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「痕」

はじめに

 今回は小説本ではなく、いわゆる18禁ゲームを取り上げます。もはや説明不要の作品となった「To Heart」を生み出したリーフのビジュアルノベルの第二弾、「痕」です。
 ビジュアルノベルとは、小説を読むように進んでいくスタイルのゲームです。アドベンチャーゲームのようですが、アドベンチャーゲームが基本的に一本道であるのに対し、マルチシナリオ・マルチエンディングが特色となっています。つまり、プレー次第で結末もストーリーも異なるのです。最近ではギャルゲー(^^;のスタンダードともなっています。
 しかし、「痕」はオリジナルに近い作品(第一作は「雫」)でありながら、最近の作品とは異なる性質があります。今回はそこを取り上げようと思うのです。

なれそめ

 「痕」のことを知ったのは、「To Heart」をプレーした時くらいでしょうか。その時は特別気にしていませんでした。しかし『The TOWER』を運営してからは、「痕」関連のCGや同人誌を見ない時はほとんど無かったので(^^;、大体のあらすじや登場人物は知っていました。
 しかし、この作品はかなり昔のものです。どうしてそんな古い作品がいまだに同人の対象となっているのか?常々不思議であったので、ようやく今頃にプレーしてみたわけなんです(^^;。
 そしてその結果は……もう胸倉鷲掴みっすよ(;_;)。久しぶりに感動的な話に出会えました(^^)。その作品性の高さにはかなりのもので、いまだに人気を維持しているのがわかる気がしました。果たしてその理由とは……。
 以下、ネタばらしをしつつ(^^;、書いていきたいと思います。

シナリオ評

 まずは、物語のバックグラウンドから……その昔、他生物を狩ることをレゾンデートルとした宇宙人(ま、完全に人型ですな(^^;)・エルクゥの宇宙船(作中では星船)が地球に落下、彼らは母星に救援要請をしつつ、人間狩りをして過ごします(はた迷惑な……)。人間たちは彼らを排除しようとしますが、圧倒的な力の差の前に、彼らを鬼と呼んで恐れました。そこへ現れる一人の武士。彼も討伐に参加しますが、瀕死の重傷を受けました。しかし彼は鬼の娘に救けられるのです……そのために自らも鬼と化してしまいますが。彼は娘を恨みますが、いつしか愛し合うようになります。しかし、それも長くは続きません。武士の鬼に対する憎しみは彼らを滅ぼすのですが、愛した娘は命を失ってしまうのです。そして彼は娘の姉妹の一人と一緒になり、その子孫こそ、物語の主人公、柏木耕一とその従姉妹の四人、千鶴・梓・楓・初音なのでありました。
 そして物語は、大学生の耕一が、別居していた父の葬式のために従姉妹の家にやって来たことから始まります。そこで起きる、彼らに流れる血の宿命が巻き起こす悲劇……果たしてその結末は?

千鶴

 メインシナリオの中でも最も重要なシナリオであり、そして、もっとも切ないシナリオだと言えるでしょう。
 鬼の血の目覚めに苛まれる耕一と、それを見守る千鶴。しかし耕一の血は目覚めてしまい、それを止めること……耕一を殺すことを決意する千鶴……。しかし、最後にどんでん返しが待っているのでした。
 物語の核はもちろん千鶴です。耕一の父(千鶴達の叔父)の事故死によって一大企業の会長を務めることになってしまった彼女……大人びて見えますがまだ23です。そして妹たちの面倒も見なければなりません。それ以前にも事故で父を亡くしている彼女は、長女としての責任感故に自分を押し殺してしまいます。それでも彼女はまだ幸せだったでしょう。しかし、慕っていた叔父の死は彼女に大ダメージを与えます。そこに更に襲いかかる耕一の目覚め……それこそ、父と叔父が自ら死んだ原因だったのです。彼らは鬼の血の目覚めに負けそうになり、他人を巻き込んでしまう前に自ら命を絶ったのでした。その事を彼女は知っています。そして巷では猟奇的な殺人事件が頻発していたのでした。彼女は決断しなければなりませんでした。彼が鬼の血に負けてしまうようなことになれば、彼を殺す、と。そして運命の時……彼女は全てを明かした後で、彼にそう宣言します。そして実際に殺そうとするのですが、そこに別の鬼が現れます。そう、耕一は目覚めてはいなかったのです。殺されそうになる千鶴……しかしそれを救ったのは、鬼の力を完全に制御していた耕一だったのでした……。
 以上がハッピーエンドのストーリーです。実際には悲惨なエンディングが存在します。18禁ゲームにありがちなHシーンも登場しますが、ちゃんと物語上意味があるものです。愛する者を殺さなくてはならないという直前の、唯一自分をさらけ出すことができたのが、耕一との愛の営みだったからです。
 千鶴は自分を抑圧しています。鬼の血の秘密を知っているということが、それに拍車をかけています。耕一は父親の秘密を知らないが故に、自分と母を捨てたと父親を憎んでいますが、真実を知る千鶴は、大好きな叔父が実の息子に否定されていることに哀しみを覚えます。しかし最も哀しんでいるのは彼女自身なのでした。それでも他人のことを思いやってしまう……その事を耕一は見抜いていました。だからこそ、彼女は耕一を愛したのでしょう。
 愛するが故に殺すことを決意する千鶴ですが、物語は別の鬼を提示することによって二人を救います。ではこの鬼とは一体何者だったのでしょうか?
 とにもかくにも、涙せずにはいられないシナリオなのでした(;_;)。

 四姉妹の中ではちょっとインパクトが弱いシナリオです。過去のエルクゥ的な話に絡んでこないので、ここだけちょっと浮いた感じがします。その代わりに、柳川という別の鬼の存在が明かされるのがこのシナリオです。その意味では重要なシナリオであります。
 次女の梓は陸上部所属の女子高生。おしとやかな千鶴と違って、ちょっとがさつです(^^;。耕一とは男友達な感じで気楽な関係と言ったところでしょうか。そんな梓が後輩を連れて家にやって来ます。実はこの後輩、百合系でして(^^;、付きまとわれて困っているご様子。で、その後輩が帰った日の翌日、行方不明になってしまうのです。しかし、そのいきさつを耕一は夢の中で見ていたのです。それは、彼が毎夜見る悪夢に出てきた鬼の仕業だったのでした。そして後輩の子がある部屋に連れこまれて暴行(この辺りが18禁(^^;)を受けることまで見てしまうのでした。そこで梓と耕一はその夢を手がかりにして後輩の子を探します。そしてとあるマンションを発見します。すぐに踏み込もうとする梓を制し、耕一は警察に連絡をします。そしてやって来たのは、父親の事故について捜査をしている柳川という若い刑事でした。彼を伴って部屋に押し入る耕一と梓は、あられもない姿の後輩を発見するのですが……二人とも柳川に昏倒させられてしまいます。実は、彼こそ耕一が夢に見た鬼だったのでした。耕一は彼の意思に同調してそれを夢として見ていたのです。柳川は二人にみだらな行為(^^;を強制します。後輩のこともあり、泣く泣くその指示に従う梓。しかし、そこへ警察が到着することにより状況が変化し、もはや何者にも屈しないことを決意した梓と耕一を殺そうとする柳川……しかしそれを止めたのは、部屋の主だった阿部という青年だったのでした。彼の撃った弾丸により、柳川は絶命するのでした。その後、家に戻った梓と耕一は、今度こそ本当に結ばれるのでした……。
 梓はそんなに複雑な性格ではないので、あっさりとしたシナリオになってました。鬼の力も持ってはいるのですが、それを発揮することがありません。後輩に迫られ、柳川に辱めを受けるという散々な結果になっています(^^;。その代わりと言ってはなんですが、柳川という存在が明らかになったシナリオでもあります。おそらく千鶴シナリオの鬼も彼でしょう。彼については別シナリオで明かされることになります。
 そんなわけで、いまいち印象の薄いシナリオなのでした。

 千鶴シナリオと双璧をなすシナリオです。最初にクリアしたシナリオがこの楓シナリオだったのですが、いわゆる悲恋物がハッピーエンドを迎えると言った感じが感動的だったのを覚えています(^^;。
 楓は三女。無口な女の子です。耕一は自分が避けられている様な感じを受けています。彼女の視線がそのように感じてしまう原因なのですが。しかし、四女の初音にお姉ちゃんはおじさんが死んで寂しいから慰めてあげて欲しいと言われ、会話を試みるのですが、結果は芳しくはありません。しかし、耕一のひたむきさにちょっとずつ心を動かされていく楓。そして彼女は話があると耕一を呼びます。その頃、耕一は夢の中で一人の少女に出会います。なんとも言えない懐かしい気持ちに浸る耕一……そしてその少女が楓そっくりであることに気がつくのでした。楓と話をしているうちにその気持ちは確定的なものとなり、楓を思う気持ちは押さえきれなくなり、彼は楓をベッドへと誘うのです。そして楓は……その誘いを断ることはできなかったのでした。彼女もまた、耕一を愛していたのでした。実は……楓は、かつて武士を救け、彼を愛した鬼の娘の生まれ変わりであり、そして耕一はその武士の生まれ変わりだったのです。楓が一見冷たいような態度を取っていたのは、過去の記憶の復活が、耕一の中の鬼を目覚めさせてしまうのを恐れていたからなのでした。しかし、耕一の中の鬼は目覚めつつありました。そこで楓は千鶴と一緒に、耕一が鬼の力を制御することができるのかを試すのでした。そこで抑えることができなければ耕一を殺すというリスクを背負って。しかし耕一は鬼の力を抑えることができず、千鶴は彼を殺そうとします。その間に割り込む楓……その捨て身が功を奏したのか、耕一は鬼を抑えきることができたのでした。
 過去の話が絡み、転生物の雰囲気が溢れるシナリオでした。知っているが故に積極的にはなれない楓のせつない想いが、耕一に届いたときの感動というのはなかなかのものでした。かつて過酷な運命の元に結ばれ、その運命が故に引き裂かれた魂が未来において結ばれる……ええ、話や(;_;)。
 そんなこんなで、一番お気に入りのシナリオなのでした(^^)

初音

 上の三人とはちょっと展開が異なり、後日談的なシナリオだと言えるでしょう。鬼も出てこないし……お化け以外は(笑)。
 四女の初音は高校生なのですが、子供っぽく見えてしまいます。他人を思いやる心優しい彼女は、耕一のことを実の兄のように慕っているのでした。そんな彼女と耕一は夜花火をして帰ろうとしたその時、洞窟があるのを発見します。怖がる初音を連れて中に入っていく耕一。しかしいつのまにか入り口が消滅し、二人は閉じ込められてしまいます。さまよう二人の前に突如として現れる亡霊達!一時は初音が持っていた変なお守り(耕一の父親が与えた物)のおかげで亡霊達を撃退していた二人でしたが、あえなく気を失ってしまいます。気がつくと、二人は亡霊に操られて無理やり結ばされそうになるのでしたが、なんとか最後の最後(^^;で踏みとどまったのでした。実はこの亡霊、かつて耕一達の先祖の武士に滅ぼされた鬼達だったのです。亡霊達は耕一と初音の間に子供を産ませ、それをよろしろに復活しようと企んだのでした。しかしことは失敗に終わります。そして脱出を図ろうとする二人の前に、鬼のボスの亡霊が現れ、話しかけてきます。そして鬼達が滅ぼされてしまった原因は、鬼達の武器を持ち出して武士に与えた娘がいたことが明らかにされます。そうしてボスの亡霊は消えていきますが、今度は洞窟が崩れそうになります。実はこの洞窟は、鬼達の宇宙船の成れの果てであり、今まさに死を迎えつつあったのでした。しかし、初音のおかげで二人は崩壊する船から脱出します。その理由は、この船が初音の前世である鬼の娘と仲よしだったから、だそうです。そして明かされる事実……母星への帰還の道を断たれた鬼達は、母星への救援を待っている間に人狩り派と共存派に別れていました。武士を救けた鬼の娘は当然共存派となるのですが、一族を裏切った角で殺されてしまいます。そのせいでそれまで人狩り派だった姉二人も共存派となり、武士に武器を渡すことで一族を裏切ることになり、この二人も死亡します。最後に残った末娘、つまり初音の前世ですが、彼女だけが生き残り、武士と一緒のなるのでした。しかし皮肉なものです……宇宙船が墜落してしまった原因は、末娘のせいだといのですから。さらに、武士、つまり耕一の前世が愛した娘も転生しており(つまり楓ですな)、初音は昔の自分が姉の愛した人を奪ったような感覚に襲われ、その事実を耕一に伝えようとするのですが、耕一はそれをさえぎり、初音に好きだと告白するのでした。が、その時……突然空から降ってくるものがありました。これって……どう考えても救援要請していた母星から来た宇宙船にしか思えませんけど(^^;;。どうやら話は続くらしいです(笑)。
 楓シナリオと対になるこのシナリオ、やっぱり切なさ一杯で良いお話でした。初音のいじらしさが涙を誘います。でもかなりかわいそうな展開です(^^;。元が元ですからねえ(笑)

その他

 柳川に焦点を当てたシナリオと、おまけシナリオに分けることができます。
 前者は物語を逆サイドから見た形になっています。補足的なシナリオと言えるでしょう。ここまでクリアすれば物語の全容が明らかになります。
 後者のシナリオは全くのお遊びシナリオ。中でも傑作は「柏木家の食卓」でしょう(^^;。人格反転毒きのこというべたなネタですが、重たいシナリオの中で一際目立っています。

まとめ

 以上長々と述べて参りましたが、浮き沈みの激しい、いわゆる18禁ゲームとして生み出されながら、なぜ長い間題材として取り上げられているのか?私もいくつかのゲームをプレーし、店頭でその手のゲームが多数売られているのを見ていますが、そのほとんどが目当ての女の子を落とす(^^;ということに主目的を置いています(あるいはHな絵ですな)。しかし「痕」は、というよりリーフのビジュアルノベルシリーズはそれらとは異なります。それは、シナリオにあるといえましょう。特に「痕」は過去から未来への根幹となるストーリーが存在し、全てのシナリオがその根幹を軸に、個々の登場人物の感情を見事に描いているということです。そして全てを重ね合わせることで、壮大な物語を語るという構造……これまた見事でした。実に私好みです(笑)。やはり一点豪華主義ではない、特定の人に媚びたシナリオではない点が最も評価するところです。久しぶりにすばらしい作品に出会えたのでした(^^)。


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