のぢしゃ工房 Novels

Twins

ACT.1:転校生は死と共に

乙夜学園は都内にある高校である。土のグラウンドにちょっとした林という恵まれた環境にあるこの高校にも、ごく普通の朝が訪れていた。

その中の一つに、二年B組の教室はあった。

朝のホームルームを前にした教室は、憂鬱な授業時間を吹き飛ばすようなのような喧騒にあふれていた。授業の準備に勤しむ者、昨日のTVの話に熱中する者等、様々である。

そこに、一人の女生徒が息を切らして駆け込んできた。

「ねえねえ、聞いた?!今日転校生が来るんだって!!」

この女生徒、名を杉下美紀という。ショートカットの髪と勝ち気そうな顔をした女の子だ。

その姿を、三人の男子生徒が半ばあきれ、半ば当然のように見た。

その内の一人、坂上涼は殊更馬鹿にしたように言った。

「またか?昨日の今日だぞ?」

「だってほんとのことだもん!」

ぷうっと頬を膨らませて美紀は怒る。

「まあまあ、信じてやろうぜ。美紀がガセネタ持ってきたことあるか?」

三人の中の一人、瀬川秀一が間に入る。

「けっ、お前だったら美紀の言うこと、何だって信じる癖に」

「そうですねえ……信じなかったら怖いことになるし」

机の上にノートPCをのせて何やらやっていた秋田直純が相づちを打つ。

「もお、直ちゃんまで!!」

怒り心頭といった感じで美紀は拳を握り締めた。

「本当にほんとだってば!それも二人よ、二人!!」

「二人?!……双子か?」

涼がとっさに言った。

「ぴんぽーん!!さっすがあ、涼ちゃん!勘がいい!」

「ふふん、俺様の実力、秀一なんざ目じゃねえぜ」

「その割りにはがさつだけど」

直純がぼそっと言う。

「んでぇ、それも女の子だって」

「え、女の子?!そりゃいいなあ」

秀一の鼻の下が伸びるのを見て、美紀はむっとしてその脳天に拳を打ちおろした。

「うがっ!!」

「秀ちゃんにはあたしがいるでしょ!!」

いつもながらの応酬に、涼と直純はにやにやしながら見ている。

「……こほん。ま、どういう子かは来てからのお楽しみね」

「所で昨日の転校生はどうした?」

涼はその席の方を見るが、席の主はどうやらいないらしい。

「なんにも聞いてないけどなあ……」

その時、教室に担任教師が入ってきた。どうやら転校生は廊下に待たせているらしい。

お決まりの起立・礼の後、教師はおもむろに口を開いた。

「えー、どういうわけだか、うちのクラスに連続して転入生が来ることになった。それも二人だ」

教室にざわめきが走る。とはいっても、美紀の大声のお陰で大部分の生徒は知っていたことだが。

「入ってきてくれ」

教師がそういうと、教室の扉が開き、女子の二人連れが入ってきた。

今度ははっきりと、ざわめくというよりはどよめくといった感じの波が教室を包む。

さすがに双子である。顔の作りは二人とも同じだった。しかし、向かって左側に立っている方は髪をあごのラインでカットしており、もう一人の方は肩口まで伸びたセミロングのヘアスタイルをしていて、見分けるのは簡単そうだ。

しかし、決定的に違っていたのはその雰囲気である。ショートカットの子の方はその髪型にも現れているように、強気な、そして怒ったような表情をしている。セミロングの子の方はというと、今にも泣き出してしまいそうな、寂しげな表情を浮かべていた。

「じゃあ、自己紹介をしてくれ」

そう担任がいうと、二人は互いに目くばせし合ったが、左側の子から話し出した。

「ども、千原由莉といいます。こっちは妹の由魅。見た通りの双子だけど、間違うことはないでしょ。いつまでいられるかはわからないけど、どうかよろしく」

いつまでいられるかわからない?

美紀は変な挨拶だなあと思った。そして……昨日来た転校生も同じ台詞を言っていたことも思い出した。

……なんか、似てるな。

「……ほら、由魅」

「あ……よ、よろしくお願いします」

由莉に促されて由魅が頭を下げた。

こうしてあっさりと自己紹介も終わり、一限目の授業が終わった最初の休み時間、美紀は双子の転校生のところに一目散に駆け寄っていった。すでに男共が群がって話しかけているのをかきわけながら。

「はいはい、どいてどいて!……あ、初めまして!あたし杉下美紀っていうの。よろしくね!」

「あ?!う、うん……」

由莉はその勢いに圧倒されていた。由魅の方は目を見開いて美紀を見ている。

「ね、もう学校の中はわかってるの?」

「え、ううん、そんなには……」

そう由莉が言うと、美紀は、

「じゃさ、あたしが案内してあげる☆今はあんまり時間がないから、お手洗いと保健室の場所まで行こ、ね?」

あまりにうれしそうに言う美紀の顔を見て、由魅は思わずくすくす笑っていた。それを見た由莉も気の抜けたような顔をして言った。

「じゃあ、お願い」

「じゃ、早く行こ!」

美紀は二人の手を取ると教室の出口へと連れていった。

「じゃ、お手洗いから行くね……」

そういって美紀がドアに手をかけようとしたその時、そのドアが開いて、入ってきた生徒と頭からぶつかってしまった。

「きゃっ!い、いったあ〜い!」

「おっと、大丈夫かい?」

「ちょっと、気を付け……あら、木島君じゃない!」

美紀がぶつかった相手を見上げると、長身の男子生徒がそこに立っていた。ハンサム、というよりは奇麗といった雰囲気の少年……名を木島隆といい、昨日転校してきたばかりであった。

「遅刻〜?良くないんだ!」

「まあ、今日は……ちょっとね」

隆はそう言って髪をかきあげた。

「あ、そうだ。紹介するね!今日転校してきた千原由莉さんと由魅さんよ。で、この人が昨日転校してきた木島隆君で……」

美紀が説明しながら二人の方を振り返ると、由莉はものすごい顔で隆をにらみつけ、由魅の方は由莉の後ろに隠れるようにして、彼の方を見ていた。

「あ、あの……どうしたの?」

美紀がおろおろと三人の顔を見回す。

「……まあ、歓迎されるとは思っていなかったけどね」

「当たり前よ。毎度毎度ご苦労な事ね」

隆の嘆息に、由莉は皮肉っぽく言い放つ。

「あの……もしかして、知り合いなの?」

恐る恐るといった感じで美紀が尋ねる。

「腐れ縁、というやつかな?」

同意を求めるように隆が言う。

「まったく、そのとおりよね。……いきましょ、杉下さん」

「え、あ、う、うん……」

由莉が由魅を引きずるようにして廊下に出ていった。慌てて美紀はその後を追いかけて、後ろを振り返って隆の方を見た。

彼は軽く手をふって彼女達を見ていた。

いつもならここで鋭く突っ込みをする美紀だったが、由莉の顔を見たら何も言えなくなってしまった。それくらい、怖い表情で前を見つめていた。

「……またなのね」

由魅が、ぽつりと呟く。

「え?」

「ううん、なんでもないの」

目を閉じて由魅は首をふった……力なく。


そうして時はあたかも昼休み。各人が思い思いの時を過ごしていた頃。

校庭の、校舎で構成された影の下で、二人の女子生徒が草地に腰をおろして何やら話していた。

「……でも、あたし、自信がなくて」

話をしているのは、まだ初々しさの残る一年生。

「仲良くしてくれてるのはわかってるけど、ただそれだけなような気もするし……」

「独り占めしたい?」

それまでずっと黙って話を聞いていた滝沢みどりは、初めて口を挟んだ。

「そ、それは……出来るなら、そうしたいけど……でも……」

「自信がない?でもね、それじゃいつまでたっても堂々巡りよ。いくら私に相談したって無駄なの。私はキューピッドじゃないわ。彼の心を操ることまではできないのよ?」

「じゃあ……じゃあどうしたら?」

泣きそうな顔で一年生が言うと、みどりははっきりとした口調で言った。

「あたってくだけろ!!」

「……は?」

「いい?うじうじしたって駄目!そんなんじゃ別の子に取られちゃうわよ!それに想い人からいつか告白されるかを待ってるようじゃ駄目なのよ。時間はどんどん過ぎていくわ。取り返すことはできない……。結局自分が損するだけなのよ。それは嫌でしょう?」

「ええ……」

「だったら……早い内がいいと思うわよ。後々になって後悔するよりも、ね」

みどりはそういってウインクした。

一年生はまだ迷っている様子だったが、それでもなんとかしぼりだすように答えた。

「……やってみます。あたしのことどう思っているのか、訊いてみます!」

「うん、そうね、そのあたりから始めるのがいいかもね」

一年生は立上がると、一礼してみどりの元から去った。

「……結局自分でなんとかするしか無いのよねえ」

みどりが呟くように言ったとき、後ろから元気な声で呼びかけられた。

「また恋愛相談ですか!」

「あら、美紀ちゃん」

みどりが振り返ると、いつもの四人組が立っていた。美紀、秀一、涼、直純である。

「どんなやつでした?浮気の相談とか?」

美紀が目を輝かせて訊いた。

「彼は自分の事をどう思っているのかしら?……というやつね」

「フツ〜ですねえ」

秀一がつまらなさそうに言うのに、涼はうなずいて、

「まったくだ。もっと派手な話はないのかね?」

「涼はここんとこ暴れ足りないからね……でも修羅場っていうのはやだなあ」

直純はつくづく嫌そうに言った。

「そうね。愁嘆場とかは嫌よね。やっぱり燃え上がるようなラブロマンスよ!」

美紀がバックに炎を背負いながら言った。

「恋愛ネタもいいけど……なんかつまんないってのは事実よね」

みどりはすっくと立上がると、校舎の方を眺めやった。

四人組の中では一番背の高い涼とためをはるほどのすらりとした長身。腰まで届く黒髪が風の中で舞った。

「我ILROとしても商売上がったりだしね」

「そうですよねえ……でも……”例の事件”だけはやだなあ」

”例の事件”……そのフレーズを訊いて、全員の表情が暗くなった。

「そうね……確かにごめん被りたいわね。でも……」

みどりはそのつややかな唇をかみしめ、そして

「逃げるってのも、性にあわないのよね」

と、不敵に口もとを歪めた。


昼休み後の、この時間帯というのは、睡眠中をのぞけば最も人間の活動レベルが下がる時だろう。現に、何人かの生徒は教科書を盾にしたり、軽くうつむいたり、あるいは目を開けたままで眠っていた。

涼もその中の一人だった。席がうしろなのをいいことに、机の上につっぷして寝ていた。

美紀は授業中のときだけかける眼鏡をつっつきながら、その姿を見ていた。まったくの無防備である。

「あ〜あ、幸せそうな顔しちゃって……気楽よね」

彼はこんな授業態度だったが、成績はそんなに悪くなかった。今行われている英語は特にそうだった。美紀は……そうではなかった。

別の二人はと見れば、秀一は授業態度だけは真面目だった。ただそれだけ。その点ではええかっこしいである。美紀に秀一の一番嫌いなところはと訊けば、そこだと答えるだろう。しかし大大大好きのうちの、ごくほんの一部であるが。

もうひとりの直純は、そちらはそつのない行動がポリシーである。計画的でないことが嫌いな性格だ。しかし、コンピュータというハードウエアに限って言えば、およそ計画的とは言えない。故にあだ名は”衝動買いの男”だったりする。ただ、この時間に限れば、居眠りなどするはずもない。

美紀は教科書に目を落とした。呪文のような記号の羅列。悪夢だった。

……あたしはきっとこいつに取り殺されるんだわ。

意味もなくそんなことを考えたとき……事件は起こったのだ。

『きゃああああああああああ!!』

突如として響き渡る悲鳴!教室は沈黙に包まれた。

「なに?!」

それにいち早く反応したのは美紀だった。机をに蹴飛ばすようにして立上がると、あっというまに教室を出ていった。それに間をおかずに、秀一、涼、直純の三人も後を追う。他の生徒は声すら出そうとはせずに、ただ呆然と時間が過ぎていくのを待っていた……

「美紀!!どっちだ?!」

秀一が走りながら叫んだ。

「保健室よ!!あの音量と方向だと!」

美紀はこのあたりの感覚に、他の三人よりも鋭いものを持っていた。どんな迷路でも抜け出してしまうだろうとういうのがみどりの評価だった。

四人が保健室の前まで来たとき、そこにはまだ誰の姿も無かった。

「……やな予感」

美紀は入り口のところでスピードを落とすと、そう呟いた。

入り口は開け放たれており、先ほどの悲鳴など無かったかのように静まり返っていた。

一歩中に足を踏み入れた彼女の目に、腰を抜かして床に転がっている保健女医の姿が映った。

「先生!どうしたんですか?!」

美紀の問いに、先生はただベッドの方を見るばかり。

恐る恐る、美紀はベッドに近づいていく。ベッドの上には誰かが寝ているらしく、シーツが盛り上がっていた。しかし、頭の方はこの角度からだとついたての影になって見えない。

美紀は更に一歩足を踏み入れ、ついたての影に視線をやり、そして……絶句した。

ベッドの上には、女子生徒、だったものが横たわっていた。その顔はまるで熱病にやられたように浅黒く、汗だくで、口が引きつったように開かれていた。そして……そして、その目は、この上無く虚ろで、その瞳の奥には、いい知れぬ恐怖が潜んでいた。

「おい、美紀、どうした!?」

秀一が駆け込んで来て、美紀の両肩を掴んだ。

「うげええええ?!な、なんだこれ!!」

後から来た二人も悲鳴をあげた。

「……これ……これって、前と一緒なんじゃ?」

やっとのことで美紀が声を出した。

「そうかも……ん?」

その時四人の背後から、二人の生徒が現れた。

「千原さん?」

そこには、今日転校してきたばかりの双子の姉妹、由莉、由魅が立っていた。

「どうしてここに?」

美紀がそう尋ねるが、二人は無視して、遺体の方へ寄っていく。

二人は遺体に目をやると、互いに頷きあった。そうして不思議な事に、由魅は手をかざすと、遺体の額に触れたのだ。

その光景を、美紀達はあっけに取られて見ていた。その動きはごく自然で、逆にそれが違和感を増幅していた。場慣れしているというか、手慣れているというか……

しばらくして、二人はベッドの側から離れた。

「あ、ちょっと、一体何を……」

美紀が呼び止めようとするが、二人は何も言わずに通りすぎていく。

「お、おい……あれを見ろよ」

涼が指さすその先を美紀達が見たとき、そこには安らかな死に顔をした姿があった。


由莉と由魅が保健室を出ようとしたとき、その前に木島隆が立ちふさがった。

「ちょっと、どきなさいよ!」

鼻白んで由莉が言う。しかし、隆は微動だにしない。

「……いつまで逃げるつもりだ?」

「あんたに言われる筋合いじゃないわ!行くわよ、由魅!」

「あ……!」

由莉は強引に由魅の手を引くと、隆の横をすり抜けようとする。

「由莉……いたい!」

由魅が悲鳴をあげる。しかし、それにかまわずに由莉は由魅を引っ張っていった。

隆はその様子をただ黙って見ていたが、やがて呟くように言った。

「……時は近い。いつまでも逃げ続ける訳にはいかないぞ。それはお前達をどこまでも追いかけていく……」


その時、止っていた学校の時間が動き出した。人のざわめき、戸惑い、そして……恐れ。

一体この学校になにが起こっているのか?そして、なにが起ころうとしているのか?

ここに、物語の幕が上がる……。





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