昼と同じように、この時間もこの辺りは賑わうが、…噴水の回りに人が集まっていた。
…メイ?
何故か、メイがそこにいた。彼女を珍しがっているのかとも思ったが、違うらしく少女たちと言い争っている。が…イーリスがとりなしたようだ。
一言二言、二人が言葉を交わして、イーリスはいつもの場所…噴水の縁に座る。メイはと言えば少し離れて…呪文を唱えている?
何をする気だろう、と思った瞬間にメイの上げた手が合図だったのか、広場の明かりが一斉に消えた。
仄かな光が、イーリスを映し出すかのように、噴水が光を放つ。立ち上がったイーリスが優雅に礼をして、再び座り、光の中で竪琴を奏で始める。
いったい、どんな魔法を使ったのだろう?
噴水がそこにあるのに、水音はほとんど聞こえない。彼の奏でる竪琴の音、彼の歌声に合わせるかのように、ただ水しぶきを上げ、光のオブジェと化している。
その光も、一色ではない。さまざまに色を変え、まるで虹の妖精たちが群れで遊んでいるかのよう…。
人々は皆、見入っていた。…無論私も、例外ではなかった…。
「やっほ〜、レオン〜」
え?
私は声をかけられて振り返った。
「メイ」
そこにはいかにも自慢げなメイの姿があった。
「へへ〜、すごいでしょ、光とイーリスの共演」
「…ああ、言葉が出ないくらいだ。…メイの発案なのか?」
「ううん、イーリスだよ。彼も抜け目がないんだよね、こういうときって」
「そうか。…まるで、詩の女神のようだな…」
「…そうだね」
言ってから、からかわれるかと思ったが、意外にもすんなりと同意したことに少々驚いてしまった。
「ほんとは最後までいたいけどさ、あたし門限があるから。…イーリス頼むね」
「…ああ、わかっている」
軽くウインクを私に残して、さっさと帰って行く。…たしか門限破りの常習犯だったような気がするのだが…?
そんなことを考えているうちに、演奏が終わった。少女たちはさすがにこんな時間のせいか、親に連れ帰られて行く。…こんな時間に外にいることのほうが問題なのだ。
…そのときに、私は不思議なことに気づいた。噴水はもう光っていないのに、イーリスが見えるのだ。その光は、…神々しいまでに彼を照らし出している。
「こんばんは」
「え…?」
イーリス。いつの間に、こんな近くへ…?
咄嗟のことに返事が出来ない私にかまわず、彼は笑顔のまま言葉を続ける。
「初めての方ですね。昼からずっと聞いていて下さったでしょう? 気に入っていただけたようですね」
「…気づいて…いたんですか?」
「ええ。来て下さる方は全て見ています。お気づきではないようですが…あなた、ずいぶん目立ちますよ」
……そんなに目立つんだろうか…?
「声をかけてみたくなるくらいには。その姿は…この国の方ではないようですが」
「…随分と詳しいんですね」
これは私でさえ魔法学院の制服と間違えてしまった造りなのに、この暗がりの中でよく分かるものだ。
…いや、訂正しよう。辺りは確かに暗がりだが、イーリスの放つ光のせいで私たちの回りだけはほんのり明るい。
「一度、行ったことがありますから。…お名前を伺ってもよろしいですか?」
え…?
気づいていないのか…?
「私は…レオン・クルニールと申します。…来たばかりの旅行者です」
「レオンですね。私はイーリス…見ての通り、吟遊詩人です。
これから食事に行こうかと思っているのですが…ご一緒していただけませんか?」
「え? いいんですか?」
「ええ、最近は物騒になりましたから、一人で歩けないんですよ。
あの国からここまでは二週間もかかるのに、あなたはお一人でこられたようですし…鍛えられた体のようですしね」
なんと…大した洞察力だ。確かに距離はそれくらいだし、剣も下げているから…。
私に拒む理由など、あるはずがない。
そうして歩きだして…イーリスが立ち止まったのは、ほどないころだった。イーリスの放つ光も消え、街頭の明かりも届かない小道。
「イーリス、私の後ろに」
「はい」
慌てたふうもなく、騒がずにイーリスは私に従う。
「二人か」
私の呟きに明らかな動揺が走る。…この程度の輩を暗殺に差し向けるとは…相手の程度が知れるな。
そして私が彼らを倒したのはほどなくだった。
「やはりあなたに声をかけて正解でしたね」
「はぁ…。あの程度の輩なら、あなたでも対処出来たかと思うんですが…」
実際、私とほぼ同時に気配を察知したくらいだし、一人は彼の投げたナイフで倒れている。町中で襲ってくる程度なら、問題はないような気もするが…。
「そうですねぇ…でも、たまたま今日はごろつきさんだったってことも考えられますし。…あ、そこですよ」
連れて行かれたのは、鍵と錠前亭の近くのレストランだった。
護衛代ということか、イーリスの奢りになってしまったが…いいのだろうか…?
「ああ、宿も同じだったんですね」
「ええ。ここを友人から薦められました」
「メイですか? 先程話していたようですが」
「…ええ。本当によく見てますね」
半ば呆れて私は答えた。しらっばっくれようかとも思ったが、ま、彼には通用すまい。
「言ったでしょう、目立つんですよ。あなたも彼女も
ね」
そう言った彼の瞳に、何かの光を見た気がした。
私がすべてを話す間、イーリスはただ黙って聞いていた。聞き終えてからも、何も言わず…ただ、微笑んで。
宿へ帰るときに、一言だけ…私は聞いた。
「…守らせて、下さいますか?」
イーリスは何も言わず…ただ、頷いた。
怒っているのかどうか…私には、わからなかった。それでもその日、眠りにつく前に彼の声を聞いた。
「それは王子のためなのでしょう……?」
振り返ったときには、もう部屋の中に入っていて…、…何故だろう…私は、それに答えることが出来なかった。