「妖精さん、妖精さん」


 「妖精さん、妖精さん、ご機嫌いかが?」
 「……」
 「妖精さん、妖精さん、ご機嫌いかが?」
 「…う…ん、あ…おはよう」
 「今日もお目覚めが遅いようで…」
 「あら、じゃぁ…こんにちは?」
 「お日様は丘の龍神の樹に差し掛かっていますよ」
 「もうそんなに遅いの…困ったなぁ…」
 「どうしてそんなにお困りなの?」
 「あなたには教えてあげない」
 「そんなこと言わないで教えて下さいよ」
 「そう…ねぇ、じゃぁ…」
 「じゃぁ?」
 「月の湖の岸辺に生える、青吹草を摘んできて。そしたら教えてあげましょう」
 「わかりました、わかりました。青吹草ですね? 今すぐ摘んでまいりましょう」
 「月の湖は森の東の方ですからね。迷わないでください」
 「大丈夫です。なびく草の道案内がありますから」
 「でもでも、今日の森は霧がひどいですよ…」

                    *

 「月の湖、月の湖、なびく草の向かう果てに」
 「ちょっとちょっと、そこの人!」
 「どなたか私を呼びました?」
 「はいはい、呼びましたよ」
 「何かご用事かしら?」
 「あなた月の湖へ行くんでしょ?」
 「えぇ、そうですよ」
 「だったら方向が逆ですよ」
 「あら、本当に?」
 「本当です」
 「でも、なびく草はあちらに向かっておりますわ」
 「しかし、違うのです」
 「どうしてです?」
 「今日は霧がひどいでしょう?」
 「そうですね。いつもより目の前が白く感じられます」
 「そういう日は涙の滝のそばにある、風の灯台に灯りが点るのはご存知ですよね?」
 「えぇ、そよぐ風が霧で迷わないようにするためにですよね? 存じております」
 「ところが今日に限って、その風の灯台に灯りが灯ってないのですよ」
 「なるほど、それでそよぐ風が全く逆に吹いて…」
 「えぇ、なびく草の向きも全く逆になってしまったのです」
 「そうだったのですか、ありがとうございます」
 「いえいえ、森の案内は私の仕事ですから」

 「青吹草、青吹草、居たら返事をしてください」
 「はいはい、どなたか呼びました?」  「えぇ、私が呼びましたよ」  「何のご用でしょうか?」  「あなたを摘ませて欲しいのです」
 「あらあら、これは困りました」
 「大丈夫、ちゃんと根っこは残します」  「それでもタダではイヤですよ」
 「それでは何がお望みですか?」  「必ず、私を皆んなの役に立つ事に使って下さい。それが私の望みです」

                *

 「妖精さん、妖精さん、ただいま戻りました」
 「……」
 「妖精さん、妖精さん、ただいま戻りました」
 「…う…ん、あぁ…おはよう」
 「ちょっと、ちょっと妖精さん、お日様はもう傾きかけていますよ」
 「あらあら、それではこんばんは」
 「ちゃんと青吹草を摘んで来ましたよ」
 「まぁまぁ、それはありがとう」
 「ところで、何に困っておられたのですか?」
 「それはねぇ…知りたい?」
 「えぇ、知りたいです」
 「ふふ、あのね…」
 「あのね?」
 「今日は霧がひどいでしょう?」
 「えぇ、だんだん目の前が真っ白になってきたみたいです」
 「これからもっとひどくなりそうなんです」
 「風も乱れそうですね」
 「そう…しかも今日は涙の滝の側にある、風の灯台に灯りが点っていないのです」
 「えぇ、えぇ」
 「どうして点ってないのかご存知ですか?」  「さて、どうしてでしょうか…」
 「燃料が無いのです。それで困っていたのです」
 「…その燃料って…」  「そう、青吹草」
 「…あらまぁ」
 「ふふふ」  「でも、皆んなの役に立てて、青吹草は幸せですね」
 「何の役にも立とうとせずに、うじうじしている人間よかね」
 「幸せって、役に立つ事なのかもしれませんね」
 「そう、自分にできるだけのことをしてね…。結果なんてどうでもいいのよ。その意志が大切なのね」

(終)


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