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ISO9000認証取得活動はどのように進めればよいのか?

 はじめに  

 品質システムを新しく構築しようとする企業が最初に直面する困難は、品質管理や品質保証をどの程度詳細なものにするのかを決定することである。ここで二つの両極端な場合が考えられる。一つの極端な例は、紙の上に品質システムを作っておいて「品質システムはよく機能していますよ」と顧客、従業員、供給者に対して口先だけのサービスをすることである。もちろん、品質システムの運営にはほとんど無頓着である。

 もう一つは、企業が業務のあらゆる領域に品質システムの要素を適用することを強要するケースである。この二つの方法は共に次のように破壊的な欠点がある。すなわち、

 目的に対し適合させるための支持を得ることができない。
 従業員の動機付けができない。
 経営資源をある方向に向けて最大利用できない。
 品質システムを実行するに当たって経済面で無理が生じる。  

 したがって、企業が品質システムの構築と運営を決定する際には、経営者は、次の意志決定基準を慎重に考慮しなければならない。すなわち、

 顧客の要求事項および法的規制は何か?
 確保できる資源、特に人的資源、および時間的余裕はあるか?
 業務効率を向上させることでコストの上で有利になるか?

 品質システムを構築し、運営するにはかなりの時間と努力、そしてある面での能力が必要となる。もしやると決めたなら、経営者は、その業務に対し適切な権威づけ(たとえば、特別プロジェクトの一つとするなど)を行い、多くの支援が受けられる状況づくりが必須となる。そのためには、経営者の意志決定を表明することと共に資源(人材、予算、社内外の情報など)を配分することはどうしても必要となる。

 次に行わなくてはならないことは、どのように主要な業務プロセス(購入、品質管理など)や重要な生産作業が行われているかを調査することになる。調査に当たっては、業務を次のような管理状況に区分する。この調査は前準備であり、詳細に行う必要はなく誰か一人に一週間程度で完了させる。

 1. 管理されていて、その管理状況が文書化されている。
 2. 管理はされているが、文書化されていない。
 3. 管理そのものが行われていない。

 品質システム導入の失敗例には、品質システムの開発と運営をはじめからやり直さねばならないほどひどいケースもある。したがって、上記のような前準備のための調査を行い、その状況から判断した人的資源、予算立て、そしてパソコンなどの情報機器を含む機材を明確にし、確保することが非常に重要である。「おい、こんどISO9000を取るから頼むよ。」などですますことなどあり得ない。

 多くの解説書にも書かれているように、どのような企業であっても品質システムを効率よく構築し、運営するには次の12の作業を行うことになる。これは実際の経験からも言えることである。

 1.プロジェクトの責任者を任命し、上記の前準備調査を行う。
 2.推進グループの結成・設置する。
 3.認証取得範囲の決定と取得計画を立案する。
 4.企業内での品質意識の向上を図る。
 5.組織体系と職務内容を明確にする。
 6.各工程の管理に必要な手順を文書化することの合意と責任者を決定する。
 7.品質マニュアルを作成する。
 9.各職務の責任と権限を文書化し、定着させる。
 10.全従業員の参画をうながし、ISO9000の文化になじむ。
 11.品質システムを全面的に運営する。
 12.内部監査を実施し、品質システムを見直す。

 以下、この作業内容を解説する。なお、ここでの活動は、2000年版ISO9000の構築を想定していることを指摘したい。

認証取得責任者の任命と前準備調査の実施

 品質システムの構築や運営の定着には少なくとも一年以上を要することを経営者は十分認識し、取得活動の中心的な役割を果たす責任者を任命する。この推進責任者には、経営者の側近で相当の地位にある方(たとえば、専務、少なくとも重役の地位にある方が望ましい。最近の新聞紙上で発表される人事異動でも、重役にはISO担当を兼務することも見受けられるほどである。)を任命すべきである。このことによって、経営者の強い意志を従業員に知らしめることができる利点もある。

 仮に、相当な地位の方を任命したからと言って、経営者の役割は変わらず、積極的に関与する姿勢を示さなければならない。任命された責任者も、絶えず経営者に対し活動の進捗状況や遭遇している問題点を率直に、しかも直接経営者に具申すべきである。そのような行動は、知らず知らずに従業員にも伝わり、それが従業員によいインパクトを与えることを察知すべきである。

 責任者は、まず事前調査を行い、現状把握を行うことになるが、必ずしも自身が行う必要はなく、代理人にその任に当たらせることもよい手段である。しかし、絶えず報告を受け、適切な指示を与えることだけは忘れてはならない。特に、上で述べた管理されていない状況の業務に関しては細心の注意が必要で、いたずらにその部門の長や従業員を非難をすることは避けねばならない。あくまで今後の活動に必要な資源と必要時間の把握に努めるべきである。この過程で、明確にしなくてはならないことは、推進グループの人選ができるだけの情報である。単純に、各部門の長を選ぶと言うことではなく、必要な能力を持っているかどうかが重要である。必要な能力とは、全体の業務の流れを理解し、分析でき、文書化できることである。部門長では不足であるならば、その補佐をも考慮する必要がある。

推進グループの結成・設置

 言うまでもないことだが、品質システムは企業の経営者によって押しつけられるモノではない。業務のクオリティを向上させるという共通の目標に向けて全部門が協力し、努力した結果として生まれた仕組みであるべきである。この目的を達成するためには、まず経営者自身を議長とする推進グループを結成し、任命された推進責任者が取得活動の中心的役割と同時に調整役を果たすべきである。

 推進グループには、主要な部門からの代表者がメンバーとして参画する。この代表者には、おのおのの部門の長が選ばれることが一般的ではあるが、上で指摘したような必要な能力を有している者を人選すべきである。たとえば、部門長ではあるが、パソコンの操作もできず、業務がどのように進められているかに精通していない方を選ぶと推進活動の大きな妨げとなる場合が多い。日本の場合特に言えることであるが、部門長であるがために調整的な役割には長けているが、自ら実務を代行することができない人が見受けられる。実務のできない部門長は今後淘汰させると考えている。今は、調整能力ではなく実務をもこなせるWorking Managerが必要な時代になっているからだ。また、品質管理や品質保証に精通している専門家がいるならば、ぜひメンバーに加えるべきである。

 推進グループが果たすべき目的は、企業に適切な品質システムの骨格を築くことである。この目的達成に向かって、グループ各人は品質システムの一部を策定する責任を持つことになる。しかも、品質システムの構築が終わり、実践段階に入ると各部門の従業員に対し教育・訓練を行うという大きな責任も生じてくる。ある場合には、認証取得後にも品質システムの定着や改善のための任務を続けることもあり得る。言うなれば、このメンバーは、恒久的に企業の将来を支える中心的役割を果たすことになる。いかに人選が重要であるかがここでも理解できる。

認証取得範囲の決定と取得計画の立案

 2000年版の規格では、ISO9001のみが取得の対象規格となる。したがって、取得範囲の決定とは、企業のどの部門あるいはどの事業所を対象とするのかを決めることを言う。部門単位とすると決定するときには大きな問題や決定に困難を伴うことは少ない。しかし、事業所単位の場合に留意したいことは、他の事業所をも含めないがために後々種々の問題が派生することがある。たとえば、本社と本社工場のみを対象にした場合、他の分工場とのインターフェースを調整するのに時間と努力を無駄に消費することがある。そのような混乱を避けるためには、全社を取得対象とすることを推奨したい。全事業者が同一のシステムで運営することがもっとも望ましいことであるからだ。製品やサービスが事業所によって異なることは多々あることである。しかし、業務の中身をシステムとして見直してみると、ほとんど同じようなプロセスの集合体である場合が多い。よって、事業所の数が多いことにより品質システム構築が困難となる可能性は低いと言える。また、一事業者が取得し、そのメリットが認められるようになると、他の事業所も取得したくなる。これは全くの二重手間となるので、最初から全社に対する品質システムを構築すると決めるのがやはり効果的なアプローチである。最近の動向を見ると、世界中で事業を展開している企業ならば、同一の品質システムの下で業務を運営し、認証取得も一つにするということも起こりつつある。留意すべき傾向である。

 企業規模の大小に関わらず、また民間企業であるないに関わらず、企業や公共団体などの組織は、顧客が望む製品やサービスを顧客が納得する対価で提供することによって繁栄できることは、いかなる時代でも変わらない。特に、現在の日本では消費者が生産者を支配する力が強まっている。言い換えれば、製品やサービスの生産者が消費者を誘導する供給者の論理が通用しない時代に突入している。その速度は急速で、業種や事業規模に関わらず供給者の支配力は弱まっていることは多くの報道で確認できる。すなわち、顧客志向の経営に変革することと効率的な業務の運営が急務となっている。

 2000年版ISO9000品質マネージメント・システムは、このような時代の傾向を反映して作成されつつあり、企業がこの経営手法を導入することによって上記のタスクを満たすことができると信じる。いやもしかすると、すでに顧客はそのような要求を持っているのかもしれない。となると、品質マネージメント・システムの構築は、顧客との間で暗黙の内に結ばれている契約での企業の責務であるとも言える。

 製品やサービスの対価は顧客が決めるのであって、よほど独占的な商品やサービスでないかぎり供給者には価格決定権はない。このような単純な原則すらも忘れてしまった経営者がいまだにいることも事実だが、本来の自由経済市場が発達するとともにこれらの経営者は淘汰されるであろう。顧客が期待する対価に対応するには、業務の効率化が必須となる。一方、企業は株主に対しても正当な配当ないしは株価を維持する責務があり、これらを満たすことが経営者の責任である。そのためには、単に生産部門にとどまらず、あらゆる部門、たとえば事務関連、技術サービス、広報、市場調査、メンテナンス部門など企業全体の効率を向上させねばならない。これらの効率向上は業務の質を上げることになり、クオリティにも影響を及ぼすと考える必要がある。

 さて、前置きが長くなったが、このように企業の業務全般に亘る改善・変革を目指すのが認証の取得目標である限り、計画の作成は精緻であるべきである。しかし、幸いにして規格の要求事項を順次満たすように計画すれば、自動的とは言わないがある程度の構築段階を上に登ることができる。言い直せば、やらなくてはならないことは決まっているということである。その一例を示す。(Maicrosoft社、Excelのファイルをダウンロード(49K,ZIP)してください。)

 この取得活動計画を見れば、特に説明を要することはないとは思うが、一言加えるならば、活動期間は企業の規模と業務の複雑性によって大きく変わることである。ただし、一年以下にすることはいかに小規模といえども賛成できない。なぜならば、従業員の理解と参画を必要十分な状況にするためには、時間をかけることが必須であるからである。その中身は次項で述べる。

品質意識の向上

 活動期間での社内コミュニケーションは非常に重要である。社内の全員が品質システムの概念、そしてそれがもたらす恩恵を十分理解し、全社的な取り組みを行う中で各人が果たす役割を正確に、しかも強く認識することが絶対に必要となる。品質システムの運用が成功するか失敗するかどうかは、最終的には全員の積極的な参画と協力の度合いで決まる。したがって、成功の鍵は効果的でうまく調整を図った社内コミュニケーションなのである。

 コミュニケーションを何時、どこで、どのような方法で行うか十分に配慮しないと、従業員の態度を変えることもできず、品質方針の真の理解と支持も得られないことがある。よく見かけることは、取得活動はある特定の管理職や従業員のものであって一般社員にはあまり影響はないとたかをくくる経営者や推進グループがある。文書化に追われ社員とのコミュニケーションにまで手が回らないことかもしれない。しかし、予備審査や本審査が迫っている最終段階で従業員の支持が得られていないことが分かり、あわてて品質システムの説明会をやる羽目に陥ることがあるので品質意識の向上を目指し初段階からコミュニケーションの重要性を認識し、実践すべきである。

 意識の向上だけでなく、品質システムで採用する業務手順を効果的に策定する際にも、従業員とのコミュニケーションは欠かせない。業務を実際に行っている従業員のインプットなしでは、現実的で効率の高い手順、すなわち「生きた業務手順」を作ることはできない。よくあることだが、推進グループが分担して作成した手順書が現場で実際に行われている作業と違っていたことが内部監査や予備審査で明らかになってしまうことがある。このような弊害を避けるには、従業員からの最大限の協力と双方向のコミュニケーションは絶対に必要である。双方向のコミュニケーションとは、求められる情報は何かを従業員に知らせ、従業員から効果的なフィードバックが得られるというダイナミックス(動的な仕組み)とも言える。

 このようなダイナミックスが機能し始めると、品質システムの運用段階で品質方針に従って作成された品質目標も達成しやすくなることも大きな利点である。当然ながら、品質目標が不当である場合には、即座に変更できるようになる。

 コミュニケーションの重要性についてはこれで理解できたと思う。次は、コミュニケーションをどのように進めるのかの計画である。品質システムは、コミュニケーションとフィードバックの繰り返しによって構築されることはすでに述べた。また、従業員の品質意識の向上にもコミュニケーションが欠かせない。これらの目的を達成するには段階的に進めることが効果的である。

 第一段階 企業は、全従業員に品質保証の品質システム構築と実践のための第一歩を踏み出し
      たことを伝える。(キックオフとも言う)
 第二段階 品質方針の発行と配布
 第三段階 品質システムを実践には特殊な作業や仕組み(品質記録、機器の校正、内部監査
       識別など)が必要となることの確認のための伝達
 第四段階 組織変更が伴った場合には、新組織体系の発行と配布
 第五段階 品質システムあるいは手順書の上で記述される職務の内容を担当者に伝達
 第六段階 品質マニュアルの発行と配布  

  各段階では、以下の点を十分検討した上で実施する。すなわち、

   ●何を伝達するのか?
   ●なぜ伝達することが必要なのか?
   ●どのような手段で伝達するのか?
   ●いつ伝達すべきなのか?

組織体系と職務内容の明確化

 現行の規格要求ならば、組織変更を行わなくとも品質システムを構築できる場合が多いが、2000年版ISO9000の品質システムを満足に運営するのは、現行組織の変更が伴うことが大いに考えられる。たとえば、顧客情報管理のためのシステムを再構築、もしくは新設するならばシステム・エンジニァーを営業関係部門に移すなどである。  組織を再構築するならば、新組織図の策定は当然であり、その際重要なることは、関連部門との連携を円滑に行うのはどのような組織体系が望ましいか、さらに顧客の立場から配慮した組織にいまなっているかなどを考慮することである。

 新組織が構築されたり、現行組織の変更を行わないと決定したならば、業務内容を明確化し、報告経路を明らかにする必要がある。「誰が何をして(What to do)」、「その結果を誰に報告するか(Report to Who)」が明らかになっていないと部門間の連絡がスムースに進まず、品質システムの効果的運営は期待できない。

手順を定めて厳格に管理しなければならい業務活動の選択

 企業の中で行われているすべての業務や活動範囲を整理し、それらが事業目標の達成に適切であるかどうかを見極める必要がある。特に、現在日本で進行している構造的な変化に対応するには、この見直しが重要であるし、多くの企業ではこの作業が進められているであろう。

 いろいろな業務プロセスの手順を文書化する作業に入る前に必要なことは、文書化した手順に従ってきちんと業務を行うことがどうしても避けられないほど重要な工程や作業は何かを決定する。では、そのように重要な業務は何かを選択・決定する基準は何かを示すのが以下である。

 ●「Right First Time」(一発で正しい結果を生ませる)の必要な作業や業務
 ●生産コストに影響を及ぼすような作業や業務
 ●要求された基準や仕様を満たすための作業や業務
 ●効率化がまだ十分に行われていない作業や業務

 このような基準を使ってすべての業務を見直すことで、手順を成文化しなければならない作業や業務が明白にある。とは言え、やや抽象的な表現で理解しにくいかもしれない、そこで具体例を以下に挙げる。

 注文生産を主体にしている企業であっとしても、翌月の販売予測をベースに原材料の確保や生産計画を立てることが多い。しかし、販売部門が正確な予測は困難として、いい加減な数値を生産部門に通知しているがために、生産現場では混乱が絶えず、生産効率が悪いという事態が解決していないという場合を想定する。これには販売予測の見直し頻度を多くすることが一つの解決策であるとするならば、販売部門からの生産部門への予測通知に関する手順を明確化することになる。また、通知された数値が直ちにコンピュータ処理され、生産部門による原材料の購買管理や生産計画の再作成が迅速に行われるシステム作りが必要になる場合もある。

 プロセス指向を重視した2000年版ISO9000に対応するには、すべての業務についてこのような組織横断的見直しを行うことが肝要であり、これを怠って闇雲に品質システムを策定していくと「労多くして益なし」というわびしい結果に終わる可能性が高いと指摘したい。ただし、ISO9000の認証を取得すればよいだけという短期的かつ矮小な目的ならば、これも必要なかろう。2000年版ISO9000に対する経営者の理解の度合いによって、これらの作業内容は大きく異なることになろう。すなわち、TQM活動の本格的導入を目指すかどうかの分かれ目はこの時点で明白となる。

品質マニュアルの作成

 上記の「主要なる業務・作業」の選択がおおむね出来上がれば、品質マニュアルの作成は、規格に対応できる単純な文言の積み重ねを行うだけになる。極端な言い方をすれば、規格の文言を自社の業務に置き換えるだけの作業である。すなわち、品質マニュアル作成とは、企業のすべての業務を品質システムとして集大成する文書化作業であるとも言える。このことを示唆していることは、品質マニュアルをパソコンで作成できるソフトが市場化されている事実である。筆者は、決してこのようなソフトを指示してはいない。がしかし、現実にあることである。

 さて、ISO9000規格に対応した品質システムには、どうしても新たに策定する必要があるものがある。それは以下の示す事項である。

 ●経営者の品質方針、全社および部門別達成目標
 ●権限と職務(責任)
 ●組織構成(組織図と認証範囲の特定)
 ●品質システムの構成内容
 ●品質マニュアルと下位文書(手順書)との関連づけ
 ●文書管理体系
 ●内部品質監査体系
 ●教育訓練体系
 ●顧客および社員の満足・不満足の定量・定性化
 ●株主、顧客、社員、地域社会とのコミュニケーションの重視と実践手法  

 品質マニュアルは、顧客を含む第三者に公開できる内容であるべきで、企業のノウハウに帰属するような内容は下位文書として文書化することが肝要となる。下位文書に関しては後述するが、下位文書がつぎつぎ作成されてくると品質マニュアルの修正・調整は避けられない。だから、この品質マニュアル作成は一種の繰り返し作業で、逐次完成させていくことになる。しかし、いったん策定された品質マニュアルは、企業の業務規範・基準であり、あまり改訂される筋合いものであってはならない。俗に言う「我が社の憲法」という意味合いの内容が求められる。だからこそ、品質マニュアルは、経営者の承認が必要となる。蛇足とは思うが、経営者は「あなた任せで」安直に品質マニュアルを承認してはならない。品質マニュアルに経営者の姿勢がいつまでも残ることに気づいてほしい。

手順書、作業指図書、要領書など下位文書の作成と文書管理

 厳格に管理しなければならい業務活動として選択された業務や作業には、効果的な管理を確実に行うためには、手順書(一般的には業務管理規定と称す)が作成される。業務の手順書は、一つである場合が多いが、複数の手順書にまたがって作成することもある。

 企業ではすでに作成されている手順書、あるいは不完全ではあるがそれに類した書類が出来上がっていることがほとんどである。何らの書類もなしに業務が行われているなどは考えにくい。また、他人には見せたくないといいわけはするが、個人的にだけ使用する目的で作業手順をまとめた要領書類、メモ、あるいはノートも多く見受ける。したがって、手順書などの下位文書の作成を始める際には、これらの総点検を行うことを薦める。意外に多くの文書があることに気づくことであろう。その中には、ほとんど完璧で、そのまま手順書として使えるものすらある。このような既存の文書を最大限利用することで、文書作成を効率よく行うことができる。  業務分野が広い企業のような場合、システマチックなアプローチをとらないと、手順書づくりが困難になる。それを回避するには、以下のことを十分に考慮した上で、作成計画をまとめることを推奨する。すなわち、

 ●手順書の作成方法とその書き方(使用パソコン・ソフトやフォーマットの限定など)
 ●手順書の提示と確認の方法(ハードコピーかイントラネットの使用かを限定するなど)
 ●手順書の導入と管理方法(暫定的な導入の決方法や導入後の管理など)  

 なお、グラス・ルート(全く何もない状態から作り上げていくこと)で手順書を作成する場合の合理的で分かりやすい手法(Documentation Needs Analysis )があるが、この本文を完成した後、別途紹介したい。しばらく時間をいただきたい。

 文書管理に関する留意点は、文書の認可と発行、文書の改訂、および廃棄文書の回収をきちんと定めることである。特に、導入前には改訂・追加が頻繁に行われ、最新版がどれなのか分からなくなるという混乱が起こることが多いので、文書管理の規定は早期に作成することが望ましい。

 最後に指摘したいことは作業指示書(製造指図書などを含む)に関してである。作業指示書は、既存の形式を重要視する必要がある。なぜならば、多くの年月を経て改良され、もっとも使いやすい形が用いられていることが多いからである。ただし、規格の要求事項であるトレーサビリティの観点から補強する必要がある場合には、できうるかぎり使い勝手のよい手法を追加するように留意すべきである。

職務記述書の作成と定着化

 日本企業の場合には、職務記述書(Job Description)を作成することはほとんど行われていないとの新聞報道があったように記憶する。また、ISO9000規格においてもそのような要求事項はない。したがって、この作業は本来必要のないものである。がしかし、最近の日本企業が「成果主義」や「年俸制度」を採用する動きがあること考えると、このような新しい制度を採用するには、最低限必要となるのは、職務記述書の作成である。社員個々人の職務内容を明確とせずに上司が社員の成果を評価することはほとんど不可能であり、不平・不満の増殖をはかるのみである。

 2000年版ISO9000では、社員の意識調査や満足度測定も導入する可能性があり、少なくとも品質マネージメント・システムを効果的に運営するには必要と提唱したい。

 では、職務記述書には少なくともどのような内容が記載されるのかを以下に示す。  

 ●職位の名称と簡単な説明
 ●職位の等級、もしくは階級(もしあるならば)
 ●職位の報告義務(Accountability)、および報告体系
 ●職位に監督責任が伴うかどうか
 ●職位の主要なる職務内容  

 当然ながら、職務記述書の作成作業には、各部門長とその部員との密接な協力が必要となる。各部員に対し「あなたが理解している職務は何であるか」と尋ねると、他の人と全く同じであったり、一部重複している場合がおそらくあるだろう。また、他の人との境界線が十分に明らかにされていず、しかもわかりにくいものになっていることもあろう。その結果、作業や業務の中には、完全にカバーされていない範囲も多分あるかもしれない。このようなことが十分に整理整頓されていなくては、いくらすばらしい品質マネージメント・システムを構築しようとも、その効果は発揮できない。

 特に、日本人は何もかもはっきりさせてから自分の仕事をするより、ある程度の曖昧さを残し、『あうんの呼吸』で仕事を進めることの方に価値感が高かった。しかし、いまやそのような時代は終わり、仕事をきちんと指示しないとできない人がいたり、アウトソーシングの多用化も進んできている。このような時代に合わせ、職務記述書を作り、その定着を図る必然性は高まっていると言える。さらに、この「職務記述書の作成と定着化」は、次項の社員参画の定着を押し進めるドライビング・フォースとしての働きもある。

社員参画の定着化

 品質マネージメント・システムの運用を成功させるには社員全員の参画と協力は必須となる。そのためには、社員自身が自分の責任分野のマニュアルを作るのがもっとも有効な手段である。ところが日本人は、仕事のマニュアルを作ることを嫌う傾向が強い。マニュアル(手順書と理解してほしい)に従って仕事をすると自己裁量の範囲が狭くなり、やりにくくなるという自己防衛の心理が裏にあることがその理由の一つのようだ。あるいは、日本人はマニュアルがなくとも立派な仕事をすることできるという自信があるからかもしれない。しかし、それでは多くの仕事がブラック・ボックス化し、他の人の協力が得られにくいとか、技術の伝承ができないなどの欠陥が生じる。このようなことを十分に納得してもらい、社員自身が責任をもって作業や業務の内容を成文化することができれば、社員参画は成功したに等しい。とは言え、現実はそうはいかない。結局誰かが、たとえば上司がマニュアルを作ることになることが一般的である。

 そこで妥協案が必要となる。それは、素案的な品質マニュアルをまず作りあげ、それを社員に提示し、必要な管理規定や要領書をつくる際の要点を理解してもらい、それにしたがって手順書を作成させるというのがもっとも現実的である。これが成功すると、社員自身が問題領域はどこか、不明確な職務内容は何か、全く同じことを他の社員がやっているから統合すれば簡略化できるとかいろいろと疑問領域を浮かび上がらせることができる。言うなれば、社員一人一人が業務の改善点を明白に認識することになり、品質システムの運用の重要性を認知する結果が生まれる。

 さらには、組織が持つ潜在的な資源を最大限に活用するために人材開発や技術開発にはどのよう訓練や教育が必要であるかまで明らかとなる。企業は当然ながらそれを実践しなければならないが、社員自身も自分の足らない領域を自ら知ることが教育・訓練の効率を高める。企業が勝手に決めた教育・訓練は社員には押しつけと写り、決して効果的とは言えない。自ら進んで選んだ教育・訓練には積極性の点で大きな違いが生じることは言うまでもない。このような自主性を尊重する風土が生まれるならば、社員参画の定着化は一気に進む。

 日本企業にとってもっとも重要な資源は、人である。他国と比べ、その質や内容はともかく教育程度は世界でも高いことは事実である。その資源を最大限に利用できなければ、日本企業の将来はないとも思っている。よって、ナレッジ・マネージメントによる恩恵をもっとも享受できる国は日本であり、知価社会(知識経済社会とも言う)への転換が急速に進むと信じている。

品質マネージメント・システムの運用

 成文化され承認を受けた手順書に基づいて作業や業務を運用することが最後から二番目の作業となる。企業の規模にもよるが、手順書の作成者以外の社員からの支持を得ないと運用はできない。たとえば、ある製品の製造現場主任が作成した手順書にしたがって作業を実践するのは主任以外の作業員である。彼らの協力が得られないと手順書の運用は失敗に終わる。この協力を得るためには。手順書の運用理由とそれを運用することで受けられる恩恵を作業員が十分理解している状況づくりが一つの仕事となる。コミュニケーションを多く持ち、しかも職務記述書があればこの作業は円滑に行われる。「下への落としこみ」という言葉が日本語にあることを知ったのは最近のことであるが、まさにこの作業のことであり、非常に重要である。

 実際の運用に当たっての部門長の任務は、手順書による作業や業務がいかに効果的であるかないかを観察することである。試験運用期間を設け、その期間で手順書の手直しを繰り返してはじめて運営に差し支えのない手順書に仕上がるのが一般的であるからだ。手順書は三回か四回の改訂を行わなければ、その内容や使い勝手のいずれにおいても「完成した」とは見なされない。「作ってやりっぱなし」は絶対にやってはならい。最後まで面倒をみるのが部門長の役割である。現行規格では、それほどの困難さがあったり、努力を必要とすることはなかろうが、2000年版ISO9000では、部門長の積極的な参加と理解が必要となると指摘しておく。

 試験運用期間内で行われた手順書の改訂に基づいて品質マニュアル自体も改訂されることも通常的である。特に、記載されている関連文書が増えたりすることは多く経験している。この作業が終われば、いよいよ最後の仕上げ段階に入る。すなわち、監査と見直しである。

品質マネージメント・システムの監査と見直し

 品質マネージメント・システムの運用が成功していることを示す客観的な証拠を作るのが、定期的に行う正式な内部品質監査である。監査結果により、現在使用している手順書などが適切であり、効果を発揮し、正しく適用されているかを判定する。ただし、初期の段階では内部品質監査員の能力が足らず、必ずしも完全な監査結果が得られるとは限らない。監査能力は、経験を積み重ねることしか高められない。だから、経営者や部門長は、監査員の養成にも十分なる理解を持つ必要がある。また、日本では、自社内で監査を行うということはあまり体験していないので、監査をすることは非常に困難な場合がある。被監査者が協力的でないこともよく起こることである。部長を相手に、書類を出させたり、システムの理解度を確かめたりすることは監査員にとって大きな苦痛でもある。また、外部監査員に質問されて緊張のあまり血圧が上がり、苦痛を訴えた営業所長を知っている。しかし、これとて外部監査を幾度か経験すると次第になれてくる。

 監査結果によっては、手順書を含む品質マネージメント・システムの修正が必要になることもある。これが継続的改善である。また、企業の外的環境が変わり、大きな修正や変更を余儀なく行う必要性も生じよう。いずれにしても、品質マネージメント・システムは生きたものにする維持管理は絶対的に求められる。そのための仕組みが、経営者の見直し会議である。すなわち、内外の要因を勘案し経営者の責任のもとに品質マネージメント・システムは適正に維持さればねばならない。

                     以上


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