感想・批評(佐藤泰志)

 

   佐藤泰志

 北方文芸なんか引っ張り出すとキリがないので、単行本化(全六冊)されている作品だけということにして。なるべく文芸誌への発表順に近くなるよう、並べてみました。

   『移動動物園』

「移動動物園」
 表題作にして、新潮新人賞候補作。実質上のデビュー作(ただし、当時単行本化されていない)からして賞に恵まれない体質のようで……。細かい点は無視して、ある意味では一番出来がいいと感じた。累計で考えれば結構読まれているような気がします。
 ストーリー性に富み、映画化するのにうってつけの作品。

「空の青み」
 主人公はマンションの管理人をしている。住人は俳優や、情婦を住まわせている男、エジプト大使館に勤める男など。
 大使館で働いているアフィフィ氏がトイレを詰まらせてしまい、主人公は汚物のたまったトイレへ直に手を突っ込む。それで解決しなかったために水道屋を呼ぶことになった。請求は4,5千円程度だろうと主人公が憶測を言ったところ、実際には9千円を請求され、アフィフィ氏がモメたりする。
 主人公はパンチ・ドランカーとなったジョージ・フォアマンの写真を管理人室に飾っていたが、最後にはそれを棄ててしまう。
 脈絡のない説明になってしまったが、これらのことが淡々と描かれている。

「水晶の腕」
 労働小説というか。読んでて意欲的になれそうな作品。

   『黄金の服』

「オーバー・フェンス」
 一番型にはまっている作品で、しかもご都合主義。でもお蔭で少しは明るい気持ちにもなれる作品です。トルエンの何んのかのと、花村萬月風のノリがあります。

「撃つ夏」
 鳩を指鉄砲で撃つということから、「撃つ夏」。ちょっと“うっ”と来るような悪趣味な描写もありますし、出来としてはイマイチなんですが、その視点と『撃つ』ところが印象に残っていて好きです。

「黄金の服」
 他の作品では主人公に見られる精神異常をアキという女性に投影して描いている。それは作者自身の投影で間違いない。そのアキの魅力一つでギリギリ成り立っている作品かな。設定がちょっと整理されていない。よって消化不良気味。

   『きみの鳥はうたえる』

「きみの鳥はうたえる」
 ストーリー性が強く、ここに挙げた中で一番映画向きの作品。アイディア良し、設定良し、舞台良し、人物良し。野郎二人のワンルーム同居生活+女。単純に面白い。今の時代にやっても充分に通用します。誰か映画化してくださいな。
 
同タイトルの追想集も発行されています。タイトルは多分ビートルズが元ネタなんでしょうね。

「草の響き」
 自律神経失調症の主人公と不良少年達とが一緒に走るという一見妙な取り合わせなのですが、それが妙にはまっていて良かった。
 ずばり私小説。実際に不良少年と親密になったかどうかはともかく、一つ一つの描写にリアリティが見える。記憶を綴るように書かれているので、間違いなく本当にあったことをベースにしている。
 ところで佐藤泰志は梅田昌志郎氏(北方文芸にて「遠き避暑地」を採り上げた)にべったりだったそうで。住まいなんかもすぐ近くに択んだりしていますし。そこら辺の体験が作品に滲み出ている気がする。

   『大きなハードルと小さなハードル』

I
「美しい夏」「野栗鼠」「大きなハードルと小さなハードル」「納屋のように広い心」「裸者の夏」
 読むとものすごく不安になる。こいつら本当にくっつくのかな? と思って次を読んでしまう。読んだらくっついていてやっと安心した――みたいな。
 ただ、その不安さは操られたものではなく、作者自身が作品に呑まれているのではないかと思う。見ようによっては『うっ』と来る文体で、シュテファン・ツヴァイクの「猩紅熱」にも優るとも劣らないくらいの濃厚さがある。好意的に読んで貰えるなら良い作品ですが、批判的に読まれると辛い。ただ、これぞ佐藤泰志――という気もする。脆さ、危うさはその本質かもしれない。

II
「鬼ヶ島」
 プラムを食べるシーンが頭から離れない……。多分吐瀉物は本当に綺麗だったんだろうな、と。近親相姦の話しが生々しくて……。

「夜、鳥たちが啼く」
 作品としてはちょっと弱いかな。はぐらかしながら進めている文体という感じで。
 大型のカゴであっても、鳥はちゃんとフェンスを塞いでやらないと夜、眠れないんですよね。ストレスが溜まって病気になったり、過敏になって夜中に騒いだりするわけです。この作品のアキラと「海炭市叙景」に出てくるアキラとは似ている気がする。

   『そこのみにて光輝く』

 部落小説とでも呼べばいいかな。あと、貧乏小説にも分類できそうな。貧しさと差別とは、佐藤泰志の作品全てに共通しているテーマでもあるのですが。
 拓児という真っ正直で情に厚いが不器用な青年と主人公とのやりとりが主なのですが、この拓児そっくりな人間は一人知っています。しかも貧乏だし……。一つの人間の型なのかも。本当にそういう知り合いがいたのかもしれない?
 そのせいか、読んでて結構愉しかった気がする。言葉がびしっびしっと食い込んでくる文体も。
 ライターはクールに渡すのです。(笑)

   『海炭市叙景』

 遺作。
 炭鉱を馘になった一人の貧乏青年の死をキーとして、様々な人々(の青春)を描く。
 今までの作品とガラッと変わった。今でも充分通用する手法(書き上げるのが難しい手法ですし)。未完だそうで、ちょっと勿体ないくらいの作品。素直に面白いです。一人一人の視点が短いことも、現代向けでちょうど良い。描き分けも出来ていて、凄く巧く行っているように見えるんですが、どうして完成させなかったのか私にはちょっと理解できない(本当にどうでも良くなってしまったのか)

 自殺なんて詰まらんことはしないで、地道に作家活動を続けていれば良かったのに。自殺で花開く作家もいれば、自殺で忘れられてしまう作家だっている。佐藤泰志の場合後者に属するようだ。今更佐藤泰志について語る作家はいないし。ま、死に魅入られていたのかもしれませんが。それにしても勿体ない気がする。やっぱ苦労知らずの十代のご令嬢のひたすら軽い小説よりも、苦労人の書いた重厚な小説の方が読み手があるね。今どきの文学はとにかく軽くて、明らかに編集者による読み手への媚びが見える。商業路線なんて走らない方がきっと(笑)面白いんだから。

 ところでこの本は復刊.comにて復刊投票に挙がっていますが、全然票が足りません。オークションに出品されれば速攻で落札されてしまうのに……。プレミアのせいもあるかもなぁ。(因みに、amazon.co.jpの方が安く買えます。古本屋がプレミアを付けていない、または好意的な個人の場合が多いです) 復刊リクエストをよろしく。どうしようもなくくだらねー漫画(面白いものならともかく、当時週刊誌の埋め草程度の意味しか持っていなかった作品は要らない)なんかが復刊リストに載っていると、憤りすら感じる。っていうか、全集でもいいんですけどね。ま、著作権が切れるまでは無理なのかな。


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