海からの贈り物

 

 海から奇妙な果実が運ばれてきた。ラグビーボール状の果実で、椰子に似ていた。割ってみると中が新鮮無害であることが解った。椰子も昔は海流に乗って漂着していたものを商店が売り、食べていたことがある。そこで、ある勇気ある男が食べてみた、まずその味の良さに驚いた。中は果汁の層と果肉の層に分かれていて、まずは果汁を吸うとパッションフルーツ系のカクテルの味がした。果肉はコリコリとした歯触りにスモーキーな味わいで少し辛味があり、酒の肴には最適だった。
 はじめは特定の地域に二、三個が漂着するばかりだったが、そのうち日本中にその果実は漂着するようになり、その数は数千個に及んだ。そんな中でこの果実にある薬理効果のあることが発見された。この果実を口にすると、驚くほどの細胞再生効果が得られるというのだ。つまりは若返りであり、万病に効いた。それどころか傷ついた遺伝子さえも修復してしまうので、身体中のほくろが薄くなってしまうほどで、美容食としても素晴らしかった。
 人々はこぞってこの果実を求めた。しかし、海上からの漂着物には供給の心配がある。いつ漂着しなくなるとも解らないのだ。そこで、研究班を用意し、栽培方法を研究させた。外国にも研究を手伝って貰った。しかし、どんなに種を土に植えても、芽を出すことはなかった。
 そこで、種を割って、種子から遺伝情報を取り、それを椰子と合成してみる試みがなされたが、いずれも失敗に終わった。

 やがてこの果実を採取し卸す会社が設立された。値がつり上がるまで――と保管されているうちに、この果実は数ヶ月の間しか保たないことが解った。そこで、保存法を考え、会社は色々と加工してみた。
 しかし、この果実を乾物にしたりしたが、到底美味いものとは言えなかった。また、薬理効果も失われた。つまり、そのままカクテルとおつまみとして食べなければダメだということだった。
 研究者も商売人も頭を抱えることになった。それならばということで、どこから漂流してきたのかを調べる研究が始まった。潮流を調べ、あらゆる経路から陸を調べてみたが、みつからなかった。どこの陸上にも、そんな果実を落とすような木は見あたらないのだ。或いは現地の人間が隠しているとも考えられたが、それにしても証拠が無さ過ぎる。何より、漂着しているのは日本沿岸が主で、他の国だって、漂着を今か今かと待っているあり様なのだ。
 ある有力な目撃情報が寄せられた。あの果実は海の中から忽然と浮かび上がってくるのだという。これは研究者達を驚かせた。この目撃情報が本当ならば、あの果実は陸上の植物の果実ではなく、海中、あるいは海底の植物の果実であるということになるのだ。海の中の植物と言えば、植物性プランクトンや海草に見られるような藻類であって、種子植物は存在しないということになっている。これはつまりこれまでの学説を覆すような新発見であるのだ。
 だが、それだと一つ解らないことがある。海の中の植物なら、どうして水に浮くような果実を作るのか。陸に漂着してしまえば、それで終わってしまうのではないだろうか。或いは、ある時期を過ぎると、水に沈むようにでもなるのだろうか。浮いていれば世界中を廻ることもできるから、そのようにして繁殖地域を拡げているのかもしれなかった。
 ともかく、海中の一斉捜索が行われた。政府は特別捜索班を設けた。さらにはじめに見つけたものには賞金も出されるということになった。しかし、誰一人として見つけだすことは出来なかった。幾らかの報告もあったのだが、どれも賞金目当てのインチキであった。
 特別捜索班は、地道な調査を行うことにして、まずは果実の出現ポイントを特定することにした。すると日本海溝に沿って浮き上がっていることが解った。
 早速深海調査艇が沈められ、調査が行われた。しかし、なかなか見つけることはできなかった。どうしても調査の性質上、ピンポイントになってしまって広域の調査がなかなか出来なかったのと、そもそも手がかりとなるのは果実のみで、探している植物がどんな風であるかということさえ解らなかったのだから、無理はなかった。それに、どの程度の深さのところにあるのかも解らない。余りにも深すぎる場合には、無人艇でなければ潜ることができない。それだって限界がある。人類は宇宙まで行けるようになったが、深海のことともなると、不自由なものだった。これなら、宇宙空間を漂う果実の方が、ずっと良かった。
 やがて繁殖期が終わったのかは知らないが、果実が漂着してくることはなくなった。調査艇は相変わらず潜っていたが、今度は果実という手がかりも無さそうなので、望みは薄かった。学者はここぞとばかりに、様々な学説を好き勝手に述べていた。『海底の湧水や熱水から化学合成をして生きている植物に違いない』とか『遺伝子構造から、きっとこのような形をしているに違いない』といった科学的なものから、『あれは海の神の食べ物で、海底におわす海神様がつづらを蹴飛ばして落としたものだったのだ』という、オカルト的なものまであった。
 一年、また一年と経ったが、果実はあの時きりの出来事で、もう漂着することは無かった。人々は果実のことを思い出しては口惜しがった。海で雨乞いならぬ果実乞いをする者もあった。
 しかし、あの果実は、海底からやってきていたわけではなく、やはりどこかの陸から漂流してきたものだったのだ。それを証拠に、人々は意外なところから果実を発見することになる。それはゴミの埋め立て場であった。人々が食べ残した種が焼却場であぶられ、そして灰と一緒に埋め立て場に棄てられたのだが、それが芽を出し、成長したのだった。今や、埋め立て場には木々が生い茂っている。確か、森が火事になった時だけ種を飛ばす植物があったが、そうした類のものだろう、と学者は言った。早速実験してみる研究者もいた。
 ともあれ、人々は狂喜乱舞し、こぞって果実を手に入れ、むさぼるようにして食べた。汚染された土壌で育ち、汚染物質をたっぷりと含んだカクテルを……。


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