※この感想はblogからの転載になります。

潜水服は蝶の夢を見る〜LE SCAPHANDRE ET LE PAPILLON

  約1ヵ月ぶりに映画館に行きました。ずーっと観たい!と思っていた映画、『潜水服は蝶の夢を見る(原題:LE SCAPHANDRE ET LE PAPILLON/THE DIVING BELL AND THE BUTTERFLY)』を観て来ました。

 この作品は実話を基にした物語で、2007年度の外国語映画賞を総なめにした注目作品でもあり、過去に主演をする予定がスケジュールが合わずに断念したJohnny Deepが「2007年のNo.1作品!」と大絶賛し、『No Country for Old Men』の怪演が話題のJavier Bardemも「芸術の師が最高の仕事を表現した作品だ」と大絶賛し、業界内外でも非常に評価の高い作品でもあります。

  ファッション雑誌『ELLE』の編集長だったJean-Dominique Bauby(=Jean-Do)は脳梗塞の発作を起こし倒れ、目を覚ますと自分がベットに横たわり左目の瞼しか動かせないでいる現実を突きつけられる。記 憶障害も無く意識もハッキリしているのにも関わらず、言葉すら発することのできないJean-Doは、言語療法士のMarie Lopezから左の瞼のまばだきでアルファベットを指示する方法でコミュニケーションを取ることを教えられる。
 そしてJean−Doは、まばたきで自分の意志を伝える一方で、自分の過去・現在・未来について記憶の回想や想像をするようになるが、この自分が想像した世界を本に出来ないか考えるようになっていく…。

 という話で、人生の成功と挫折を経験した男が、その経験を独特の想像力で表現していく姿を淡々と描いた作品です。

  左の瞼しか動かせない主人公の「視点」に合わせて描いているシーンが多いので、身体を動かすどころか言葉を発して意思疎通ができない主人公の息苦しさに近 いもどかしさがリアルに伝わってくると同時に、主人公が回想するシーンは独特の映像美が光り、ファンタジー作品を観ているような錯覚さえ起こります。
  主人公の置かれた状況はとても悲劇的ですが、回想シーンの独特の映像美のせいか、こういう作品にありがち重苦しさは目立ちませんし、お涙頂戴の押し売りも ありません。主人公が現実逃避にも近い想像の世界に浸るシーンも、「想像の中では何でも出来る!だから生きれる!」という前向きさを感じました。

  もちろん、所々涙を流さずにはいられないシーンもありましたが、それ以上に人間の想像力って素晴らしいなと感じずにはいられませんでしたね。あと、主人公 Jean-Doはファッション雑誌の編集長だけあって表現力が素敵でした。今の自分の状況を、重たい潜水服を着て海に潜ってもがきながらも、いつか蝶のよ うに空を羽ばたいてみせる…と表現できるだなんて、一つの“詩”になりますよね。

 自分は五体満足で身体も自由に動かせるというのに、ちっともその当たり前の有難みを実感していなかったな〜と痛感させられたのと同時に、“自分の人生の記憶”や“人生の中の想像力”の素晴らしさや大切さを感じました。

 それから、主人公のJean-Doを演じたMathieu Amalricは、Steve Spielberg監督作品『MUNICH』で情報屋の男を演じていたくらいしか知りませんでしたが、半分近くが左目のアップというのにも関わらず、非常にチャーミングな男性を好演していたし、人生を謳歌してた頃とどん底の気分になっている今との演じ分けが素晴らしかったです。
 彼は次回作でDaniel Craigが演じる007シリーズの第2弾『Quantum of Solace(慰めの報酬)』で悪役を演じるそうなので、そちらも期待しています。





【注意】以下、ネタバレを含んだ感想になります。



 Jean-Doはさすが恋愛の国フランスの男性だけあって、愛すべき子供はいるけど妻とは既に別れていて、愛人もいるし、言語療法士にも恋心を抱くし、 本の出版の手助けをしてくれる編集者にも好意を持つし、その感情を全て想像力で表現して満足したりして、女から見ればただのジゴロなんですが(笑)どこか 憎めない部分がありました。

  あと、「重苦しさはほとんど無い」と書きましたが、父親との電話のやり取りは涙無しでは見られませんでした。車椅子生活になってしまっている父親は階段の 昇り降りもできないので、寝たきりになってしまった息子に会いに行くこともできないし、電話口で話すことの出来ない息子に語り掛けなければならないという のは悲し過ぎる。
 息子といえばJean-Doにも息子がいますが、彼が父親の涎を拭いてあげた後に泣きじゃくる姿を見て、単純に「父親想いの息 子だなって思いましたが、後の回想シーンでJean-Doが息子と二人でドライブの最中に脳梗塞の発作を起こしたのだと判り、あの時の息子の涙の重さとい うか悲しみの深さを改めて感じました。

 人生の喜びと悲しみ、素晴らしさと儚さを、美しい映像と言葉で表現した、素晴らしい作品だったと思います。観に行けて本当に良かったです。




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