……声が…する…。
 私は誰かに呼ばれた気がして、目を開けた。…目を開けたはずなのに。
「何も…見えない…闇…?」
 ここは…どこなのだろう?
 黒い、闇に囲まれたかのようだ。明かりは…何もない。ただ私の姿だけは、見えているけれど、自分の足元に地面があるのか、それさえも怪しい。
  
 また、呼ばれた。そんな気がする。
 
 あれは…光?
 いや、人影だ。
 大勢いる…あれは、町の少女たち…?
 けれど…皆一様に色がない…まるで、影のように。
「ミゾティ!」
 少女たちの中に、彼女がいた。私に気づいたのか、彼女はある方向を示した。…泣きそうな目が気にかかる。
 彼女に反応するかのように、少女たちが口々に言い募る。言葉は聞こえないけれど、何を言っているのかはわかる。
 『助けて』
 『あの方を守って』
 『あの方を、どうか』
 彼女たちがあれほど必死になる相手…それは一人しか思いつかない。けれど…何があったというのだろう?
 迷っているうちに、少女たちは消えてしまった。
 そして示された方向に、淡い光が残っている。
  
  また、聞こえた。あれは…
  風の音だろうか?
 私は走っていた。
 危険だなどと考えもせずに。
 やがて光が近づいて  そこにいたのは。
 ガゼル…そしてシルフィス。その二人が、光を放っていた。二人の体は青白い。そして、二人が同じ方角を示す。いつもからは想像も出来ない真摯な瞳で。
 指し示す先には、また、別の光。
「行けと、言うことか?」
 けれどそれは恐らく出口ではないはず。まだ…遠い、そんな気がする。
 二人を見れば、ガゼルは消えていた。ただシルフィスだけが何かを告げる。
 『はやく』
 それを確認して…次の瞬間には、姿が消えた。
 私は、また進み出す。
 遠くで。
 
 風の悲鳴が聞こえたような気がした。
 私はまだ、闇の中にいる。
 いくら進んでも、闇が続いている。彼らが示す光がなければ、きっと自分自身すらも見失っているだろう。
 光が近づいている。人影だと確認出来るくらいには、この不思議な光景に慣れてしまった。
 いや、違う。あの影には見覚えがある。見分けがつくくらいに。あれは…あれは。
「殿下! 姫!」
 そんな…無茶だ、まだ傷も癒えていないのに!
   いや…違う…?
 いつものお二人と違う…どこが違う?
 けれど、私が疑問の答えを見つける前に、彼らはある方向を示した。釣られて見れば、…光? 
 
 『ヒィィィ  ァァァァ  …』
 
 
 何だ?
 風ではない、悲鳴。
 理由を問おうと振り返れば、もう、お二方ともいない。
 幻だったのだろうか。けれど、私は確かに見たのだ。
 考えても答えは返らない。ならば…進むしか、ない。
 
 そして、たどり着く。けれど、またそこには私の知る人物がいた。
「シオンさま…」
 いずれ出てくる  そんな気はしていた。やはり、彼らと同じく色を失って…いや、薄い青一色に染まっているけれど。
「悪いな、脅かしちまって。…ただ、あいつは  どうしても助けたくてな」
「…何故、私に?」
 あなたが行けばいい。一番早い…そのはずなのに。
「行きたいのは山々なんだが、俺はこれ以上行けねーんだ。セイルたちに会っただろ?」
「はい。シルフィスとガゼルにも…町の、少女たちも」
「町の? そいつは知らねーな。もっとも、想いの結晶みたいなもんだから…不思議はねーか」
『ヒィィィ  アァァァァ  
 
「シ…シオンさま!?」
 消える…彼まで消えてしまう、明確な答えを得ていないのに!
「悪いが時間切れだ。ま、何とか間に合ったからよしとするか  あっちだ」
 示された方角は…今までよりも遠い。淡い光が、消えかけているかのように。
「距離は、あんた次第だ。…頼んだぜ」
   私は、もう振り返らない。
 彼が消えたことが分かっている。今は、歩くしかない。
 けれど次こそ…答えなのだろうか。
光は小さいけれど…光り輝いている。
 
「やっほー」
「メイ!」
 やたらと能天気な言葉を送って来たのは、メイだった。この光は…彼女が放っているのか。
「貴方も喋れるのか…」
「うん、一応ね。喋ってる間中、魔力喰い続けるから、あんまり持たないけどね。
 よかったよ、あなたが自力で来てくれて」
「え?」
「今日がタイムリミットってのが分かってたからさ、みんな集まってるのに、隊長さんだけこないんだもん。心配しちゃったよ」
「タイムリミット…?」
『ヒイイイイイアアアアアァァァァ  
 メイの表情が変わる。
 今のは  風の悲鳴等ではない!
「あれは…いったい…?」
「バンシー…泣き女だよ。あれが泣くとき、誰かが死ぬの。…本来はね。
 ただ、あいつは…違う。あいつは、取り殺すために泣き叫ぶの。今までみんなで庇ってきた。今度は、あたしの番」
「…メイ…」
 消える…彼女も。
 光が弱くなって…姿が薄れていく。
「行って。もう、すぐそこだよ。ほら、その光だから」
 示す方向に光…今までのものよりはるかに弱々しい。
「急いで。
 あのバカ、連れ戻してよ、絶対。あんたにしか、出来ないんだからね」
 振り返った瞬間に、彼女のウィンクを見た気がした。
 けれどもう、闇が余韻すらも喰らい尽くして…だから、私は進まねばならない。
「こんにちは〜」
「どうも…」
「え?」
 目指していた光とは別の光が、私の目の前にいた。キールとアイシュが。やはり一色似染まった二人には、何故だろう、疲労の色が濃い。
「これをお渡ししようと思いましてね〜」
「お陰で道筋から外れたところに出ちゃって…すいません、寄り道なんかさせちゃって」
 渡されたのはペンダント…赤い石。
  出てくるときに必要になるとまずいですからね。オレ、話したことはないですけど、歌…あの人のは、好きなんで」
「もったいないですよ〜、あれだけの腕ですからね〜」
「炎が封じ込めてあります。これ、思い切り投げ付けてください」
「爆弾だと思ってください〜。こういう世界って、本人に救われる気がないと、出口がないですからね〜」
「使わずにすむことを祈りますよ。心を傷つけることに代わりはないんですからね」
「使い方だけは、間違えないでくださいね〜。ではでは〜」
「じゃ、頼みます」
 二人はそれだけ言って…消えてしまった。私の手に、赤い石だけを残して。
「心の…中…?」
 この暗い…黒い世界が?
 闇を持たない人間などいないけれど…、ここまで深い闇を彼は抱えて、いままで生きて来たというのか…?
 渡された石を握り締める。暖かさが伝わって来て…私はいつの間にか体が凍えていたことを知った。
 …ここは…違う…人間の居られる世界ではない…居ていい世界ではない!
 だから、皆が消えて行くのだ、存在することが出来ずに。
 彼を守るために。
 私は…彼を、守らなければならない。皆の想いに、答えるために。
 いや…私自身のために!
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