ISOが日本を包囲する

 5月17日付け日経新聞が、「ISOが日本を包囲する」と題して、一面記事を掲載した。その要点をまとめると、「規格作りで英国が主導権を取ってきた。ISO9000もISO14000も英国案が結局採用された。」「英国は、認定、認証の仕組みでビジネスになった」「旅行と会計のISO規格ができそう。アメリカが主導権を取る動き。ISOを巧妙に利用した世界標準争い」「欧米勢に包囲された日本は、主体的な国際規格戦略を見失っている。英国からの遅れは10年以上。英国のような巧みな国家戦略を構築できるかどうか。構想力が問われている」と言うことだ。

 英国の主導権については、今年8月発売の本で解説している。「サッチャーの失業対策」「サッチャーの陰謀」と云われてることは、昔から知っていた。1980年代の英国病とまで云われた英国の経済不況を救ったのは、サッチャー首相とはだれでも知っているが、ISOの仕組みに英国案(BS5750)を採用させたのも、サッチャーだ。日経さんもやっとそれを書きました。審査や認証で「上納金」がロンドンに吸い上げらていることは、あまり知られていない。私も監査員資格を取ろうと思った時に、IQAに8ポンドそこらを送るまでになっていたが、止めました。審査員のような「旅役者」になりたくなかったからだ。

 日本が、国際規格の制定で国際戦略が構築できるなんて無理。理由は、英国のように「規格屋」と言われる専門家がいない。本を読んでもらえばわかるが、久米先生によると、「JABの人選で英語ができないとだめだ」(出典:「標準化と品質管理」)と言ったそうです。そんなのが国際舞台で何ができると思っているのやら。通産省が、この夏に「標準認証課」を作るそうです。いまごろそんなのでは、とてもじゃないが主導権などとれません。まあーがんばってください。

 「英国の一人勝ちの様相が強かった。だが、距離を置いてきたようにみえる米国が微妙にスタンスを変え、英米連合が形成されるきざしもあるようなのだ。理由はISOが準備を進める『サービス規格』。その柱に『旅行』と並び「財務会計」分野が有力なテーマとして浮上。この分野に強い米国が参入意欲を示しているからだ。」 そのとうり、米国は、これだけでなく、ISO9000の2000年バージョンでも経営の品質を強くだした案を提出している。もう英国の形式ばかりを重んずる規格もあきました。米国でもどこでもいいから、もちろん日本も、新しい規格に変えてください。でないと、このホームページも書く種がなくなるかも。

 ここからは、先週に続いての続編。先週日経新聞は、「進行中の会計・サービス規格では米国も加わり、英米連合が実現しそうな気配なのだ。規格取得数で世界一の日本も、規格づくりでは影が薄く、ここでも一人取り残されかねない」と憂えている。この言葉にも認識不足の問題を抱えている。 まず、英米と別の国とする認識は必ずしも正しいとは言えない。すなわち、ビジネスでは両国は一体になっていることの認識が必要だ。たとえば、アメリカの研究所での私のボスは、英国人だったがアメリカに永住し、英国に帰るなど一切考えていなかった。また、会社も彼の取り扱いに関して将来の会社での地位をアメリカ人と同等の約束していた。いま日本では、このことを「アングロサクソンの経済」と称している方もいらっしゃるが、いまごろ気がつくこと自体が遅すぎる。

 次は、「世界一の取得数」である。ISO規格を云々するときには、数が問題にはならない。いかにその文化的側面を取り込んでいるかが重要なのだ。しかし、そのことは脇に置いても、数の中身の意味を問題視すべきである。たとえば、シンガポールの取得数は、「ISO9000」で1200件程度である。確かに、日本の方が数としては多い。では、日経の主題である「グローバル・スタンダード」の観点から、日本がシンガポールより進んでいると考えるのだろうか。もし、そうならば大変な間違いをしている。金融面でもシンガポールの方が、国際化している。彼らが扱う紙幣は、ほとんど全世界のものである、しかし、日本の金融界は、イタリア・リラの為替交換を行っていない。インド人がやっている町中のマネー交換店で世界のどの紙幣でも交換できる。ISO規格にしても同じである。シンガポール人にすれば、「いまごろISOか!」の感覚になる。それは、彼らはもうとっくにISO規格を卒業しているからだ。4,5年前だが、ホテルのロビーのあちこちでISOの話をしているのが、聞こえてきたものだ。ここでも、「感覚のずれ」、悪く言えば「時代遅れ」と言われても仕方あるまい。どうか、日本を「ミスリード」しないでください。「事実で企業経営を行う」のが「グローバル・スタンダード」です。どうかお願いします。

住民の満足度向上競う

 5月25日付け日経新聞に、三重県知事、北川 正恭氏が「自治体、効率重視へ」と題して三重県の行政改革を披露している。その内容は、「ISO9000」の品質マネージメント・システムの教科書とも言える。要点を転載する。

 「成熟社会となった今日では、人々は経済的な富の追求よりも、自己実現に関心を持つようになった。今後の行政は、事前調整型から事後チェック型に転換し、商品・サービスの購入者としての消費者、言い換えれば「生活者」中心の社会づくりが必要だ。」(途中略)

 まったくそのとうりで、今の日本の自治体が行うサービスは、まず先進国では最低であろう。住民に顔を向けたサービスが何かを知っていない。住民のために奉仕する心構えは、まったく失われたとしか言いようがない。前に進めよう。

 「近年、ニュージーランドや英国などで公共サービスの受け手を民間企業のように「顧客」とみなし満足度の最大化を狙った行政運営を模索する動きが見られる。「ニューパブリック・マネージメント(NPM)」と呼ばれる。公共部門の新しい経営理論がそれだ。NPMを通じ、従来公共サービスと考えられていたものでも積極的に民営化しながら、一方で行政にも外部委託をはじめ競争原理を可能な限り導入し費用対効果を高め、顧客志向を徹底させようとしている。」

 ニュージーランドのこの動きは、最近とみに話題を呼んでいる。小さな行政組織はどうあるべきかの見本を示した。知事の偉いところは、真似るだけでなく、きちんと理論的な分析を行って、三重県の行政のあり方を具体化していることである。

 「企業経営における顧客満足度のコンセプトを踏まえ、理念を「住民満足度の向上」とした。分権・自立、公開・参加、簡素・効率の三つのキーワードに、21の主な方策を掲げた。」そして、「核心的なものは三つで」あるとし、「標準的な行政サービス内容の作成、公表である。」、「事務事業評価システムの確立とその内容の公開である」、第三は、「発生主義に基づく企業会計方式で財務諸表を公表したことだ」としている。しかも、「客観性を確保するには第三者機関のチェックも必要で、一定の質で製品・サービスを安定供給する組織のあり方を規定したISOの「9000」シリーズ導入も検討する方針だ。」

 もうおわかりのように、知事の行っていることは、「ISO9000」品質マネージメント・システムそのもであり、しかも2000年版で強調される顧客志向の行政である。この紙面の内容は、まさにサービス分野の「ISO9000」システムはいかになるものかを知るケーススタディとなる。

安全ISO来年5月に規格化、取得が競争力を左右

 ついに来ました! 来年5月に新規格「ISO12100」を制定し、JISにも取り入れられる。以下詳細。

 「日本は個々のメーカーが製品の安全性に関する高度なノウハウを持ちながら、意外にも安全認証を中立的立場で検証する制度や機関が存在しない。主体的な国際規格戦略の乏しさは、「製品開発のルール」で品質や環境の規格と同様に欧米勢に主導権を握られる可能性がる。

 ISOは来年5月にEU規格を下敷きに新規格「ISO12100」を制定するが、日本工業規格(JIS)は、この新規格をそのまま取り入れる方針だ。工場単位の品質認証と異なり、安全認証は製品ごとのため、対象となる市場は膨大な規模となる。

 欧州が安全認証制度で先行するのは、欧州統合による貿易自由化の進展で粗悪な製品が出回り、消費者に危害が及ぶのを防ぐべきだとの意見が強かったため。欧州で販売される家電、産業機器は認証機関から製品が安全であるか「お墨付き」の有無が購入者の選択基準になりつつある。

 認証機関の代表格であるチュフには、EU諸国への拡販を狙う世界中のメーカーから認証申請が殺到。認証待ち期間が長引き商品を市場に投入するタイミングにも影響が出ていることから、チュフは昨年、EU以外の機関でも試験代行できる制度設けた。環境ISOを取得したメーカーの資材を優先購入するグリーン調達が広がっているように、今後「安全ISO」の取得が世界的に広がるはず。企業の競争力を左右する条件になるとともに、認証事業そのものが大きなビジネスとして新規参入が相次ぐ見通しだ。」

 もうこの認証制度を先取りした企業がある。鉄道・交通管制機器大手の日本信号だ。ドイツの認証機関と協定を結び、製品の安全認証試験を代行できる資格を日本で初めて取得した。なんと国内だけでも年間二千億円ー三千億円規模の認証ビジネスを目指す。

 製品の安全認証を取得したいメーカーは認証機関に対象となる製品の現物を渡し、試験やデータ解析を実施した上で認証機関が安全立証書や証明データを発行する。審査期間は製品によって半年から一年半と長期にわたるが、日本信号ではその取得期間を一−三ヶ月に短縮できるとのこと。安全認証取得の流れは。下図のようになる。

「ISO 10006」プロジェクト管理マネージメント・システム

 1997年12月、ISOの新しい規格としてISO 10006「プロジェクト・マネージメント(PM)における品質の指針」が発行された。PMは、「適応する活動範囲、時間、費用、品質、経営資源、コミュニケーション、リスクおよび調達に関する九つの要素のマネージメントと総合マネージメント」と「プロジェクト・マネージメント・ボディ・オブ・ノレッジ(PMBOK=PM知識体系」で定義されている。

 世界規模でのPM適用は、現在、建設・エンジニアリング、コンピューター・SI、航空宇宙、自動車、教育、環境、金融、公共調達、通信、石油・ガス、製薬、サービス、電力・ガス供給など17分野にPMIの分科会が設置され、各分野に於けるPM適用のための情報や意見の交換が活発に行われ、関連するガイドラインを策定している。

 PMは決して新しい概念ではない。たとえばエジプトのピラミットを構築する上でもPMが活用されていたわけだが、それが方法論として進化して、製造物の品質や生産性の向上などを目的とした、マネージメント手法が盛んに用いられ効果を上げるようになった。PMはこうしたマネージメント手法の上位に位置し、生産ライン、現場レベルからホワイトカラーの生産性まで含め、トータルに管理する。

 日本でも品質管理に関するISO9000シリーズや、環境に関するISO14000シリーズを取得する動きが広まっている。だが、ISO 10006は、より包括的なガイドラインを基盤としているため、今後、こうしたマネージメント・システムを取り込んで発展する可能性を秘めている。すでに欧米の何カ国かはISO10006に近い内容の国内規格を整備、あるいは国際調達で義務化している。その例としては、英国の国内規格であるBS6079、米国の国防総省、航空宇宙局、大統領直轄管理予算室での政府調達に対する適用などが挙げられ、こうした流れは加速している。

 こうした動きを背景として、世界的にPMプロフェッショナルに対する需要が急増している。PMIは、PMP(プロジェクト・マネージメント・プロフェッショナル)資格を制定、認定活動を行っている。審査は極めて厳しい基準で行われ、最低10年から15年の実務経験を積まなくては合格できない。現在、全世界に約八千人の資格保持者がいるが、日本人はわずか6人に過ぎず、それも全員が建設・エンジニアリング企業という偏りを見せている。

 日本でこれまでPMが普及しなかった原因はいくつか考えられるが、その最大のものは日本型組織になじまなかった点が考えられる。 PMの要点は、プロジェクトを明確に分析し、そのターゲットを成就するために投入する各資源、コスト、スケジュールなどを最適化するものだが、日本型組織は個人個人が不明確であり、PMを導入しようとしても、特定のタスクと個人の一対一での対応付けがしづらく、結局、導入プロジェクトそのものが挫折する傾向が見られる。また、PMはITと結合させることでその効果が何倍にも増幅されるが、特に日本企業ではややもすると、情報システムの導入そのものが目的となってしまい、使いこなしの方法論が議論されていないという面も見られる。

 PMは欧米生まれの概念だが、そのベースは、情報の公開・共有による発注者と受注者の役割や責任分担の明確にある。世界的にも、発注、調達の機会均等、公平化が大きなトレンドとなっており、不明瞭な経緯や情実に厳しい批判の目が注がれるようになっている。日本企業がグローバルに活躍する上で、ISO 10006に準拠したプロジェクト管理システムは各業界で今後ますます研究・導入が進むと思われる。各国への普及もこれからであるが、認知度は確実に高まっていくとみられる。
(プロシード代表取締役、西野 弘氏の誌上論文より)

懸念される企業の負担増ーマネージメント規格を問う

 「マネージメントに関する国際規格という考え方が日本社会にも浸透してきた。品質管理に関するISO9000を取得した事業所数は昨年度末で4500件に達する見込みである。環境管理のISO14000も昨年末の460件から今年度末には800件まで増えそうだ。

 ISO9000を取得すれば自社製品の品質が向上するか。ISO14000を取得することが環境負荷の軽減につながるか。この点については様々な意見があるし、普及し始めてから十分な時間がたっていないこともあり、結論を出すのは早計であろう。ただ、マネージメント規格という考え方自体に多くの問題が残されている。

 第一の問題は、規格の細分化である。ISO9000は、産業分野によらず通用する品質管理の手法として登場した。しかし、実質的な商取引上の品質管理となると、どうしても産業分野によってそれぞれの要求が出てくる。これを満たすには、ISO9000を修正または追加することになる。これが業種による細分化である。

 すでに細分化の動きが出始めている。最初に細分化の動きを見せたのが米国の自動車メーカーである。QS9000と呼ばれる独自規格に適合しなければ部品を購入しなとしている。宇宙航空分野でも業界規格が検討されているし、医療用具分野ではISOが追加事項を規格として定めた。細分化が進めば統一規格の要求は薄れる。

 第二の問題はマネージメント規格の氾濫である。品質管理、環境管理が国際規格として標準化できるとすれば、これを他の分野へ広げたいと考えても不思議はない。候補として挙がったのが労働安全管理であった。規格化を進めようとする欧州に対し、米国が反対したことで当面中止になった。

 しかし、労働安全管理がいつ復活してくるか分からないし、危機管理システムの規格という潜在的な動きもある。こう考えると何が規格として浮上してくるか余談を許さない。労働者の権利擁護という観点から人事管理システム、企業経営の透明化から会計管理システムなどが国際標準として取りあげられる可能性も否定しきれない。

 組織管理は本来、経営の基本であり、企業文化そのものと考えることができる。もし次々にマネージメント規格ができるとなると、企業文化の否定という心配すら出てくる。しかも、9000と14000でも用語が違っているなど矛盾も指摘されている。複数の規格ができて要求が矛盾する心配もある。

 第三の問題は規格に適合しているか否かを調べて、適合性を証明する認証制度である。これはマネージメント規格だけに限られたことでなく、規制の緩和や規格の国際整合性確保などから、様々な規格や標準について認証制度の整備が進んでいる。今や認証が新しいビジネスと認識され、欧州では国境を超えた認証機関同士の合併や買収が起こっている。

 認証が魅力あるビジネスになるとうことは、受ける側の企業にとっての負担増を意味する。特にマネージメント規格は、企業の伝統的なやり方を変更することにつながる場合が多く、認証の取得は大きな負担になってくる。しかも、9000が第三機関による認証を要求しているのに対し、14000は社内の認証も認めている。規格ごとに認証制度が違えば混乱の原因にもつながる。

 こういう状況で、規格が業種によって細分化されたり、次々と新しいマネージメント規格できるとすれば、受ける企業側に強い不満が出ることも予想される。認証制度を統合し、しかも信頼性を確保していくことも重要な課題になってくる。

 QC(品質管理)活動などで世界をリードしてきた日本はほとんど関与することなくISO9000は作られた。日本は商売上の理由もあり、この規格を受け入れた。これまでの日本は、どの分野でも多かれ少なかれ受け身の姿勢であった。

 前述したようにマネージメント規格は企業文化そのものに関わる問題を含んでいるし、問題を抱えているのも事実である。日本が提唱してマネージメント規格のあり方を見直す時期が来るのかもしれない。」

この記事は、6月14日付け日経新聞に掲載された、論説委員の鳥居氏による「中外時評」である。ISO規格のマネージメント・システムを導入すると企業文化を替えることが必要となる場合もあるが、それが企業業績に悪い影響を与えるとは思われない。むしろ、日本の企業文化を自ら替える必要性の方が今は求められている。よって、ISO規格の導入よる結果は良くなると考えるのが、正しい。認証取得のための経済的負担は増加することには、異議はない。しかし、経営マネージメント・システムを革新することで、効率的な経営による利益の向上があれば解決できることである。このような議論は、もっと行われるべきものと考える。受け身でなく、積極的な取り組みが最大の課題と言いたい。

日本経営品質賞とアサヒビール

 「日本経営品質賞というのは、お客様の目から見て経営の品質がどれだけ向上したかということを判定される訳なんです。お客様は何を求めていらっしゃるのか、お客さまのためにどういことをすれば企業として社会に貢献できるのか、そういったことを常に考えながらやって来たことがご評価をいただいたのではないかと思っています。お客さまの考え方やニーズが変化していく中で、その変化を兆しの段階で捉え、いかにすばやく対応していくかが大切なポイントであると思います。また、そういうことをやっていなければたちまち立ち後れてしまう世の中ではないのか、と思っています。

 もう一つ大事なのは会社の中に「夢」と「風通しの良さ」がないといけないと思います。会社が高い目標に挑戦していると社員にもどんどん元気がでてくるのではないでしょうか。そういった環境の中で、風通し良くどんどん言い合う、こういう会社ができればいいなぁと思って毎日仕事をしています。」

 これは、アサヒビールの新聞広告で社長である瀬戸 雄三氏が「ところで、アサヒビールは「日本経営品質賞」を受賞されました。今回の受賞は経営構造改革が評価されてのことと伺っておりますが」の質問に対する答えである。まさに顧客志向と人材開発を中心に据えた経営の中身を易しく語られている。

 この対談では、日本人とグローバリゼーションに関して話がされている。なかなか興味深いので、転載する。

 酒井 ゆきえ氏「今後グローバリゼーションが進む中で、日本人が問題意識や危機感をあまりもたないことが大きな問題になるように思いますが、この点はいかがですか」

 安藤 忠雄氏「確かに、日本人は『何とかなるんとちがうか』と思いこみがちだと思います。しかし、国際化の進展は、なんともならないぐらいにスピードもパワーもあります」

 瀬戸 雄三氏「いま世界はすごいスピードで変化しているわけです。そのスピードに乗り遅れたらひとたまりもないんだという危機感を持たないといけないと思いますが、そういった認識がまだまだ少ないのではないでしょうか。心にゆとりを持ちながら、いまの危機感をどういうふうに自分で吸収して実行していくかということをやっていかなければならないと思いますが、そういう意味では『夢』というものは非常に大事なのではないでしょうか」

(途中略)  「言葉を変えて言うなら、個性化ということでしょうか。安藤さんの設計した建物を見ると、個性があふれているように思います。ユニークで、だれも真似ができないというようなもんを作っていらっしゃる。これは企業にとっても大切なことでなのです。メーカーは、オリジナリティがなくなったら存在感がなくなってしまいます。世の中で始めてのものを作り出していくのがメーカーなのです。ほかの会社が作ったものには絶対 追従しないという気概をもってやっていけば、日本の企業はもっと元気が出てくるのではないでしょうか。これは企業で働く個人にも言えると思います。個性のある人が少なくなったとよく言われます。みんなが個性と目的を持って働くようになると、日本も面白い活気のある国なるのではないでしょうか」

 まったく同感である。個性の時代と言われてもあまり発揮されていないのは、社会的な懐が狭いという根本的な問題を抱えているように思う。


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