パボーニ(2)

 前回までのあらすじ
 「雑記帳」で真のエスプレッソの味を知った我々は、家庭用の本格エスプレッソマシーンがパボーニ社から発売されていることを知った。当時の国内価格は21万円。とても手の出るような価格ではない。しかし「イタリアで買えば安い」(by鈴木さん@雑記帳)の一言に、F1モナコ観戦ツアーでイタリアを通る予定だった我々は、次第に本気モードになってきた。ツアーの最中、ドイツからイタリアへ観光旅行する間に何度か店頭に並んでいるパボーニを見た。しかし焦る気持ちとはうらはらに、なかなか買えるチャンスが訪れなかった。

 モナコでのレース開催期間は木曜日から日曜日まで。その間、我々のツアーはイタリア側に国境を越えたサンレモのホテルに滞在した。カジノもあるイタリアの小さなリゾート地。他の有名都市と違って日本人客は少ない。ちなみに、この年のモナコGPの直前に行われたイモラGPのレースで、あのアイルトンセナが事故死している。ツアー客の最大の関心事もこの事故の続報やモナコのレースそのものの開催についてだった。親友の死を悲しむベルガーがレースに出るとか出ないとか、言葉の分からないテレビのインタビュー映像を見て、それぞれに解釈を付けていた。イモラのレースから何日か経つと、セナの事故を扱った雑誌が次々に発売された。小さなサンレモの街の、マガジンスタンドにあるセナの雑誌を買い占めたのは、何を隠そう我々ツアー客である。

 閑話休題。金曜日の夕方、モナコ見物から帰ってサンレモの街をあてもなく散歩していた。その時ふと人通りの少ない裏道で、小さな電気屋さんを発見した。外から店を覗いてみると、、、パボーニがある。しかも微妙に形や色の違う3種類が並んでいた。すぐさま店に入り買う気満々で店の人に話しかけた。イタリアの田舎町では英語は思ったほど通じない。その店のお姉さんもカタコトの英語しか話せないようだ。それはこちらも同じ。身振り手振りや筆談を駆使して、何とか意志疎通をした。こちらもタダの冷やかしではない。必要なことをなんとか聞きだすと、置いてあるのは色違い・性能違いの製品で、値段は高いもので3万5千円程度だという。とにかく必死で買うことを伝えて、免税の手続きまでちゃんとしてもらえた。実は今でも、この店で買い物が出来たことを不思議に思っている。

 パボーニは組み立て部品はほとんど無く、完成品の形で箱詰めされている。これが思ったよりデカイのだ。しかも箱の外に製品の写真があって余計に目立つ。それを持ってホテルまで帰る道すがら「何を持っているのだこの日本人は」という視線をたくさん浴びた。もっとも、同じツアー仲間の誰しもが驚いていたので、冷静に見てやっぱりお持ち帰りは無謀だったのかもしれない。とにかく、無事にホテルの部屋まで運び入れた。そしてすぐさま電源が入ることだけは確認した。それ以上はもちろんできない。箱の中にはユーザー登録だか保証書だかが入っていたが、そんな物日本からどうやって送ればいいのか見当も付かない。日本に帰って無事に動くことを祈るのみである。ま、例え動かなくても、部屋のオブジェとして見栄えがするもんね、なんてめちゃくちゃな言い訳まで考えていた。

 買ってはみたものの、家に持って帰るのがまた一苦労だった。日本に送付するつもりは毛頭無く、だからといってトランクと一緒に飛行場で預けるのも心配なので、残る道は機内持ち込み。ハンディカートに箱をくくり付け、道中ずっとガラガラ引きずって歩いた。飛行機に搭乗する前に手荷物検査がある。パボーニもX線装置を無事にくぐり抜け、いや止まった、しかも戻ったぞ。そりゃそうだ。シルエットだけ見て何か見分けがつく人はいまい。出口でサポートしていた係官が、箱を見てコーヒーマシーンだと伝えてここは事無きを得た。さて機内に入ってもこの荷物は始末に困った。置き場所が無いので仕方なく頭上の棚に横にして詰め込んだ。実はこれが後で痛い目に合うのだが、とにかく苦労して自宅まで運んで来たのだ。

またまたつづく

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