ある掌編小説

 

 芳郎は妙な生き物を飼っている。一人暮らしのアパートは、もちろんペット禁止である。しかし、それはペットと呼べるようなシロモノではない。
 それは人形のような外見で、掌に収まるほどの大きさだ。もう一ヶ月ほど前だろうか。気が付くと、芳郎の部屋にいたのだ。
 口が顔ではなく頭のへんに付いていて、その中に食べ物を放り込むと、入れた食べ物によって色々な匂いがした。特に甘い物を好むらしく、キャラメルを放り込むと辺りに甘い香りが拡がった。
 もしも誰かから見られるようなことがあれば、大変な騒ぎになったかもしれない。芳郎はもちろんそこのところを理解していて、外から見えないように窓にすだれを掛け、大学へ出掛ける時にはなるべく雨戸を閉めておいた。玄関と部屋との間にはカーテンを掛け、ドアを開けた時に覗かれないようにした。
 芳郎はその生き物をとても可愛がった。それは芳郎が愛を知らなかったからかもしれない。誰かを熱烈に愛することを欲しながら、それは決して芳郎には与えられなかった。好きな女性だっている。だけど、その想いの届くことはない。芳郎には結果が解りすぎるほど解っていた。――僕には、誰も幸福になんてすることは出来ない――だから、全てを諦めていた。

 深夜、芳郎はドアを叩く音で目が覚めた。深夜の来訪者など、怪しむべきである。しかし寝ぼけていたせいか、何も考えずにドアを開けてしまった。
 そこには、二つの奇怪な生き物がいた。頭のてっぺんに口を持ち、人間の子供くらいの背丈で、痩せて、あり得ないくらい不健康な肌の色をしていた。
 これは夢なのだな、と芳郎は思った。
 すると、『決して夢ではない』という言葉が頭の中に響いた。
 テレパシー――芳郎は自然とそういう発想に至った。
『そう、正解だ。我々は発声などの身体機能は退化して失っている。代わりに、サイ・パワーで話しをしたり移動したりするのだ』
 どうやら、芳郎の考えたこともそのまま相手に伝わってしまうようだ。妙なことは考えない方がいいな、と芳郎は思った――が、それも相手に伝わってしまうことにすぐ気が付いた。
『寝ているところをすまなかった。あまり人に姿を見られると困るのでね』
『実は一月ほど前、うち娘があなたのところにテレポートしてしまったらしいんですよ』
 芳郎は一月前のことを思い出した。確かに、あの生き物は物音もなく、芳郎の前に現れた。
『うちのむすめは脳のほうにちょっと障害があってね。時々こんな風に消えてしまうことがあるんですよ』
『ずっと探していたのだが、地球といったって広いからね。実は一週間前には見つけていたのだが、何しろ異星人のことは我々にも理解できないところがあるからね。しばらく様子を見せてもらったよ』
『あなたはうちのむすめに大変やさしく接してくれました。お礼はさせて戴きます。うちのむすめを返していただけないでしょうか』
 そういうことだったのか。もちろん返すことはやぶさかでない。――ただこれから少し淋しくなるな、と芳郎は思った。
『ええ、あなたのお心はこの一週間で充分に見せて戴きました。淋しい気持ちも解ります。私たちはこうしようと思うのです――あなたは想いを寄せている方がいらっしゃるでしょう。どうです、その方とあなたとを結び付けてあげましょう。そうしたら、あなたは淋しさなんて感じることはありません』
 好きな娘の顔が鮮明に浮かんだ。あの娘と結びつけてもらえる――夢みたいだ。もしあの娘と一緒になれるなら、愛を知り、健やかに、堂々と生きることが出来るだろう。しかし、本当にそんなことでいいのだろうか?
「いや、そんなことはしなくていい。そういうのは、自力でやらないとダメだと思うから。それに、努力した記憶の無い恋なんて、きっとすぐに、冷めてしまうものだろうからね」
『では、一体どうしたものだろう。あんたはあれだけむすめによくしてくれた。しかし幸福を拒もうとする。それじゃ私らの気持ちは収まらないし、あんただって報われない人生が――ああ、私らには予知能力があるんでね――待っているばかりだ』
 そうか、サイ・パワーというのがあるもんな。僕はあの娘なしには決して幸福にはなれないのか。でも、自分にとっての幸福とは何んだろう――。芳郎はふといい考えが思いついた。
「解ったよ。なら、僕の願いを言おう。僕の好きな娘――僕の好きになる全ての人を、幸福にしてやって欲しいんだ。絶対にね。こういうお願い、出来るかな?」
 二体の異星人は顔を見合わせた。しばらくの沈黙の後、異星人の声が響いた。
『――全く、あなたはとんでもないお願いをされる。でも、いいですよ。あなたにそういう能力を差し上げましょう。人間の脳は使われていない部分が多いですからな、そこを少し弄らせて戴きますよ』
 芳郎から好かれた女性は、皆んな幸福になることが出来る。つまり、相手は絶対に不幸を感じることなんて無い。これで一つの不安な強迫観念が無くなった。
 異星人達は彼らの子供を連れて去っていき、そして芳郎は明日思い切って片想いの相手に告白することを決意して、床に就いた。

 翌朝、芳郎は大学へ着くと、あの娘の姿を探した。しかし、その姿を見つけることは出来なかった。次の日も、その次の日も。
 なぜだろう? そもそも相手が来なければ話しにならない。途方にくれていると、女子学生が噂話をしているのが耳に入った。
「……のさ、話し、聞いた?」
「うん、聞いた」
「可哀想だよねー。あたし、お見舞いに行ったんだよ。そしたら、なんていうかもう、いたたまれないっていうかさ」
「え、どんな感じなの?」
「何んていうのかな、あれ、白痴っていうの? もう何も解らなくなっちゃってるの。呼んでも全然返事は無いし、一日中ぼーっとして、よだれ垂らして、へらへら笑ってんだって」
「笑ってるんだ……」
「その笑いがさ、なんかもういかにも≪しあわせです≫って感じでさ。あたし、見てられなくってすぐに帰っちゃった」

 ……あの異星人はなまじテレパシーの能力なんてあるものだから、一体どんな人間が地球上で最も幸福であるかを勘違いしたのかもしれない。それとも、人の幸福は苦しみの上にある――飽くなき欲望を追うことは不幸以外の何物でもない、とでも思っていたのだろうか。

 私は病室でこの陳腐な掌編小説を読み終えると、大きなあくびを一つした。暇つぶしに、と友達の芳郎が持ってきてくれた原稿なのだ。芳郎は物書き志望で、大学のゼミでも小説を書いているらしい。後で感想をせがまれるに違いない。しかしこういうSFというものは、私にはさっぱり理解できない。それに、何んだか後味の悪い話だ。見棄てられた白痴の女性というネタは、私が提供したものだ。この病院には実際にそういう若い女性がいるのだ。この話と同じように、ある日突然あんな風になったということで、看護婦と患者の間では結構有名な話なのだ。それをこんな風に使うなんて一体どうだろうか。しかも三人称の小説なのに、わざわざ自分を主人公に据えるなんてな。
 私は原稿を棚の上にうっちゃると、ベッドを立った。午後の点滴が始まったら動けなくなる。その前に中庭でも散歩しておこうと思った。窓から何んとなく中庭の方を見ると、さっき帰ったはずの芳郎の姿が見える。一体どうしたことだろう、と思うと彼の方に向かって走っていく女性の姿を見つけた。なんだ。しきりに見舞いに来るから妙だと思っていたが、彼女が入院していたのか。どんな女なのだろう、と思ってよく見るとその女性は――
                                     《了》


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