そして、翌日。いつも通りに騎士団の稽古を終わらせて、再びシオン様の執務室を訪れた私は、そこにキール殿がいて、驚かされた。この二人もあまり仲はよくないはずだし、彼がかかわっている様子もなかったのだが…いや、メイが関わっている時点で既に巻き込まれたか。
「あ、これ、本当は兄の役目だったんですがね。何か外せない用があるとかで。とりあえず、これに着替えて下さい」
 彼の介添えでそれに着替えて、よく見れば、キール殿の着ているものに似ている。
「説明するとだ、あんたは…いや、レオニスは今から姫君の護衛として、姉君の嫁ぎ先へ行く。騎士団は長老が見て下さるから安心しな。で、従兄弟のレオン・クルニールが向こうにいるんだが、そいつが入れ替わりで観光客としてこの国へやってくる。騎士団の宿舎に泊まるわけにはいかないから、宿屋住まいだ。で、イーリスの歌にほれ込んで、彼に付いて回る、と。そのために部屋も隣を押さえてある」
「…いくら何でも穴だらけではないですか?」
 服を変えたところで、私の顔は知られている。従兄弟は確かにいるし、幼いころには双子と間違えられたこともある。しかし、いくら何でもすぐに、気づかれてしまうだろう。
「大丈夫です、その辺はいろいろと考えてありますから。あとこれ、魔法学院の制服に似てますけど、向こうの国の文官の平服ですから。姫の姉君にお願いして、送ってもらったんですよ」
「しかし…」
「だぁいじょうぶだって。ほらよ、キール」
「あ、これですか。ちょっと動かないで下さいね」
 そう言って被せられたのは…これは、鬘か?
 しかし、私の髪とは色も違うし…すぐにばれるぞ、これでは。
「だーいじょーぶだって」
 笑っているシオンさまに呆れたそのとき、ドアがノックされた。
「メイだろ? 開いてるぜ」
「は〜い」
 ぼわぼわぼわぼわっ
 真っ白な煙がドアを覆い隠す。
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ〜ん☆」
 …………あ、明るい……。
 …はて、ドアが開いた気配はなかった気がするが…?
「よ、メイ、芸増えたじゃん。この煙はケムイタケとして…いつ擦り抜けなんか覚えたんだ?」
「メイ! お前また禁書読んだなあぁぁぁ!」
「だって読めるんだもん、いーじゃない」
「へえ、あれ、読めるのか。大したもんだな」
「まあね〜。へえ、隊長さんだよね? 結構はまってるじゃん」
「ああ、なかなかのもんだろ」
 …この場合、礼を言うべきなのだろうか?
 ちなみにこの会話の間、キールは頭を抱えている。
「で、頼んだものはどうだった? 手に入ったか?」
「もっちろん☆ 穴は完成よ。サイズ制限ありってのが辛いけど、さ」
 相変わらずの調子のメイが、何かを投げる。反射的に受け取れば…何だろう、ガラスのようだが…レンズにしては小さいし…?
「『こんたくと・れんず』っていうの。瞳の色変えるやつだよ。髪に合わせて青にしてあるから。はいはい、おとなしくしてね〜」
 な、なに?
 うわっ!
「おっけー、出来たよ。それ、毎日洗って付け直してね。はい、洗浄液。あ、寝るときは外しなよ?」
「へえ、似合うじゃねーか。鬘の調子はどうだ?」
「うまくいってますよ。仕上げ、頼みます」
「はいよ。レオニス…とレオン、そこ動くんじゃねーぞ」
 笑顔が急に引き締まる。呪文…何か魔法を使う気か?
「時の流れを司る女神よ…我が請願に答えよ。
 彼のものの姿を仮のものとし、居間在りし姿を我が望む限り彼のものの本物の姿となるように…」
 な…光!?
 目が見えない…開けていられない!
「よし、いいはずだぜ。メイ、引っ張ってみな」
「はいは〜い。よっと」
「…痛いんだが…」
 何の真似かと聞こうとして、彼女は私の鬘を引っ張ったのだと言うことに気づいた。
「よしよし、成功だな。…色も隠れたみたいだな」
「じゃ、オレはこれで」
「ああ、悪かったな、時間食わせちまって」
「いえ、面白いものが見られましたから」
 それだけ言って、キール殿は出て行った。
 しかしこの場合…面白いものとは、やはり私のことだろうか?
「さて、と。状況の確認なんだが…、イーリスには取り敢えず何も言ってない。余計な気を使う奴だからな、これは純粋に俺の厚意っつっても、あいつには通用しねーから」
「説明するのが面倒なんじゃないの?」
「説明はいいんだよ、あいつを説得するのが面倒くせーんだ。って、何言わせんだよ、メイ。…えーと、で、だ。どこまで話すかは、あんたに任せるぜ。口止めさえすりゃ裏社会にも知人が山のようにいる奴だから、信頼出来るぜ」
「…はぁ」
人は見かけによらないとはよく言うが…うむ…。
「メイ、宿屋に案内してやってくれ。ま、知ってる場所だとは思うけどな」
「はーい。じゃ、行くよレオン」
「……あ、はい」
「…おいおい〜」
「あなたの名前なんだから、しっかりしなよ」
「いや、そうではなくて…幼いころの呼ばれ方だったんです。大丈夫です、間違えたりしませんから」
「そう期待するぜ」


 連れて行かれた宿で、メイは主人としばらく話して帰って行った。主人もある程度は理由を知っているということだが…どこまで知っているのかは分からない。
 ただ、イーリスのことを心配しているのは事実だ。刺客に狙われていることもだが、それ以上に体調が悪いらしいことを教えてくれた。…頑固なまでに医者を拒むことも。
 予約されていた部屋には、金貨の入った袋がおいてあった。王子からの手紙つきで、どうやら報酬兼生活費のようだ。
 宿の支払いは一月分が払われていた。どうやらその間に決着をつけるおつもりらしい。
 窓から差し込む光で手紙を読んでいると、昼刻の鐘が鳴った。
 食事もしたいし、イーリスも探さなければならないから、袋の中から金貨を数枚取り出し、私は部屋を出て広場へと向かった。部屋のカギはフロントに預けてある。
 広場へついてからイーリスを探す必要は全くなかった。人込みの中に紛れているから姿は見えないけれど、皆が静かに聞き入っているから彼の竪琴と歌声が人込みを越えて聞こえてくる。
 人が集まる理由…きっとそれに理屈はつけられない。けれど、宮廷の演奏を聞き馴れている私が聞き惚れるほど、彼の歌は魅力にあふれている。
 この役目がなくても、暇が有る限り通い詰めたかもしれない…。
 やがて演奏を終えたイーリスが、広場を後にする。こちらを見ないということは…私には気づいていないと言うことだろうか?
 取り敢えず彼に続いて喫茶店に入る。昼食時だから、別に一人でも怪しまれることはない。イーリスにつかず離れずの位置を選ぶ。…まあ、こんな昼日中に店内で襲われるとも思えないが…。
 イーリスは店内に入ったとたん、少女たちに囲まれた。慌てるどころかにこにことカードを取り出した。…占いも出来るのか。店の方も承知しているらしく、群がる彼女たちから上手に注文を取ってはさばいて行く。
 やがて日が傾き始めたころ、ようやくイーリスの回りの少女たちがひき始めた。何があるのかと思いつつイーリスを見ていると、カードを片付けて、店を出て行く。慌てて私も支払いをすませ、後を追いかける。…余談だがずっといる間、何かしらを注文していたために、支払いが金貨一枚分に相当するという…恐ろしいことをやってしまった。
 そして、追いかけたイーリスの行き先は、またあの広場だった。
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