THE有頂天ホテル

THE有頂天ホテル 三谷幸喜作品といえば一昨年に『笑の大学』がありましたが、ほぼ2人だけの会話による展開だった『笑の大学』とは対照的に、この『THE有頂天ホテル』は「これでもか!」というくらい豪華キャスト23人が出演。話の展開も怒涛のように流れていくようなので、まさに正反対の作品なんだと思います。人間の「喜怒哀楽」を絶妙なバランスで表現し、それにユーモアを混ぜた三谷作品は絶品なので、観る前から非常に期待していた作品でした。


 舞台は架空のホテル「アバンティ」の大晦日での出来事。「カウントダウンパーティー」やら「授賞式」の準備で大忙しのホテル「アバンディ」。そんな時に、汚職で世間を賑わす国会議員の武藤田がホテルを隠れ蓑にした為にマスコミが詰めかけてくわ、大物演歌歌手が来客するわ、コールガールは居座るわ、パーティーの出し物(?)のアヒルが脱走するわ、次から次へと問題が起きる。真面目なホテル副支配人の新堂はなんとか大晦日を乗り切ろうと頑張るが、元の妻と偶然にも再会してしまい動転。元妻に舞台監督に夢破れホテルマンとして生きている自分を知られたくない新堂は、今も舞台監督をやっている振りをするが、それがホテルに更なる混乱を招くことになるのだった…

 という話なんですが、役所広司さん演じる新堂が主人公ではあるものの、23人の登場人物のそれぞれのドラマがお互いに絡み合っていて、色んなドラマが同時進行しているというかなり複雑な内容です。たぶん、同じ設定を違う脚本家及び監督が担当しキャストも違ったとしたら、全然まとまりのない話になり映画作品として成立しなかったと思われます。しかし、そこは「奇才」三谷幸喜だけあって、テンポの良いストーリ展開と、あちこちに小ネタをちりばめていて、全然飽きない内容にしてあります。しかも、キャストも「適材適所」というか、「この人がこの役を演じているから」という印象が強く残るくらいの個性派揃いで、多数の登場人物の群像劇に混乱することがありません。それでいて、お互いで個性を潰し合っていないから凄い。
 最初はややまったりしていたものの、ケラケラ笑いながら最後まで楽しく観ることができました。これって、娯楽作品としては一大事なことだと思います。


 この物語には多数の人物が登場しますが、主要な登場人物達は共通して、「今の自分に迷っている」、「今の人生を諦めている」人達ばかりで、そういう人達が他の人達のドラマに巻き込まれていくことで、「自分らしさ」を取り戻していったり見つけたりするので、非常に観ていて気持ちの良い…後味の良い作品でもありました。

 ただ、三谷作品に共通して言えることなんだけど、映画の割には舞台を観ているような「閉鎖的」な空間が少し気になりました。あのロビーのセットはかなり凝っていたけど、もの凄く狭く感じたのは何故だろう。あと、登場人物が多いだけに「このエピソードは必要か?」て思うくらい話を詰め込んでいたのも事実で、一人一人のドラマの厚みはあるようでなかった…。むしろありきたりだったりする。だけど、そこはキャストの実力と存在感でカバーしていたので、先にも書いたけど「適材適所」だったんだと思います。
 個人的には登場人物が少なくて内容(登場人物のドラマ)に重みがあった『笑の大学』の方が好みですが、お気楽に観れて面白いという意味では三谷作品の中ではベストの作品だと感じました。




 …で、ここからミーハー語りというかキャスト語り。

 主演の役所広司さんは「さすが」の存在感でした。パッと見は生真面目で仕事の出来るホテルの副支配人なんだけど、元妻と再会で見栄を張って裏目に出てしまう情けなさっぷりは非常に可愛かった。なんか「ダメダメな人間」が妙にハマる方です。必死になる余り、突拍子も無いことをするんだけど、それを意識していないところなんて最高。特に、筆耕係の右近さんに「大きな筆がなければ、垂れ幕の文字なんて書けません」と言われて、X'masパーティーの残りもののサンタの人形を探し出して、「丁度いいのがありました」と明るい顔してサンタの顔を捻って髭を筆に見立てた仕草は最高でした。
 でも、「今の仕事に自分は生き甲斐を感じているだ」ということを確信した後の新堂さんはホントにカッコよかったですね〜。ああいう副支配人に出迎えてもらいたいものだわ。

 松たか子さんは客室係のハナ役でしたが、未婚の母であったり、疑惑の汚職議員の武藤田の元愛人だったり奥の深い人でした。しかし、ひょんなことから大金持ちの愛人に間違われ、その愛人が世間からどう見られているのか相手がどう思っているのか知るにつれ、本当の自分の在り方に気付いていったり、元の愛人の武藤田に説教したり、間違われた愛人を諭したり、かなり男前な感じでした。「客室係に嫌われるような女にはなるな!」は、かなりの名言だと思います。はい。

 汚職議員の武藤田を演じた佐藤浩市さんも役所さんと同じくカッコいい人なのに、情けない姿が妙にハマッていました。マスコミ包囲され、コールガールにまで励まされ、自分の未来はどん底だと痛感し自殺を試みるも、ベルボーイの只野の歌声に心を動かされる純粋な部分もあったりして、我侭の弱虫の割には憎めないキャラクターでした。
 新堂たちの力を借りてマスコミから逃げる時に、ホテル従業員の格好をした時が一番カッコよかった。そのまま逃げるはずが、従業員として働くハメになったりして情けないオチでもあったんですが、あの制服姿は似合っていたなぁ。あと、あのシーンの役所さんと佐藤さんのシリアス演技は素敵でした。

 歌を愛するベルボーイの只野役の香取慎吾くんは、ミュージシャンになるという夢を諦めて今日限りでホテルも退職して実家に戻るという青年でしたが、ホテルがパニック状態になったので一日延長で働くハメに…、しかしそのことで自分を見直すことができたのですが、一度は従業員仲間に「形見分け」したギターやらバンダナやら幸せになれる人形が、巡り巡って自分の所に戻ってくるというエピソードは素敵でした。特に人形なんて「新堂→元妻→堀田(元妻の夫)→コールガール→新堂→只野」と、まぁ巡る巡る。しかも、みんな押し付けたわけじゃなくて「幸せになってね」て、優しさやお礼で渡していたりするのがホンワカする。あ、堀田→コールガールは違うか(笑)。
 あと、只野の幼馴染のなおみが、ハナが間違われた大金持ちの愛人だったというオチにはビックリ。最初はフライトアテンダントだと思ったけど(只野もそう思っていた)、その前にホテルの客人が服を盗まれたという事件が起きていて、その客人がフライトアテンダントだったって最後に判るんだよね。この辺の脚本は「さすが三谷幸喜〜」とか思ってしまった。

 それから、物凄くインパクトが大きかった総支配人を演じた伊東四郎さん。カウントダウンパーティのショーに出演する芸人さんのドーランを勝手に使って顔を真っ白にしたまではいいが、落とすタイミングがなくてホテル中を徘徊しまくっていた姿には大笑い。途中で、YOU演じる歌手を夢見る桜チェリーに豆電球でデコレーションされちゃって可笑しいのなんの。ちょっと意気投合していたぽい2人も良かったわ〜。

 コールガールのヨーコを演じた篠原涼子さんは、『プリティー・ウーマン』のジュリア・ロバーツを意識しまくりの役柄でしたね。金髪のヴィックに毛皮のコートを羽織っていたけど、下はセクシーなキャミソール姿だし、ヴィックの下は黒髪。これで、新堂と乾杯したお酒がシャンパンだったら完璧だったのになぁ。しかし、この人は最初から最後まで変わりませんでしたが、複数の男性を立ち直らせていたと思われます。

 個人的に好きなキャラクターは、オダギリジョー演じた筆耕係の右近さん。七三分けで黒縁眼鏡の冴えない男で、型にハマッた文字しか書いたことがない人でしたが、自由に文字を書くことができて喜びを感じた姿は良かったなぁ。しかも、すごく自由な字を書いていたし(笑)。カウントダウンパーティーに鹿の帽子被って参加していた姿とかとても可愛かった。

 他にも、最初から最後までクールに決めてたマネージャー役の戸田恵子さんとか、パニックのあまり暴走しまくっていた角野卓造さん演じる堀田の壊れぷりとか、大物歌手扱いの割りには可哀想な扱いだった西田敏之さんとか、ほとんど素顔を見せることがなかったのに妙にインパクトがあった唐沢寿明さん演じる芸能プロの社長とか、とにかく登場人物全員に個性が溢れていて最高でした。


 もちろん、大事な登場人物(?)の一人であるアヒルのダブダブも可愛かった。何でこんな名前を付けたのか気になってしょうがなかったけど、このダブダブの声が本物のアヒルじゃなくて「山ちゃん」こと山寺宏一さんが担当していたことを、エンドクレジットで知ってビックリしました。

 気になったといえば、この作品に登場したバックや財布が全部グッ●だった気がするんだけど…。でも、「衣装協力」にロゴはなかったので気のせい?それとも見落とし?




 たった半日の間に次から次へと問題が起きていたけど、実際の「ホテル」ではもっと大変な事も起きているんだろうな〜とか思えるようなリアルさが隋所にあったりして、かなりのドタバタ劇でしたが飽きることなく最後まで楽しめました。
 ホテルて「人と人が出会う場所」でもあるせいか、人間同士が織り成すドラマによって傷付いたり、喜んだり、怒ったり、感動したり、励まされたり、楽しんだり…様々な感情をぶつけることが出来る場所でもあるんだな〜とも感じました。

 怒涛のドタバタ劇でもあるけど、自分の未来に悩んだり迷ったりしている人は、ポンと背中を押してくれるような作品ではないでしょうか。



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