語り終えれば昼下がり白馬の王子とらわるる


 まぁ、これくらいだな。
 さて、これでずいぶんと守護聖は揃ったようだが…まだ二人、足りないようだな。
 ン…蹄の音か?
 とすれば…オスカーか。
 まあ、ここは一つ巻き込まれてもらうとしよう。


 ン、どうしたお嬢ちゃんたち、こんなところで。おや、ジュリアスさまも。
 雨夜でもないのに、何の品定めかな?
 いや、女性に向かって言う言葉じゃないか。
 なんだ、違うのか?
 何、クラヴィスさまの?
 ほう、お嬢ちゃんも隅に置けないな。ああいうタイプが好きだったのか。
 ン?
 何だ、俺も話すのか?
 え、ジュリアスさまも話された?
 そうか、じゃ話さないわけにはいかないな。
 とは言っても、クラヴィスさまのことはなぁ…付き合いといっても、ほとんどないしな。
 ああ、そういえば、あれがあったな。
 いつ頃のことなのか、覚えがないんだが…かまわないか?
 守護聖となって、しばらくしてからのことだってことは、覚えてるんだがな。    
 
 ふう。
 庭園まで出ては来たものの、このところ、休日が退屈だな。
 前はリュミエールが何をやらかすか心配で、よく屋敷の近くをうろついてみたりもしたんだが、最近はクラヴィスさまの近くにいるせいでそれは必要なくなってるし。
 故郷にいたころは、女性のほうから誘いにくることのほうが多いくらいで、休日が休日でなかったものだが…。
 聖地へ移ってからというもの、役目柄か、全く言い寄ってくる女性がいない。
 こちらから声をかけるにも、いまいち故郷の女性と違うせいか、声をかけても逃げられてしまう。
 遊びの恋を仕掛けたりなどしてはいないが…純粋な人間しか、ここにはいないようだな。と言うより、大人の恋が出来るような住民がいないのか。
 とはいえ、このオスカーともあろうものが、なさけない。
 ン?
 今、茂みの向こうに随分長い黒髪が見えたような気がするなそれに、きれいな緑の黒髪だったようだ。手入れも行き届いていたな。
 そうだなどんな素性の女性か、確かめるくらいはかまわないだろう。
 俺は寝転がっていた芝生から跳び起きて、茂みの奥へその女性を追いかけて行ったんだ。
 だが…何かがいま、一瞬頭の片隅を過ったんだが
 
「レディ、失礼ですが、お名前を教えていただけませんか?」
 さすがに初対面の相手には、いきなり砕けた口調ってのはまずいだろうとの判断の元、俺は声をかけた。
 相手との距離はあるけれど、声は十分に届くし、問題はないはずだ。
 けれど、相手は歩みを止めもせずに行ってしまう。
 白いドレスが足元を覆っていて、なかなかの細みのレディなんだがどうやら真面目な女性のようだ。
 ああ、そういえば、あの長さで裾が汚れてもいない。
 豊かな黒髪といい、身のこなしといい、貴夫人といってもいいくらいの身だしなみのようだ。
 それなら、やはりお近づきにならなければ。
 このオスカー、浮気な遊び人ではないことを知ってもらわなければ。
 ふと、彼女の足が止まった。やっとこのオスカーの存在に気づいてくれたのか。
「なっ……」
 不意に人影が数人、その女性を取り巻いた。
 だが、どう見ても、彼女の知り合いというわけではなさそうだ。
 その証拠に、彼女は身構えている。
 これはやはり、助太刀するべきだな。
「助勢する」
 走り寄った後で、彼女と背中合わせになる。
 本来なら庇うべきだが、実は俺がここへくるまでの数秒で、一人倒してしまっている。下手に庇えば機嫌を損ねることになるだろうし、何より、円陣を組まれてしまっては庇えるはずがない。
「すまない。出来れば、一人くらいは捕まえたい」
「了解」
 なかなか大したものだ。これだけの数に囲まれて、焦ってもいない。…しかし、今の声は聞き覚えがあるんだが
「おっと」
 切りかかってきた相手をサーベルでなぎ払い、当て身を入れて気絶させる。
 油断していたのか弱かったのか、あっさりそいつは片がついた。だが、奴らもさすがに本気になってきたようだ。
 それでも、生まれたときからサーベルを玩具がわりに育った俺だ、そう簡単に後れは取らない。
 しかも彼女もかなりの使い手。素手で次々と当て身を入れている。
「引けっ」
 その声で、まだ意識のあった数人が次々に消える。
 一瞬、追いかけようかとも思ったが、足元に一人、転がっているのを思い出した。
 こいつとこの女性に詳しいことを聞いてからでいいだろう。
 だが、この聖地、滅多に扉は開かないはずだが……どこから来たのだろうか。
「思ったより楽に片付いた感謝する」
「レディのためなら、このくらいのこと、お安い御用です。私の名はオスカー。よろしければ、お名前を教えていただきたいのですが」
 そこで名前が少なくとも帰ってくると思ったんだが、無言の反応が帰って来て、俺はいぶかしんでやっと顔を上げた。
 そう、この時点で、やっと。
「あ」
 そこにいたのは、呆れた目付きの長身の男性だった。
「女に間違われたのは、ここへ来てから初めてだな。私はクラヴィス。闇の守護聖だ」
「…………」
 あ…あ、あーっ!
 そうだ、さっきの引っ掛かりはこれだ、この声だ!
 着任の挨拶の時に聞いた声だ!
 そうか、さっきの茂みのときも、女性にしては高すぎる身長に引っ掛かったのか。
 しまった、このオスカーともあろうものが、よりによって、闇の守護聖を女性と見まちがうとは
「まぁ、この髪ではいずれ間違う者も出てくるのではないかと思っていたが」
 微笑われてしまった…何とも情けない。
「あまり気にするな。今回はそれもあってこの姿だからな。それより、屋敷へこの者を運びたいのだが、手伝って貰えるか? 足を挫いたようだ。人を運べそうにない」
「は…はい…」
 半ば放心した状態のまま、俺はその倒れていた覆面を連れて、クラヴィスさまの屋敷へついていった。
 
「まだ気づかないようだな。その奥のソファに降ろしてくれ」
「ここですねっと」
 こんなところにほうり出して大丈夫なのかと思っていると、クラヴィスさまは香炉を出して来られた。中に何か炊いてあるようだ。
「これか? これは幻夢香私の一族に伝わる、幻覚を見せるために使う香だ。あまり吸い込まない方がいい、気をつけろ」
 そう言って、男の側にそれを置いて、カーテンを降ろしてしまった。
「クラヴィスさま…一体、この男は…?」
「わからん。最近、女王制を廃止しようという動きが、聖地の外で起きている。その一派ではないかと思うのだが」
「女王制の廃止……!?」
 馬鹿なこの世界は女王陛下のお力で支えられているようなもの。
 それを廃止したら
「他の世界には、女王の存在しない世界も数多い。
 みな、それなりに暮らしてはいるが、それは最初からそういう世界だからこそであって、この世界でもし女王がいなくなれば…どうなると思う?」
 混乱…いや、その程度では済まない。下手をすれば
「そうこの世界そのものが、崩壊するだろう。それが分からないようだな」
 醒めた瞳でその男を見ながら、クラヴィスさまは言葉を切られた。
 男が目を覚ましたからだ。
「目覚めたかならば、話してもらおうか。お前たちのことを
 そういったクラヴィスさまの瞳は、この俺でさえ怖いくらいに澄んでいた
 
「クラヴィスさま…」
 尋問を終えて男を縛り付けた後、クラヴィスさまは不意にふらついて、危うく倒れるところを支えることが出来た。
 しかし、さすがに俺よりも背が高いと支えるのは大変だな。
「ああ…すまない、大丈夫だ。悪いが、ジュリアスを呼んでいや、これを渡してくれ。あいつも分かっている。私の馬車を使うといい…御者が道を知っている」
 たった今聞いて書き留めたばかりの内容を、そのまま俺に渡された。
「しかし、あの男は
「大丈夫だ。あの香を炊いている限り、動けはしない。…なるべく早いうちにすませることが一番だからな。行ってくれ」
わかりました」
「それと、出来ればあとで、あの男を聖殿へ連れて行ってくれ。ジュリアスに任せてもいい」
「はい。では、なるべく早く戻ります」
 そう言って俺は、クラヴィスさまの部屋を後にした。
 
 ああ、その後か?
 ジュリアスさまも覚えてらっしゃるようだ。
 いろいろゴタゴタはあったが、今現在、平和だろう?
 ま、そういうことだ。
 ああ、リュミエールも知らなかったようだな。隠し通せるなら、ということで、極秘扱いだったからな、当時は。
 今だから話せるようなものだ。
 もう下界の時間で数十年は経つからな。
 ああ、この詳しい話しは、また別の機会に話すとしよう。ここで話すには、長くなるんでな。
 それから言っておくが、今、仲が良いように見えないのは、別に女性に間違えたのが理由ってわけじゃないからな、変に誤解しないでくれよ。
 話す機会が、極端に少ないってだけさ。
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