自家焙煎

 「ドリップ珈琲」の回でも書いたが、美味しい珈琲を味わうためには常に新鮮な豆を手元に置かねばならない。自家焙煎の珈琲店に期待している点はそこにある。あるチェーン店のように、いくら見た目をつくろっても海外で焙煎した豆を輸入して店で出している限り、味は期待できない。

 かように新鮮な珈琲豆を手に入れるのは大切なことで、それならいっそのこと自分でやってみようと考える人がいてもおかしくはない。少なくともここに一人いた。焙煎していない生豆(きまめと読みます、なままめではない)を扱う店も探せばそこここにある。あとは焙煎用の焼き網とガスコンロがあれば、とりあえずそれっぽいことができる。と、物の本で読んだ自分は、けなげにも道具を揃えたのだった。

 焼き網はギンナンを煎るやつでよい、と本には紹介されているが、そもそもギンナンを煎ること自体今は珍しいのではないか。珈琲用具店に行けばちゃんとそれ用のが置いてある。網製の小型のふた付きフライパンと言えばだいたい形を想像できるだろうか。焙煎の熱源は理想的には遠赤外線やら炭火がいいのだろう。でもまずは家庭のガスコンロでも十分である。ただ焙煎中に珈琲豆の皮が飛び散るので、台所でやるとひんしゅくを買うこと間違いない。カセットコンロを使って、庭やベランダでやることをお勧めする。もう一つ、焙煎を終えた豆は急激に冷やす必要がある。うちわでパタパタ、扇風機で煽る、ドライヤーで冷やす、いずれでもいいが、自分は竹製の網を用意して、その上に広げることにした。

 焙煎のコツは小まめな火力調整と焦がさないように常に豆を動かすことらしい。手が疲れたり焼き網の取っ手が熱くなることを想定して焼き網を持とう。火力の調整はコンロの火の大きさではなく、火から網までの距離で調節するとよい。火にかけたら網は常に前後左右に振るうこと。始めは中火で生豆の表面を柔らかくし、中に含まれている水分を飛ばす。最初は生臭いにおいがするがそれで正しい。次に網を火に近づけ、強火にして一気に焼きに入る。ここでノンビリすると味も香りも抜けた豆になってしまう。繰り返すが、焼きムラを避けるためにも一時でも手を休めてはいけない。

 焙煎の醍醐味はここでやってくる。猛烈な煙が上がり豆がはぜる。ポップコーンのようにバチッと豆が弾けて膨らむのだ。しばらくそれが続いた後、一旦はぜが治まるときが来る。このタイミングでまた火を中火にして、後は自分の好みの焙煎度合に調節しよう。そのまましばらくすると、また豆がはぜ始める。今度のはぜは最初より小さく、ピチピチという感じである。ちなみに煙は依然として上がっている。このあたりまで来ると、ようやく香りも珈琲っぽくなってくる。2はぜが終わるくらいまで粘ると、いわゆるエスプレッソにするような深煎り豆になる。1はぜ終了位だと浅煎り。その間の適当なところで、できれば豆の状態を見ながら火から下ろそう。火から下ろしたら余熱で焙煎が進まないように、一気に冷やすこと。

 焙煎した珈琲は一晩くらい落ち着かせてから飲むとよい。焙煎後、豆は二酸化炭素を出し続けるので、まだ密封してしまわない方がいい。豆が完全に冷め、落ち着いてから珈琲をできればドリップで入れてみて欲しい。お湯を落とすと生きているかの様にモクモクと膨らむから。

 珈琲の焙煎はかく言うほどに簡単ではない。何度も失敗を繰り返し、だんだんとコツをつかむものである。でもそれでもいいのだ。自分で飲むのだから。その度に味が違っても、本当の自家焙煎はまた格別な味がするはずである。

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