顧客満足(CS)とISO9000との関係がよく分からない

 「第2次大戦後の日本では企業主導の製品づくりが当たり前であった。大量生産、大量販売の時代に入ると、ガルブレイスが指摘した「製品を作るコストよりも、その製品の需要を作り出すための費用の方が重要視される」というマーケティング戦略が胎頭した。その時代には消費者不在とまでは言わないまでも、かなり企業主導で製品づくりも行われていたが、経済成長に支えられて商品は売れていた。しかし、その後商品がある程度普及し、消費社会の成熟化時代を迎えると、企業主導のままでは売れ行きが悪くなり、マーケティングが見直されて、CSが脚光を浴びるようになったと受け止めている。」

 金森房子 東京都立短期大学は、「標準化ジャーナル」での論文をこのように切り出している。ISO9000規格に基づく品質システムには、どうしても顧客満足に軸足を置いた企業運営が求められる。ところが、指摘されているように企業主導の製品づくりを続けてきた経営者には、どこがどのように違うのかが分からない。金森氏の論文をもとに話を進めたい。

 「ものがまだ十分に普及していなかった時代には、企業主導型でいろいろな製品が作られ、その機能性や便利性が宣伝されると、消費者はそれらを期待して商品を購入していた。つまり企業主導型のものづくりに対して疑問をもたず、それが当たり前であったように思う。」すなわち、多くの企業は、優れた品質の製品を安価な価格で作れば売れるという企業運営を続けてきたとも言える。しかし、時代は変わった。米国の流通企業のJ.C.ペニー会長 J.オエストロイカーは、つぎのように述べている。

「変化するお客さまのニーズを満足させてこそビジネスの成長がある。
これはビジネスの永遠の真理だ。
そしてその真理は数年ごとに繰り返して何度も学ばざるを得ない真理だ」
       

 顧客のニーズは変化を見のがすと、企業は生き残られないという単純なことである。ここで理解の混乱がおこるのが、「だれが顧客か」である。金森氏の意見が日本では重要に思う。

 「CSが提唱される前は、メーカーにとって当面の顧客としてはエンドユーザーよりも卸や小売業などの流通業者であった。まずその事業者に関心をもってもらうには、毎年のように外見を変えたニューモデルの製品づくりが行われていた。新型でも1年で陳腐化するモデルチェンジの問題に対し、多くのエンドユーザーからは改善を要望されながら、例えば白物家電でもバブル経済崩壊後の景気低迷時まで継続してきた事例をみても、売る立場からの意見が強かったのではないかと思われる。つまり主たる顧客が本当のエンドユーザーではなかったということが指摘できる。(途中略)
 また、顧客をエンドユーザーと位置付けても、お金を払って商品やサービスを買ってくれた人だけが顧客だろうか。本来なら、潜在的な顧客も含め、企業活動の影響を受ける社会全体の人が顧客のはずである。」

 ISO9000では、企業の利害関係者をすべて顧客とみなす思想が根底にある。この思想は、外国から輸入されたものではなく日本でも昔からあった農耕社会の規範である。にもかかわらず、日本人は高度成長経済に酔いしれて見失ったのかもしれない。いまからでも遅くはない。取り戻すべきと思うのは私だけではなかろう。話を顧客満足に戻すと、お金を払ってくれるアセンブル・メーカーだけでなく、その最終消費者に向けた品質の確保が重要と言える。

 顧客の満足度をどのように測るのかがつぎの課題である。特に、2000年版ISO9000では顧客満足度を調べることが求められるから重要である。

 「満足というのは期待に対してそれがどれだけ満たされたかということである。消費者の期待項目は、経済社会情勢の変化やライフスタイルの変化に伴って変動するし、項目間のウエイトも固定していない。また消費者の期待感を創り出す広告・宣伝などビフォアサービスの問題とも無関係ではない。しかし、ともすると従来のマーケティングでは、商品が売れたとなると、顧客が満足したと判断されがちであった。ところが実際には、100%満足したとは限らない。
 特に、セルフサービスの販売形態では、昔のような対面販売の場合と異なり、客と店員のコミュニケーションが少ない。客からみると不満足な箇所がある商品でも、ないよりマシだからということで購入を決定する場合もある。使用して初めて不満足な箇所が発見される場合も少なくない。つまり、売れたということだけで評価すると顧客の満足度について誤認する危険がある。不満足情報がフィードバックされない限り満足度の改善も行われない。」

 ISO9000規格の不適合の管理や是正処置の仕組みだけでも、顧客満足度を推定できるが、十分ではない。だから、2000年版では顧客満足度調査が企業で実施されるように要求することになる理由はここにある。ここでは調査の方法や中身には触れることはしないが、顧客ニーズの変化に対応できるように顧客満足度調査を経営の仕組みに取り入れることは避けられないと指摘するにとどめる。

 ISO9000は品質保証の国際規格である。品質保証は、企業の「信頼性」とのかかわりが深い。品質システムは、信頼性を高めるに役立つという。なぜだろうか。金森氏の意見を聞こう。

 「日本が先進国の中で遅れているものの一つに情報の開示が挙げられている。従来、企業の情報開示は、企業にとって不都合であったり不利と思われものは積極的には開示されなかった。製造物責任法が制定されて、商品の危険・警告情報の開示は進んできたものの、ビッグバン問題で象徴されるように、消費者が必要とする情報がほとんど開示されていない企業も少なくない。商品やサービスの品質や機能などにかかわる直接的な情報提供の充実はもちろんであるが、消費者が必要とする情報の開示、ディスクロージャも充実されなければならない。

 消費者が望む本当のCSを実現するには、基本的に企業と消費者との信頼性が構築されていることが非常に重要と思われるし、信頼性の構築ができるかどうかは企業の情報開示の取り組み次第である。」

 ISO9000品質システムは、企業が情報開示をするために作られると言っても過言ではない。ある偉い先生は、「ISO9000品質システムは、企業のショーウインドウである」と表現している。「いつでもどんなことでも見て下さい」と積極的に企業の業務の中身を見せられるようにするのが、ISO規格の本来の要求事項である。だから、顧客に隠さねばならないようなことをなくすためにも役立つとも言える。隠すようなことがあると顧客はその企業を信頼しない。顧客は、賢明であると認識するべきであろう。

 さて、顧客満足(CS)とISO9000品質システムの関係からの企業経営に関しては理解できただろうか。では、先に進めたい。

 顧客満足の度合いは民族によって異なり、時代のよって変化する。中国人は、食べ物の味がよければ店員の態度が多少粗雑であってもよしとするが、欧米人は料理そのものより給仕のサービスの程度やマナーのよさを重視する傾向が強い。ニューヨークでテーブルマナーに気をつかうのはレストランだが、中華料理店では勝手放題である。テーブルクロスを汚すのが最高の礼儀なのが高級中華料理であって、パン屑まで気を使うのがレストランである。しかし、そんなことは末梢事であって、日本では忘れられている店員が客の動きをいつも気をつけていることは両者とも共通している。一方、日本ではどうか。あえて言うまい。指摘したい論点は、サービスの品質には段階があることである。インテリジェントワークウエイ研究所代表 吉野博弼氏は、CS向上のステップには3段階あるとしている。その第一ステップは、機能的満足と安全・確実・公平・品質保証であり、第ニステップは「感じる/見える」満足と親切・雰囲気・サービスシステムのよさ、そして最高位の第三ステップは、お客の自尊心満足と情報提供・「顧客と共同」によってもたらされる共感であるとしている。しかし、私は最高位の顧客満足を得ることとは、顧客が一生つき合いたいと思う「生涯顧客」となるサービスを提供することと定義したい。どんなに貧乏しても毎年訪ねる旅館を持っている人は豊かであると思わない人はいまい。私自信、いまでももう一度訪ねたいと思うイタリア・レストランがニューヨークの下町にある。そんな感銘を与えてこそ、最高のサービスと言うのではなかろうか。

 賢者であるみなさんはすでにお気付きであろう。ISO9000品質システムでは、「生涯顧客」を得る程の製品・サービスの品質まで言及していない。なければ、自分でつくるしかない。「ISO9000を超えて」と言う所以である。

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