++堂本剛と「Fashion & Music Book」ラジオレポ++
毎週土曜日 22:00〜22:30 bayFMでオンエア中の
堂本剛と「Fashion & Music Book」ラジオ のレポです
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レポの無断複写・無断転載を禁止します。

#376

堂本剛とFashion&Music Book


BayFMをお聴きの皆さん、こんばんは、堂本剛です。
堂本剛とFashion&Music Book始まりました。
えー、今日はですね、えー、先日、あの、僕のふるさと奈良の春日大社さんのですね
そばの、飛び火野という場所があるんですけれども、そこであの、MISIAさんがね、ライブをやられていて、それの観にいかれた方の、えー、MAILなどが届いておりまして。
えーとですね、ラジオネーム ボンボンさん がですね、えー、。

我が家は主人がMISIAさんの、私が剛さんのファンで、それぞれのライブに一緒に行っています。


と。えー、

8月の平安神宮さんの最終日に主人も参加しました。

と、そして

先日9月の11日にMISIAさんの春日大社さんでのライブ、主人と剛さんが大好きな私の友達と3人で参加したんですが、そこでMISIAさんが剛さんの“街”を歌ってくださいました。
「この公演は皆さんの幸せを願う場なので歌詩が響く素晴らしい曲をカバーで選んでいます。
今年もすてきな曲に出会うことができました。
奈良出身の剛さんが幼少の頃から10代までを過ごしたここ奈良のことを大切に思う気持ちが込められた大切な曲です。
と紹介してくださって、ラジオのアレンジほぼそのままに素晴らしい歌声で奈良の月夜に“街”を響かせてくれました。
コーラスはリンちゃんが参加されていて、彼女もあたたかな歌声を届けてくれていましたよ。

という風にお便りくれていまして。
メゴヒメさんも、えー

MISIAさんのライブに行きました。
春日大社さんの飛び火野での野外ライブ、えー、剛さんもいつか春日大社でライブしてくれへんかなと思いながら参加していたら、なんと、MISIAさんが剛さんの“街”をってくれました。
嬉しくて涙が出ました。
最後まで丁寧にソウルフルに歌い上げてくれていました。
剛さんにも届きましたか?

と。
ま、これは、ま、ご報告っていうか、もちろん届いてまして、え、あの、リンちゃんが行ってるっっていうのも知ってましたし、えー、ま、ちょっとね、えー、仕事がもうぱつんぱつん、この2日間入ってて、で、もしよかったらとお誘いいただいていたんですけれども、ま、奈良でね、MISIAが歌うっていうんであれば、ちょっと行ってみたいなぁなんて思いながら、ま、僕はもう勝手に、あの、MISIAが、あのー、7月7日生まれということで、ま、天の川ですからね、うん。
奈良には天川って場所がありますよなんて話をしながら、ま、いつか行ってみたいですね、なんて、そんな話とか色々しながら今日まで至ってるわけなんですけれども。
あの、すごく礼儀正しい方でね。
あまりこう、テレビとかではね、あの、お話されてるシーンっていうのは頻繁に皆さん見てないと思うんですよね。
だからMISIAってどんな人なんやろ?みたいなイメージがあると思いますけど、ま、すごく礼儀正しい人だなっていう風に思いました。
で、あの、だから多分こういう歌を歌えるんだろうなぁとという風に、あの、腑に落ちる感じでした。
あの透き通った声とか、うん、表現力であったりとか、うん。
なにかこう、もちろん、ご自身で色々な、あー、トレーニングというとあれですけれども、歌に対しての時間っていうのは作っていらっしゃると思いますけれども。
でも、何よりもそのエネルギー源が何なのかっていうこと、うん。
やっぱりそれは人柄なのかなっていう風に思いましたね。
で、そんな彼女が、ま、以前ラジオによんでくださって、そこで色々とお話させていただいて、で、えー、“街”をまぁ、カバーさして、一緒に歌わさせていただいたんですけれども。
ま、自分がほんとにあの、辛かった時ですね、うん。
あの、奈良から東京に出て行くっていう。
で、出て行きました、みたいな。
ま、その、東京に出てきた自分が奈良に残している自分に対して思って書いた歌みたいな、そんな感覚があるんで、「あいつ今頃、元気でやってんのかな?」みたいな感じとか。
なんかこう、その、逆に奈良の自分が東京に見送った自分を思って歌ったりだとか。
なんかその、行ったり来たりしながら歌ってる、タイムトラベルを何回も繰り返す感じで最後まで歌ってるというイメージのものなんですけれども。
ま、あの、こういった、うん、楽曲がね、自分のふるさとを思って、えー、作った曲がね、あの、不思議なもんで、土地を変えれば、うん、その街のラブソングになっているようなこともあるなぁなんて思って。
歌ってくものはとても不思議だなぁっていう風に思いましたし。
えー、ま、改めてこうやって自分の大好きな場所ね、春日大社さん、そしてその飛び火野とい場所でね、えー、まぁ、僕自身ではなくても、その、僕とつながっている、ま、リンちゃんとかもそうですけれども、あの、ミュージシャンでもつながっている人たちの中でね、えー、MISIAがこう、“街”をまた選んでくれて歌ってくれたっていうのは、えー、とても幸せ以外なにもないなという印象です。
ま、ほんとにリスペクトしてMISIAさんでもなく、MISIAと呼ぼうと思いますが。
あの、ライブもね、来ていただいたんですよ、2月に。
メンバーがね、MISIA紹介したいって言うて。
で、絶対剛くんと話合うからって言って紹介してもらったんですけど。
あ、どうも、ってそこからラジオの話いただいたりとか、ま、こういう風に“街”をカバーしてくだっさったりとかしてくだっさったんで、なんかこの、自然なナチュラルな流れで、うん。
なんか、決め込まれたなんかその、あれではなくて、人と人がつながってなにかこう始まっていくっていうグルーブっていうんですかね、そのうちの一つにこの奈良の春日大社、飛び火野ってのがあって、そこで、カバーしてく、ださったっていうのがあるんでね、なんか、とても気持ちのいい時間だなって思います。
ま、あの、飛び火野ってどういう場所ですか?春日大社ってどんな場所ですか?なんて。
もちろんその、剛さんのふるさとだからっていうだけではないけれども、その、どういう場所かっていうことをちゃんと認識してそこにたちたいから色々教えてください、みたいな。
すごい丁寧なんですよね。
で、まぁ、僕にとってはこういう場所ですみたいな、でも、あの、特に何も気になさらずね、あの、ご自身のありのままそのままで立たれたらいいと思いますっていうふうな話はしましたけれども、うん。
ま、そうやって色々気遣ってくださる、ま、でも、こういう方の歌をね、生で聴けたりとか体感できるっていうのは、その場にいられた方々もほんとに幸せだったでしょうし、また、神様、仏様もね、そばで聴いてはったでしょうから、うん。
みんな喜んでるちゃうんかなぁなんて言って、えー、なんかこう、その日を、ま、離れていながらも、あの、無事に今日終わるようになんて思って、えー、願っていたところですのでね、うん。
ま、いつか、だから、春日大社さんでやっていただいたんだったらね、うん、天川とか、ちょっとその星がほんとに見えるとき、7月7日誕生日に、うん。
星の下で、天の川の下でMISIAが歌うとかすげーかっこいいなと思って、うん。
これ、人のことなんですけど、すごいね、あの、実現したくなる人っているんですよね。
なんかそんな風に決まったら超かっこいいやろうなぁみたいな、うん。
そ、だから、なんか人に相談されたりする時も、勝手にいっぱい話するんですよね。
なんか、多分、こういう風にしてこうなってこうなってもっとかっこよくない?とか、あーそれ以外に気づかへんかったな、いやでも絶対かっこいいよ、いつかできたらやりーさーとか、なんかそういうようなこと、もうほんとにこの、10何年といろんな人と話をして、みんなにあーだこーだ言ってます。
だからもう、事務所の後輩もそうですけどね。
こんなんしたらええやんみたいな。
色々まぁ、あの、一人一人に、その、魅力ってあるじゃないですか。
その魅力に気づいてしまうがゆえに、言いたくなっちゃうんですよね。
絶対やったらかっこいいとか、絶対やったらこの人、あの、自分、芯がある人って何やってもぶれないんですよね。
だから、芯のある人ほどいろんなことやっても大丈夫なんですよ、うん。
だから、MISIAなんて、芯のありありの人やからさ、なにやっても大丈夫な人で、うん。
なんかそういう、ちょっとこう天川の、天の川の下で歌ったらかっこいいのになみたいな、うん。
ま、でも、なんかそういう風なこともね、いつかおやりになったらいいんじゃないかなぁなんて想像も与えてくれたそういう時間だったなという、ほんとに心から感謝申し上げます。
それではですね、えー、僕がその、10代の頃にね、えー、色々な、まー、胸がつぶれそうな思いで作った曲です。
こちら “街” 聴いてください。


 ♪ 街


堂本剛とFashion&Music Book、ここでメールご紹介しますが、
えー、チャッチャさんですね、えー

私は高校3年生なんですが、なんだか毎日がつらくて、それが言葉にできなくて、だんだんつらさがたまっていってもう死んでしまいたい。



人はつらいという思いだけで死んでしまえたらいいのに、と、ずっと考えていました。
でも、そんな時偶然聴いていたこのラジオで剛くんが「今はいつか過去になるから」ということを言っていて心が動きました。
その時のラジオで剛くんが自分の過去を少し話していて、こんなに今活躍している人でも辛い過去があったんだと思い、私も今を過去にするために生きなきゃと思いました。
ほんとに剛くんに感謝しています。
今も辛いことが多いですが、剛くんの声を聴くために頑張ろうと思います。
本当にありがとうございます。
これからもずっと剛くんを応援します。

という風に、言ってくださっております。
えー、そしてね、んー、ミサさんはですね、えー、

先日、二十歳になりました。



20年間を振り返って、自分を育ててくれた両親をはじめとする家族や今まで私と関わってくれたすべての方々、すべてのご縁に対する感謝の気持ちを改めて強く感じている。

と。

しかし、その一方で、最近は子供の頃に想像していた二十歳とこんな自分が二十歳となり大人と呼ばれるようになってしまっていいのかと、不安になるばかりです。
その時、何気なく剛くんの「僕の靴音」を読んでいて「大人」という章が目にとまりました。
そこに書かれていたのは「大人になる必要もない、子供になる必要もない。ただ自分であればいい」という言葉。
私はその言葉を見てふっと気持ちが楽になりました。
そして、自分は大人になっても自分らしく生きていけばいいんだという気持ちになることができました。
今までの経験を糧にしてこれからももっと自分らしい道を歩み、楽しく生きていくことができたらと思います。

という風に、えー、ま、綴ってくださったお二方。
ま、この「僕の靴音」という物もですね、えー、ま、アドバイスくださったり、えー、それをですね、一緒にまとめてくださったり、した方、スタッフさんもいますが、えー、そのスタッフさんのうちの一人、の方はもう天に昇られてます。
で、この本を、そうですね、リリースしてすぐぐらいのことだったと思いますね、うん。
とてもね優しい方で、えー、なんかこう、その方が色々、まぁ、なんて言うんですかね、えー、都合よく子供扱いされ、都合よく大人扱いされ、みたいな。
で、もう、心身ともに疲れて、でも、そんな中で、こう、言葉を吐き出すという、綴るということで、えー、少しこう楽になっていくっていうんですかね。
で、ま、自分にこの、悲しみとか辛さみたいなものが誰かの光・希望になればいいという思いをこめて、色々、ま、毎回綴っていた連載なんですけれども。
で、まぁ、その方のお力添えもあってね、今、こうやって、えー、勇気をもらいました、と。
前向きな自分に出会えましたというふうに言ってくださってるんだなと、ま、そういう気持ちを与えることが、えー、その方と共にねできたなぁと、うん。
すべてのスタッフと共にできたなぁという風に今改めて思うと、ま、ほんとにあの、自分っていうのは、ま、自分でしかないし、一人しかいないですけれども。
ま、自分っていうものはね、あの、一人では、あの、何もできないものですよ。
あの、例えば、えー、ボス、ボスになって命令をして、えー、みんなを動かして、えー、何かをやることはできます。
でもそれって、ほんと孤独で、あの、外見的には人が動いているから、一人じゃないっぽいんですけど、これほんとにね、一人なんですよね、ボスってね。
だから、リーダーにんなれるといいなと思って、いつも僕生きているんですけれども。
あの、自分自身がやっぱり、その、人にこう、こうせい、ああせい、っていうことがあまり言えないタイプなんで。
こうしてくれたら嬉しいな、ああしてくれたら嬉しいなは言えるんですけど。
これもう、性格上の問題もあるんですけど。
そういうときになんかこう、自分が一人で何かを生み出すっていうことってとても難しいってことだ、って、若いころからわかってますから、だから、「僕の靴音」もま、あの、本にしようと思うんです、みたいなお話を色々いただいた時とかも、じゃ、みんなでちょっと色々アドバイスいただいていいですか?ということで、ま、本にしたんですよね。
やっぱりこう、人間、生きてると、ま、そりゃ、死にたいと思う時くるよね、うん。
俺そんなこと思ったことない、私そんなこと思ったことない、うん。
ま、それほんとにラッキーかもね、うん。
でも、死というもの考える時は誰だってくるからね、うん。
人間っていうものは、いずれ死んでいかなければいけない、うん。
そして、死んだ後どうなるんだろう?色んなストーリー、色んな憶測、いろんなものあるけれど、自分の信じたものこそが死んだ後の世界かなと思ったり。
ま、あの、何度もね、愛犬の話もするけど、えー、愛犬が亡くなって、肉体はその場にはないんだけれども、何かを感じる日もあるしね、つながるときもあるしね、夢に出てきて何かメッセージをくれる時もあるしね。
ほんと、だから、なんかこう、生きるということと死ぬということがほんとに同じことなのかもしれないなと思うくらい、えー、不思議な時間を過ごすことが多いですけれども。
ま、ほんとにその、そうやね、僕がほんまにしんどかった時、あぁもう死にたいって思いした時っていう自分はもうかわいそうで仕方ないね、今思ってもね。
なんか、誰かに心の訴え、心の症状の訴え、体の症状の訴え、いろんなことを言っても「どうせ風邪やろ?仮病やろ?」ぐらいにしか言われなかったし、なんかそういうふりしてるぐらいしか言われなかったですね、うん。
そうすると、もう、家族しかいなくなってくるっていうか、うん。
でも、僕はほんとに幸せだったのは、そんな中、えー、ファンの人たちが、うん、向き合ってくれたりとか、ま、助言をくれたりとか、愛情くれたりとかっていうことがあるから、ま、今も、こうして生きてるんだなとすごく思う。
もちろん、あの、周りで支えてくれた友達・仲間っていうのもね、いるし。
ま、家族も、僕を支えることによって家族もちょっと心がつらくなったりとかね、自分見失ったりとかね、えー、そういうこともあったから、うん。
申し訳ないなぁと思うけれども。
でも、自分がやっぱり壊れてしまうほどの体感をまぁ、僕はしたんですよね、うん。
で、やっぱりこう、いじめとかさ、ひがみとかさ、ま、そういうのもいっぱい体験してるからさ、10代にね、こういう世界に入って。
だから、それがあることによって、あの、今の僕があるっていう風にはプラスに変えて生きてるけれど、結局そんなんなかった方がよかったに決まってるわけで。
でも、そういうことする人間がいるってことよね、うん。
で、いじめてる側ってね、あんまり意識ないですよね、これ不思議なもんで、いじめられた側はすごく苦しい思いしてずっと生きるねんけど。
でも、いじめた側っていうのは、結構忘れてて、それがあまりにも辛いなっていう風に思うことは多いけど、うん。
ま、そんな中で、ま、先ほど聴いていただいた“街”っていう曲も書きましたし、うん。
で、今から聴いてもらおうと思う“PINK”って曲があるんですけれど、この曲もそういう時に、ま、ほんと死にたいなと、消えてしまいたいなと思った時に書いた曲で、で、これもまぁ、ほんとにね、寝れなくて、で、気ぃついたらもう朝になってて、で、その朝焼けの空がピンク色で、ま、すごいきれいやなぁ、あぁ、奈良の空に似てるなみたいなことを思って、ま、書いた曲なんですよね。
で、その時に、あの、朝ですから、鳥が飛んでたりとかね、うん。
なんかいろんな、何気ない東京の朝っていうものを、こう、なんかこう、見ながら、奈良の空を思い出しながら、奈良とつながりながら、書いたなぁという。
でも、これはそういう状況で書いているので、事細かく覚えてないんですよね、ほんとに。
いや、それは壊れたますからね、うん。
だからもう、10代の記憶10代から23、4ぐらいまでほぼ記憶がないですもね、僕。
それを今振り返ってもかわいそうやなぁとしかもう言いようがないぐらい。
で、これは前向きにね、まぁまぁ、それを取り戻すかのような強さでとか、前向きな明るさで、まぁ、言葉にすることはできますよ。
でもまぁ、正直どうですか?というと全然覚えてないからかわいそうですねぇしかないですもんね、うん。
でも、あの、昔のノートとか開くと、確実に書いてるんですよね、自分は。
“PINK”って鉛筆で書いてるんですよね、ちゃんと、うっすい字にもうなってますけど、うん。
あー、書いてんねんやみたいな。
それを見てると、すごい孤独とか悲しみとか痛みとかがすごいわかるんですよね。
ぐっしゃぐしゃに書いてるから、うん。
なんか、相当きててんな、おまえって感じで。
だから、あー、この曲はやっぱり、歌っていくこととか、ま、どっかで流すことはしてあげないと、その時の自分がかわいそうやなと思って。
そういう機会をね、与えてくれたなって、うん。
こういうエピソード読ませてもらうと、うん。
ま、あの、痛みは同じじゃないかもしれないけどね、一人一人違うから、うん。
でも、少しでも、なんかこう、そういうときの自分が書いた曲を聴いてもらって、うん。
ま、過去というものをね、自分の未来に、うん、繋げる勇気とか強さっていうもののはやっぱりもってほしいなと。
ま、僕は今いろんな人に出会えてほんと幸せに生きれてるなぁと思うし、うん。
ま、今なりの辛さは色々いっぱいあるけど、うん。
でも、幸せもいっぱいあると思えるから、ま、そういうふうな未来にね、えー、絶対誰もが立てるように、僕はなっていると思うので、うん。
是非、この曲聴きながら、えー、前向きな気持ちをさらに前向きにしてもらえたらなって、暗い曲やけど、辛い時こそなんかこう、明るい曲聴いても全然明るくなられへんかった自分が過去にいるんでね、うん。
これぐらい暗い方がちょうどいいと思います。
それでは聴いてください、“PINK”


 ♪ PINK


堂本剛とFashion&Music Book、今夜の放送いかがだったでしょうか?
えー、メール何でもかまいません
tsuyoshi@bayfm.co.jpです。
FAXの方は043-351-8011まで
はがきの方は〒261-7127 bayFMまで
どうぞよろしくお願い申し上げます。

さ、それでは、えー、まぁ、あの、なんて言うんですかね、もう、その、無の境地という言い方も変ですけども。ま、すべてに感謝しようっていうね、うん。
フラット・ニュートラルに考えようという、うん。
ま、そういうような、逞しさも持たなければ、やっぱりやってられないなと正直なところで、いろんなところで曲書いてます。
何かを比べるから、あの、対立が始まったり、争いが始まってね、誰かが傷ついて、誰かが笑う、みたいな。
そういうしょうもない方程式を歌の中で歌ってもしゃーないなとか、いろいろなことを思いながら、うん、いろんな曲書いてます。
で、その中で“be grateful”っていいう曲を先日ね、書きまして、うん。
この曲も自分の中で、うん、なんかこう、決めつけないっていう強さとか、決めつけない中にある愛みたいなもの書きたくてね、それで書いたんですけれどもね。
今夜はこの“be grateful”を聴きながらお別れしたいと思います。
堂本剛とFashion&Music Book、お相手は堂本剛でした。
それでは皆さん、またお会いしましょう。
おやすみなさい。

 ♪ be grateful
2016/10/15 by さなぶ [385]

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