
由魅は由莉の服の袖を引っ張りながら、か細い声で言った。
「いくらなんでも言いすぎよ……」
「いいのよ、これくらい言っといた方が」
由莉は大きく息を吐くと、涼を見て言った。
「……ま、そういうことだから、あんまりめったなことを言うんじゃ無いよ」
「あ、ああ……俺が悪かった」
そう言って頭を下げる涼に、由莉は何とも言えない罪悪感を感じた。
「ど、どうしてあんたが謝るのよ!?」
「いや……知らなかったとは言え、気に触ること言っちまったんだからな。当然だろ?」
「うう……」
とはいえ、特別言ってはいけないような、禁忌に触れる言葉でも無かったのだ。売り言葉に買い言葉だったということも考えると、涼一人が責任を感じることは無いと思うのだが……。
その点は由莉がよくわかっていた。実際過去に同じ台詞を言ったところ、お前らは姉妹でレズか、と揶揄されたくらいで(もちろんそんな奴はひどい目にあったが)、それなら確かにその当人に問題が有ると言えるだろうが、涼の場合は……。
由莉はバツが悪そうに頭をかくと、涼の肩をぽんと叩いて言った。
「で、いつまでに行けばいいわけ?」
「あ、そう、4時に昨日と同じ場所だが……」
「わかった。じゃ、後で行くから……」
由莉は由魅を促すと、教室から出ていこうとした。そのとき、二人の前に木島隆が立ちふさがった。
「な、なによ?」
由莉は涼のとき以上に嫌そうな顔で言う。
「妹思いは結構だが……」
「はいはい、もう聞き飽きたわよ」
隆にみなまで言わせずに、由莉は由魅の手を引いて教室から出ていった。
しばらく隆は二人の後ろ姿を見ていたが、やがて涼の方を見ると、肩をすくめて見せた。
涼は隆の方につかつかと歩み寄ると、値踏みするように彼を見た。
「あんた、大分あの二人に入れ込んでるようだが、どうしてだい?」
挑発気味に、涼は言った。
「ま、なぜかは秘密なんだが……。君たちが薄々感づいているように、彼女達の存在は人の目を引きやすいんだ。色々な人たちの、ね」
そう答える隆は、その口もとに微笑を浮かべつつ、その実、目は笑っていなかった。
「色々、ねえ……それにしてもピンきりだぜ?俺たちみたいな、面倒に頭を突っ込みたがる連中から、ナンパ目当ての野郎共、そして……転校する先々で待ちかまえる、ほとんど変態野郎とかさ?」
涼はそれこそ嫌みたっぷりに言うと、隆をにらみつける。
しかし、隆は何も感じさせない表情で、それを受け止めた。
「だから、嫌われるんだよ!好きでやってるわけでも無いのにね」
大げさに両手を広げてみせながら隆は言った。
「ふうん……そうか、させられているわけね。そいつはきっと宇宙一の変態野郎なんだろうな」
「まあ、それについてはノーコメントと言っておこうか」
隆はさも面白げに言うと、今度は一転してしんみりとした口調で話し出した。
「だが……ある意味では感謝している。いつもあの二人のそばにいれるからね。実際、ほっとけないのさ。一人はかなり無鉄砲だし、もう一人は……かなり内向的だ。そんなことでは駄目なんだけどな……わかってもらえないらしい」
そういう隆の表情は、どこか哀しげだった。
「なんとなくわかる気がするが……それにしても、話が良くわからんな。この際だから全部話してくれよ。……彼女達が、一体何者なの、か?」
涼は腕組みし、じっと隆を見つめた。が、しかし、隆の答えは否定的なものだった。
「あの二人が自分から話し出そうとするまでは、僕は何を言うことも出来ない。今言えるのはこれだけだ」
そう言い残すと、隆は涼に背を向けて教室から出ていった。
涼はしばらくその消えていった先を見ていたが、やがて吐き捨てるように呟いた。
「……どいつもこいつももったいぶりやがって。どうしてもっとすぱっといかないのかねえ」
図書室に設けられた談話室の一室に、再び同じメンバーが揃った。ただし、昨日とは別の部屋だった。
その部屋に集まった一人一人の顔を確認しながら、みどりは満足げに頷いた。
「じゃ、昨日の続きといきましょうかね。情報もかなり集まってきたみたいだしね。まずは秀君から」
「は〜い」
秀一は冴えない顔で話し出した。
「俺の担当は学校のうわさ全般なんだけど……大したものはないですねえ。これまでと同じ、先生は話したがらないし、うわさ話には目がない連中も、こいつに関しては完全黙秘……普通なら、いじめだ、体罰だ、家庭内不和だ、なんてうわさがたつんだけどね。この話の出始めの時期はあったけど、そのうちみんな怖い考えになっちまったみたいで……ま、無理ないんだけどさ」
「……つまり、状況に変化は無いというわけね?」
「そう、特には。みんな怯えきってますよ。顔では笑いながらね。気付いてるんでしょうね、きっと。触らぬ神になんとやらで」
「……じゃ、次は直君かな?」
「はい」
直純は立上がると、部屋に据え付けられているビデオプロジェクターに近寄った。そしてケーブルで自分のノートPCをつなげると、スイッチを入れた。
プロジェクターに映り出した画面は、ウェブブラウザのウィンドウを映していた。
「これは昨日、みどりさんから教えてもらったアドレスから入手したホームページの絵なんだけど……まあ、システムの話はすっとばして、本筋からいこうかな」
直純は残念そうに言いながら、素早い操作で、目的の画像を映し出した。
「ああ、これこれ……。実はね、前回も話したんだけど、この問題は世界的な問題になっているらしく、様々な研究機関で調査がなされているらしい。これはその位置を示している。赤く点滅しているところがそうだ」
彼の指す画像は世界地図を模しており、ほとんど全世界に赤い光点が散らばっていた。
「そのどれもが国家機密レベルのセキュリティーを与えられていて、その調査そのものがトップシークレット扱いなんだ。なぜそこまでするのか理由はわからない。逆になにかがあると考えるべきなんだろうけど」
そのとき、由莉が口を開いた。
「でもどうやって手に入れたの、そんな情報?トップシークレットなんでしょう?」
「情報ってのはね、流通してこそ価値が有るんだ。少なくとも、そんな情報があるということが知られていなければ、価値なんて存在しないんだよ。こんな格言がある。秘密情報の90%は公開情報に含まれるってね。それから……人間というのは、巨大な秘密ほどばらしてみたくなるものなのさ。僕が行ってきた所は、そういうことに聡い連中の吹きだまりなんだ。もっとも出どころは、みどりさんだけど」
直純がみどりの方を見ると、彼女は肩をすくめてみせた。
「さてと次は事件の分布状況だけど……これを見て。発生地点は偏りが見られるのがわかるだろう?」
次に現れた地図では、青で示された光点が、アメリカ大陸、ヨーロッパ、中近東に集中して存在していた。そして……アジア地区では、日本にそのほとんどが集中していた。
「この状況を見る限り、とてもじゃないが、自然発生的な病気、例えばウイルスなんかの可能性は考えられない。年齢層も限られているし、特定の場所に何件か集中している。そして、そのすぐそばでは何も起こっていない例がほとんどなんだ」
ここで一旦直純は話を止めてみんなの顔を見回した。
美紀は不安そうに画面を見ていた。秀一と涼は現実感を喪失したような目で直純を見ている。みどりは瞑想するかのように、目を閉じて微動だにしていない。
そして……由莉は、食い入るように画面を見つめていた。直純の話など聞いていないかのように。
一方由魅は、両手を口もとにあてて、美紀以上に怯えていた。時折苦しそうに、顔を歪めたりしていた。
……直純は再び話し出した。
「……ではどう考えたらいいか?ここのグループはこう結論付けている。……何らかの意思の介在無しに、この現象は説明つかない。場所もターゲットも限定されている今回の事象は、地球的レベルで展開する陰謀と考えるのが妥当である、と。また、こうも言っているよ。……そしてそれが、人智のなせる業であるとは限らない、とね」
しばらく、不気味な沈黙が部屋中を支配した。
なんの前知識も無しにこんな話を聞かされれば、おそらく一笑に付されただろう。だが、身近の人間が何人も死んでいく事実を知っている彼らにとって、それは現実以上の意味を持っているように思われた。
そんな中で、平然とした表情をしていたのは、みどりだけだった。彼女はみんなの顔を一通り眺めるとおもむろに両手をあげて、ぱんぱんっと手を叩いた。
「はい!!気をしっかり持って!」
その言葉に、すこし落ち着きを取り戻す。
「最後は、美紀ちゃんね」
「……はい」
あまり気乗りしないように美紀は話し出した。
「あたしは……死んだ人たちと親しかった人に話を訊いてきたの。さすがに皆口が重たかったけど、それでも話してくれたわ。それによると……死ぬ直前に、みんなとっても落ち込んでいたって言うの。いいえ、その前から、ひどく疲れているように見えたとか、口数が極端に減ったとか……何らかのサインを出していたみたい。昨日の雅美さんもそうだって。なんか睡眠不足だったみたいで、家ではうなされていたらしいって……わかったのは、それだけよ」
美紀はうつむいてそれ以上言うのを止めた。
そのそばで、由莉と由魅がうなずきあった。その姿を、みどりは見逃さなかった。
「……という調査結果が出た訳だけど、由莉さん、何か付け加えることは有るかしら?」
突然話を振られて、由莉は目をぱちくりさせた。
「なんであたしに?」
「……特に意味は……無いけど?」
みどりは人が悪そうに目をしばたたかせた。
「……そうねえ、良く調べたと思うけど……決定的じゃないわね」
「そうね。じゃあ、また事件は起こると思う?」
「……それをあたしに言わせる気?!」
由莉はみどりをにらみつけた。対するみどりは柳に風といった感じ。ちらっと美紀の方を見ると、美紀の方も由莉にすがるように見つめている。
由莉はため息をつくと、腕組みをして言った。
「ま、また起きるでしょうね。それも近い内に」
それを聞いて、美紀は泣きそうな顔になった。
なおも由莉は続けた。
「もう変化は現れてるはずよ。さっき美紀さんが言ったようなことがね。……急いだ方がいいわ」
そう言うと、由莉は由魅を促して立たせ、自分も立上がった。
「ちょ、ちょっと待って!!」
美紀も立上がって双子のそばに走りよった。
「ねえ、教えて!!あなた達なら何とか出来るの?!死ぬのを止められるの?どうなの?!教えてよ!!」
ほとんど悲鳴に近い美紀の声。由魅はその表情を苦しげに見つめた。
「……それを確約できたら……いいんだけどね」
由莉はそう言い残すと、由魅の手を引いて部屋から出ていった。
美紀はしばらく出ていったドアを見つめていたが、みどりの方を振り返ると、今度はみどりに食ってかかった。
「みどりさん!絶対あの二人知ってますよ!全部知ってて……知ってる癖に、なにも言ってくれないなんて……」
「……美紀ちゃん」
みどりは美紀の頭をぽんぽんと二三度叩いた。
「多分ね、自信がないのよ、彼女達」
「自信が、ない?」
きょとんとした顔でみどりの顔を見る美紀。
「そう。……そうでなければ、あたし達のことなんかほっといて、とっくの昔に事件解決だと思うわ。それだけの実力を、彼女達は秘めていると……あたしは思ってるのよ」
「どうしてそんなことがわかるんですか?みどりさん、何を知ってるんですか?!」
美紀にしてみれば、双子よりも、みどりの方が不思議な存在だった。どうしてそこまで言えるのか?
「ただの直感よ」
こともなげにみどりは言う。
「でもさっきの彼女の台詞で、ほとんど確信が持てたけどね」
みどりは腕組みをすると、皆の顔を眺めやった。
「どうやらもう一山来そうな感じになってきたわ。いいことみんな?どんなささいなことでも見逃しちゃ駄目よ?見つけたら、あたしに知らせること。それから、あの双子から目を離しちゃ駄目よ。いいわね、みんな?」
一同うなずいて答える。
「それで……みどりさん、あたし、気になる人がいるの」
美紀がそう言うと、みどりはうなずいて言った。
「美紀ちゃんがそう言うんだったら……。絶対に目を離しちゃ駄目よ」
「わかってます!」
生気を取り戻したような、そんな表情を見せて、美紀は部屋から駆け出していった。