「どうしました…?」
「…………それは……こちらの台詞です……」
 真っ白な顔。青いを通り越している。今朝までは…元気そうだったのに。
「無理を…するから…」
「そうでもないですよ。食欲はありますから。…ああ、開けていただけますか? 料理をもって来てもらったんですよ」
「ああ…はい」
 雑用の少年がもって来たのは、二人分の食事だった。もう夜も遅いのに。
「この時間に下で食べるのもなんですから。どうぞ、冷めますよ。ああ、お茶をいれましょうか」
 ベッドから起き上がって、支度をすすめるイーリス。いつもの彼と違うことに私は戸惑って、手を出せない。
 勧められるままに食事をして…イーリスのいれたお茶を飲んでいるときに、彼が呟いた。
「嫌に、なりましたか?」
「え?」
 聞き返した私の目に入るのは、寂しげなイーリスの瞳。
「私のようなものの護衛なんて…お嫌でしょう?」
「いいえ」
 何を言い出すのだろう?
 私はずっと、彼と共にいたいと思っているのに。
「むしろ、感謝しているくらいです。あなたの歌を、ずっと聞いていられる」
「歌…ね」
 どうしたのだろう…冷めた目をしている。
「私には貴方を捕らえるだけの魅力はないということですね…」
「…イーリス?」
 それは…それは違う、貴方の歌だから私は…!
 けれど彼の瞳に射貫かれて、私はその思いを言葉に出来ない。
「貴方は、いつも私を見ている。その瞳はきつく、恐ろしいくらいに私を睨んでいる。…でも、貴方は嫌ではないという。私には貴方の心が分からない。何故、私を睨んでいるのにそんなことを言うのか。
 …分かるのが、怖いんです」
「イーリス……?」
「今日、メイに伝言を頼まれました。あなたを魔法学院に呼ぶように。…今頃、きっと待っているでしょうね」
 くすくすと笑う彼は…何か、楽しげだ。
 意識が…気のせいだろうか、遠ざかったような気がする。
「私は…」
 イーリスの手が、私の頬に触れる。その瞳が近づいて…唇が、重なった。
「…イ…リス…?」
「貴方を愛しています。でも…貴方は、私を思ってくれないかもしれない。例え私を思ってくれていても、きっと、それは別の想い…」
 違う…それ…は…。
「でも、いいんです。もう、終わったんです。貴方は私から離れていく…でも…」
 …何…目が…かすむ…?
「憎まれてもいい。それでも貴方が欲しい。そう思って、しまいました。…それに、もう時間がないんです」
「薬…か…?」
「…動けないでしょう? 大丈夫、すぐ動けるようになりますから」
 微笑うイーリスの顔が見えない。頬に触れる手が冷たい。…何故…?
「媚薬の一種ですよ冷めれば何も残りません」
 驚くほど冷たく感じる手が心地よい…。
「どうしてこんな薬を持っているのか…不思議ですか?」
 イーリスの声が…響く…。
「この国では必要なかったんですけどね…私は吟遊詩人です。普段は夢と歌を売りますが、それが出来ない町もあります。そんなときの為の薬なんですよ…春を売るためのね」
 イーリスの手が、私の髪を梳く。まるで雷に撃たれたかのように、身体中を刺激が駆け巡る。
「もっとも、私に使うんですけどね、いつもなら。私の好みのお相手というのは、滅多にいませんでしたから」
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