由莉と由魅、そして隆は、何とは無しに乙夜に居残っていた。普段の彼らならすぐさま去っていたのだろうが、今までと違ったのは、その後の事件の推移のせいだった。
あの日以来、ぱったりと事件の報告は無くなった。直純がアクセスしていたサイトもいつのまにやら消滅し、世界上のあらゆる情報網から事件のデータが消失していた。まるでそんなものなど存在していなかったかのように。
絵美は翌日からは元気に登校をしていた。あの日の記憶は残っておらず、それどころかそれまでの記憶すらあいまいなものとなっていた。さすがに、ひどい状態だったことは覚えていたけれど。
それ以来、平穏な日々が続いた。ILROはその間もちょこちょこと仕事をこなしているが、ごく日常的な事件ばかり。
そうして一月が過ぎ、夏休みまでもうすぐという時期が来た頃、みどりの発案で、ちょっとしたパーティを開くことになった……。
放課後の校庭。雑木林の中にしつらえられたテーブルにシーツが掛けられ、料理が並べられている。内容はファーストフードの店で手に入るような、大したものでは無かったが。
「みどりさ〜ん、買ってきたのこれだけだっけ?」
「そ〜よ〜。ぜいたくできないからねえ、今日日の部費じゃ」
美紀とみどりが準備をする中、秀一と直純は飲み物を運んでいた。
「それにしても遅いなあ、涼の奴」
「ま、いろいろあるんでしょ……あ、来たよ。おまけつきだねえ」
直純が見る方から、由莉と由魅、そして隆を引き連れた涼が歩いてきた。
由莉と由魅はやっと出来上がった乙夜の制服を着ていた。その表情は、一ヵ月前とは比べ物にならないくらい明るく、そして自信に満ちていた。
「すまねえ、遅くなっちまって」
ぶすっとした表情で涼が言う。
「遅いぞ、涼ちゃん!」
「いやなに……余計なもんまでひろってきちまったからさ」
「まあ、そう言わず……」
涼の愚痴のような口調に、にやっと笑いかける隆。
「一応は活躍したんだから」
「ま、嘘はないわねえ」
美紀は笑って隆の手をとった。
「あの時はありがとう」
「間一髪だったけどね」
「それから……由莉ちゃんも由魅ちゃんも、ありがと」
美紀は二人の手を取って言った。
「うん。良かったね」
由魅が素敵な笑顔で答える。由莉もはにかみながら、力強くうなずいた。
「ささ、みんな揃ったことだし、始めましょう」
みどりがみんなに声を掛けると、みんなにグラスを配り始めた。
「まずは、乾杯といきましょ」
「みどりさん、なんですかこれ?牛乳みたいだけど?」
「ええ、そうよ。それでね、乾杯のとき、ただかんぱ〜いじゃつまんないから、こう言いましょうよ。『みるくでかんぱ〜い!』って☆」
「………」
全員が凍り付いた。
「あら、やあねえ、みんなしてそんな目で見ちゃ、みどり、かなしい☆」
「………」
さらに周囲の温度が下がったような感じがしたが、みどりはお構い無しだった。
「さて!あの日以来何にもないようだけど、まずはめでたしめでたしというべきものかしら?今となってみれば、あの事件が何だったのか……とっても不思議だけど、ま、あれ以上被害もないようだし、まずは一件落着と思うんだけど、どうかしら?」
全員がその問いかけにうなずいた。
「ありがと」
みどりは満足げにうなずくと、再び話始めた。
「なにはともあれ、みんな無事で一応の解決を見たことは喜ばしいことだと思います。そこで今日!こうしてパーティを開くことにしたわけで、みんな揃ってくれてうれしいわ。でわ、みんなグラスを持って……あ、さっきの台詞わすれちゃだめよ!……せーの!」
「み……」
「かんぱーーーーーーーーーーい!!」
みどりの思惑は外れ、みんな普通の音頭を取った。
涙するみどり……と思いきや、ニヤニヤ笑いをしている。
「う!?みどりさん、こ、これええええええ?!」
美紀が悲鳴じみた声を上げる。
「あ、アルコール?!」
由魅がむせながら中身の説明をした。
「なんでえ、ミルクサワーじゃんか」
男連中と由莉は慣れたもので(?)、気にせず乾杯してしまった。
「みどりさん!!」
「まあまあ……今日はおめでたい日なんだからん☆」
詰め寄る美紀に、みどりはお茶目に答える。
「さあ、好きなもの食べてね!……と言う前に、美紀、言うことがあるでしょ?」
「あ、はいはい」
美紀はにこにこしながら話し出した。
「えっとね、絵美が小説家を目指していたのは知ってるよね?それで……むふふふ……じゃん!」
ポケットから新聞の切り抜きを取り出して皆に見せた。
「絵美のプロデビューが決定しました!!なんと新聞連載だよ!」
「それはすごいなあ」
もう食べ始めている秀一が感心したように言う。
「とりあえず地方版なんだけどね。人気が出たら全国も夢じゃないんだって!すごいでしょ?」
まるで自分のことのように喜ぶ美紀に、由魅は暖かい視線を送っていた。
「で、どんな話なの?」
由莉が訊く。
「なんでも江戸時代から現代までの一大大河歴史シミュレーション小説(?)なんだって言うんだけど……よくわかんないや」
てへへと笑う美紀。
「それはともかく!みんなに宣伝しといてね!」
「これで事後報告はおしまいね。ささ、ゆっくり御歓談の程を……」
それからパーティはつつがなく進んでいった。
食い物の取り合いをする秀一と涼をしり目に、直純と隆は卒無く食べ物を確保して女性陣に配っている。みどりの方は既に晩酌モードに突入しており、そのくせ酔っぱらっている風には見えない(しかし学内にどうやって持ち込んだんだ?)。美紀はあちこち動き廻っては噂話に花を咲かせていた。
由莉と由魅はとても落ち着いた様子で、その光景を眺めていた。
「こんなにゆっくり出来るのって、初めてだね?」
「そうね……いつもすぐ出てっちゃうのにね」
由魅が感慨深げに言う。
追われ、追い出されることの続く日々が、まるで嘘のように感じられた。
「このまま……」
「ん?」
「……このまま、何も無かったらいいのに」
由魅は視線を隆の方に向けて言った。
「由魅……」
そこへ、グラス片手のみどりがやって来た。
「はーい、何してるのかしら?」
「いえ……平和だなあって」
由莉の言葉に、みどりはくすっと笑った。
「そうね……あたしもそう思うわ。全て世はことも無し!……それで済むに越したこと、無いんだけどね」
一瞬暗い表情を見せるみどりに、由魅は以前のようなびくついた表情を見せる。
「だけどね」
みどりは由魅の肩に手を掛けて、彼女に微笑みかける。
「不安がっていてもな〜んにもなんない!未来は誰にもわからない……なぜだかわかる?」
「いえ……」
「それは、未来というものが数え切れないくらいたくさんの人の、成した行為の集合体だから……。互いの行動が影響し合い、時には混じり合い、時には反発し合って、時を刻んでいくものだから。だから誰にも予測がつかない。望み通りの未来が得られるとは限らない」
そこでみどりは一旦話を切って、じっと由魅の目を見つめた。
「でも、だからといってそこで諦めちゃ駄目よ?確かに時の流れは大きくて、流されてしまうこともあるわ。けれどそこで泳ぐことをやめてしまえば、流され続けるだけ……それじゃ、溺れても仕方のないこと。だから、たとえ逆らうことがとてつもなく困難なことであっても、あたし達は泳ぎ続けなくてはいけない……そういう気がするの」
そうしてみどりは勢い良く由魅の背中を叩いた。
「だから元気出しなさいって!せっかくのかわいい顔が台無しよ?」
「み、みどりさん……」
由魅ははにかんだ笑みを浮かべ、顔を赤らめた。
「ところで、これからあなた達どうするの?とりあえずやっかい毎は済んだみたいだし、ここいらでちょっと落ち着くなんてどうかしら?」
そうみどりが言うと、双子は顔を見合わせ、由魅が言った。
「……出来るのなら、そうしたいですけど」
その言葉に由莉は、由魅にまだ足りないものがあるような気がした。
「じゃあ、決まりね!」
みどりはウィンクをすると、みんなを呼び集めた。
「みんな聞いて!由莉ちゃんと由魅ちゃんがILROに入ってくれるって!」
「ええっ?!そんなこと言ってな……」
由莉が面食らったような声を上げようとしたが、それは美紀の歓声にかき消されてしまった。
「わーい!由莉ちゃん、ほんと?よかった、うれしいなあ!由魅ちゃんとも一緒にいられるんだ!」
「え、あの……」
由魅も戸惑いの表情を見せる。が、
「ええ?!だめなの〜?せっかく友達になれたのに〜」
と、訴えかけるような目で見つめる美紀の今にも泣きそうな表情に、由魅はほっとしたような表情を浮かべて言った。
「ううん、大丈夫よ。心配しないで」
「じゃ入ってくれるの?」
「ええ」
「わーっ!」
由魅の言葉に、美紀は彼女に抱きついて喜びを現した。
その光景を見ていた隆は、みどりが自分を見ているのに気が付いた。
「なにか?」
いたってクールに、隆はその視線を受け流す。
「……そ〜の目が気になるのよねえ。ま、いっか、どうせ長い付き合いになりそうだし」
「長い付き合い?」
みどりは隆に流し目をくれると、ぴたと背中に張り付いた。
「とうぜん、隆君も入ってくれるでしょ?……あの二人が入るって言ってくれたんですもの」
「……いれることなんか無いですよ、こんな奴」
涼が冷たく言い放つ。
「あら、どうしてそう言うこというのかしら?」
今度は涼の背中に張り付いてみどりが言った。
「人は大勢いた方がいいでしょう?それとも……彼がいるといけない理由でもあるわけ?……たとえば」
みどりは涼の顔を後ろから挟むとある方向に向けた。そこでは、美紀が、由莉と由魅と二人と話しているのが見えた。
「取られちゃうんじゃないかなあって、思ってんじゃないのかな?」
「な、なに馬鹿なこといっているんですか?!」
慌ててみどりから離れると、涼は隆をにらみつけながら言った。
「こんなうさん臭い奴を入れるのが嫌なだけですよ!こいつが何者かはなんにも判ってないんですよ?」
「少なくとも、君とは敵同士じゃないと思うけどな」
くすくす笑いをしながら隆が言った。
「ほ〜ら」
みどりまでもからかうように言うのに、涼はむくれてそっぽを向いた。
「あらあら……しょうがないわねえ」
あきれたようにみどりは言うと、みんなを呼び集める。
「さあさ、そろそろおしまいにしましょうか!明日から新生ILROのスタートよ。頑張って行きましょうね!!」
「Yeah!」
美紀は喚声をあげて元気良く跳びはねた。
その姿を、夕陽が赤く染めていた。
〜fin〜