■WARAI NO DAIGAKU〜笑の大学 |
物語は昭和15年の浅草が舞台。第二次世界大戦が色濃くなってきている中で、演劇の世界にも「検閲」の魔の手が伸び、風紀を乱すと判断された作品どんどん脚本の訂正や上映不許可がおりてしまっていた。そんな中、劇団『笑の大学』の座付き作家である椿一(つばき・はじめ)は、今まで一度も心の底から笑ったことがない堅物の検閲官・向坂陸男(さきさか・りくお)に「こんな脚本では上映許可は出せない!」と断言されてしまう。なんとか上映許可に持ち込みたい椿と、何がなんんでも笑いを廃止して上映不許可にしたい向坂の2人の攻防が始まったのであった。笑いを愛する男と笑いを憎む男のバトルは、皮肉にも最高の笑いの脚本を作り上げていってしまっていくのだが…。 役所広司・稲垣吾郎主演の2人芝居と言っても過言ではない作品。原案・脚本はあの三谷幸喜、監督はこれが長編映画デビュー作となる星護監督。正直、この作品の映画撮影を初めて知った時、「映画は無理があるんじゃ?」と思った。そもそも、この作品は2人芝居で舞台で「完璧な作品!」と絶賛されたもの。閉鎖的な舞台だからこそ成り立つ設定であって、映画のような大画面&奥行きが求められる世界では時間が持たないのでは…?と思っていました。大絶賛された西村雅彦・近藤芳正の2人舞台を既に観ていただけに、余計にそう思ってしまっていたんですが、実際に劇場スクリーンで観て考え過ぎだった自分を反省。 最初は、やはり映画にしては閉鎖的な雰囲気で「最高の席で2人芝居を観ている」という感覚だったんですが、なんか知らないうちに閉鎖的な雰囲気を感じなくなり、2人のやり取り…映画の世界にのめり込んでいました。 正直言って笑いました!映画館でこんなに声出して笑った映画って、久しくなかったと思います。祝日のレディースデイだけあって客席はいっぱいだったんですが(でも年齢層は老若男女幅広かった)、数人がクスクス笑うのではなく、あるシーンで客席全体がドッと笑うっていうのは珍しいですよね。しかも、最後は何故か泣けてしまう。エンドロールが終わるまで誰も席を立たなかったというのも印象的でした。ホントに面白い作品です。 部類的にはコメディー作品に入るんでしょうけど、内容は至ってシンプルでシリアスです。少なくとも主役の2人は何もウケ狙い的な演技をしているわけではありません。至って真面目です。向坂演じる役所さんに至っては、「超真面目」な上に「笑いが大っ嫌い」な人。でも、そのバカ真面目さが可笑しい。対する椿演じる稲垣吾郎はソフトな中にも「絶対に上演許可を貰う!」という頑固一徹な意志があり、その頑固強さと向坂の威圧感に怯えるギャップが笑える。とにかく、真面目にやり取りしている2人が側から見るととても可笑しいのだ。 そして、なんと言っても台詞の応酬が凄い。「あまりにも膨大な台詞でお互いプライベートなことは喋れなかった」と言っていたのも頷けるほどの量。役所さんだったかな?「もし海外上映されたら字幕読むのが大変でしょうね」なんて言っていたけど、確かに長台詞が凄いんだけど、それ以上に2人の間の取り方が凄く面白くて。あの辺は舞台ぽいな〜って思ったんだけど、最初の2人が出会う1日目のシーンで「今川焼」のやり取りとかね。凄く好きです。短い言葉とちょっとした仕草のやり取りなんですが、クスクス笑ってしまった。 そしてとにかく主演の二人がハマリ役。鋭い視線の向坂がときたま言う細かすぎる言葉が妙に可笑しくて、役所さん自身「一日中走り回って大変だった」と言っていた取調室を走り回るシーンなんて、マジで声だして大笑いしてしまうほど可笑しかった。役所さんの場合、舞台『巌流島』以外はシリアスな作品した観たことなかったんですが、この映画でファンになってしまったくらい魅力的な役者さんです。もう「凄い」としか言いようがない。また、吾郎ちゃん演じる椿も三谷さんが「あの世代で唯一作家のオーラが出せる」と言っただけあってハマリ役。とにかく、向坂に無理難題突き付けられてビビッたり弱ったりしている姿が似合う似合う。こう言っては失礼かもしれないが、稲垣吾郎ほどイジメられる役が似合う人も珍しいと思う。しかも、下から縋るように見つめてくる仕草とか、捨てられた仔犬のように弱っちい。向坂じゃなくもて上から踏み潰したくなる(危険)。でも、一方的にイジメられているだけではなく、時にはサラリと鋭いことを返したりして、芯の強さなんかもしっかりあって好き。 しかし、これだけクスクス笑ったり声出して大笑いしておきながら、ラストは非常にグッとくるものなんだから凄い。「笑いの無い喜劇に仕上げろ」と無理難題を突き付けられた椿が一日で仕上げて来た脚本は、向坂が今まで読んだ中で一番笑った面白過ぎる内容になっていた。向坂が最初に望んでいた「上演許可が出来ない作品」に仕上がっていたにも関わらず、「何でこんなものを書いた!?」と椿に詰め寄る姿が印象的でした。あれだけ必死に自分に喰らい付いてきたのに、最後に諦めてしまったような椿の態度に納得できないって感じで。そして、椿がそういう行動を起した理由を知った時の向坂の態度が…もう泣けて泣けて。このオチは舞台を観ていたので知っていましたが、知ってても泣けてしまう。徴兵命令が出てしまった椿に対して、「生きて帰って来い!」だんて言ってしまうんだもん。向坂の「オレが全部やる!だから心配するな!」て台詞はグッときてしまったな〜。しかも、その時はウルウルしていただけだったんですが、椿が帰って行く姿を廊下で見守る向坂とずっと二人のやり取りを盗み聞きしていた(?)見張りの制服警官の姿に涙ボロボロ出てきてしまって、何でこんなに自分が泣いてしまっていたのか判らないくらい。でも、前後左右のお客さんも泣いていたんだよな〜。「笑い」に対して、相対した価値観を持っていた2人が過ごした最高に幸せな一週間だったんだな〜って思ったのと、ホントに解り合えた2人の友情にグッときてしまったのかもしれない。 この作品の面白さは、決して「ウケ狙い」をしていないことと、非常に2人をシンプルに描いていることだと思います。戦争が色濃くなってくる時代で、決して戦争の悲惨さを訴えているのではなく、検閲制度の矛盾さを訴えているのではなく、あくまで「笑い」に対して情熱を懸けた2人に焦点を絞っていることで、ストレートに2人の情熱が伝わってきて、最後の静かなラストにグッときてしまいのかもしれません。「笑える」て幸せなことだよな〜て、つくづく感じましたね。また観に行きたい作品です。 …で、こっからミーハー感想。 この作品、カメオ出演で八嶋やら木村多江さん、加藤あいさん、ノリさんが登場するんですが、ノリさんが判らなかったんだよな〜。一緒に観に行ったママンボは判ったそうなんだが何処に居たんだろう?しかし、贅沢なことするよね。 それから、主演の2人はもちろん良いんだけど、制服警官役の高橋昌也さんもイイ味出しているのだ。ドアにへばり付いて取調内容を盗み聞きしている仕草もいいんだけど、廊下に出た椿が向坂に「チューさせて下さい!ホッペがダメならオデコに!1回でいいからチューさせて下さい!」て迫る場面(笑)、誤解しちゃった警官の姿というか目まん丸ぶりが最高に笑えました。あと、この時の吾郎ちゃんのタコチュウ状態も萌えた(笑)。 向坂の威圧感にビビっている椿は、そのまま役所広司の役者オーラに圧倒されている稲垣吾郎に被っていて良かったし、後半、向坂が椿の脚本に合わせて取調室を走り回る姿を椿が嬉しそうに見ているシーンは、逆に稲垣吾郎が役所広司を振り回しているようで面白かった。三谷さんも言っていたけど、映画の中で稲垣吾郎が成長しています。作品で成長しているのは向坂の方なんですが、映画を観終わって「吾郎ちゃんて、十年後辺りは渋い味の出せる役者さんになっているんじゃないかな?」って期待感を覚えましたね。 コメディー映画は『Shall We ダンス?』以来になるという役所さんでしたが、ホントに可笑しいっ!この作品の笑いのツボの8割以上が役所さんの台詞だったり仕草でした。走り回るシーンは抱腹絶倒ものの可笑しさだったし、どんどん積極的に脚本に面白い注文をつけていく姿が可笑しくて可笑しくて。「ソバよりスシがいい」と言ったり、「お国の為とお肉の為」の掛詞を気に入ったり、生真面目な中にもキュートな性格が隠れていて最高でした。あれって、役所さんのような渋い系の顔だから更に笑えるんだろうな〜。 ビシッとしたスーツ姿もカッコ良くて好きでしたが、今まで心の底から笑ったことがない向坂が縁側で椿の脚本読んで大笑いしている姿にはなんかジーンときてしまって、ちょっとした仕草で向坂の人柄を出している役所さんに脱帽です。 あと、三谷さんも絶賛していた「稲垣吾郎の左利き」はポイント高いと思いました(笑)。昭和15年なんて言ったら、「左利き」て矯正させられていた時代ですよね?実はママンボも左利きなんですが、親からしつけで矯正されて箸を持つ時と字を書くときだけは右手なんです。だからこそ、そんな時代でも「左で物書きをする椿」は「人とは違う」というのに説得力がありました。ママンボも椿が左手で字を書き始めた時に、「あの時代に?」と少しビックリしたそうだけど、こういう人間なら左で書き続けたんだろうな〜って思ったとか。 グッときた台詞は、向坂は先にも書いたけど「俺が全部やる!」なんですが、椿は「やってみなくちゃ判らないだろっ!」ですね。向坂に「笑いのない喜劇にしろ」と言われて、それを承諾して帰ろうとした時に「そんなこと出来るわけがない!」て向坂に言われて怒鳴り返すシーン。今まで低姿勢でビビッていることが多かった椿なだけに、グッときてしまいましたね。「自信なんてありません。ただ、自分を信じているだけです」て言い切った姿も、本当に「笑い」に情熱の全てを懸けているんだな〜って、逆にこれだけ情熱を懸けられるものがあっていいな〜って羨ましく思えたほど。 最後にボロボロと涙が出てきてしまったのは、椿に徴兵令が出て脚本が無駄になってしまったということもあるんだけど、向坂が物凄く笑いを大事にしようとしているところにグッときました。上演を諦めた椿と「この脚本の舞台が観たい!お前の脚本が読みたい!」と訴える向坂は、1日目とまるで立場が逆転してしまっていて、やっと向坂が「笑い」の大切さを理解してくれたのに、その思いを共有できる相手が傍から居なくなってしまうという現実が悲しかったのかな〜。あの何もかも諦めたというか悟ったような椿の表情が悲しくて。でも、最後に向坂に「あれ実は気に入っていたんだ」て叫ばれて、ちょっと笑った椿の顔にホロリときてしまいました。制服警官も台詞がないんだけど、2人をずーっと見守っていて、最後に去っていく椿に敬礼するところなんて…。なんか思い出しただけでも泣けてくる。 エンドロールで椿が最後に仕上げた脚本の内容らしき舞台のシーンが所々で出て来るんですけど、これってどう捉えれてばいいんでしょうかね。私の理想としては、生きて帰って来た椿が向坂の協力を得て舞台上演をしたと思いたいんですけど、戦死してしまった椿の意志を受け継いだ向坂が戦後に舞台を上演するって捉え方もできる。また、椿の脚本を読んだ向坂の頭の中という捉え方も出来るし、ラストの捉え方は人によって違うというのも面白い。 あと、エンドロールでも登場したチャーチルとヒットラーが寿司を握るシーン。本当に不味そうだって思っちゃいましたよ。最後の最後までクスッと笑わせてくれる作品だったわ。 抱腹絶倒して笑うシーンもクスクス笑うシーンは妙に多いです。「笑いは福を呼ぶ」て言われているけど、これは良い効果が望める作品なんじゃないかな。とにかく、客席全体が同時にドッと笑ったり、ズズッとすすり泣いたり、妙な共有空間が生まれました。こういう作品て珍しいかも。 大劇場で観るような大作ではなく地味な作品だけど、やはり劇場で観たい!大勢の人と観たい!一緒に笑いを共有したい!て思わせる作品でした。 たぶん、この映画が2004年の劇場鑑賞作品の中で一番笑った作品になるのは間違いないことでしょう。 |