それでもそれからの毎日も、変わらない。
彼は私をレオンと呼び、何も知らぬかのように振る舞った。
私もいつも通りかれの傍らにいた。
このまま終わる…そう、思った。
いや、終わらせたかった。
この王都の空気は身体によいとは言えない。寒さが厳しくなるにつれて、彼の具合が悪くなって来ている。ただの風邪と言っているし、医者もそう見たようだが…。
この町から、出したほうがいい。けれど…彼は承知しない。この件が片付くまで、と。
早く、終わってほしい。王子の身が安全になれば、彼の命が狙われなくなる。そうすれば、治療に専念出来るのに。
『それでもそれは…王子のためなのでしょう……?』
事あるごとに、蘇るイーリスの言葉。私を見るイーリスの瞳が…時折曇るのは何故だろう?
「こんにちは、レオン」
架けられた声に振り向けば、あの少女…不思議なミゾティがいた。
「…久しぶりだな」
「…何か、あったみたいだから。心配になったの」
「…ああ、イーリスの具合がよくないから…。風邪だと言っているが」
そう答えた私に、ミゾティは変な顔をした。怒ったような、呆れたような…複雑な顔。
「あの子じゃないわ」
そう言って、彼女は私を見た。…彼女の顔をじっくりと見るのは、これが初めてだ。今まで見ようと思っても、彼女は姿を消していたから…。
「ねえ、いいかげんに気づいた方がいいわ。そんなんじゃ、あの子…守れない」
「気づく? …何に?」
そう言った私の胸元を、彼女は指した。
「気づきなさい。あなたは何故、ここにいるの?」
緑の瞳が、私を射貫く。私は、
動けない。
何故?
こんな少女に睨まれただけで、私は動けない。
『暴かれる』
そう、思った。
秘めたる想い。
それは…抱いてはならぬもの。気づかれてはならない。いや、私が気づいてはならないこと。
「あの子を、守って
お願い…」
緑の瞳が涙に潤む。その瞳の中にあふれる思いを見た気がして…、…私は、気づいた。
気づいてしまった。
私がここにいるのは、王子のためなどではないことに。
この件の終焉を望むのは、
イーリスのためだけなのだと。
そう、最初から王子のためなどではなく、イーリスただ一人の為に、私はここにいる。
彼の歌ではない。彼自身に魅せられて、捕らわれてしまったのだ。
関係のないものを巻き込んだことを、あの方はせめているだろう。
けれど…私は、何も言わない。あの方の秘めたる想いを知っているから。
…知られてはならない想い。禁断の…苦しみ。
それが続けばいい。そしてイーリスを巻き込んだことを責めればいい。王家のものにあるまじき行為だと。
あの方が出歩いたりしなければ、こんなことは起きなかったのだから。
ああ、そうだ。それは感謝してもいいかもしれない…彼の側にいられることを。けれど…何も言わない。
そう、私は彼の苦しみを喜んでいる。暗い喜びとわかっている。けれど…。
続けばいい、その苦しみが。私の思いを…少しでも思い知ればいい
!
それでも…。
それが為に白い詩神が危ういのなら
終わらせなければならない…
そう…それは、ほかの誰のためでもない…
彼だけのために……。
「ミゾティ?」
ふと気が付いたとき…彼女の姿は、もう消えていた。
…また、だ。彼女は、
何者だろう?
顔を上げて、私はいつの間にか座っていたことを知った。
私を見るイーリスの視線が痛い。もう、自分の心に気づいてしまったから。
そんな私を試すかのように、その日の夜…私は、彼に呼ばれた。