環境マネージメントでの利害関係者(ステークホルダー)

 企業運営にはかならず誰かが利害関係者になっている。品質システムでは、主たる利害関係者は顧客、株主、従業員、下請け企業と材料納入業者を考えていればよかった。しかし、環境に関わる場合には、それら以外に周辺住民、行政機関など企業を取り巻くすべてが利害関係者となるので、いっそう慎重な配慮が求められる。規格では、それぞれの利害関係者に対する「環境側面を明確にし、その側面の中から著しい環境影響をもつもの、あるいはその可能性のあるものを決定する」となっている。従って、これらの利害関係者の明確化がシステム構築開始時の作業となる。

 周辺住民と言えば、騒音や悪臭などが大きな問題を起こすことがある。現役時代のことだが、製品の納入先でタンクローリーから荷下ろしをするために、深夜、車のエンジンを回し、ポンプを作動さえていたときの騒音が住民からの苦情となった。この件で住民に謝罪しなければならなかった苦い経験がある。また、米国勤務のときだが、フォード社で使われる自動変速機の潤滑油の臭いが少しきつく、作業員からの苦情で不採用になったのも別の経験だ。なぜこのような経験談をながながと述べるには理由がある。それは、これらの利害関係者に対する処置は、ISO9000品質システムの「取り扱い、保管、包装、保存及び引渡し」の要求事項と組み合わせば統合できることを具体例で伝えたかっただけである。

 また、規格で分かるように、「環境側面」も自社が決定すればよいことで、規格は何も「これをしなさい」とは決して言ってはいない。とはいえ現実的に考えて、小規模企業が環境に重大な影響を与える事象を多く抱えているとは思えないが、事業所が所在する地方自治体の関連法規を見直す必要はあろう。事業所に本来適用しなければならない法規を明確にすることは環境マネージメントシステムの構築の第一歩となる。話を戻す。環境マネージメントシステム構築は、周辺住民など利害関係者が品質システムの場合より増えることはあり得ることである。であったとしても、法規遵守がそれほど大きな負担とはならないと考えるのが妥当である。なぜなら、日本の場合、地方自治体が他国では考えられないほど、私企業に関わり指導(ときには、余計なお節介になっている)をしている現状があるからだ。

著しい環境影響とは?

 ISO14000規格では、「著しい環境影響をもつもの、あるいはその可能性のあるものを決定する」となっていることは既に述べた。英語の”Significant"が「著しい」と日本語に訳されている。わたしは、この”Significant"と言う言葉が好きで、現役時代、研究レポートや社内報告書などに多用していた。この言葉の本来の意味は、統計的に分析すれば「あり得る可能性」が95%以上の確率であることを示す。したがって、企業活動によって人間の健康、自然や生態系、地球環境への影響の中で、影響を無視できない「確かさ」が95%以上のモノを、環境マネージメントシステムの対象にすればよいのであって、なんでもかんでも対象にする必要は一切ない。とすれば、中小企業の企業活動で考慮しなければならない「環境影響」は、それほど多くあるとは考えられない。そもそも、廃棄物、廃ガス、排水、騒音、振動、臭気などはエネルギー消費量に比例して大きくなることは一般である。したがって、エネルギー消費量のみを比較しても中小企業と大企業とでは大きな違いがある。ここでも、中小企業の環境マネージメントシステムで対象とする「著しい環境影響」は、大企業のそれとは大いに異なることを強調したい。当然ながら、環境マネージメントシステムは「軽い」もので、大げさなシステムは不要となる。まして、20人程度の中小企業のシステムは、些細なモノである。だから、品質と環境のシステムを統合するのがもっとも正しい選択肢である。この結論は、「ISO14000の理解のために」の章で述べていることと変わらない。

継続的改善と環境パフォーマンス

 ISO規格では、環境パフォーマンスの定義を「自らの環境方針、目的及び目標に基づいて、組織が行う環境側面の管理に関する、環境マネージメントシステムの測定可能な結果」としている。一方、ISO14001での継続的改善の対象は、環境マネージメントシステムを実施し、より優れたシステムに改善することにより、「環境パフォーマンスが結果的に向上を実現することである」としている。したがって、目標とした環境パフォーマンスの向上が単年度で実現することが出来なかったとしても、必ずしも非難されるものでもない。何らかの環境影響負荷低減活動を行い、その経験と効果測定の結果に基づいてシステムの改善が行われていたならば良しとされるので、業務に差し障りがでるほど負荷低減のために過度の活動を実施するのは本来の目的から離脱している。ISO14000の認証を得ようとて、無理な目標を掲げ、何とか目標を達成しようなどとするのは、とんでもないことである。認証取得後の活動が業務に大きな負担となって、企業活動を妨げる結果となる可能性があるからだ。

 したがって、環境と言うとなんだか大変なことを追加的に行わねばならのではないかを思われるが、そうではない。通常に行っている仕事や習慣的に行われている節約の精神がシステムとして組み込まれていればよいだけのことである。特に、小規模企業では、材料、資材、事務部品、照明、燃料消費などは切りつめているのが、実状となっている。だから、それをシステム化し、具体的な目標を設定すればよい。そのシステムの実施結果に基づいてシステムの「継続的改善」を行うPDCAサイクルを回すことが求められていると解釈すればよい。「継続的改善」のPDCAサイクルを可視化すると、下図となる。ISO16000(未発効)を含むすべてのISO規格に共通したマネージメントシステムの概念である。日本の品質管理で有名な方針管理とほとんど同等の概念ではあるが、「継続的改善」の対象を現存のシステムそのものに焦点を当てている点とスプライラル(バネ状に)のように進化させていくことを強調している点が異なることを指摘しておきたい。

継続的改善と環境パフォーマンスの具体例

 千葉県白井町が自治体としては、ISO14001の認証取得したことは、かわら版でも取り上げた。今朝(2月23日)の産経新聞で町長がその活動内容を説明している。彼らの努力や意図がよく理解できるだけでなく、これから環境管理システムの導入を考慮されている方には、ISO14001の仕組みを理解する上でたいへん役立つので全文を転記した。

「自治体としては全国で初めて環境管理の国際規格「ISO14001」を取得した千葉県白井町。日本企業は信頼感が高まり、販売や資金調達などで有利になるグローバルスタンダード(世界標準)である同規格の取得にこぞって乗り出している。自治体としては具体的な環境対策をどう打ち出していくのか。

 企業は新たなビジネスを獲得する条件としてISO14001をとらえているが、自治体が認証を取得する意味は。

 『行政を運営する上で、最小の費用で最大の効果を上げるのは優先課題のひとつだ。町予算は近年、前年度比マイナスか微増で厳しい状況にある。町役場全体でISO規格に沿って環境対策に取り組み、コスト削減につなげられれば、町民の税金を無駄にしなくても済む。効果を最大限引き出すため、認定対象を小中学校は除くが、出先機関は337人に上っている。』

 具体的な取り組みは。

 『町長が立てた環境方針に基づき、実現計画を立て、実行した結果を点検する。不都合な点は対策を盛り込んだ計画を再度たてて実行する仕組み。内部監査に加え、毎年外部監査を受けてチェックするほか、3年ごとに更新時にも監査を受けるわけで、施策の厳しい評価は、職員の意識改革にもつながるのではないかと期待している。』

 環境対策の成果は上がっているか。

 『97年10月から、96年度実績を達成目標15項目を進めている。例えば事務用紙の使用量を前年同月より10%減らす目標に対し、97年11月は45%、12月は34%、今年1月は29%減らすことができた。片面だけ使った用紙もすべて集めて裏面も使うようにした結果、達成できた数字だ。電気使用量を1%減らす目標に対し、97年11月は5.8%、12月は18.5%削減できた。成果は上々だ。』

 今後の課題は。

 『環境対策は自治体だけが取り組めば良いという性質のものではなく、町内の工業団地に入居している230事業所と連携して進めたい。入居企業がISO14001を取得する際、町はノウハウを提供できる。さらに、インターネットに町のホームページを98年中に解説する予定で、その中でも環境への取り組みぶりを広く紹介、実行を呼び掛けていきたい。』
『職員の9割以上がマイカー通勤しているほか、役所へタクシーやマイカーでやって来る人が多い。98年度から町内を周回する乗り合いバスを運行する計画で、自家用車の利用を減らして排ガス抑制と省エネにつなげたい。このように、できるところから一歩一歩進めていきたい。』

 白井町長、中村教彰氏の取り組みには、頭が下がる思いである。市民の税金を効果的に運用することは、行政としては当たり前のことであるが、無駄使いばかりをしているのが公共機関と考えざるをえないこの日本の中で、この白井町のようにコスト意識の高い行政は貴重である。また、230事業所が取得対象になっていることも敬服する。単なる推察であるが、導入を進めてる途上では職員から強烈な抵抗があったろう。それを克服されたことを思うと、中村氏はすばらしいリーダーシップの持ち主であるに違いない。ところで、巡回バスであるが、最近我が町にも運行が始まった。町の中心までたったの10分で行ける。これはマイカー運転を少なくすることは確かで、いつ来るか分からない従来の路線バスに頼らなくてもよくなった。さて、こんな白井町のすがすがしい話しには、取材した記者も感激されたのであろう、「ひとこと」が付け加えられているので、それも転載したい。

 『小さな町の環境への取り組みが町民や町内企業に広がり、さらに日本全体の波及すればーー。中村教彰町長は環境への思いを語る。確かに、97年10月に達成目標を策定しえ以降、事務用紙の削減や電気使用量の抑制で着実に成果が上がっている。
事業の拡大などに必要な企業とは異なり、自治体の環境規格取得に意味があるのか、という議論もある。しかし、九州や東北などの自治体が取得に必要なノウハウを聞きに来たように、千葉県北西部に位置する人口5万人の”普通の町”の環境対策が、全国的に関心をもたれているのも事実。行政だけでなく、町民一人ひとりが自覚して環境問題に取り組むような機運をどう盛り上げるかが課題だろう。』

環境考慮設計

 製品を開発・設計する際に技術者が留意するのは、「品質」「コスト」「納期」の三点」だ。しかし、最近は「環境」を加えることが多くなってきた。

 環境考慮設計で先攻しているのは欧州だ。たとえば、独BMWは、「リサイクル解体研究センター」という専門施設を持っており、実際に自動車を解体して有効な方法を研究している。

 こうした研究を通じて、設計段階からいかにリサイクル性を盛り込むかの検討も進めている。構想設計の段階で、経済性を重視した詳しい解体分析を実施し、社内基準を設定して設計に組み込んでいるわけだ。

 たとえば、横河電機は製品の構想設計段階から環境を考慮する体制を採り始めた。同社は98年4月から、製品設計段階で環境配備を評価する「環境アセスメント」の基準を、同社の最上位の設計基準であるDS(デザインスタンダード)としている。

 アセスメント基準は、再資源化・処理の容易性や省エネルギーなど8項目について、設計中の製品がどの程度環境に配慮してるかを五段階に点数化し、総合評価する。評価は「概念設計段階」「設計試作品の完了段階」「製品設計の完了段階」の3回実施。問題があれば、出荷を停止するほどの重要性を持たせている。

 一方、環境考慮設計を試演する手段として「LCA(ライフサイクルアセスメント)」という、環境負荷を定量化する手法の開発と導入も進んでいる。

 LCAは製品の原材料採取から製造、使用、処分に至る生涯、つまり「揺りかごから墓場まで」を通して、環境に与える影響を分析、評価する手法だ。ある一つの項目に着目して改善しても、全体でみると本当に環境負荷を低減できるかどうかわからないケースで有用な手段になる。

 LCAの手順は、ISO14040(JIS Q14040)ですでに規定されている。「目的と範囲の設計」「インベントリ分析」(工程ごとに投入物と排出物のデータを集積)「インパクト評価」(環境への影響の評価)「結果の解釈」--という四つの段階に分かれる。さらに報告書を作成して、外部機関に報告書を審査してもらう「クリティカルレビュー」を実施して完了となる。

 NECが今春、初めてISO14040に準拠したLCAをパソコンの設計に適用したと発表したほか、各社ともLCAに取り組み始めた。現状では設計後の製品に適応するケースが多いが、松下電器産業エアコン社のように、設計段階からLCAを適用する企業も登場している。

 また、NEC、東芝、日立製作所など先行企業は、自社で開発したLCAソフトウエアを外販しており、これを使えばだれでも容易にLCAを実施できるようになった。(日経メカニカル編集、藤堂安人氏)

 日経新聞の記事を転載したもので、やっと化学会社並みに設計段階で環境への配慮が電器機具などに適応されてきたのかが感想である。化学品を開発する場合には、開発のある段階で必ず環境への影響負荷を評価しなければならなかった。新製品であったが、それでもこんな事例がある。少量生産での開発段階で毒性試験を行ったが、なんらの問題点は見つからなかった。しかし、商業生産のために約一千万ドルも投資したときに、ごく微量ではあるが毒性の高いある化学物質が生産時に発生することが判明し、すべての開発と生産設備の廃棄が行われた。数年に及ぶ開発期間での研究開発費と設備投資額は莫大であった。しかし、環境への悪影響が明確になった場合には、最高経営者は製品生産を決して許可しないだけの決断が必要なときもある。それほど環境に対する配慮は重要だ。

世界に於けるISO 14000認証取得状況

 ISO事務局の最新情報によると、環境マネージメント・システム規格14000シリーズが発行した初年度である1996年末現在、45カ国で1491件の取得と報告されている。取得件数の多い国のトップ10を下図に示した。

 事務局は、初年度としては急速なトレンドを示したとコメントしている。特記したいのは、ISO 9000の時と違って日本企業が認証取得に精力的であることだ。一方、米国やカナダは極端に低い取得件数で、それぞれ34件と7件のみである。単なる推測であるが、米国企業はすでに環境管理は安全・衛生の中に組み込まれているので、あえて認証を必要としないのかもしれない。事実、定年退職した米国企業はそうであった。このシステムは、安全・衛生・環境マネージメント・システムと称し、ISO14001と全く同等のもので、全世界の事業所が構築を義務づけられた。このために幾度か米国やシンガポールでの国際会議に出席し、定年前の大仕事であった。米国では、政府はもちろん、地域住民や自治体の環境に対する関心は日本と比べものにならないほど高く、環境を配慮しなければ企業運営は成り立たないと感じたのが約10年前のことだった。


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