BATMAN BEGINS〜バットマン ビギンズ

 全米で爆発的な人気を誇るコミック『バットマン』は、過去に何度も実写として映画化されシリーズ化にもなっていますが、今回は原点に返って「バットマン誕生秘話」となっています。私はアメコミの実写作品は苦手でほとんど観ていなくて(当然、原作のコミックの内容は全然知りません)、この『バットマン』シリーズも、1作目がご贔屓のティム・バートン監督作品だったということでビデオでちょこっと観たくらい。あと、シリーズ第3弾でジム・キャリーが悪役に扮していたのもチラッと観た程度。まぁ、それぐらいの知識しかありません。そんな私がなんで今回劇場に足を運んだかというと、渡辺謙さんが出演しているっていうことと、リーアム・ニーソンやゲイリー・オールドマンといったご贔屓俳優も出演しているし、「誕生秘話」なので今までのシリーズをよく知らなくても大丈夫だろうって気持ちがあったからです。つまり、熱心な『バットマン』ファンじゃないけどキャストに釣られて観に行ったということです(笑)。私の場合、そういうケースが多々あります。

 しかし、この作品、何が凄いて自前にクライマックスシーンをネタバレさせてしまっているところ。劇場前には『バットマン ビギニンズ』を鑑賞する人に対しての注意書きみたいなのが貼られていて、そこには「物語の中で列車が衝突するシーンがありますが作品上の演出であり、尼崎の列車脱線事故に関しては心よりお悔やみ申し上げます…」みたいな説明が長々と書かれていて、あの地下鉄脱線事故に配慮して敢えてネタバレを告知して同時に事故に関してもちゃんとしたコメントを出しているのです。自前にクライマックスシーンを敢えて公表しちゃうだなんて、宣伝側としては相当のリスクだと思うんですが、そういう姿勢をしっかり示したことに事故のことをどれだけ重く受け止めているかが伝わって感激しました。それに対して当事者の会社は…(怒)。


 作品の内容は、実業家のウェイン一家に生まれたブルースは、幼い頃に庭の古井戸に転落してそこでコウモリの集団に襲われて以来コウモリ恐怖症になってしまった。しかし、その怖がりの性格が災いして、自分の我侭で観劇を途中で退座した先で両親は強盗に殺されてしまった。以来ブルースは、自分のせいで両親が殺されてしまったことと、強盗に抵抗しなかった父親の行動の両方に怒りを覚えるようになり、家を飛び出しチンピラのような人生を送り続け遂には監獄に入れられてしまうが、そこでデュカードという謎の人物に導かれ、彼の所属する自警団の「影の同盟」という謎の組織に加わり、そこで身体や精神を鍛えていくようになる。しかし、その影の同盟が「悪を罰する」という口実で自分の生まれ街であるゴッサムシティを滅ぼそうとしていることを知り、逆にその影の同盟の拠点を破壊してしまう。そして、7年ぶりに故郷に戻ったブルースは、執事のアルフレッドやウェイン会社の科学部を担当するフォックスの協力のもと、バットマンとなって街の悪を排除し両親の願っていた平和な街を取り戻そうと決めたのだった。

 …という話で、乱暴な言い方すると「金持ち坊ちゃんが有り余った財力を武器にして世直しをする」って話かな(笑)。いや、ホントはもっと深いんですけど、ブルースとアルフレッドがノリノリでバットマンのスーツやらを隠れ家やらを計画している姿が面白くて。コウモリをシンボルにした理由が、「僕はコウモリが怖かった。だから、他の奴らも怖がるように」だなんて、発想な面白いようで実は子供ぽい。「マスクは怪しまれないように軽く1万個は発注しましょう」とか、そのマスクが失敗作だと判ると「もう1万個作ればいいですね」とか。やっている事は偉いんだけど、金の掛け方がハンパじゃないのよね。また、ブルースは本来の実業家ブルースとバットマンという二重生活を両立する為に、ブルースである時はどうしようもない金持ち坊ちゃんを演じてバットマンと自分が別人あるように振舞わなくてはならない。でも、酔ってホテルを買収しちゃうなんてフリをしたりダメダメ坊ちゃんぶりが凄いのなんの。バットマンの活躍が新聞の1面記事に載れば、8面には実業家ブルースの暴走っぷりが掲載されているってオチも好き。思っていたよりもユニークな作品でした。ほら、「バットマン」てダークなヒーローって印象が強かったからね。

 もちろん、ブルースの心の内はとてもダークです。目の前で両親を強盗に殺されてしまったんだから、心の闇がないわけがない。コウモリは長年トラウマになってしまっていたし、事件から数年後、両親を殺した強盗犯が仮釈放される日に密かに彼を殺す為に銃を隠し持って近付いて行こうする姿なんて非常に痛々しかった。しかも、影の同盟のデュカードによって心身共に逞しくなっていくんだけど、その影の同盟は「正義の為に悪を排除する」という名のとで殺戮を繰り返す集団だと判明し、ブルースのバットマンとしての素質を見出した人達がそういう集団だったというが重いかったよ。だから、ブルースは「正義の為に人は殺さない」って言って、バットマンは殺しをしないようにしている(犠牲者出てたけど、その件についてはアルフレッドから怒られていたし)。

 クライマックスは黒幕だったデュカードとバットマンの一対一、モノレールの車内でのバトルでしたが白熱しておりました。デュカード演じるリーアム・ニーソンは『スターウォーズep1』や『キングダム・オブ・ヘヴン』で正義感溢れる役が続いていたので、嫌味の効いた悪役っぷりは意外で新鮮でした。デュカードはブルースが殺さずに助けたにも関わらず敵としてバットマンの前に立ちはだかったので、このラストの対決でデュカードが「また殺さないのか?」と嫌味を言うんですが、バットマンが「殺しはしないが、助けもしない」と言って暴走列車と化したモノレールの中にデュカードを置いて去って行った姿はカッコよかったです。印象に残った台詞といえば、影の同盟の本当の活動目的を知って「正義は復讐することじゃない」て悟るブルースも良かったなぁ。
 バトルといえば、前半にある謙さん演じるラーズ・アル・グールとブルースのバトル。かなり激しくて見応えがありました。ラーズ・アル・グールは建物に潰されてお亡くなりになってしまいましたが、独特の存在感があり「本当にあれで死んだのか?」て最後まで思わせましたね。

  ブルースの「父親が願っていた平和な街にしたい」という決意からバットマンは誕生したわけですが、悪を倒す為には建物とかはかなり破壊していて大胆でした。さすが金持ち!とか思ってしまうほどバットマンは文字通り暴走していまして、リアルなキャラクターを確立した上でそういうアメコミならではの暴走ぶりもあり、観ていて飽きることはありませんでした。ラストの痛快さはアメコミならでは!かな。

 物語の展開もいいし、絶妙なキャスティングだったので、何度も「おおっ!」と感じました。まず、幼くして両親を失い一人ぼっちになってしまったブルースでしたが、個人的には常に幼いブルースの傍に居た執事のアルフレッドが怪しく見えて「こいつが密かに一族の金を食い潰しているんじゃないか?」なんて思っていたら、どんな時も決してブルースを見捨てないとても良い人だった。そして、冴えないゴッサムシティのゴードン刑事をゲイリー・オールドマンが演じていたので、ゲイリーが演じているんだから人の良さそうなフリして実は影では悪に手を染めている刑事じゃ…なんて思っていたら、人が良いどころかバットマンに良いように使われる刑事さんで面白かった。また、ブルースを影の同盟へ導いたデュカードはリーアム・ニーソンが演じていて、熱心にブルースを指導していた姿は『キングダム・オブ・ヘブン』で主人公のバリアンを指導するゴッドフリーの役柄と被る部分もあったので、ブルースが影の同盟の拠点を破壊した時に彼のことは助けたから、ラストでバットマンがピンチに陥った時に助けに来るんじゃないか…なんて思っていたら、彼が本当の黒幕だったと知り衝撃を受けました。謙さん演じた影の同盟の統帥であるラーズ・アル・グールは、影の同盟の統帥ではなく本当はデュカードの影武者であったというのも衝撃でした。
 意外といえば、ブルースの両親亡き後ウェイン産業の最高経営責任者になったアールがワンマンぶりを発揮しまくっていたので、「彼も黒幕と繋がっているんじゃ」と疑っていたんですが、全然関係ありませんでした。むしろ、その黒幕に新開発の兵器を奪われてちゃっていたくらいだったし。そのウェイン社が開発した新型の化学兵器が何者かに盗まれるんのも、実はブルースがバットマンの武器に使いたいから奪ったもんだと思っていたら(自分の会社だから奪っても平気みたいな感覚で/笑)、影の同盟が街の破壊の為に奪っていたというのも推理が外れました。
 なんかこの作品を観た後に、「私は意外に人に騙されやすいかも?」なんて思っちゃったくらい、登場人物の最初の印象と本来の姿が違いました。

 『バットマン』シリーズの原点的作品だけど、シリーズを観ていなくても十分楽しめるし、シリーズを観ている人はもっと楽しめるという内容でした。特にラストで、ゴードン刑事がバットマンに「君を真似てコスプレで悪さをする奴が現れたんだ。そいつはこんな格好している」と言って、トランプのジョーカーを手渡すシーンなんてニヤリとしてしまいました。シリーズ第1弾はジャック・ニコルソンがジョーカーに扮してバットマンと敵対していましからねっ。繋がるようなラストにしたっていうのが嬉しかったです。



 …で、ここからミーハー語りというかキャスト語り。個性的な俳優揃いだったので、キャスト別に語っちゃう♪

 主役のバットマンを演じたクリスチャン・ベールは、ええ身体した人でした(笑)。影の同盟の所に居た頃は心を闇に包まれていたけど、バットマンになってからは活き活きとしていました。来日記者会見で「歴代のバットマンの演技は参考にはしなかった」と大胆なことを言ってのけるのも納得の、独特なバットマンの存在感を醸し出していました。幼馴染のレイチェルとの切ないシーンよりも、アルフレッドやフォックスと一緒にバットマンの計画を進めている姿の方が魅力的に見えたな(笑)。

 アルフレッドを演じたマイケル・ケインはこの作品の中で一番好きなキャラかも。常にブルースを支え、バットマン計画に関してもノリノリ。ブルースが火事の中で柱の下敷きになってしまった時も、炎に怯まず助けに来たけど力がないから「普段の腕立て伏せの成果を見せて下さい!」て応援に回るし(笑)、本当に「決して見捨てない」姿にはジーンとくる場面もありました。

 デュカードを演じたリーアム・ニーソンは、先に書いたけど意外な悪役ぶりで強烈に印象に残りました。まぁ、影の同盟がやっている事もバットマンと同じ「世直し」なんだけど、悪くなり過ぎた世の中をとりあえず全て破壊してしまうっていう考えは凶暴過ぎ。でも、その凶暴さをパッと見では感じさせないリーアムの雰囲気はさすがでした。どちらかというと紳士な悪役でしたね。

 フォックスを演じたモーガン・フリーマンは飄々としていて、アルフレッドと共にユーモアが溢れたキャラクターを演じていました。意外に出番が少なかったなぁとか思ったけど、美味しいところは持っていっていました(笑)。

 ゴードン刑事を演じたゲイリー・オールドマンはホントに良い人というか、普通っぷりが良かったです。出番も多いし、クライマックスではバットマンに振り回されながらも大活躍。「この人が黒幕だろ」と最初決め付けていたので(笑)、人の良い刑事っぷりは新鮮だったなぁ。私はよく判らないんですが、コミック通りの風貌らしいですな。

 ラーズ・アル・グールを演じた渡辺謙さんでしたが、日本人キャストも多かった『ラストサムライ』に比べて、今回の『バットマン ビギンズ』はハリウッドスターに囲まれての出演。ファーストショットには「おおっ」と思わず感動してしまいました。出番は前半のみで少ないんですけど、「もしかしてまた出てくるかも?」と思わせるような存在感はさすがでした。特に、ブルースとの対決シーンは『ラストサムライ』より激しい殺陣だったので、おおっ凄っ!とか思ってしまいました。エンドクレジットでも、凄い面子に並んでドーンと「KEN WATANABE」て出ると嬉しいもんだね〜。
 でも、この役て最初はヴィゴ・モーテンセンにオファーされていたらしいね。今となっては謙さんのラーズ・アル・グールの印象が強烈過ぎて、ヴィゴ版なんて想像すらできない。

 あと、非常に印象に残った精神科医のクレイン博士を演じたキリアン・マーフィー。神経質な二枚目って風貌で、「黒幕なんて居なくて彼が黒幕なんじゃないか?」と思わせるほど怪しい存在感がありましたが、映画出演作品は『28日後…』くらいの若手俳優と知りビックリしました。個性的な俳優になりそうで今後も注目したいです。

 そして、ウェイン産業の最高経営責任者のリチャード・アールを演じたのがルトガー・ハウアーだったとエンドクレジットを観て気付きました。大好きな作品『ブレードランナー』で印象的なレプリカント役を演じたルトガーが演じていたのに、作品中はそのことに全然気付かなかった自分にショックっ!当たり前のことなんだけど、随分と年齢を重ねられたというのが顔にも表れていましたわ。

 ヒロインのレイチェルを演じていたケイティ・ホームズは、紅一点の割には意外に地味な存在でした。これだけ豪華な俳優陣に囲まれちゃ仕方がないけど、思っていたよりもロマンスは控え目でしたね。ただ、ブルースに誕生日プレゼントを渡したシーンが印象的でした。雰囲気としては、ホテルで偶然ブルースと再会した時のドレスアップしていた姿が素敵だったな。




 アメコミを毛嫌いしていたんですが、偏見を捨てて少しでも興味があったら観に行くべきだよなぁ…と思わせた作品でした。アメコミ原作ということで、起承転結はハッキリしていて判り易いですしね。私の後ろの席で見ていた女性2人(学生風)が「ブルースみたいな家に生まれていれば、私も絶対にバットマンになったよ」なんて言っていたのが妙に印象に残っています。私は「金のある所は良いよなぁ。色々出来て」なんて思ったので、ここで人間性の差が出た気がしました(笑)。

 


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