わ、ばあやさんのお茶っておいし〜。
そうね、ロザリア、公園に行かない?
守護聖さまにお会い出来るかも知れないわ。
そうね。こんなにたくさん出来てしまったし、ちょうど良いかもしれないわね。
じゃ、出来上がったら出掛けましょうか。
もちろん、ばあやたちの分も残しておくわ。
あら、アンジェったら帽子を被らないの?
お肌が荒れてしまってよ?
しかたないわね、木陰のお散歩にしましょう。…あら、珍しいわね、恋人たちのベンチに人間がいないわ。
え?
嫌よ、あなたと座るなんて。やっぱりここは素敵な殿方とご一緒しなければ。
え?
そうね、ジュリアスさまがいいわ。地上でもあれほど素敵なお方にはお会いしたことがないもの。
…何を言わせるの、アンジェリーク。
ああ、あずまやに行って見ましょう。あそこなら日の光にも当たらずにすむもの。
あら、アンジェ、それは?
まぁ、子供のときの写真ね。大丈夫、ちゃんと持って来てるわ。だめよ、こんなところで見ては。
色が褪せてしまうわ。
あら、あれは…パスハさんとサラさんだわ。素敵ねぇ…種族を越えた愛って。
もう、アンジェったら駄目よ、お邪魔虫なんて。また今度差し上げればいいじゃないの。デートの邪魔なんてするものじゃないわ。
ほら、あずまやだってすぐそこなんだから。
いいなぁ、恋人って。憧れちゃうな。
あ、よかったあずまや空いてるわ。
ね、ロザリア、見て見てほら。
悪かったわね、変わってなくて。
ロザリアのも見せてよ。
何よ〜、ひとの事言えないじゃない。
まって、ロザリア。今、何か聞こえなかった?
ほら、また、がさごそって…あ、茂みが動いた!
あ〜、オリヴィエさま!
あっら女王候補たち。
何してるの、こんなところで。
お菓子まで持ち込んじゃって。
え、二人の手作りなんだ?
一つちょうだい。
ん、いける。おいしいよ。ホント。
ところで何のお話かな?
い・け・な・い・内緒話?
あ、なーんだ、子供のころのことかぁ。
写真があるんだ?
ね、見せてよ。
きゃはっ、かーわいい
え、なに?
あら、写真じゃない。これロザリア?
赤ん坊の時の写真だね。かわいいじゃない。
こっちはアンジェリーク?
うん、二人ともかわいいよ。
でもアンジェってかわってないね。ロザリアもだけど。
やだ、怒っちゃった?
かわいい顔が台なしだよ、ほら、お菓子ちょうだいよ。
かわいいって言う意味でいったんだからさ。
え、私の写真?
う〜ん、写真って言ってもねぇ、聖地へ来てからのしかもってないなぁ…あんまり変わり映えしないんだよね。
あ、そうだ、お話してあげる。まだ誰にもしゃべったことないのがあるんだよ。
えっといつごろかなぁ…ああ、そうだ、女王試験が始まる少し前のことだよ。クラヴィスのことなんだけどさ。
ね、そっちで勘弁してよ。
そのうち私のこと、話してあげるから、さ。
あ〜あ、眠れないなぁ…。
いつもの時間にベッドに入ったのは良いんだけど…ちっとも眠れやしない。やーだ、お肌が荒れちゃうよ。
せっかく前任の夢の守護聖さんが置いていってくれた、夢の薬を飲んだってのにさ。
素敵な夢が見られる薬なんだけど、私が眠れないんじゃしかたないよねぇ…。
あ〜、もったいないことしちゃったな。残り少ないっていうのに。
猫がいるわけじゃないし、お気に入りのカバンは足元のラックに入ってるし、空気はちゃんと乾いてるし、部屋もきっちり片付いてるし…。
ああ、もうっ!
眠れないったら眠れない。
どうしようかなぁ
。
あれ…何か、外が明るいね…月明かり?
あれ、カーテンが揺れてる…ってことは閉め忘れたのかな。ま、いいや、閉めてこなくちゃ。
ついでに外も見てみようかな…。
うわぁ!
月明かりじゃないんだ。すっごい星空!
月明かりと見まごうくらい、明るいなんて、初めてだ。
う〜ん、うずうずするなぁ…。こんな時間に外なんて行くもんじゃないないんだけどなぁ…でも綺麗だし。
お肌が荒れちゃうよ
まぁここで眠れなくても一緒だし。
よし、決めた!
せっかく暖かくなって来たことだし、夜のお散歩しちゃえ!
お気に入りの一張羅。着てると女に間違われるから、公式の場には来て行けない綺麗なやつを取り出して、こんな時間だからお化粧は軽く、口紅だけで。
出来上がりっ★
うん、まあまあの出来栄えだね。
さて、それじゃ外へでも行こうかな。
そうだなぁ…星の間辺りへ行こうかな。あそこなら一番綺麗に見えるはずだし。
ここからそんなに遠くないもんね。あ、でも少し風が強いし…寒いかもしれない。コートも持って行かなくちゃ。
あれ、先客がいるみたい。
…あ、あれ?
来てる服こそ違うけど、あのずるずるの長い髪って…まさか
「クラヴィス!?」
振り返った人影はやっぱりクラヴィスだった。
うっそ、しんじらんない格好してる。
え、どんなって?
いや、格好はいつものあれだけどさ、色が、ね。
水色なんだよ…って、ちょっと待って、あの色ってリュミちゃんのじゃ…。
いや、いつか越えるんじゃないかとは思ったけどさぁ。
「オリヴィエ?」
「やっぱり一線越えちゃったの〜!?」
声を掛けられたんで、思わず叫んでしまった。
「誰がだ!」
あ、どなり返した。ちょっとびっくり。
「…ああ、これか?」
いきなり上げた私の声に驚きもしない。妙に鋭いところがあるんだよねぇ。
でもまさかあんな顔、見られるとは思わなかったよ。闇の守護聖の意外な一面って奴だね。
「他にもいろいろあるぞ。薄桃色と赤と緑と…黄緑もあったかな」
指折り数える闇の守護聖は、私もそこそこ長くここにいるけど…初めて見る姿だった。
驚いたのはもう一つ。色次第で彼、結構若く見えるってこと。
私より若く見えるんじゃないかなぁ…ちょっと悔しい。
で、でも薄桃色着たクラヴィスなんて…みたくない。
「どうした、こんな時間に。肌に悪いのではなかったのか?」
あ、微笑ってる。でも引っ掛かる言い方するねぇ。ま、たしかに私がこんな真夜中過ぎに出歩いてるなんて珍しいけどさ。
「よくないんだけど、ね。たまには星空がみたいかな…なんて思ってさ」
そう。
もう真夜中より明け方に近いんだ。
そうだよね、部屋を出て来たのが真夜中過ぎてたんだから。
でも、珍しいよね、わたしがこんな時間に外にいるなんてさ。
クラヴィスじゃなくても不思議に思うかな。
あーあ、ほんと、お肌に悪いったらないんだけどな。
「眠れなかったようだな」
「まぁね」
ま、ルヴァやジュリアスに見つからなかっただけいいか。
どっちも悪い奴じゃないんだけど、ルヴァのあのお説教とジュリアスのお小言はねぇ。
そういえば、クラヴィスと話したことって、ほとんどないなぁ。
嫌いってわけじゃないけど…ううん、どっちかっていったら、好きなんだけど。踏み込んでこないからさ、聞かれたくないとこに。
ま、そこが物足りない奴もいるみたいだけど。
ン
?
「あんたこそどうしたのさ?」
寒くないの、って聞こうとして…あれだけ身体に巻き付けてたら寒いはずが無いことに気が付いた。風もそんなにないしね。
「…水晶が騒いで、眠れなかったから逃げて来た」
「読めば良いのに」
「毎晩同じ内容で騒がれたら読む気もなくなる」
うっ…そ、それはちょっといやだな、うん。でも…。
「それだけ? それにしては、疲れた顔してるね、クラヴィス」
普段、表情を表に出さない
そう、リュミエールといるときでさえ、表で表情を変えたことがない、クラヴィス。
だから、気になる。
水晶が騒ぐ内容が、きっと彼にとっては耐えられないものだとしか思えない。
「鋭いな。…夢を見たんだ」
夢?
聞こうとしたけど…今度は出来ない。その表情が、あまりにも辛すぎて。
「もう、忘れたはずだった。過去のこと…お前が来るよりもずっと、前の話だから。
私も忘れたつもりでいたのに…水晶が思い出させた」
それだけで…何のことか、大体予想はついた。
眠れないほどの思い出…噂でしか知らないけれど、たぶん、そのこと。
「ねえ、あんたさ、お酒飲める?」
唐突だとは思うけど、ね。これくらいしか思いつかないんだよ、こういうときって。
もう、その話題に触れるのはやめておこう。せっかくの星月夜なんだもの。
「ああ、かなりな」
「なら、さ。私の部屋に来ない?
この間故郷からお酒が送られて来たんだけどさ、まだあけてないんだ。馬鹿騒ぎするほどの量はないし、一人じゃ寂しくてさ」
まあ、一人だと歯止めがかかんなくて、飲み過ぎちゃうせいなんだけどね。
「いいのか、私で」
「あんたと飲んだことってないからね。よし、きまりっ☆」
クス、って聞こえて、クラヴィスがさ、笑ったんだよ。どっか…淋しそうな笑顔だったけどさ。
女の子の笑顔は2割増しってのがオスカーの口癖だけど、男でもそれは一緒みたいだ。
クラヴィスにはリュミエールがいるってのに、一瞬見惚れちゃったよ。
あ、別に変な意味じゃないからね。
ああ、でもホント、誰だって笑顔がいいよ。
「強いのか?」
「そうだね
十年は寝かせてあるって言うから。味はいいんだけど、強いって言うのかなぁ?」
何せお酒はカロリーが高くて、あんまり飲まないからね。好きなんだけどさ。
「飲めばわかるかな」
「ふふ」
知らないよぉ、そんなこといっちゃって。
「どうした?」
「朝まで飲み明かすことになるかもよ?」
飲まないだけで、けっこう好きなんだから。時々下界で飲むくらいにさ。
「たまには、かまわないさ」
「そ、だね。じゃあ、ついといでよ」
どうせ明日は仕事はないし。
わたしが自分から他人を屋敷に誘うなんてのも珍しいよねぇ。
しかもお酒、なんてさ。でも、クラヴィスって酔うとどうなるのかな?
きゃはっ、楽しみィ。
ちょうど良い機会だし、酔わせちゃえー★
と、意気込んだというのに。
「良い酒だな」
「当たり前でしょ、私に贈られて来るお酒なんだから」
あっと言う間に一瓶空いちゃったよ。
あきれちゃうよ、ほんと。
だってさ、グラスに六杯目だよ?
まぁ、わたしが注ぐせいもあるだろうけどさ。まだ壜が二本くらいあるから、とか思ったんだけど。
でも、ワイングラスったって、相当な量になるんだけどな。
私?
ほとんど飲んでない。グラスに2杯…かな。
取り合えず2本目を取り出して。
でも、このペースだと朝まで持つかなあ…、結構ハイペースなんだよね。
「よく呑むねぇ」
しかも、酔う気配がかけらもないよ、この男。
「ああ…嫌いなわけじゃないからな。もっとも、リュミエールもこのことは知らないが」
ふーん。一番親しいリュミエールは知らないんだ。
あはっ、何かおもしろい気分だ。
2本目も半ばまで空いて、注ぎ返されてグラスを口に運んでると、急に問が聞こえて来た。
思いがけない内容だよ。
「お前…迷わなかったのか?」
迷う…何を?
今までの人生で迷わなかったことなんて、数えるほどしかない。
「ここへ…聖地へ来るときだ」
ドキリとさせられる内容…でも、それに私が真面目に答えようとしてるってことは…やっぱり、酔いが回っちゃったかな。
「迷わなかったよ
と言うより、選択権なんて、なかったから、迷えなかったって言うのが、正しいかな」
そうでなくても、迷いはしなかったけど…ね。
それだけで終わらせるつもりだったけど…、言葉は勝手に口をついて出て来る。
「いつも退屈してた。これでもさ、故郷じゃバンド、やってたんだよ。そこそこファンの子もいてくれてさ。夢を追いかけてたんだよね
親は、いなかったけどね」
親がいるほうが、珍しい街だった。治安が悪いということはなかったけど、上流の方々だったらきっと眉をひそめるに違いない…そんな、下町。
「そう、いつも夢を追いかけてた。何かが欲しくて、いつも何かを捜していた。…守護聖の任が断れなくて良かったと思ってる。もし自分の意思で離れられるものだったら…きっと、断っていた」
いや、そうでなくても一つだけ方法はあった。そんなことをしたら、仲間たちすら失ってしまう方法だったけど…一つだけ。
「私を迎えに来たのが夢の守護聖じゃなく、もしもディアだったら…きっと、私はここにはいなかったよ。
彼が迎えに来て…だから、私は夢の守護聖になることを決められたんだ。
だって、そうじゃない?
捜し出すまでは本人一人じゃ無理だと思うよ。けどさ、何も知らない奴らに今日から夢の守護聖となれ、聖地に来い、なんて言われてさ…仲間とも会えなくなるなんて、冗談じゃないって思うよ。
彼は教えてくれたんだ、どうしても嫌なら、一つだけ方法があるって。
許されない方法かもしれない。それでも自由でいたければ、それしか方法はない。
そう言ってくれたくせに、私がそれを選ばないこと、知ってたんだよね、あの人」
だから、振り切った。
今までと、何も変わらない。ただ、場所が変わるだけ。滅多に人間に姿を見せなくなる…ただ、それだけ。
夢を贈る立場になって、みんなが夢を見るようになれば…それは、最高の仕事。
「生まれついての、夢の守護聖かも知れないな、お前は」
顔色を変えもしないウワバミクラヴィスが呟いた。
ワインは…いつの間にか、2本目も空になってる。
「お前が、うらやましい」
うらやましい…私が?
「お前くらいまで下界にいたのなら、幸せなのだろうな。
私もジュリアスも、ほぼ同じ時期にこの地に来た。もう、この世界以外の思い出もない。
あいつは、それで十分のようだが」
「そうだねぇ。でもさ、あんただったら、下界で流れの占い師とかのほうが似合ってるよ」
「…いや…それは
その」
ちょっとちょっと、やってたとかいうんじゃないでしょうね?
「このところ、下へは行ってないがな」
「なんでさ?」
「その暇がない。放っておくと、危ない奴が多すぎるからな」
あっそ。どーせわたしもその一人だろうね。
「それに、見たくないものまで見てしまう」
「見たくないもの?」
聞き返したけど、答えは返って来なかった。
どうしたんだろう…?
でも
分かる気はするな。
外界の時間で、百年は軽く在位期間がすぎるはずだもの。
私でさえ、辛いことがあるのに、彼にないはずがないよ。
「私は5つのときに、ここへ来た。母と引き離されて…たった一人で。
お前と違って、下界の記憶はもう、ほとんどない。母の面影すら思い出せない…けれど水晶は…忘れさせてはくれない…」
何…涙?
「
飲み過ぎたようだな。…外へ出ようか」
一瞬、頬を涙が伝ったような気もしたけど…ま、いいか。
さすがにクラヴィスも男だしね…触れられたくはないよね。
「今日は、流星が降る。この世界で最大の数で、空を埋め尽くす」
へぇ
面白そうだね。
うわぁ
東屋まで足を延ばしたら…星が、空一面に降っていた。
すごい…こんなの、見たことないよ。
流星の極大日が、幾つも重なって、それがまるで一晩中続いてるみたい。
「遅かったですね、お二人とも」
え?
やぁだ、リュミちゃんじゃない。あらあらポットまで持参しちゃって。
ん?
あそこではしゃいで写真撮りまくってるのは…ゼフェルとルヴァじゃない。あれ、マルちゃんもいるわ。あ〜ら、ケンカしてるのはランディじゃない。
あ、なぁんだ、守護聖勢揃いじゃない。
「こちらへどうぞ。御席は用意してありましてよ」
この声って…もう、ディアじゃない。駄目じゃない、こんな時間に。もう、せっかくのお肌が荒れちゃうよ。
「今日は特別ですわ。百年に一度、あるかないかの星空ですもの。眠るなんて、もったいないわ」
それはそうだけどさぁ…。
「そうですよー。なにしろ最初で最後ですからねー、こんな明るい夜空なんてー」
いつも通りの口調のルヴァ。あー、ほんと、見つかったのがクラヴィスでよかったよ。オスカーとジュリアスは…二人の世界に入ってるね。あ、変な意味じゃないけどさ。
う〜ん…私って問題発言多いなぁ。
そうだよね、ほんと。
空を仰げば星が走って行く。昼間のように明るくて、でもやっぱり夜なんだってことが、わかる。不思議だね、こんな夜って。
「終わり…なのかな」
「始まりですよ、オリヴィエさま」
そう言ってきたのは、リュミエールだった。
「あ、ありがとリュミちゃん」
「星が力を失い落ち行く時…それに守られし者もまた共にきえ逝く
」
クラヴィス…。
「星は時代を先駆ける。新たな運命が待ち受けることを我らに知らしめ力尽く……」
いつの間に、水晶を手にしたんだろう?
「もうすぐ、古い時間は終わり、同時に新しい時間が始まる。
星は新たなる未来の先駆けとして我らに語りかけようとしている」
クラヴィス?
もうすっかり、いつもの顔に戻ったクラヴィスが、そこにいた。
まだ聞きたいことがないわけじゃない。
けど…ま、いいか。
どうせ、答えは帰って来ないだろうしね。
あれ?
でもこれって、そういえば誰も話題に出さないんだよね。
私もこんな機会がなければ、きっと話さなかっただろうしさ。
ってことはもしかして、あの薬が見せてくれた夢なのかな?