++堂本剛と「Fashion & Music Book」ラジオレポ++
毎週土曜日 22:00〜22:30 bayFMでオンエア中の
堂本剛と「Fashion & Music Book」ラジオ のレポです
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#075

bayFMをお聞きのみなさん、こんばんは、堂本剛です。さあ、堂本剛とFashion&MusicBook、今週も始まりましたけれども.

今日はですね、1957年、昭和32年の今日ですね、この日に、100円硬貨が発行されたという、100円玉記念日という。うん、ま、メロン記念日的なとこですかね。それと似たようなところもあるんですけれども、100円玉記念日ということでございまして.

あの板垣退助さんね、ヒゲが7mもあったと言われる、板垣退助さんですけれども、あの、ふふ、あのヒゲはどれくらいで伸ばしたのかなというね、疑問もありますよ、知ってますか?板垣さんの肖像画。

スタッフ「いや、そんな長くは・・」
剛「いや、長かったでしょ。長いでしょ、板垣さん」
スタッフ「長いですか・・○×※・・」
剛「いやそれ、7mというのは盛ってますよ、話、そら・・7mも、ふふ、7mもひきずってたらおかしいでしょ、何を鵜呑みするんですか、それはないよ。それは僕がいま、勝手にあれしただけの話で、鵜呑みされると困るんです。これくらいのヒゲを蓄えているんですよ」

僕の知り合いのおっちゃんにめっちゃ似てるんですけどね。うん、最初板垣退助かと思ったんです。うん、そしたら全然違いましたけどね。

うん、だから昔は100円札とかあと500円、500円札もあったよね。うん、1982年から500円の硬貨に代わったということですね。なんか友達のうちとか行くとえらいお金、額に入れて昔のやつ飾ってある家とかあったよね。べたに。うん、あと聖徳太子ね、聖徳太子がね、お札の中に入ってたりとか、いろいろありますけれどもね。

まあでも、なんかあの、お金って何なんかなって最近すごい考えるね。うん、2000円札というのもふぁっと出てふぁっといなくなりましたけれども、うん、ああいうの出てきたりとか、しますけど。まあでもほんとにお金というものはね、あったほうがいいと言うのもわかりますし。

まあでも例えば計り知れないお金を手にしたときに、人間どこまで変わらずにいれるかってことじゃないですかね。うん、お金というものはだからそういうものなんじゃないですか。人を変えるものでもあるけど、本当はその大金を手にしたとしても自分は変わらないということの修行というかね、別にこれだけの大金を手にしたからといって、僕の生活は何も変わりませんよっていう、雰囲気っていうのかな。

うん、まあグレードアップしてゆくことも人生楽しいことでもあるけど、なんかやっぱりハートの部分がね、変わる必要ないんじゃないかなってすごく思うけどね、うん、まあ自分に合った、自分に合った範囲内で、お金というものは、回り回ってゆくといいんじゃないかなと。

うん、あとあれですね、ひとつポイントとして、赤い財布は持たない方がいいらしいですよ。風水的には。燃えるらしい、お金が。だから黄色がお金貯まるらしいですよ。うん。

あとはお金は使うことです。でもそれは自分のために使うのではないです。人様のために使うんです。ご飯に行ったときに、「ご馳走させてください」とか、プレゼント、「これ似合うなと思うから買ってきましたよ」とか、うん、そういうお金の使い方をするとお金というものはまた自分のところに返ってくるってよく言われますね。

うん、だから自分のことばっかりにお金を使ってる人は、お金、なくなります。うん、これ、でもほんとぼく、そうやなと思いますよ。うん、なんか自分のために、自分のためだけに、お金というもの視野に入れずに、うん、自分がいつもお世話になってる人たちに、それをお返ししようという、感覚を持っていることがいいなと思いますけど。

たまに自分に対してのご褒美をあげるっていうのももちろん大事ですけど、ご褒美あげすぎるのはよくないなって。うん、なんかそんなふうに思いますけれども。

今日はですね、ちょっとお金の歌がなかったので、以前ライブでねarco irisという曲を歌ったときに、あの、お金をまいたんですよ。うん、あの、本物じゃないですよ。うん、お金的なものをまいてパフォーマンスしたことがあったんで、この曲をかけようかなっていう、ただそれだけの安易な心で今日はオープニングいきたいと思います。

それではみなさんこの曲を聴きながらお金のことについてね、ちょっと考えていただきたいと思います。それでは今日はこのarco irisを聴いていただきながらスタートします。どうぞ。

♪ arco iris/244ENDLI-x

改めましてこんばんは。堂本剛です。さあ、堂本剛とFashion&MusicBookここではですね、リスナーの方々にいただいております様々なメールをご紹介しますが、

今日はね、なつきさんがですね、

「剛さんは、思ったことが全部顔に出てしまうのと、思ったことが全部顔に出ないのとどちらがいいと思いますか?最近すごく考える」

これ学生さんです。「私は気持ちなどがすぐ顔や態度に出てしまいます。しかし私の友達は嫌いな人の前でも作り笑いしてしまう自分が怖いと言っています。どちらのほうがいいんでしょうかね。」ということなんですけど。

まあこの後者のね、私の友達、いわゆるその嫌いな人の前でも作り笑いしてしまうという人のほうが、まあ、多いでしょうね。うん、これが今の日本のようわからんところですね。
うん、だからあれですよね。暴動なんかも少ないんですよ。この国は、うん、自分の意志みたいなものが、ない。あんねんけど言わへん、とか、なんかそういう感じがありますよね。

ま、僕はもう完全に顔にでますからね。余裕で、うん。「この人何言ってんのかな」と思うと、「何言ってんのかな」という顔してしまいますからね。うん、それでいいと思いますけどね。うん。示さんとどんどんつけあがってきますからね、相手って。うん、だからもう本当に自分がそうじゃないと思ったら、「そうじゃないんですけど」でいいんですよね。うん、でそうすると何が始まるかなんですよね。

例えば、すぐ意見をする人ね、「それは違うと思う」と。「それは正義ではない」とか「いや、それは愛ではない」みたいなことで例えば何か意見する人が一人でてきます。で、その意見する人に対して、つくべきか、つかないべきかということを考える人が多くて、自分の意志ではないんですよ。つくべきか、つかないべきかなんですよ。自分が得するのはどっちかということなんですよ。

で、いわゆる嫌いな人の前でも作り笑いが出来る人達同士が固まって、一対何十みたいになってその一をつぶすみたいな、それが今のなんていうかな、ようある図式ですね。うん、固まらななんもできへんのかと思ってしまいますけどね、そういうの見たときに、うん、だからいじめはなくならないんです、この国は。

うん、そういうことじゃないんですよね、やっぱりね。「オレはこう思う」「私はこう思う」ということを言えばいいだけやのに、それを言わずに「そうですよね〜」とか「さすがですね〜」とか。「ですね〜」とかって言いながら固まっていくから終わってまうんですよ。でもその固まる人達っていうのは、これまた大変でね、「正義ではない、それは愛ではない」と意見する人がものすごく有利な位置に立ち始める、それをバックアップする偉大な力がそこについたと、そしたらもう一気に団体でそっちに動いていくっていうね、うん、「いやもうあのひと意見なくてだめですよ、ほんと。」「いや、やっぱ正義ですよ。そっちのがやっぱ愛ですよ。」って急にきびすを返してくる人達もいますから、大変な人生やなと思いますね、そういう人たちは。

うん、とにかくどなたかのおこぼれで、おこぼれパワーで、行くみたいな、ではなくて自分の力でね、生きればいいのにね、その力が小さかろうが大きかろうが自分の力で生きればいいのにってすごく僕は思ってしまうんですよね。うん、まあいろいろ人生というのは自分で描いてゆくものですから、まずは、まずは自分が描いてゆくものであって、かついろんなご縁があって助けてもらってまあひとりでは人間やっぱ所詮生きてゆけるわけではないですからね、うん、ま、だから、この学生さんですけれども今こんなことを考えているんだということなんで、まあ自分の信じた道を進めばいいんじゃないかなと思いますよ。

うん、時に合わせることも必要だとも思いますし、うん、ただそれが誰かのためではないのであればなんか考えたらいいんじゃない、うん、なんか、自分のためだけやなという態度であればそれは削ればいいと思いますけれどね、うん。

さあ続きましてね、はるかさんがね
「剛さんて反抗期ってありましたか?」という。まあ、メールが来たんですけど。

うん、基本ずっとなのかな〜。とか思ったりしますけど、それは今言ったみたいな、いや、違うと思ったことは「違う」って言うてまうから。うん、でもこれは「反抗期」っていうか、「反抗」とか「反発」ていう言葉は先方が作る概念というか、言葉ですよね。自分たちにとって都合がないことにたいして、「反発」というだけですから。それがその団体というか、その都合が悪いねんと思うような力側から出る言葉なんで、自分からすると別に反抗ではなくて、例えば意見であるとか、それこそ正義なんですよとか、愛なんですよみたいなことですけど、逆側からするとややこしい。「反抗」「反発」になってしまうっていうこの難しいとこってあるじゃないですか。

でもなんでしょうね、相手にとって例えば正義である、愛であるみたいな自分を生きたときに結果、その人達にとっては都合いいけど、自分にとって全然都合よくないな、都合とかもうレベル超えて、生きてる意味ないなって。これはオレが生きる上でやりたい事ではない。だって一回きりやで生きるって。って考えたときに、違うって思ってしまうんですよね。

だから全てね結構恋愛とかに例えると楽で、彼氏、彼女、ね、彼氏がなんか言うてます、と。こうや、ああや、言うてます。でも彼女的にはそうすることで、二人の中がうまくいくと思わないと。ってなったときに、意見せえへんのっておかしいじゃないですか。「私、それ違うと思うねんけど。」愛にたどりつくために、恋から愛にたどりつくために、意見をするっていうことは、当たり前のことじゃないですか。

だから会社もそれでいいんちゃうかなってすごく思うんですよね。会社だってね、倒産に向かいたいわけじゃないですものね。うん、やっぱりなんかもっとみんな頭を使って、心を使って、で、お金も使って、愛にたどりつくようなそういうシステムを日本の企業さんは考えてくれたらいいのになっていっつも思う。なんか自分たちの利益のためというのがすごく多いからやっぱ競争が出ちゃうよね。うん、意味ない競争っていうか。

うん、なんか武器を持って競争する感じっていう。イメージがありますよね。武器を捨てて全身を使ってなんか競争すればいいのになって思いますけどね、うん、何かこう者に頼るとか、うん、攻撃力のあるものを持つとか、うん、なんかそういう方向にどんどん行っちゃうんですけどね、うん。ま、もっと考えなきゃいけないことってあるんですけど。

うん、でもこうやって若い世代の人も年を重ねた世代の人たちも、みんなひっくるめて考えてることって、共通してますよね。そこが、逆に怖いなと思いますけどね。うん、若い子は若い子なりに、ね、年重ねた人は年重ねた人なりの悩みと考えることがある、これはもう昔から変わらへんけど、なんか共通してるテーマっていうのが、今日よく見受けられますね。って思いますよね。

うん、大人も子どもも考えてる。うん、大人も子どもも考えてることはやっぱり国も考えなきゃいけないことでしょうね。うん、いじめひとつにとっても、どうすればなくなっていくんだろうっていうことであったりとかを、国が考える、一緒に考える、みんな一緒に考える、うん、それがほんと大事なことやのになって思いますけれどもね。

うん、まあ先程もちょっとこの国にはね、暴動がないなみたいな、まあ暴動があることがいいという意味で言ったわけではないですけれども、なんか主張がないなみたいな、まあそんなことを考えていたときにちょうどだから僕がパリに行って、え〜、たまたま暴動を見てしまったんですよね。うん。で、ほんと街中で、布を燃やしながら車でブオーッと走るっていう、ものを見たんですよ。わぁすごいなって思って。うん、なんかこう自分はなんのための暴動だったのか主張だったのかわからなかったけれども、まあこういう行為が正しいとは思わないが、でもなんかこう主張するっていうことって日本の人たちっていうのは下手くそなんだなってなんか思ったりね。うん、でそれでなんかまあ作った曲っていうのかな、があるんですけれども、愛 get 暴動 世界!!!という曲がありますのでね、こちら是非聴いていただきましょう、どうぞ。

♪ 愛 get 暴動 世界!!!/244-ENLI-x

堂本剛がお送りしてきました堂本剛とFashion&MusicBookそろそろお別れの時間でございますけれども、まあ今日はね、ちょっとあの、まじめな話もいろいろさせていただきましたけれども、まあ、ほんとに今って、もう繋がっているんですよ。世の中が、うん、すごい勢いで繋がるんですよね。え〜、まあこのラジオも、この関西弁でゆるーく読んでいながらにして、海外に飛んでいっているというね、いろいろなことがありましてね。

先日も読ましていただきましたけれどもあの、ペンネーム高見沢さんがね、あの、「この間の放送で私のメールが読まれていてびっくりしました。」というお話があって、ぼくの名前がね、どうなんやろなみたいな、うん、で、まあ『タンボンカン』、「タンボンカン」ということらしいですね。で、「堂本剛というのも、まあ厳密に言うと「ドモトツヨシ」って皆が呼ぶような、結果になると思う」という。あのー「タンボンカン」というふうに、言わずに「ドモトツヨシ」というふうに韓国のファンのかたは呼んでいただいているような、ことみたいですね。

うん、しかしあの、「発音がね、きれいな印象があって少し感動しました」と言っていただいておりましてね、うん、(多分辞書を引いてその辞書の発音が聞こえてきたのだと思います)「チョンマネヨ」ってことですよね。うん、どういたしまして。「チョンマネヨ」うん、あれだから韓国語、ダージャーハーじゃないのか、私の、えーっとチョンマネヨ、これどういたしまして、えーと、私の、どこにある?(何か探しているようです)あっ「チェイルムンタンボンカンイムニダ」ですね。「私の名前は堂本剛です」「チェイルムンタンボンカンイムニダ」だそうです。

まあ、耳で覚えるのが、早いですね。うん、なんかもう目で読んでるともうわからへんみたいな、うん、チェイルムン・・・まああの、こうやって、あの、日本語でね、皆さんにもね、お見せしたい日本語でめちゃめちゃ丁寧にメール来てるんですよ。すごいですよね。
ちょいちょいっていう日本語を韓国の人が打ってくるっていう、素晴らしいですね、「ちょいちょい」という。うん。

あとね、えー「剛くんが大好き。私はアメリカに住んでいる剛くんの大ファン、シンディです。」っていうね。シンディから来ましたよ。

うん、ラジオ聞いているんですね。「今朝剛くんのラジオ聞いて元気になりました。」ってアメリカのシンディが僕のこのトークを聞いて元気になるって・・僕何しゃべったんやろ、シンディをそんなに上げるあれをしたのかな・・

うん、まあ今後、だからちょっとあのー海外からね、飛んでくる意見もちょっと、ちょっと束ねてみましょうか。うん、そのいわゆる印象が違うと思うんですよね。日本の方が、ぼくのこの話を受け取る印象と、海外の方が受け取る印象というのは少し違うと思うんですよ。
やっぱその国文化とか、今まで築きあげてきた文明とか、あとはまあ宗教とかね、いろんなこう流れがあって、国というものは今を生きてますから、でもどんなふうに感じるのかなっていう。

たとえば、さっきの「合わせる」「人に合わせてゆく」っていう生き方、これはアメリカにはあるのかなとか、ね、韓国にあるのかなとか、フランスにあるのかな、うん、おそらく日本人だけでしょ。こんな感じっていう。多いでしょうね。

うん、まあ日本語を「やっぱり英語に訳そうとすると相当難しい、だって日本語が難しいものね、うん、表現方法が、多種多様なんで、そりゃまあ難しいでしょうと。でも今ほんとに海外の人が日本語を覚えるっていうことを優先してやってらっしゃるんですよね。これはね、日本はね、考えるべきなんですよ。これだけ今日本語が興味を持たれているということは、これは国が動くことなんですよ。ちゃんと国がその海外の人達が日本語を学ぶためのバックアップをもっとするべきなんですよ。そうすると日本にとってものすごく有利な状況というのが出てくると思うんですよね。向こうの方から興味持ってくれてるんですよ。うん、で、すごいいいことですよね。

うん、まあ様々なですね、メールをお待ちしておりますので、海外からもどんどん送ってください。さあ、来週、来週パワーウィークでございます。パワーウィークならではの、プレゼントもご用意しておりますので皆さん楽しみにしていてください。そしてリスナーの皆さんからのメッセージ、ファッション、音楽に関しての質問、自由なメッセージなんでも構いません、どんどん送っていただきたいと思います。

メール tsuyoshi@bayfm.co.jp
FAX 043-351-8011
はがき 〒261-7127 bayFM
までお願い申し上げます。

さ、そして堂本剛情報配信サービスもぜひたくさんの方にご登録いただけるとうれしいなと思っております。登録のほうは無料でございますので、登録方法はtsuyoshi.inこちらでチェックして下さい。さあということでございまして、今日はですね、えーまあ様々日本の話もね、多くさせていただきましたので、NIPPONというこの曲をですね、聴きながらお別れしたいと思います。ということで堂本剛とFashion&MusicBook、お相手は堂本剛でした。それではみなさん、また来週パワーウィークで、お会いしましょう。さよなら。

♪ NIPPON/剛紫

2010/12/11 by こさかママ [77]

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