2000年版ISO9001を訳し終えて思う
私が好きなことと言えば、温泉、山登り、そして海外での生活や旅行である。なぜ好きなのかを考えてみると、「全く知らない人と自然に話ができる」という共通項があることに気づいた。温泉に入ると湯船に浸かりながら人に話しかける。いろいろな人がいるが、知らない世界を知ることで楽しい。山登りをすると、誰でも出会う度に「こんにちは」と言う。海外では、食事をしていると「おいしいか?」「どこから来たのか?」「日本にもこんな所があるのか?」と聞かれ、それがきっかけで話が弾む。かくかくかように、人が主体になっている時間空間があることに無意識のうちに対応して、それを楽しむ「すべ」を覚えたように思える。
2000年版ISO9000では、「People」という単語が頻繁に使われていることが印象的であった。記憶が正しければ、1994版ではなかったように思う。2000年版ISO9000は、当然のことである企業の従業員に配慮した事柄が多く採用されている。経営者が従業員のことを忘れたとは言わないが、いま日本で起こっていることは、少なくともISO90001の求めていることではない。企業は、人があっての企業であって機械やお金だけではない。そんな基本の基本に目を向けた経営システムが2000年版ISO9000に見ることができる。
「自分が興す事業が、社会と従業員にとってどういう意味で価値があるか、その価値をどう持続させるか。それを考えないで自分のことばかりを考える人には、事業家としての資格はない」。
これはサンフランシスコでベンチャー企業育成のシンポジウムでパネリストである出資者が言った言葉である。2000年版ISO9000では、このことが明確に表現されている。曰く、
「組織の目的は、顧客とその他の利害関係者(従業員、供給者、所有者、社会)のニーズと期待を満たし、組織の事業業績とその能力を高めることである。」と。
これまでQCサークルなどを通じた緻密な改善活動が品質向上につながっていたが、今重要なのは現場の従業員を「一流の技術者」に育てることだ。「従業員を技能レベルによってランク付けし、的確に配置する」(飯塚教授)など、技術を軸にがっちり結びつく現場の体制が必要という。
これは「品質管理の制度疲労」と題した日経新聞の記事の一部である。このことも2000年版ISO9000では、きちんと取り込んでいる。曰く、
「組織は、その業績に影響を与えるおのおのの活動に求められる能力を明らかとし、活動を実行する要員の能力を評価し、そのギャップを埋めるための計画を作成すること」と。
GEの強みは決してこうしたイニシアチブの独創性にあるわけではない。シックスシグマは日本企業のTQM(全社的品質向上活動)と大差ないのに、GEはなぜあれほどの大きな成果を迅速に達成でき、わが社には無理なのかという、素朴な疑問を持つ人が日本には少なくない。アイデアに差がないとするならば、GEと日本企業のどこに差があるのか。それは経営のシステム力の差による。この力は、社内外の成功体験(ベストプラクティス)を素早く経営ノウハウなどにまとめて知的資産化(ナレッジマネジメントを実践)し、業務での活用を社員に周知徹底させ確実に成果をあげる力を指し、GEと多くの日本企業には大きな差がある。名経営者といわれるGEのウエルチ会長も、経営のシステム化の手腕でこそ評価されるべきなのである。
これは一橋大学助教授 一条和生氏の日経新聞への投稿記事の一部である。2000年版ISO9000は、この経営のシステム化を全面に、しかも明確に打ち出している。曰く、
「組織を成功裏に導き、運営するには、体系的(システマティック)に、目に見える方法で管理することが必要である。成功は、すべての利害関係者のニーズに重点を置き、継続的に業績を向上させるよう仕組まれた経営システムを実践し、管理することから生まれる。」と。
さらに、2000年版ISO9000は、製品の品質や信頼性を顧客満足と同義であるとしている。顧客満足は、従業員や社会の満足なくして得られるものではない。すなわち、企業は、従業員と社会の価値と共有することができなければ業績はもちろん、企業価値も高められない。2000年版ISO9000をそのように位置づけ、活用できる企業が一日も早く日本で生まれてくることを願う。