――といっても、校舎の話である。東隣の「浜田病院」が14階建てのビルに改装することに合わせ、文化学院も85年の歴史ある(尤もそれは旧校舎のみだが)校舎を建て替えることになるらしい。
文化学院は私が聴講生として通っている学校である。非常勤講師に頼り切った小さな学校だが、それだけに講師の質は高い。私は生涯学習を考えているので、卒業後も更に自身を磨くために未だ通い続けている。来年度もその予定。恐らく、来年度が聴講最後の年になると思うけれども。
それにしても、慣れ親しんだ校舎が消えるということで、予想以上にセンチメンタルな気持ちになった。記憶の証人が消えてしまうような、淋しい気持ちだ。恐らく人生ではじめて愛校心なるものを感じた学校とも言えるかもしれない。
ただ、建物には記憶がある。ガワが変われば往々にして中身も変わってしまうものである。建て替えが済んで十何階建てのビルになり、そこにこぢんまりと収まった文化学院を見て耐えられなければ、もう戻ることは無いかもしれない。
(画像はGoogle Earthで見た文化学院の様子)
Posted at 2006/02/07(Tue) 21:19:59
文化学院 | コメント(2) | トラックバック(0) | この記事のURL
この記事のトラックバックURL ->
この記事へのコメント
文化学院の保全再生
文化的にも意味のあるかけがえのない校舎を再生させてください。お願いします。
Posted by 明治建築研究会 at 2006/03/24(Fri) 11:34:14
学院側は話し合いに応じる気はあまり無いようですので、数十億円くらいの資本を用意して、なおかつ的確に資金運用できる人材(年収数十億の凄腕ネオニートをスカウト)を集めて会社設立。
ビックカメラ及びビーエス放送の株式をそれぞれ10%以上買い集め、強力な発言力を得、学院を丸ごと買い上げ、100%の経営権を得るしか無いような気がします。力には力。まぁ、何もかもが不可能ですが。
西村伊作は優秀な建築家でしたが、建物を丈夫に作るという考え方はあまり持ち合わせていなかったようで、実際建物がもうボロボロなことは紛れもない事実のようです。
新館はどう見てもやっつけ工事なので、残す意味も無いですが、結局旧館も半分以上壊さないと重機・資材が運び込めないので、仮に残すことが出来たとしてもアーチ部分だけになるでしょうね。
シンボル的な意味で、アーチ部分だけを切り抜いて保存することが出来るのなら、そうして欲しいものですが。
Posted by 紫陽 at 2006/03/24(Fri) 12:32:10
コメント本文以外は全て入力不要です。