のぢしゃ工房 Novels

Twins

ACT.9:〜エピローグ〜

由莉と由魅、そして隆は、何とは無しに乙夜に居残っていた。普段の彼らならすぐさま去っていたのだろうが、今までと違ったのは、その後の事件の推移のせいだった。

あの日以来、ぱったりと事件の報告は無くなった。直純がアクセスしていたサイトもいつのまにやら消滅し、世界上のあらゆる情報網から事件のデータが消失していた。まるでそんなものなど存在していなかったかのように。

絵美は翌日からは元気に登校をしていた。あの日の記憶は残っておらず、それどころかそれまでの記憶すらあいまいなものとなっていた。さすがに、ひどい状態だったことは覚えていたけれど。

それ以来、平穏な日々が続いた。ILROはその間もちょこちょこと仕事をこなしているが、ごく日常的な事件ばかり。

そうして一月が過ぎ、夏休みまでもうすぐという時期が来た頃、みどりの発案で、ちょっとしたパーティを開くことになった……。


放課後の校庭。雑木林の中にしつらえられたテーブルにシーツが掛けられ、料理が並べられている。内容はファーストフードの店で手に入るような、大したものでは無かったが。

「みどりさ〜ん、買ってきたのこれだけだっけ?」

「そ〜よ〜。ぜいたくできないからねえ、今日日の部費じゃ」

美紀とみどりが準備をする中、秀一と直純は飲み物を運んでいた。

「それにしても遅いなあ、涼の奴」

「ま、いろいろあるんでしょ……あ、来たよ。おまけつきだねえ」

直純が見る方から、由莉と由魅、そして隆を引き連れた涼が歩いてきた。

由莉と由魅はやっと出来上がった乙夜の制服を着ていた。その表情は、一ヵ月前とは比べ物にならないくらい明るく、そして自信に満ちていた。

「すまねえ、遅くなっちまって」

ぶすっとした表情で涼が言う。

「遅いぞ、涼ちゃん!」

「いやなに……余計なもんまでひろってきちまったからさ」

「まあ、そう言わず……」

涼の愚痴のような口調に、にやっと笑いかける隆。

「一応は活躍したんだから」

「ま、嘘はないわねえ」

美紀は笑って隆の手をとった。

「あの時はありがとう」

「間一髪だったけどね」

「それから……由莉ちゃんも由魅ちゃんも、ありがと」

美紀は二人の手を取って言った。

「うん。良かったね」

由魅が素敵な笑顔で答える。由莉もはにかみながら、力強くうなずいた。

「ささ、みんな揃ったことだし、始めましょう」

みどりがみんなに声を掛けると、みんなにグラスを配り始めた。

「まずは、乾杯といきましょ」

「みどりさん、なんですかこれ?牛乳みたいだけど?」

「ええ、そうよ。それでね、乾杯のとき、ただかんぱ〜いじゃつまんないから、こう言いましょうよ。『みるくでかんぱ〜い!』って☆」

「………」

全員が凍り付いた。

「あら、やあねえ、みんなしてそんな目で見ちゃ、みどり、かなしい☆」

「………」

さらに周囲の温度が下がったような感じがしたが、みどりはお構い無しだった。

「さて!あの日以来何にもないようだけど、まずはめでたしめでたしというべきものかしら?今となってみれば、あの事件が何だったのか……とっても不思議だけど、ま、あれ以上被害もないようだし、まずは一件落着と思うんだけど、どうかしら?」

全員がその問いかけにうなずいた。

「ありがと」

みどりは満足げにうなずくと、再び話始めた。

「なにはともあれ、みんな無事で一応の解決を見たことは喜ばしいことだと思います。そこで今日!こうしてパーティを開くことにしたわけで、みんな揃ってくれてうれしいわ。でわ、みんなグラスを持って……あ、さっきの台詞わすれちゃだめよ!……せーの!」

「み……」

「かんぱーーーーーーーーーーい!!」

みどりの思惑は外れ、みんな普通の音頭を取った。

涙するみどり……と思いきや、ニヤニヤ笑いをしている。

「う!?みどりさん、こ、これええええええ?!」

美紀が悲鳴じみた声を上げる。

「あ、アルコール?!」

由魅がむせながら中身の説明をした。

「なんでえ、ミルクサワーじゃんか」

男連中と由莉は慣れたもので(?)、気にせず乾杯してしまった。

「みどりさん!!」

「まあまあ……今日はおめでたい日なんだからん☆」

詰め寄る美紀に、みどりはお茶目に答える。

「さあ、好きなもの食べてね!……と言う前に、美紀、言うことがあるでしょ?」

「あ、はいはい」

美紀はにこにこしながら話し出した。

「えっとね、絵美が小説家を目指していたのは知ってるよね?それで……むふふふ……じゃん!」

ポケットから新聞の切り抜きを取り出して皆に見せた。

「絵美のプロデビューが決定しました!!なんと新聞連載だよ!」

「それはすごいなあ」

もう食べ始めている秀一が感心したように言う。

「とりあえず地方版なんだけどね。人気が出たら全国も夢じゃないんだって!すごいでしょ?」

まるで自分のことのように喜ぶ美紀に、由魅は暖かい視線を送っていた。

「で、どんな話なの?」

由莉が訊く。

「なんでも江戸時代から現代までの一大大河歴史シミュレーション小説(?)なんだって言うんだけど……よくわかんないや」

てへへと笑う美紀。

「それはともかく!みんなに宣伝しといてね!」

「これで事後報告はおしまいね。ささ、ゆっくり御歓談の程を……」

それからパーティはつつがなく進んでいった。

食い物の取り合いをする秀一と涼をしり目に、直純と隆は卒無く食べ物を確保して女性陣に配っている。みどりの方は既に晩酌モードに突入しており、そのくせ酔っぱらっている風には見えない(しかし学内にどうやって持ち込んだんだ?)。美紀はあちこち動き廻っては噂話に花を咲かせていた。

由莉と由魅はとても落ち着いた様子で、その光景を眺めていた。

「こんなにゆっくり出来るのって、初めてだね?」

「そうね……いつもすぐ出てっちゃうのにね」

由魅が感慨深げに言う。

追われ、追い出されることの続く日々が、まるで嘘のように感じられた。

「このまま……」

「ん?」

「……このまま、何も無かったらいいのに」

由魅は視線を隆の方に向けて言った。

「由魅……」

そこへ、グラス片手のみどりがやって来た。

「はーい、何してるのかしら?」

「いえ……平和だなあって」

由莉の言葉に、みどりはくすっと笑った。

「そうね……あたしもそう思うわ。全て世はことも無し!……それで済むに越したこと、無いんだけどね」

一瞬暗い表情を見せるみどりに、由魅は以前のようなびくついた表情を見せる。

「だけどね」

みどりは由魅の肩に手を掛けて、彼女に微笑みかける。

「不安がっていてもな〜んにもなんない!未来は誰にもわからない……なぜだかわかる?」

「いえ……」

「それは、未来というものが数え切れないくらいたくさんの人の、成した行為の集合体だから……。互いの行動が影響し合い、時には混じり合い、時には反発し合って、時を刻んでいくものだから。だから誰にも予測がつかない。望み通りの未来が得られるとは限らない」

そこでみどりは一旦話を切って、じっと由魅の目を見つめた。

「でも、だからといってそこで諦めちゃ駄目よ?確かに時の流れは大きくて、流されてしまうこともあるわ。けれどそこで泳ぐことをやめてしまえば、流され続けるだけ……それじゃ、溺れても仕方のないこと。だから、たとえ逆らうことがとてつもなく困難なことであっても、あたし達は泳ぎ続けなくてはいけない……そういう気がするの」

そうしてみどりは勢い良く由魅の背中を叩いた。

「だから元気出しなさいって!せっかくのかわいい顔が台無しよ?」

「み、みどりさん……」

由魅ははにかんだ笑みを浮かべ、顔を赤らめた。

「ところで、これからあなた達どうするの?とりあえずやっかい毎は済んだみたいだし、ここいらでちょっと落ち着くなんてどうかしら?」

そうみどりが言うと、双子は顔を見合わせ、由魅が言った。

「……出来るのなら、そうしたいですけど」

その言葉に由莉は、由魅にまだ足りないものがあるような気がした。

「じゃあ、決まりね!」

みどりはウィンクをすると、みんなを呼び集めた。

「みんな聞いて!由莉ちゃんと由魅ちゃんがILROに入ってくれるって!」

「ええっ?!そんなこと言ってな……」

由莉が面食らったような声を上げようとしたが、それは美紀の歓声にかき消されてしまった。

「わーい!由莉ちゃん、ほんと?よかった、うれしいなあ!由魅ちゃんとも一緒にいられるんだ!」

「え、あの……」

由魅も戸惑いの表情を見せる。が、

「ええ?!だめなの〜?せっかく友達になれたのに〜」

と、訴えかけるような目で見つめる美紀の今にも泣きそうな表情に、由魅はほっとしたような表情を浮かべて言った。

「ううん、大丈夫よ。心配しないで」

「じゃ入ってくれるの?」

「ええ」

「わーっ!」

由魅の言葉に、美紀は彼女に抱きついて喜びを現した。

その光景を見ていた隆は、みどりが自分を見ているのに気が付いた。

「なにか?」

いたってクールに、隆はその視線を受け流す。

「……そ〜の目が気になるのよねえ。ま、いっか、どうせ長い付き合いになりそうだし」

「長い付き合い?」

みどりは隆に流し目をくれると、ぴたと背中に張り付いた。

「とうぜん、隆君も入ってくれるでしょ?……あの二人が入るって言ってくれたんですもの」

「……いれることなんか無いですよ、こんな奴」

涼が冷たく言い放つ。

「あら、どうしてそう言うこというのかしら?」

今度は涼の背中に張り付いてみどりが言った。

「人は大勢いた方がいいでしょう?それとも……彼がいるといけない理由でもあるわけ?……たとえば」

みどりは涼の顔を後ろから挟むとある方向に向けた。そこでは、美紀が、由莉と由魅と二人と話しているのが見えた。

「取られちゃうんじゃないかなあって、思ってんじゃないのかな?」

「な、なに馬鹿なこといっているんですか?!」

慌ててみどりから離れると、涼は隆をにらみつけながら言った。

「こんなうさん臭い奴を入れるのが嫌なだけですよ!こいつが何者かはなんにも判ってないんですよ?」

「少なくとも、君とは敵同士じゃないと思うけどな」

くすくす笑いをしながら隆が言った。

「ほ〜ら」

みどりまでもからかうように言うのに、涼はむくれてそっぽを向いた。

「あらあら……しょうがないわねえ」

あきれたようにみどりは言うと、みんなを呼び集める。

「さあさ、そろそろおしまいにしましょうか!明日から新生ILROのスタートよ。頑張って行きましょうね!!」

「Yeah!」

美紀は喚声をあげて元気良く跳びはねた。

その姿を、夕陽が赤く染めていた。

〜fin〜





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