ああ、そーいやぁ森の中でクラヴィスと会うこともあったな。
ん?
その話しはまた今度にしてくれよ、おれしゃべり過ぎで喉かわいちまったぜ。
んぁ?
どーしたんだよ、だまっちまって…
…なぁ、いま俺の肩叩いたのって…
やっぱり首領(ボス)なわけ…?
ジュリアス…あんた、どこから出て来たんだよ?
出て来て悪いか?
月例会でもないのに皆が集まっているし、おもしろそうな話が聞こえて来たのでな。
女王候補が発案者なのか。
木陰のティーパーティーもいいものだな。
クラヴィスのことでか?
ああ、私しか知らないようなこともあるにはあるぞ。
別に口止めされているようなことでもないし…。
そうだな、話してもいいだろう、美味しいお菓子の代価にちょうどよい。
だが、あれはまだ私が守護聖になったばかりのころの話だぞ。
私はあのころまだ5つ…そうだな、誕生日のすぐ後あたりだったからな。
生まれたときから光の守護聖となることが分かっていた私は、守護聖の長としての教育を施されて来た
それに、ふさわしくあれるようにと。
そんなときに、私と対して代わらぬ年の者が、新たな守護聖として入ってくると聞いた。
それが闇の守護聖、クラヴィスだった。
光の守護聖となって数カ月が過ぎ、やっと政務にも慣れて来た。
たいした仕事をしているわけでもないけれど…少し疲れた気もする。
「ジュリアスさま、公園を散歩されてはいかがですか?」
「公園?」
じいや、いきなり、何を言い出すのだろう?
わたしにはまだ、覚えなければならないことがたくさんあるのに。
休みの日と言っても、遊んでいる暇なんかないのに。
わたしは家から
実家から連れて来た執事にそう答えた。
「まだまだ時間はありますよ。守護聖になられたとはいえ、あなたはまだ幼いのですから、外へ出られることが必要です」
にっこりと微笑って言われれば、それ以上何も言えない。
昼食をバスケットに詰めようとしていた執事を止め、とりあえず昼になるまで、少し歩いて見ることにした。
そういえば、今まで一人で歩いていたことはなかった。
公園への道を歩きながら、ふと、空を見あげた。
いつも代わらない青い空…この聖地の空だけは、女王陛下のお力で、いつも代わらない。
でも…すごいと思うけど、何か足りない。そんな気がする。
「あ」
白いものが、動いた気がする。
草の陰だ。もしかして、うさぎ…?
わたしは、そのうさぎを脅かさないように、そっと近づいた。たしか、この辺りにいたはず
。
「見つけた
」
やっぱり、白いうさぎだ。それもまっ白な、かわいいうさぎ。
「おいで。こわくないよ」
そっと、手を伸ばして見る。
逃げないで…ね、うさぎさん。
そっと、撫でてみる。逃げないけど…怖がってる?
「あ、怪我してる
!」
後ろ脚から、少し、血が出てる。きっとこのせいで、動けないんだ。
あ…えっと、血を止めなくちゃ。きれいな布で、縛って…。
「待って、先に怪我を洗うんだよ」
え?
びっくりした…ひとがいるなんて、思わなかったから。
「え…えと…あの…」
「向こうに水飲み場があるから、そこへ連れて行こう」
そう言ったのは、黒い服を来た男の子…だった。あまりわたしと変わらないくらいの。
「早く」
せかされて、うさぎを抱いて立ち上がる。その子は公園の中をよくわかってるらしくて、先に走って行く。
「ほら、もう大丈夫だよ」
そう言って、その子はうさぎに包帯を巻終えた。その包帯は、わたしのもっていたハンカチだけど。
「その、うさぎ…」
なんて言えばいいのか分からなくて、ちょっと詰まってしまった。
「ああ、この公園で放し飼いにされてるんだよ。ときどき、怪我をしてるけど」
ずいぶん、慣れた感じがする。でも誰だろう?
どこかで見た気がするけど
。
「もう、離していいかな?」
「え…あ、あ、うん、いいよ」
わたしが答えると、その子はすぐにうさぎを離した。
うさぎはちょっとこっちを見て、すぐに走って行く。
「いっちゃった…」
捕まえておくのはかわいそうだけど…、もうちょっと、遊びたかったな
。
「あの…名前、なんていうの?」
わ、いきなり聞いちゃった。まずかったかな。
「わたし?」
びっくりしたみたいに、その子はこっちを見る。
「クラヴィス
だよ」
クラヴィス…?
聞いた覚えがある…えっと…だれに聞いたんだっけ?
「ジュリアス?」
「え?」
「光の守護聖
だよね」
どうして?
まだ、名乗ってないはずなのに。
「すぐわかった。すごく輝いてる
光の守護聖にふさわしい輝きをもってるから」
かがやき……?
どうして…そんなことがわかるんだろう?
かがやき…なんて、そんなの見えるはずがないのに。
「この子が
教えてくれたんだよ」
そういって、大切そうにペンダントを見せてくれた。透明な
この石…。
「月長石。占いにも時々使う」
今みたいに、と付け加えて、それを外した
え?
「え、クラヴィス、いいの?」
あわてて問い返す。だってそれを外したかと思ったら、わたしの首にかけたから。
「うん。わたしは、まだたくさんあるから」
「あ…ありがとう…」
この石
剣みたいに加工されてる。不思議な輝きだ
。
「クラヴィスさまぁー」
遠くから、そんな声がした。クラヴィスを、呼んでるみたい。
「あ…きちゃったか」
「きちゃったって
?」
「お迎えさ。…もう、お昼になるから、帰らなくちゃ」
え? もう?
そういえば、鐘が響いてる。わたしも帰らないといけない。
「また、会える?」
「…うん」
そういってクラヴィスは笑って、走って行った。
その時にわたしはやっと、どこで彼の名前を聞いたのか思い出したんだ。
それから、わたしたちは休みの日に、よく一緒に過ごすようになった。
まわりの大人たちの反応がおもしろくて、いつもそのことを話したりしていた。
タロット占いのやり方も、よく知っているみたいだ。
ときどき占ってもらったりして、たまには、互いの館を尋ねたりもするようになった。
いつの間にか年は過ぎて
もうすぐ、十五になる。
互いの訪問は、時折カティスさまも交えて、続いていた。
「え…わたしでも?」
今日も彼の館でいろいろな石を見せてもらって…水晶玉の話をしているときのことだった。
わたしでも、水晶玉で占いが出来る、というからびっくりして、聞き返した。
「誰でも出来るから。そうだ、その証拠に教えようか?」
わたしは少し迷って、うなずいた。どんなふうに水晶玉に写るのか…見て見たい。
「この水晶玉に手をかざして
目を閉じて」
クラヴィスの声にしたがって、目を閉じる。手の平が、熱い気がする。
「何を見たい?」
見たいもの…?
今、見たいのは
。
「母上……」
帰ってはならないと言われたから、帰っていない
姿も見ていない。
今、どうしているのか…。
「意識を澄ませて
水晶を見て」
目を開ければ、そこに記憶よりも年を取られた母上がいた…ああ、お元気なようだ。
「ジュリアス?」
涙が、頬を伝ったけれど、クラヴィスはわたしに声をかけただけで、わたしを見ようとはしていなかった。
見て見ぬふりをしてくれたのだろう。
「
ありがとう」
「…映像を結んだのは、おまえ自身の力だ。わたしは手助けしただけ。
今日、夕食を食べていかないか?」
「夕食?」
「ああ。…たまには、いいだろう?」
わたしは、ありがたく、それを受けることにした。
ここの夕食は、変わった料理が出るのだ。時々、それが楽しみだった。
あれから数カ月がたった。このところクラヴィスの元気がないが
どうしたんだろう。
不意に、扉が開いた。
「カティスさま」
先触れもなしに、この方が訪れるのは珍しい。しかも、まだ執務中なのに。
「どうされました?」
「クラヴィスが
倒れた」
!
思わず立ち上がり、椅子がけたたましい音を立てて倒れる。
「クラヴィスが…!?」
「ここ数日、様子がおかしかったのだが…つい、先ほどな。今は、奥の部屋で休ませてある」
馬鹿な…クラヴィス、なぜ倒れた?
何があったというのだ?
「クラヴィス…?」
主の好みを表すような、深い宇宙に覆われた部屋。その中で横たわるクラヴィスは、青い顔をしていた。
「…ジュリアス…?」
目覚めていたのか、ゆっくりと起き上がる。まるで、病み上がりの、病人のようだ。
「ああ
どうした、倒れたと聞いたが」
起きようとするクラヴィスを寝かしつけ、わたしは問いかける。
「…母が……写らない…」
「母?」
そういえば…他の星にいると聞いたことがある。主星の出身ではないと
それだけ。
「母の代わりに…闇が映る。わたしを招くように
。水晶はもう、闇をしか映さない……」
「
」
……。
もう、わたしたちが守護聖となって、外界ではどれほどの時が過ぎたのだろう?
けれど
。
「あの闇の中に、母がいる…そう思うと、その中へこの身を投じたくなる
」
「馬鹿なことをいうな…」
そうは言ったけれど
それ以上、言葉を続けられない。わたしとて、まわりに誰もいなかったら、きっと
!
「
馬鹿なことを、考えるな。わたしをひとりにする気か?」
「ジュリアス…」
「やめろ…その疲れ切った声など、聞きたくない。
…お前、ここ数日なにも口にしていないそうだな」
「
誰に聞いた?」
「カティス様に。しっかりしろ、情けない」
「…お前に、わかるものか」
「そう、思うか?」
いや…まだ、誰にも言っていないから、わかるとは思わないだろう。
「わたしの母は、昨年亡くなった」
訃報が届いた
わたし宛の機密文書で。
クラヴィスは驚いた顔をしている。
それはそうだろう。そんな素振りは一度として見せなかったのだから。
「わたしには、お前がいた。お前には、わたしがいる。
…闇の中など見るな。お前は昔、わたしを輝いているといった。わたしを見ていろ。闇の中へ逃げるくらいなら。
おい、クラヴィス!?」
…肩を震わせている。お前、何がおかしい?
わたしは本気で心配しているのに。
「お前、自分で何を言ったのか、わかっているのか?」
「
どういう、意味だ?」
わからない
わたしはそれほどのことをいったのか?
そのあと、いくら聞いてもクラヴィスは微笑うばかりで答えなかった。
それでもどうやら、闇の中だけをみつめる事はなくなったようだ。
クラヴィスが、いまのようになった理由も、知っているが
これは、本人が話せるようになるまで、私から話すわけにはいかないことだ。
何を言っても反応しなくなってしまったから、もう、何もしていないけれど。
私はクラヴィスを嫌いなわけではけっしてないのだ。
ああ、けれど…わたしはいまだに、あのときクラヴィスが笑った理由がわからないのだが
おまえたちなら、わからないか?